タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

至壊の剣

公開日時: 2020年12月3日(木) 06:57
文字数:4,306

 魔神リンザーを討滅したダーンは、手にした長剣を一払いし、眼前に掲げて刀身を見つめる。


 奥義を放つまでその刀身には、強烈な圧縮闘気が蓄えられていたが、技後の今はその闘気はなく、美しく磨いた銀に蒼穹の瞳が写り込んでいた。


「ソルブライト、剣の強化のこと、ありがとうな」


『いえ、この程度は造作もないことなのですよ』


「……これは、やはり君が持っているあの剣の……?」


『はい。お察しの通り、タキオン・ソードの原典とも言うべき一振りの性質を、貴方の剣に転写しています』


 ソルブライトの言葉に合わせて、その剣のイメージが如実にダーンへと伝わってくる。凄まじい存在感と、何もかもを吸い尽くす強烈なエナジードレインは、ダーンに《魔剣》という印象を刻みつけた。


「これが……神界の伝承にあるところの《至壊剣しかいけん》か」


 超弦加速タキオニック・アクセルを身につけた後、カリアスからの知識については全ての制約が外れているため、彼が秘匿してきた神界の情報もダーンの知るところとなっている。

 その知識の中に、タキオン・ソードの原典と言うべき一振りについての伝承があった。


 といっても、その伝承自体が曖昧なもので、全容は知れないのだが――そのあまりの破壊力のため、《至壊剣》と渾名がついているのだ。


 一説には、神話の時代に一つの世界を崩壊させたともあるが、それも定かではなかった。


『その俗称は好きではありませんが、まあ、今はいいでしょう……使い手が定まらなければ、確たる銘をつけようも無いですからね』


 ソルブライトの言葉が意味するところは、ダーンにもわかっていた。本来タキオン・ソードは使い手を選定する。そして選定した使い手のために、最適化した形状と特徴へと変化するものだ。


 ならば、使い手の定まっていないタキオン・ソードは、その形状すら決まってないのだから、それに名付けようもない。唯一ある特徴と言えば、この凄まじいまでのエナジードレインだ。


 さらに、まだ自分がその剣に認められていないということも、ダーンにはわかっていた。


「ここまで強烈なエナジードレイン、正直な感想としては、こんなの使って闘えるヤツいるのか疑問だな」


 ダーンは、この剣の特性を利用した具象結界を展開したが、それは間接的な利用でしかない。ソルブライトが剣への《活力経路パス》をつなげてくれたからこそ、こんな真似ができたわけだが、正直、この剣とはあまり関わりたくなかった。なにせ、間接的に関わっているだけでも、どんどん闘気を吸われているのだ。これで直接触れようものなら、さらに強烈に生命力の全てを吸い尽くされそうだ。


 ダーンは、無限に湧き上がってくるような闘気を持っているが、だからといって、並の人間なら数秒で干からびる程のエナジードレインを受けては、まともに闘えるわけがないのだ。


『フフフッ。剣に認められれば、あるいはもう少しマシなものとなるでしょうけど、今の時点では駄目ですね。この剣は、持ち主を失ってから気の遠くなる年月を虚無の中で過ごしてきました。そのせいか、どんどんその特性に磨きをかけてしまいまして』


「とんでもない剣だな」


『ええ。しかし、このエナジードレインの本質は、使い手の力を全てその刀身に宿らせ、全てを斬るためのものです。いつかはダーン、貴方が手にする日が来るといいですね』


「ゾッとしないな」


 ダーンは肩をすくめると、自分の長剣を鞘に収める。その瞬間に、蒼穹の絶界を解くのだった。





      ☆






 ダーンが通常の空間に戻ると、大理石の床に腰を下ろしてステファニーを抱いたルナフィスが、表情を明るくして迎えてくれた。


「遂に勝ったわね、流石よダーン」


「ああ、ありがとうルナフィス。だけど……少しここに来るのが遅すぎたな」


 苦虫を噛むような表情で、ダーンはステファニーの顔を覗き込む。彼女は意識を失っていたが、その顔色はとても穏やかでは無い。


「……そこは否定しないけど、ダーン、陛下との勝負に固執しすぎたわね」


「面目ない」


「まあ、あの強さに挑みたくなる気持ちはわかるわ」


 ルナフィスは溜め息混じりに苦笑いする。


『ステフは、今のところ小康状態ですが、魔力による精神や肉体への浸食は止まっています。デルマイーユ侯の術式のおかげですね、ありがとうございます』


 ソルブライトの謝辞に、遠く離れた位置にいるサジヴァルドは、無言のまま微かに笑って応じた。


「撤収しましょう、ダーン」


 ルナフィスの提案に、ダーンは一度手を掲げて、制止する。


「待ってくれ。まだ一つやることがある」


 そう言うと、ダーンは室内の最奥に設置された祭壇へと歩み寄る。そこは、リンザーが使用していた魔導杖を安置していた場所だ。


「ダーン?」


 怪訝な顔でルナフィスは問いかけるが、彼女はステファニーを抱いているため、身動きがとれない。そのルナフィスに、ダーンは一度振り返り、祭壇の中央付近にある石版を指さした。


「これがある限り、ステフの研究成果が悪用されるからな。破壊してしまおう」


『魔力の流れ方からして、あの魔導の杖を最終的に生成したのは、その石版で間違いありません』


 ダーンの言葉に、ソルブライトも肯定する。ルナフィスの位置からも、その石版は確認が出来た。少し光沢のある漆黒の石版――いや、もしかしたら単なる石では無いのかも知れないが、その大きさは縦が五十セグメライ(センチメートル)、横が三十セグメライ程のものだ。おそらく厚さも数セグメライといったところだろうか。


 ダーンが近付いて確認すると、見たこともない文字が石版にびっしりと刻まれている。


『魔界の高速言語でしょう。私も解読はできませんが、おそらくこの文字列が超弦加速器タキオニック・アクセラレーターの起動式かと』


 その石版には、ステファニーを魔力で浸食し得た、超弦加速器タキオニック・アクセラレーター理論の知識が記憶されていた。これが存在する限り、魔力に長けた者が手に入れれば、再び超弦加速器タキオニック・アクセラレーターの理論は悪用されるだろう。


「――破壊する」


 ダーンは抜刀して長剣を頭上に構えると、即座にそれを振り落とした。


 甲高い音をたてて、長剣が石版を断つ。


 だが――!


「なんだ?」


 石版を叩き斬ったダーンが、怪訝な顔で疑問の声をあげた。剣に伝わった感触に凄まじい違和感があったのだ。


『これは……石版の裏にも文字が……』


 割れて床に落ちた石版の欠片には、表裏の両面に文字が刻まれていた。そのうち、裏面に刻まれた文字列が紫色に淡く発光している。


「これは……たたき割ったというより、勝手に割れた感じだぞ」


 ダーンが警戒して、床に落ちた石版の欠片から間合いを切る。その欠片は、ぼんやりと紫の光を放ち、宙に浮き上がり始めた。欠片の数は全部で八つだ。


『どうやら、たたき割るという行為が、鍵となって発動する魔術のようですね』


 ソルブライトの指摘に、ダーンも肯いて長剣を正中に構える。


「フフフ……どうやら私は負けたみたいね」


 石版の向こう側、妖しげな祭壇から禍禍しい魔力が立ちのぼり、ダーン達に聞き覚えのある声が響いてきた。


「リンザーか?」


 祭壇から発せられる魔力と声は、確かにリンザー・グレモリーのものだ。


『どうやら……残存している魔力による擬似人格のようですね』


 ソルブライトの分析では、あと数分もすれば、その残存魔力も完全に消滅するとダーンにイメージが伝わってくる。


「ダーン・エリン……まさかお前がここまで強大な力を身につけるとはね。完全に私の誤算だったわ。さて、魔神魂を完全に消滅させられた私は、単なる残りカスよ。だから時間もないようだし、伝えるべきことを伝えておくわ」


 リンザーの言葉を発する祭壇が、魔力によって不気味な陽炎を発する。それと共に、宙に浮いていた八つの欠片が、妖しく輝きを増した。


「何をする気だ?」


 ダーンが強い口調で問い質すが、リンザーの残存思念は答えない。そのため、ダーンは長剣に闘気を込め崩魔蒼閃衝を放とうと構え始めた瞬間――


 八つの欠片のうち七つが、忽然と姿を消してしまった。


「フフフッ。あの石版には、私が研究してきた全てと、アークの至宝・超弦加速器タキオニック・アクセラレーターの理論が記されている。それを八つに分けて、お前達と、魔界の魔神達七柱に届くよう転移させたわ」


「なんだと」


 ダーンのすぐそばに、欠片の一つが落下する。


「八つの欠片が全て揃えば、内容は開示されるようにしてあるし、魔界の魔神達は欠片を手にすれば、私の意図は明確にわかるはずよ」


 リンザーの意図は、ダーンにも察することができた。つまりは、超弦加速器タキオニック・アクセラレーターの理論と魔導の技術をめぐって、魔界の魔神達を争わせるつもりなのだ。

 さらに、この場に欠片の一つを残したのは、その争いに人間達を巻き込もうというのである。


「最期まで悪辣な女だな、リンザー・グレモリー」


 ダーンは納刀して、足元の欠片を拾い上げた。


「ふん……褒め言葉として受け取っておくわ。わかっていると思うけど、私よりも高位の魔神達が、超弦加速器タキオニック・アクセラレーターを手にすれば、その力は私の場合とは次元が違ってくるはずよ。せいぜい、その欠片を奪われないようにすることね。あと、それを破壊すれば、すぐに他の欠片へと情報が転送される仕組みになっているから」


 リンザーは愉悦を含んで説明してくる。


「そうか……。貴様の最期にして最大の功績だな……もちろん俺たちからすれば最低な部類だがね。魔界、いや異界全てか……そしてこちらの世界、全てを巻き込んで揺るがすとは、恐れ入ったよ」


 それは、敵だった魔神への最高の賛辞となる言葉だと知ってダーンは口にした。もはや、本体の魔神魂が存在しないリンザー、その残存思念に話したところで、誰が喜ぶでも悔しがるわけでもないが――


「クックック……さようなら、心優しい闘神王。最期にいい思いができたわ……クックック…………」


 残存思念となった魔力が、喉を鳴らす笑いを残して、静かに燃え尽きるように消えた。


 リンザーの残存する魔力の気配が消えて、妖しげな祭壇もボロボロと崩れ落ちる。それを一瞥し、ダーンは踵を返した。


『やられましたね。これで、その欠片のことだけでなく、魔界の魔神達にステフの研究成果が本物であることも広まってしまいました』


「ああ、そうだな」


 ソルブライトの言葉に、ダーンは短く答えてそのままルナフィスの元まで歩いて行く。


「ダーン……」


「ステフは俺が抱いていくよ、ルナフィス」


 ダーンは、ルナフィスからステフの身体を受け取る形で、両腕に横抱きの形で抱き上げる。


『ルナフィス、そしてデルマイーユ侯、王宮への転移をおまかせします。これからのことは、ステフを回復させてから考えましょう』


 ソルブライトの言葉に、ルナフィスは無言で肯き、サジヴァルドからは念話で了承した旨を伝えてくると、ダーン達は、サジヴァルドが起動した転移術でアーク王宮へと帰還するのだった。

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