タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

月神の代行者

公開日時: 2020年11月30日(月) 14:23
更新日時: 2020年12月1日(火) 22:07
文字数:3,881

 遠見の水晶玉に映るその状況に、リンザーは驚愕し、わき上がる怒りのあまり歯軋りをする。

 

 紅い髪の魔神は、この世界での拠点としている、とある古城の最上階にあって、ルナフィスの無残な最期を愉しもうと、遠見の水晶玉を起動したばかりだった。


 攫ってきたアーク王国の第一王女、ステファニー・ティファ・メレイ・アークは、未だに意識が戻らず、そのまま隣室に用意した特殊な『迎賓室』に拘束している。


「あの男が生きていたなんて……。クッ……そうか、私があの《魔導結晶ルーン・コア》を手に入れたときは、既にのね」


 リンザーは、水晶玉に映るその男、サジヴァルド・デルマイーユが、かつて吸血鬼の真祖として、自分と会った日のことを思い出す。この世界での拠点を構えることと、現地での戦力調達のため、《魔》に精通した者を探査した結果、彼の存在を突き止め、リンザーの方から接触したのだ。


 実際に会ってみた感想としては、あまり使えない男という印象だ。確かに、魔力は強大だったが、それを制御するための『精神』が、特殊な魔力に冒されていて、戦士としては期待できないものだったのだ。


 それこそ、後で知った彼の妹の存在の方が、リンザーの興味をそそったくらいである。妹と説明されたが、その魔力はサジヴァルドの植え付けたもので、その身は人間。実に弄りがいのある玩具だと思った。


 そんな折、サジヴァルドが大事に懐に忍ばせていたのが、例の《魔導結晶》だ。


 特殊なダイヤモンドに、自然界の奇跡が重なって出来上がるその魔石は、魔界においても、トップレベルの秘宝である。ちなみに、人間達の世界では、《月影石》とも呼ばれているようだ。


 そんな秘宝を、半端者の吸血鬼がもっていたのだから、リンザーとしては奪わない手はない。いくつかの魔具と交換する名目で、渋るサジヴァルドを半ば強引に従わせて、自らの手中にしたのだ。


 ところが、せっかく手に入れた秘宝の扱いはなかなかうまくいかず、唯一成功したのが、先日の《四連魔核共鳴励起》だったのだが――まさか、予めサジヴァルドの霊魂が宿っていたとは気が付かなかった。


 真祖の吸血鬼だったサジヴァルドが、あんなにも腑抜けだったのは、本体となる霊魂を切り離していたからだったのだろう。

 リンザーが相手にしていたのは、霊魂が抜けた魔力の肉体と、微かに残った魂の残滓だったのである。


「なめたマネしてくれちゃって……竜の貴族崩れがッ」


 リンザーは激昂して、机上の水晶玉を手で払い落とす。石造りの床に落ちて、水晶玉が粉々に割れて散った。


 



     ☆





 偽りの夜に煌々と輝く銀の月は、周囲に満ちる濃密な魔力を銀の光で浄化している。その銀は、ルナフィスの傷付いた身体にも降りそそぎ、肉体的にも精神的にも癒していく効果があるようだ。


「兄様、どうして? ステフにやられちゃったんじゃなかったの? それに、なんであの宝石に? というか、これって魔力じゃなくて……」


 ルナフィスは、肉体が回復していくごとに、意識が鮮明となり、それが故に疑問が次々と浮かび上がる。そんな彼女を抱きかかえるサジヴァルドは、少しだけ口元を緩めた。


「ルナフィス、傷に障るからまだ喋らない方がいい。まあ、色々と釈明やら説明やらをせねばならないが、とにかくこの場を片付けるとしよう」


 サジヴァルドはそう言いあやすと、その全身から立ちのぼる銀の光をさらに強く放ち始めた。空の偽りの月が、さらに強く輝き、あたりの魔力瘴気が、清廉な神気によって浄化されていく――そう、神気だ。サジヴァルドが操っているのは、完全な神気、月の女神が権能である。


 一方、せっかくの肉欲の宴を邪魔された亜人共は、怒り狂っていた。各々、その手に極太の棍棒や斧を構えて、サジヴァルド達を包囲している。


 しかしながら、亜人達はすぐには仕掛けてはこなかった。一定の距離を保って、仲間の誰かが先に襲撃するのを待っているのだ。


 自分一人で最初には攻め込みたくない……。知能の低い亜人達ではあるが、本能的に不可思議な恐怖を、サジヴァルドから感じているらしい。


「ふむ……どうやら、そこそこ勘が良いようだな。……ん? ああ、この感覚は……そうか、お前達もそうなのだな」


 サジヴァルドは、周囲の亜人達に向けて一瞬だけ憐憫の視線を投げ掛けた。それは、《魔》によって、種族の性質さえも歪められた者達への手向けだ。

 同じく、《魔》によって歪められた種族であった竜界の者達、そして、森を愛していた一人の木こりと誇り高き森の狩人を想う。


「せめて――その魂に安らぎがあらんことを願おう」


 サジヴァルドは、天の月を仰ぎ見る。偽りの夜に浮かぶ偽りの月。しかしながら、その月の本質は本物だった。月の女神の権能を顕現させた、《活力マナ》の塊である。



女神へのムーンライト・小夜曲セレナーデ



 サジヴァルドの力ある言葉を合図に、天の月が一気に輝きを増し、無数の銀光が亜人達に降りそそいだ。


 月の女神の神気によって、亜人達に満ちた《魔》の瘴気が打ち消されていく。結果、魔力によりその身を生かされていた亜人達は、銀の光に溶けるように消滅していった。


「す……凄い……」


 眩い銀の光に目を細めながら、ルナフィスはサジヴァルドの力に感嘆する。そして、改めて確信した。この力はまぎれもなく、神聖な月の力だと。


 溢れる銀の神気は、やがて偽りの夜に溶けていた瘴気すらも完全に浄化すると、魔神・リンザーの展開した具象結界は、その維持が出来なくなり崩壊した。


「……こんなものか。ルナフィス、躰の方はどうかね?」


 結界を破り、昼の海岸線に戻ってきたサジヴァルドは、太陽を仰ぎ見て表情を緩めた。


「だ、大丈夫。それよりも兄様、ステフが! ステフがグレモリーに連れていかれて……すぐに助けないと……」


 ステファニーが攫われたことなどを訴えて、抱き上げられた体勢から、ルナフィスは身体を起こそうとする。


「あばれるな、ルナフィス。今は慌てて行動しても仕方がない。一度、アーク王宮へ戻るべきだろう」


「そんな! あの子を放っていくなんて出来ない! ステフは……ステフはね、記憶も何にもない私を、今の私を……認めてくれて……私はせめてあの子を護ってあげたくて……なのに……私、全然弱くて、情けなくてぇ……」


 ルナフィスの涙声が、サジヴァルドの耳朶を打つ。魔竜人として、妹として十年以上育てた彼にとって、この涙混じりの訴えは、ずっしりと響くものだった。悔恨と喜びの混じった奇妙で複雑な心情である。


「そうか……お前にも、親愛に値する友ができたか。――大丈夫だ、ルナフィス。アークの姫君はすぐに害されたりすることはないはずだ。それよりも、攫われた先はヤツの根城だよ。それ相応の戦力と準備がなければ、奪還はかなわないだろう」


「兄様……」

 

 ルナフィスは、はやる感情を抑えて、それでもあふれ出す悔し涙を、思わずの胸元に顔を埋めて隠す。

 その温かさに、でしかないサジヴァルドは、その魂を震わせるしかなかった。





     ☆




 アーク王宮の地下、王家の訓練場にて、国王と蒼髪の剣士との激突は、さらに激しさを増していた。


 そんな中、必死に防護結界を制御する金髪優男の隣で、王立科学研究所の長スレームは、してやったりといった笑みを浮かべる。


「何かしら良いことがあったのかな?」


 冷や汗を額に浮かべるケーニッヒが、訓練場の方を見たままで問いかける。


「はい。貴方にとっても朗報です。かけておいた保険がうまく効きました。ルナフィスは負傷したようですが無事ですよ」


 タブレット型の端末を操作しながら、スレームは微笑と共に告げる。


「それは僥倖だね。そうか、デルマイーユ侯が復活したんだね。あの月影石は、やはり彼だったのか」


 ケーニッヒも、先程より東の方に生まれた主神級の神気に気が付いていた。魔力と神気で性質は真逆だが、波長そのものには覚えがある。


「まあ、以前私が用意して彼に手渡したものですからね、アレは」


「とっておきの情報が飛び出したね……。ということは、会長は昨日の緋色の化け物退治の時には、月影石のことに気が付いていたと?」


「いえ、それは確証なかったですが、ルナフィスが手にしたときに、彼の魂魄の波長を微かに感じてましてね」


「そうか。彼は、《魔》の支配から逃れるために、自分の魂魄を魔力に縛られた肉体から切り離したのか」


「その結果、わけですね。まさに、今の彼は《月神の代行者》というわけです」


「凄い神気ですわ。月の女神は、私達とはちょっと次元が違う権能を持っていますが、それをほぼ完全に扱えるなんて」


 スレーム達の会話に、大地母神ガイアたるミランダ・ガーランドが口を挟んだ。その向こう側、水神の姫君サラスたるカレリアもコクコクと肯いている。  


「ほぼ神王級の力だよね、コレ……。やだなぁ、ますますボクの肩身が狭くなるなぁ」


「ふふふっ、ご謙遜を」


「さて、それよりもスレーム会長、一つ悪い報告があるんだけど、いいかな」 


「おや? それでは、なるべく簡潔に教えて下さい」


「結界がこのままだと、保たないよ」


 ケーニッヒの言葉に、スレームは顔色一つ変えずにこう応じた。


「なんとかしなさい」


「そうしたいのは、ヤマヤマなんですがね。どうしようかなぁ、ダーンもリドル陛下も、想像以上だよ。というか、あの二人の天使が焦るって、想像してないよね? アハハッ」


 乾いた笑いをもらして、ケーニッヒは二階席の二人の天使を見やる。


 スレームが視線をカリアス達に向けると、確かにあの灼髪の天使長が、凄まじい闘気を発しつつ、戦慄していた。


 防護結界の中では、その場の誰もが予想していなかった超高次元の闘いへと進展していたのだった。 

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