タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

琥珀の追憶5

公開日時: 2020年11月16日(月) 21:14
文字数:2,683

 あおの香りを含んだ涼やかな風が少女の肌を撫でる。


 竹林から笹の揺れる音が心地よくをくすぐって、異境の地であるのに妙な落ち着きを与えてくれていた。


 玉砂利を敷いた遊歩道、その独特の感触をショートブーツで踏みしめながら、ステファニーは興味に駆られるままに周囲を見回す。


 右手には大きな池があり、さらに向かっていく先には小さな滝も見えた。


 池には鯉が泳いでいたし、水辺にはカルガモの親子、対岸の小さな林から池の水面に垂れ下がる木の枝には、見たことのないカラフルな小鳥も見える。


 先ほどここに立ち入った瞬間、初めて見る景色に感嘆の声を漏らしてしまったが、その際にミリュウから『アスカ庭園』という名称をいた。



 アテネから大陸を遙か東にいった極東、そこに浮かぶ弓状列島に、独特の文化を繁栄させる《アスカ皇国》という国がある。


 そのアスカでありふれた人工庭園の様式が、丁度今、目の前に広がる光景を築くモノらしい。


 そう――ステファニーが今歩いているのは人工の庭園だ。


 アルドナーグ家の敷地に設けられた庭園である。


「なんかキョロキョロして落ち着きないね」


 ステファニーの後方を歩く金髪ツインテールが、トゲのある感想を呟く。



――う~、やっぱり嫌われてる……。



 遠慮ない呟きを耳にしてしまったステファニーは、困惑し肩をおとした。


 隣を歩くミリュウは、そんな二人の少女のやりとりを見つつも、柔らかい笑顔を崩さない。


 そして、今この場でアルドナーグ邸に向かっているのはこの三人だけであった。


 港のカフェで、レビンとリドルの二人とは別行動になり、ミリュウとリリス、ステファニーの三人はアルドナーグ邸に馬車で移動してきたのである。


 レビンとリドルは、そのままアテネ王宮の方に向かったらしい。


 アークの第一王女たるステファニーも、本来なら王宮に向かうところであるが、アーク王家の秘匿性確保の観点から、今回は見合わせていた。


 同盟国として確たる信頼関係がある上、先の魔竜戦争時にアーク王リドルと個人的交流があったアテネ国王には、ステファニーの存在は知られているところだが――


 他の人間、特に側近の者や大臣クラスには知られていないだろうし、万が一にも紛争の火種になりかねないためである。



 三人は、しばらく無言のまま歩を進め、庭園の真ん中まで差し掛かったところで、ステファニーの耳朶を、庭園で起こる『音』とは場違いな金属音が打ち込んできた。


 

――なに? 金属の音かしら……?



 甲高い音は、風に乗って少女の元に届いてきており、彼女たちが向かっている先――――母屋の方から鋼が打ち合う音が連続して聞こえてくる。


 歩をさらに進めると、どうやら母屋の方ではなく、その手前に建てられた平屋の方から聞こえてきているようだ。


 近づいていくにつれ、はっきりと金属音と分かり、と同時にステフには何の音なのか推測ができるようになっていた。


 それは剣と剣が打ち合う音だ。


 母屋の手前、遊歩道が二手に分かれ、母屋とは違う方向に延びる遊歩道の先に、木造の平屋がある。


 壁には、天窓や吐き出しの窓があって、全開になっていた。


 遊歩道の分岐まで歩いてくると――


 やがて、開いた窓の向こうに、鋼が閃くのが見え、さらに、少女の琥珀の瞳が見開かれ、ある『色』が、その視界に映り込む。


「蒼い……」


 ステファニーは、母屋に向かうものとは別の遊歩道を駆けだしていた。





     ☆





 ステファニーが駆け寄ったのは、木造の武道場だった。


 両開きの重い木戸もいっぱいに開いた入り口、そこから、板間で訓練用の長剣を振るう二つの人影が見える。


 剣の訓練をしているのは、二人とも少年だ。


 一方は明らかに年上で、柔らかな茶髪を少し長めに刈りそろえた男の子、もう一方は――


「蒼い髪……」


 ステファニーは呆然とその蒼い髪の少年を見つめながら呟いた。


 茶髪の少年よりも頭一つ背の低い、そうきゆうを思わせる髪の少年は、訓練用の長剣を激しく振るいながら、俊敏な動きで相手を撹乱しようとしている。


 茶髪の少年も、激しい剣戟を自分の訓練用長剣で受け止めながら、時折強力な一撃を打ち返し、二人の腕前は拮抗しているように感じられた。


 ただし――



 剣術にうといステファニーから見ても、この少年二人の技量は半端なモノではないとわかる。


 打ち合わされる剣戟の威力で、周囲の大気は震え、目に見えない何か『力場』の様なモノが二人の間にあって、せめぎ合っているかのようだ。


 ステファニーには感知できなかったが、剣術稽古中のこの二人は、既に常人では為し得ない『闘気』を用いた剣戟を使っている。


 ステファニーが感じた力場とは、まさに闘気がぶつかり合って生じている力場であった。



――凄い……。



 目の前で繰り広げられている剣戟戦、その迫力に圧倒されるステファニー。


 その視界の先で、丁度、蒼い髪の少年がこちらを向いた状態で、向こうを向く形になっている茶髪の少年に、渾身の袈裟斬りを叩きつけようとしていた。


 短く強く吐き出される気合いの声とともに、闘気を纏った長剣が凄まじい威力で打ち下ろされたが――


 耳を塞ぎたくなるような、強烈な金属音。


 蒼い髪の少年が放った一撃を、茶髪の少年が長剣を両手で持って、頭上で受け止めていた。


 次の瞬間――


 ステファニーは、熱を含んだ強烈な突風を頬に感じ、その黒髪がぶわっと後方に舞い上がる。


 そして――彼女の着ていた白いワンピースのスカートも、軽やかに裾がまくれ上がってしまった。







「きゃっ…………」


 短い悲鳴が出たところで、こちら側を向いた蒼髪の少年の瞳と視線が合った。


 髪と同じく、蒼穹の澄んだ瞳は、明らかにこちらを見て大きく見開かれている。


「隙アリだ!」


 ステファニーから見て背中を向けた茶髪の少年が、勝ち誇って言い放ち、長剣を受け止めた体勢から、蒼髪の少年の腹部を右足で思いっきり前蹴りした。


 結果、ふき飛ばされる蒼髪の少年は、そのまま板間の床を何度かバウンドし、向こう側の壁に衝突する。



「おいおい、どうしたんだ? お前らしくねーぞ、動きを止めるなんて……ん?」


 茶髪の少年が、背後の気配に気がつきステファニーの方に振り返ると、スカートの前を両手で押さえつけた姿の少女を視界に収め――何やら得心したように薄ら笑った。


「くっ……一番大事なときに……水色の下……いや……変なモノ見せるからッ」


 一瞬の気の迷いで、対戦相手に手ひどくやられたせいか、蒼髪の少年は不用意にその言葉を発してしまい――



――へ……変なモノ? 人のパンツ見ておきながら……そういうコト言うの、コイツは!



 その言葉をしっかりと聞き取ってしまったステファニーは、羞恥のとは別に、沸々と沸き上がる怒りで、その顔を紅潮させるのだった。 

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