二人の放つエネルギーにより硬質化した大気の中、先に動いたのはミリュウだった。
蛇腹状にうなる金鱗の刃を、鞭のように扱って、ジーンの身体を狙う。その斬撃は苛烈を極め、鞭打つ切っ先は音速の数十倍にまで加速し、金の雷撃を纏った鋭利な衝撃波は、そのエネルギー密度で空間すら引き裂いた。
一方、攻撃を受ける形となったジーンは、大剣を構えて冷静に攻撃の軌道に焦点を定める。
「なるほどな。攻撃の際には、神龍の鱗が持つ余剰次元多様体空間の一部を開放させて、エネルギーを放出しているのか。フッ……神代の力も科学的に測れば、なかなかに興味深いものだ」
異様な波動を放つ大剣で、金のプラズマを放つ鱗の刃を何度も弾きながら、落ち着いた声で言うジーン。
そう、落ち着いているのだ。
尋常ならざる加速をした固有時間、その中にあって超高速の連続攻撃を的確に受け流しつつ、流暢に会話できるほどに、ジーンはこの戦闘に余裕がある。一方、ミリュウは……。
「そういう難しい言葉、よくわかんないんですけど、その余裕がなんだか腹が立ちますわ」
相手は古代の超文明を誇った王国の名を冠する戦士だ。アルゼティルスという名前が示すのは、滅亡した古き文明の残滓。
彼がその生き残りだということは、ミリュウも前大戦の頃に知っていたが……。
――ここまで凄い戦闘能力だったなんて!
予想していた相手の戦力とは、桁違いに強いと、認めざるを得なかった。
神龍の武装を最初から纏っていたのは、相手が強敵であり、全力で闘っても勝てるかどうかわからないからと判断してのことだった。
しかしながら、ミリュウの中にある程度の自負と傲慢もあった。四英雄として、超常的な戦闘能力を有し、かつては絶大な強敵に打ち勝った経験。そして、未だに、日々の鍛錬を欠かしていない確かな自信が、どんな強敵でも、抑えつけるだけの力はあると信じさせていたのだ。
それが、戦い始めて特に優越がつく前であるのに、直感として激しい警鐘を鳴らしている。
このままでは、確実にやられると。
ただし、ミリュウにとっては、このとき潜在的に優位な事実があった。それは、このまま闘いが長引けば……。
「……いずれにしても、このまま長期戦になれば、貴様の思うつぼということだな」
ジーンは薄く笑いながら、大剣を鋭く振るい、生き物のように複雑にうねりつつ迫る金鱗の刃を何度も弾いては、攻撃の軌道を反らし、徐々にミリュウとの距離を詰める。
武器の性質上、ミリュウの攻撃は中距離に特化しているようだが、剣士ジーンにしてみれば、近付いてしまえば彼の独壇場となるだろう。
先程、大剣の突きを弾いた《金鱗の守手》とやらも、そういう障壁を生むとわかっているなら、それを考慮して障壁を貫く威力の攻撃すればいい。
彼は、相手の手の内さえわかっていれば、いくらでも対処できるだけの戦闘能力を有している。先ほど、ミリュウの武器が放つ超高電圧の雷撃を防御したように。
一方、距離を詰められ接近戦になれば不利となるはずのミリュウは、敵がこちらの狙いをしっかりと把握してくれていることに少し安堵する。
ミリュウの狙いは、援軍の到着だ。
ここまで強力な力を解放して闘っていれば、当然首都にいる二人の戦士は気が付くだろう。
そう、四英雄の他の二人、レビンとリドルだ。
特に、リドルがこの闘いに気が付き、ここに急行してくることになれば、敵は必ずその前に引くしかない。
あの男に真っ向から戦いを挑むようなことはしないはずだ。
ジーンほどの実力者ならば、当然リドルのことは知っているはずだ。絶対的に最強の男、閃光の王リドル。神界を一人で武力制覇した無敵の槍使いは、その存在だけで戦略級の兵器であった。
そのミリュウの狙いをジーンが察知したことで、ミリュウの優位はさらに上がることになる。
ジーンは、戦闘中の今この瞬間に思案していることだろう。
リドルがこの場に到着する前に、短期決戦で勝負を決めに来るか、または、幾度か撃ち合って後、機を見て退却するか。あるいは、追撃の危険も考慮した上で、即座に引くか。
このように、ジーンは選択肢を義務づけられ、戦略的に追い込まれた形になったのだ。
超高次元の戦闘において、これはかなりの優劣がつくことになるのだが、実際ここに至ってミリュウの表情は芳しくなかった。
――戦略上の優位を、保つことが出来るかは微妙よ! とんでもないわ、この男。
実際には、ミリュウは最大に焦りを感じていた。ジーンは、こちらの攻撃をものともせずに全て受け流し、徐々に間合いを詰めてきていた。ジーンの接近に圧される形で後退るミリュウだが、背後は海岸線に切り立った崖だ。まさに追い詰められつつある。
ジーンは、もっとも短絡的な選択肢であるはずの短期決戦を仕掛けてきて、それを押し切る実力を有していたのだ。
「悪いが、決めさせてもらうぞ!」
ジーンは、しなる蛇腹の剣、その金鱗に猛烈な力を込めて大剣を打ち付ける。大気に轟音が響き渡り、ミリュウの制御が効かない程に、蛇腹の刃は大きく逸れてしまった。
その間隙を逃さず、黒い鎧が音を超えて一直線に金の鱗を纏う女体に接近する。そのまま、構えた大剣で、ミリュウの防御障壁を突き破り、彼女の躰を串刺しにする気のようだ。
大剣の切っ先が、異様な揺らぎを纏って大気どころか空間そのものを引き裂いて突進する。
その一撃、もはや神龍の護りでさえ紙のように引き裂くことだろう。
その凄まじい突きを、待ち受けるエメラルドの瞳が捉えて――ピンクの魅力的な唇が、微かに笑みを浮かべた。
追い込んだはずのジーンが、ミリュウの微笑に気付き、歴戦の戦士としての勘が警鐘を鳴らしたその瞬間だった。
ジーンが大きく右に弾いた蛇腹の剣が、まるで糸を断ち切ったかのように、刃の節々がバラバラにはじけ飛び、金の雷を纏って一斉にジーンに殺到したのだ。蛇腹が分割し生まれたのは九つに及ぶ金鱗の刃、それが各々意志を持っているかのように、標的たる黒の騎士に超音速で飛翔し刃の弾丸と化す。
「ぬぅぅぅッ?」
勝負をかけた一点突破の突きに、全身全霊を傾けていただけに、予想していなかった右側面からの一斉砲撃のような攻撃は、ジーンをして容易に対処できるものではなかった。とっさに突き出していた大剣を強引に引き戻し、頭部や胸部をその剣でかろうじて覆おう程度で、脇腹や右足に数発、金鱗の刃が食い込んでいく。
ミリュウに迫っていた漆黒の刺突は、もんどりを打ってあえなく大地に叩きつけられるのだった。
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