タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

閉じた王家1

公開日時: 2020年11月15日(日) 19:48
文字数:2,158

 国王リドルが上座に着座すると、王女ステファニーがその隣に座した。


 王家の二人が席に着くのを待って、ダーンは起立したまま一礼しつつリドルに自分の名を告げる。

 さらに、隣にいたルナフィスもそれにならうと、リドルは軽く頷いて改めて手で着座するよう勧めてきた。


 それを受けてルナフィスとダーンも着座する。


 長方形の机に、上座にリドル、その右隣にステファニーが並んで座り、反時計回りに折れ曲がってダーン、ルナフィスと並んで座った。

 結果、ダーンとステファニーがはすかいに座る形となる。


 未だに気まずい空気をまとう二人、意識せずともお互いの顔がすぐそばに視界に入ってくる。


 国王の後ろから遅れて入室してきたスレームは、そんな二人を流し見つつ、下座を回り込んでダーン達の対面に座った。


「まずは、遠路はるばるご苦労だったな。……それと、スレームから報告は受けているが、ウチのじゃじゃ馬娘が随分と迷惑を掛けたようだ。レイナー号の一件も含めて、同盟国アテネの配慮と貴公らの尽力に感謝する」


 スレームが着座したと同じくして、リドルがダーンにねぎらいの言葉を掛ける。

 一方、じゃじゃ馬呼ばわりされたステファニーはというと、いつもの彼女ならば、そのような軽い罵倒にも反応しそうなものだが、しおらしくしていた。


「ありがたきお言葉をいただき感銘の至りにございます、陛下。私などにはもったいなきご温情ではありますが、我が主君には必ずやそのお言葉をお伝えしたく存じます」


 ダーンは同盟国の使者としての礼節を持って、アーク王の言葉に座したままではあるものの一礼して応じる。

 そんなダーンは、妙な気分になっていた。


 先ほど、リドルが入室してきたときの、威圧感さえある圧倒的なまでの存在感が、リドルから消えていたのだ。


 あいかわらず、部屋の隅々に響きわたる独特の威厳と風格を感じさせられる中低音は健在だが、その言葉がねぎらいの言葉だったからなのか、印象がまるで違う。


「うむ……まあ、そう堅苦しくなることもないぞ。小うるさい大臣やらがいる公式の謁見室ではないのだからな。……そうだな、その点は一応貴公にびておく。本来ならば、国賓として謁見室で応じなければならんのだろうが、このような場所で話せばならん事情があってな、許せよ」


 リドルは自嘲気味に言って、先ほどの給仕係の女性カルディアが淹れた紅茶に口をつけた。


「それは、どのようなご事情なのですか?」


 ルナフィスが何気なくリドルの言葉に問い返してしまう。

 リドルの威圧的な存在感が希薄になったことと、彼が紅茶に口をつけたことにより、なんとなくその場の雰囲気がより柔らかくなったことで、つい興味の方が慣れない礼節に勝ってしまったらしい。


 そんなルナフィスの微妙な失態に、ダーンが軽く非難の視線を送ってきて、ルナフィスも一国の王に質問する不敬に気がつき、一瞬で緊張が走る。

 今さら質問を取り消すわけにもいかず、気まずさに口の中が妙に乾いて不快感が増大したため、ルナフィスは目の前の紅茶に手を伸ばしていた。


 口に含むと、柔らかな熱さから立ち上る芳醇なマステカルフレバーが、彼女の緊張を不思議なくらいに梳かしていく。


「あ……おいしい」


 つい、言葉にしてしまい、ルナフィスは慌てて惚けてしまった顔を引き締めるが、耳まで真っ赤になっていた。


「フッ……聞いていたとおり随分と素直な娘だな……ルナフィスといったか。そなたのことも報告は受けている。これまでの経緯や育ての兄を失ったこともな。……そうだな、そなたの処遇について先に申し渡しておく……」


 リドルは黒曜石を思わせる瞳をルナフィスに向けて、彼女を射るように見つめ始める。

 途端に、ルナフィスの精神に膨大な負荷がかかった。


 蛇に睨まれた蛙のごとく、なすがままに見透かされて抗うことができなくなる。


「へ……陛下……その、私は……」


 絞り出すように声を出すルナフィス。

 彼女はここに来るまでにある程度覚悟をしていた。


 それは、この場で何かしらの処罰がリドル国王から、申し渡されるだろうというものだ。


 元々ルナフィスは、あまり乗り気ではなかったとは言え、ステフを拉致するために行動していた敵だったのだ。

 それが、色々あって結局ステファニーの味方側に移ったわけだが、かつてステファニーを夜襲したこともあるだけに、ルナフィスはそれ相応の罰を覚悟していた。


 そう、覚悟はしていたのだが……。


 リドルの独特の存在感に気圧されてか、ルナフィスはその覚悟が恐怖と不安に打ち負けていく感覚を認めていた。


 これは理性などで抑えることができないほどの、生命の本能からくる恐怖感だ。


 剣士として、命のやりとりをしてきた彼女も、それ相応に、死の恐怖などを克服する術をもっていたが、ことここに至っては、そのようなモノはまるで意味を成さなかった。


 生死など関係ない。


 ただ単に、リドルが放つ少女を畏怖させる波動が、徹底的に彼女の精神を揺さぶっている。

 

 そんな精神的に追い込まれてしまったルナフィスに、アーク国王の言葉が投げかけられた。


 それは、世界最大の王国の国王が、威厳と風格を感じさせる独特の中低音で告げたものである。


「今そこで、上目遣いの視線で恥じらいながら、『ごめんね、許してパパ』って言ってみてくれ……あ、できれば涙目になって頼む」


 瞬間――応接間の空気が凍り付いた。

 


 

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