フィールドの中央に、紅の閃光から顕れたのは、全身をメタリックな紅い甲冑で包んだ姿だった。マスクも、頭部全体を覆われていて、人相はまったくわからない。
「待たせたな。だが、どうだこれ? 凄いだろう」
当然、けったいな甲冑の中にはアーク国王リドルがいるわけだが、妙にハイテンションだ。
「何ですか、それ?」
状況についていけないダーンが、唖然としながらも問いかける。
「うむ、コイツは、我が国の首都警察への新装備、その試作品だ。この前、ゴート帝国のスパイ案件で、一人殉職したからな。最新鋭の装備を取り入れた武装警察という部門を新設するのさ」
『……もっともらしく言っておりますが、要はアルゼティルス文明の遺産にあった特撮映画のヒーローでしょう? 最近、アーク王国でもリメイクして理力ビジョンとして放映したとか……確か宇宙刑……』
「また、それ系のネタか? ここの王家の人間、少し偏ってないか、色々と」
ソルブライトの念話を遮る形で、ダーンが残念そうな視線のまま言い放つ。
「いや、何を言うかッ。警察と言えば、やはりコレしかないだろうが!」
紅いメタリックなボディーを煌めかせながら、リドルは熱く語り出す。
ダーン達の故郷アテネ王国では、騎士団とそれに付随する下部組織が治安維持に関する活動を行うが、アーク王国は独自の治安維持機関が存在する。それが警察組織だ。
実はこの警察組織、世界ではごく少数の先進国にしか存在しておらず、ほとんどの国は、アテネ王国と同じく、騎士団や警備隊、自警団が治安維持にあたっている。
ところが、アーク王国は人口も桁違いに多く、治安維持に特化した機関が必要不可欠であったため、五十年程前に設立されていたのだ。
ただし、警察官は軍人や兵士ではなく、市街地の犯罪抑止や窃盗等の事件捜査等が主であり、携帯する武器は最小限のもので、武装したテロリスト相手では、ほとんど太刀打ちできない。
よって、そういった過激な集団相手には、軍が捜査に当たってきた。
平時なら、それで充分であったのだろうけれど、現在のようにゴート帝国との緊張が高まり、市井に敵の工作員が侵入する状況ともなると、街の人々と密接に関係する警察官達の情報収集能力はアテにしたいところなのだ。
そんな状況で、先日の殉職事案が起きてしまった。
王国としては、警察官の武装強化を検討したが、あからさまに重武装させては、市民達が動揺するだろう。そこで生み出されたのが、リドルの着装している《コンバットスーツ》である。
普段は、ズボンのベルトに備えられたバックル状の装置に、理力エネルギーとして保存し、有事には、着衣表面に展開、物質化して甲冑となるのだ。
そしてこれは、防護服として有用だけでなく、肉体の動きを理力エネルギーで補強し、超人的な膂力を得ることが出来る。また、各種センサーと小型量子コンピュータによる戦闘解析で、達人を超える戦闘センスを引き出すという。
「長い説明を聞かされましたが、それで、今ここでそれを試す理由があるのですか?」
リドルが趣味嗜好をたっぷりと混ぜ込んで力説するのを、脱力して聞いていたダーン。ちなみに、ナスカとリーガルは、既に数え切れない数の斬り合いを展開し、かつての人狼戦を思い起こすほどの苛烈さだ。
「もちろん、お前の実力を評価しての実戦試験だよ、少年。同盟国アテネに所属する最強クラスの剣士、お前と満足にやり合えれば、すぐにでも実用化できよう?」
そう言って、リドルは芝に突き刺していた長剣を再び手にした。
リドルがコンバットスーツを着装しているということは、言ってみれば、彼の実力ではなく、そのコンバットスーツの性能でダーンの相手は充分ということでもある。
「馬鹿にするのも、大概にして欲しいな。閃光の王ッ!」
完全に侮られ利用されている状況。さすがに激昂し、ダーンは素早く抜剣すると、リドルに向かって斬り込んでいった。
☆
訓練場の天蓋を、金属同士がぶつかり合う戦闘の音が反響する。二カ所で行われている戦闘は、ほぼ互角のぶつかり合いに見えたが。
「あちゃー……二人ともおっさん達にいいように遊ばれてるなぁ」
戦闘の様子を眺めつつ、金髪優男は苦笑いし、そのまま後ろに飛翔して、自分も観覧席に移動する。
「……貴方は参加しないのかしら?」
ちゃっかり自分の隣に降り立ったケーニッヒに、第二王女のカレリアが少し胡散臭い視線を投げ掛けつつ言う。
「いやいや。ボクなんかが陛下と剣を交えるなんておこがましい。というか、まだ死にたくないんでね」
「おや? 貴方ならばいい勝負をするのでは、魔法剣士殿」
カレリアの向こう側にいたスレームが、涼しい顔で話しかけてくる。
「そんなわけないでしょ、会長。真面目な話、あの金髪ツインテールですら、まだ陛下には及ばない……というか、本来なら……いや、それはいいや。とにかく陛下はとんでもないよ」
途中なんとなくはぐらかしたケーニッヒの言葉に、スレームは口の端を緩め、カレリアは眉間を僅かに潜めた。
「また、誤魔化しましたわね」
「まあ、そんなにおっかない目で見ないでくださいよ、姫。それに、たぶんもう少ししたらボクの言おうとしたことがわかるかもしれない」
ケーニッヒは特に悪びれた風もなく応じ、再び視線をフィールドの戦闘へと移した。
「……このまま、お父様がお巫山戯のまま、終わってくれれば貴方も私達も用はないのですけどね」
カレリアは溜め息交じりに言い捨て、それを聞きミランダ・ガーランドも吐息を漏らす。
そんな観覧者のことなど知りもせず、四人の戦闘は、徐々に白熱していくのだった。
☆
ナスカは、長剣越しに伝わる相手の実力に、懐かしい感覚を得ていた。
それは、懐かしいと言っても、ほんの一週間ほど前の出来事。人狼戦士ディンとの戦闘と同じような感触だ。
もちろん、人狼戦士とは、獲物も戦い方もまるで違うリーガルだったが、攻守のせめぎ合いの感覚が似た状況なのだ。
長めのトンファーは、堅い防御を誇り、こちらの攻撃はほとんど無効化される。そして、少しでも油断をすれば、旋回する棍の先端が音速を超えて、こちらを掠めていくのだ。
既に龍闘気を解放していたナスカだからこそ、その攻撃をギリギリで躱し、生じた衝撃波によるダメージも抑えているが、その一撃をまともに食らえば、大ダメージを受けるだろう。
「とんでもねーオヤジだな、アンタ」
ナスカは後方に大きく跳びつつ、悪態を吐く。そのナスカを追撃はせずに、リーガルはニヤリと笑って、言葉に応じた。
「おいおい。ここまでは軽いウォーミングアップだぞ。オレはまだ《変身》すらしてないのだからな」
「は? 変身ってなんだそりゃ? もしかして、隣のはっちゃけたオッサンに影響されて、アンタもアレな格好とかするかよ」
戦闘中とはいえ、すぐ隣で起きていることだから、リドルがメタリックな姿に変身したことは、ナスカにも見えていた。
「やれやれ。アレでもオレが仕える国王陛下だ。その酷い言い様はそれだけで万死に値するところだぞ……。と、言いたいところだが、ああいうところは、確かに残念だな。まあ、変身に関しては、どちらかというと、オレの方が先なんだがな」
リーガルはトンファーを斜に構えて、眼光を光らせる――いや、比喩的な表現ではなく、本当にその瞳を紅く光らせていた。
「マジかよ……って、そういや、アンタは改造人間だったか」
「その通りだ! 戦闘革命!!!」
いつの間にか顕現していたリーガルのベルトの装置、その中の碧い歯車がうなりを上げて高速回転した。全身を碧いプラズマが駆け巡り、大気を膨張させ轟音を上げる。眩い虹色の光に包まれて、その異形は形成された。
☆
リーガルの変身する姿を見て、実は理力ビジョンをわりと嗜む第二王女は、ポツリと消えそうな言葉で言う。
「それって、仮面ラ……」
その言葉は、観覧席まで届いた轟音によって、途中で掻き消されていた。
☆
さて、ナスカの前には、筋骨隆々の人型をした獣、まるで合成魔獣のような姿をした男が立っていた。
その体は、人狼戦士のような獣毛ではなく、鈍色の甲冑で包まれていたが、頭部は獅子をモチーフにした人面だったのだ。
「フフ……陛下とは違ってな、オレはこういうのは好きでもないし、この醜い姿は誇って見せられるものでもないとは思うんだがね」
獅子のマスクの下、自嘲気味にリーガルが言う。
「コッチは、コンバットスーツとやらとは違うみたいだな。本来の体はそっちか、アンタ」
ナスカの苦々しい言葉に、鋼の獅子は無言で応えた。
再び、トンファーを構え、獅子の紅い瞳が爛々と輝き、戦闘再開を促してくる。
「ちっ……。たまんねーな、アンタ。ホント、ウズウズしてくるぜ。ハハッ……今のオレの全開をぶちかましてやらぁ!」
全身に龍闘気を迸らせ、ナスカが突撃をかければ、対峙する獅子の戦士も、理力エネルギーの過剰放射でプラズマを纏い、体を弾丸と変えて龍の剣士を迎え撃った。
☆
ダーンは、訓練開始早々から、初めて味わう戸惑いの中にいた。
紅いメタリックなボディーが、駆けては跳んで、手にした無骨な長剣をこちらに打ちつけてくる。その動きは素早く、打撃は重いが、同等の戦士達が繰り出してきた攻撃とは、まるで感覚が違っていた。
達人を超える超人級の戦闘力なのは間違いない。攻撃を受ける際には、こちらの長剣がきしみを上げ、その切っ先は間違いなく音速を突破してくる。
防御にあっても、何度か打ち返しているが、ことごとくあしらわれていた。
文句なしに、このコンバットスーツとやらは、実用可能な戦闘力を発揮している。
それ以上に、ダーンとしては、闘いにくいと感じる要素があった。
「フフフッ……どうした少年。動きに戸惑いがあるようだぞ」
ダークスモークの細いゴーグル越しに、エメラルドグリーンに光るセンサーがダーンを睨む。
「くっ!」
ほぞを噛み、再びダーンがリドルへと長剣を袈裟斬りに撃ち込む。それを難なくいなして、リドルは右脚を蹴り上げ、膝当てをダーンの腹部へと打ちこんだ。
轟音を立て、ダーンの肉体が十数メライ(メートル)後方に吹き飛ぶ。
『ダーン、しっかりしなさい。この程度の戦闘で負けることは流石に赦せません』
ソルブライトの辛辣な叱咤に、フィールドの土を叩きつけるように、ダーンは即時に立ち上がる。派手な一撃だったが、ダメージはほとんどない。着込んだ防護服の腹部は、ハニカム状に硬化しているが、その防御力に助けられたようだ。
「もう少しで、感覚が掴める。ソルブライト、少し黙っていてくれ」
ダーンの苛立ちが含まれた言葉に、ソルブライトは素直に従い、それ以上は何も言わない。一方、ダーン自身、ふがいないと思いつつも、普段の戦闘と感覚が違う理由には思い当たっていた。
――感覚に頼りすぎるからダメなんだ!
ダーンのその思惑は的を射ていた。
彼ら達人を超える剣士達は、その身についた戦闘感覚に知覚の大半を任せている。例えば、相手の闘気の揺らぎや、視線の動き、呼吸など、単純な視覚や聴覚だけでない、第六感に頼るところがあるのだ。
それにより、相手の動きを先読みしたりして、攻防を繰り広げるわけなのだが、今回はそれがほとんど役に立たない。
なにせ、相手の体は全身くまなくコンバットスーツに覆われ、視線の動きどころか、その視界はセンサーによるものだ。
動きに関しても、コンバットスーツの量子コンピュータが弾き出した最適な動きを、装着者の脳に瞬時に伝え、理力エネルギーによって補助し、闘っている。
闘気の揺らぎどころか、その動きに生物的な躍動はほとんど感じられないのだ
そして、コレはどうでもいいことなのかもしれないが――
「フハハハハッ! そら、こちらからどんどんいくぞ! くらえ! ロイヤル・ジャスティス・ハンマー!!!!!!」
剣を左手に持ち替え、空いた右拳を振り上げつつ、リドルが突撃してくる。
バリバリと理力エネルギーをスパークさせた拳が、ダーンに迫った。
――いちいち、技名を叫ぶのは、そういう仕様なのか?
そう――なんというか、異様に対戦相手がハイテンションでやかましかった。
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