タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

疾走する二人

公開日時: 2020年11月28日(土) 05:56
文字数:3,878

 桜柄のドレス姿で、王宮の廊下を駆ける蒼髪の少女。それを追う純白ドレス姿の銀髪の少女。


 アーク王宮の中核に近いそこは、ふかふかの緋色の絨毯が敷かれていて、履き慣れないヒールの靴は妙に走りづらい。それでも、足元が柔らかいので、足が痛くなるようなこともなかったが、なかなか目の前の蒼い髪に追いつかないルナフィス。


 二人の姿を、時折すれ違う衛兵が、その可憐さに目を奪われそうになっていた。


「ちょっと、待ってってば! ステフ」


 後ろから声を張り上げるルナフィスに、結い上げた蒼髪を振りほどきそうな勢いで、ステファニーが振り返る。その琥珀の瞳に、涙が溜まっていたが、彼女は小走りする足を止めない。


「ついてこないでよ! 一人になりたいんだからッ――キャッ……」


 と、ヒールの靴に慣れているようだったステファニーが、軽く蹴躓く。バランスを崩し、倒れそうになるところへ、ルナフィスが慌てて飛び込んで、ステファニーの体を抱いて支えた。一気に追いつけたのは、実は固有時間加速クロック・アクセルを使ったからだ。


「……ほんっとにもう、気を付けなさいよ……って、ウエスト細っ」

 

 入浴したときに見ているが、抱きとめたステファニーの腰が実感として予想以上に細く、ルナフィスはつい言葉に出してしまう。


「うー……ほっといてよー。ルナフィスのばかぁ……」


 転びかけたせいもあって、少し泣き声で弱々しく噛みつくステファニー。


「はいはい、バカですよー。まったく、ほっとけるわけないでしょ。それに、私にこんな格好させといて、このまま一人にしないでくれる? 色々と視線感じて、落ち着かないんだけど」


 最後の方は本音を滲ませつつ、ルナフィスはステファニーをなだめる。


「なによー。ルナフィスが可愛いくて綺麗なんだから悪いんじゃない。ドレスアップすれば、注目されるわよ」


 涙声のまま、ルナフィスに八つ当たりのように言い、ポカポカと彼女の肩あたりを両手で叩くステファニー。軽い拳の連打で、大して痛くもないルナフィスは、駄々をこねる子供をあやす気分だ。


「ま、こーんな別嬪さんにそこまで言われて、悪い気はしないけど……。でも、ここじゃ目立つから、場所かえたほうがいいんじゃない?」


 ふと、あたりを見渡せば、廊下の衛兵が数人集まりつつある。

 もっとも、まるで腫れ物を扱うかのように、遠巻きに見ていて、何かしらの用事を言われた場合のみに対応しようという思惑のようだ。


「うー。じゃあ、とっておきの場所に案内するから、ルナフィスにも付き合ってもらおうじゃないの」


 未だ涙目のくせに、不敵に笑って、ステファニーはルナフィスの手を引いて再び歩き出す。


「ちょっ……引っ張らないで……あわ、私、この靴、慣れてないんだからぁ」


 ヒールのぐらつき具合に四苦八苦のルナフィスは、ズンズンと早足で進むステファニーに、悲鳴を上げつつ連れていかれるのだった。





     ☆





 王宮の廊下を歩き回ること十分程度、その間動く階段にて上ったり下りたりもし、ようやくその場に辿り着いた二人。金属製の棚や、天井から鎖や何かのホースが垂れ下がり、あらゆる金属部品やら、ゴム製品などが部屋のアチコチに並べられている。


「何、ここ?」


 オイルの匂いが微かにするその部屋で、ルナフィスは、華やかな王宮のイメージとかけ離れたこの場の雰囲気に、あからさまに訝る。


「あたし専用のガレージよ。コイツの整備をするために用意してあるの」


 未だ煌びやかなドレス姿のアーク王国第一王女は、部屋の中央に安置された機械、その鈍色の表面を軽く撫でた。


「何、そのゴツイの?」


 ステファニーの撫でた機械は、どうやら乗り物のようだが、ルナフィスが『ゴツイ』と評するように、イメージとして確かに無骨さがあった。ゴム製のタイヤを履いた車輪は、前側に二輪、後ろに一輪の三輪。全体的に流線型を踏襲しているものの、前側二輪の迫力が獰猛さを感じさせるのだ。


「これも一応、理力オートバイよ。本来オートバイは、二輪車両だけど、コイツは走破性を極限まで上げるために、前を一輪増やしているの」


 理力文明に疎いルナフィスには、オートバイそのものがよくわかっていなかったが、どうやらやはり乗り物のようだ。


 ステファニーの説明の通り、このオートバイは、殆ど舗装等がされていないこの世界において、旅をするための装備が充実していた。

 前輪の並列に並んだ二つのタイヤは、左右に人の肩幅程度に間隔を開けて配置され、高度な懸架制御により、コーナーで車体が傾いた際や段差を越える際にも、しっかりとグリップし安定する機構となっている。

 そのほかにも、多種多様な制御システムを搭載しており、ちょっとした雪道すら走行可能であった。


「オートバイねぇ……こういうの初めて見るわ……。ちょっと待って、これって乗り物でしょ? ということはまさか、ステフ……」


「そうよ! さあ、出掛けるからね、ルナフィス」


 先程まで涙目だった琥珀の瞳に、再び輝きを取り戻して、ステファニーはエンジンのイグニッションキーを押し込んだ。

 理力オートバイの中心にある理力エンジンが始動し、低速回転の野太い音がガレージ内に反響する。


 タンク部分に充填された《液化理力ガス》を理力燃料変換器が燃焼ガスに変換し、エンジンの燃焼室へ送り込むその内燃機関は、揮発性の高い化石燃料を使用していたとされる古代アルゼティルス文明の技術に、理力文明のアレンジが施されたものだ。

 結果的に、排出される排気は理力ガスが力を失って水蒸気と窒素ガスとなったもので、環境への影響はほぼ皆無。

 航続距離も、化石燃料時代の数百倍に達する上、エネルギー効率の高いシステムであるため、出力も桁違いだ。


 そんな理力科学技術の結晶たるバケモノを、アーク王国第一王女は、思いのままに操るらしい。


「す、凄い乗り物みたいだけど……ねえ、ステフ、いくら何でもこのまま誰にも言わないで二人だけで出てくのはまずくない? それにこんな格好じゃ目立つし」


 ルナフィスは自分の着ている純白のドレスのスカートを摘まんで、不安を吐露する。だがステファニーの方はそんなことはお構いなしに、マシーンのシートに座ると、手にしたリモコンで、外に出るシャッター扉を開いた。


「別に、このままあたし一人で出掛けてもいいのよ? ま、たまにやってきたことだし。それに、今着替えに戻ると、チェリーキャッツの誰かに会うから、面倒くさいもん」 


 シャッター扉が上に開いていく中、差し込んでくる日差しに眩しそうに眼を細めて宣うステファニー。桜色のドレス姿のまま、さすがに靴だけは、ちゃっかりとガレージ内にあったショートブーツに履き替えていた。


「うー。わかったわよッ、もう。一緒に行くから、どうやって乗ればいいか教えなさいよ」


 ルナフィスの自棄っ腹な言い草に、ステファニーはニヤリと笑うと、手にしていた保護ゴーグルを彼女に投げ渡した。


「あたしの後ろ、シートにまたがってね。今は固定されてるから、そのステップに左脚乗せて――そう、そんな感じに……」


 ステファニーの指示に従い、ルナフィスもマシーンに乗り込む。



――スカートだと、こういうの乗りにくいなぁ。馬に乗るような感じに近いけれど……。



 初めて乗るオートバイに、少し高揚していくルナフィス。この時、彼女は乗り方、いや座り方を失敗しているのだが、それはすぐに身をもって知ることになるのだった。





      ☆





 うなり上げるエキゾーストノート、市街地のれきせいで舗装された路面をタイヤがしっかりと蹴り、マシーンが風を斬る。

 ゴーグル越しに見える景色は、物凄い速さで後方へと流れていった。


 そして、後方からは――


「きゃぁああああ――と、止めてぇ! スカートが! スカートぉ、ヤバいからぁぁあ!」


 ルナフィスの悲鳴がずっと鳴り響いていた。


 ステファニーが意地悪くバックミラーで確認する限り、ルナフィスの着ている純白のドレスは、走行風に煽られて、派手にはためいていた。そのスカートの裾も、おもいっきり後方へと広がってはためいている。あれでは、もしも後続車がいようものなら、下着が丸出しだろう。


「別に、見てる人は誰もいないんだからいいでしょ。それに、カルディーに作ってもらったおろしたての勝負下着だし」


「いや! 意味わかんないし! 勝負下着言うなし! それに、街の人とかこっち見てるんだけどぉ!」

 

 ルナフィスの訴えどおり、市街地の歩道を歩く人々は、理力オートバイそのものが珍しい上、パーティードレス姿の女性が二人乗りで疾走していたため、皆が遠慮がちに奇異の目を向けてきている。


 とはいえ、そういう町の人々からは、理力オートバイの速度が速いため、ルナフィスのスカートの中までしっかりと見えることはなかったが。


 ちなみに、ステファニーは、シートやタンク部分にスカートの裾をうまく挟むようにして座っているため、めくれてはいない。


 ルナフィスの怒声と悲鳴が続くなか、理力バイクは、王都の市街地を一気に抜けて、無人の自動化された城門に辿り着く。


「城門か……。ステフ、どうするの?」


 さすがに閉じている城門の手前で速度を落とす理力オートバイ、その隙に、ルナフィスはシートからお尻を浮かして、素早くスカートの裾を手繰ってお尻の下に挟み込む。


「このバイクには、認証システムがあるから、速度を落として近付けば、自動で開門してくれるわ」


 ステファニーの言うとおり、城門前の金属製のゲートを通過した瞬間に、首都を取り囲む城壁に設けられた特殊な金属製の重々しい扉が左右にスライドして開いていく。

 

 開いた城門を抜けると、ステファニーの操る理力オートバイは、首都の外――今度は石畳の街道へと飛び出していった。


 

  

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