ひとしきりダーンをからかって満足したのか、ステフは軽く咳払いをした後、
「とにかく、話が著しく脱線したから元にもどすわ」
「君が脱線させたのでは?」
「うるさいわねッ。男がいちいち細かいこと気にしないでよ」
「おーい……」
ステフのあんまりな言い分に、ダーンは唖然とするが、やはり何故か憎めない。
「この銃は、あたしの特務隊と王立科学研究所で試作したものよ。《衝撃銃》といって、従来の理力銃とは根本的に別物よ」
軽い非難のこもった視線を無視し、ステフはダーンに銃の説明を始めた。
説明と言っても、内部構造の仕組みや理力力学の応用などの専門的解説をしても、剣士のダーンには解らないだろうし、第一そういうことは重要機密だ。
一般的な理力銃との違いについてと、《衝撃銃》の弾丸特性などの簡単な説明にとどめて、ステフはダーンに解説していく。
ステフは簡単な特性の概略程度を丁寧にわかりやすく解説。
彼女の《衝撃銃》の基本的な説明を受け、ダーンも一応の理解をしていた。
アテネ王国でも、猟銃や軍用のライフル銃、もちろん拳銃も実用化されている。
ダーンが知識として知っていたそれらは、全て金属の弾を撃ち出す一般的な銃だ。
ステフが使っていた銃は高威力の光弾を撃ち出し、しかも給弾をしないで何発も打ち続けていたため、昨夜一緒に戦っていたダーンは不思議に感じていたのだが。
「連携するにあたって、知っておいて欲しいのは、このベーシック状態で連射数は最大六発、チャージサイクルは一発につき二秒間、理力カートリッジ一つで七十二発よ。今回、予備のカートリッジは持ってきてないから、あまり多用したくなかったんだけど……」
ステフのその言葉を聞き、ダーンは、彼女を宿屋の息子と勘違いして助けようとしたとき、彼女が手にしていたノムの猟銃を何発か魔物に撃っていたことを思い出した。
「そうか、だから昨日魔物に襲われていたとき、ノムの猟銃を使っていたのか」
「そうよ。でも、あの猟銃の散弾は結局全然効かないし、こっち使う羽目になったけどね。おかげで今の残弾は三十八発……。はっきり言って心許ないわ……」
言いながら、ステフは後悔の念を抱いて眉根をひそめる。
《レイナー号》の特等客室に戻れば、予備の理力カートリッジが二つほどあるはずだった。
だが今更あの船には戻りにくいし、町の者の話では、今朝方早くにアリオス湖を飛び立ったようでもある。
吸血鬼の迎撃に出たあの時、対艦狙撃砲のことばかり気にして、ついうっかり予備のカートリッジを失念してしまったのが、そもそもの後悔の始まりだったのだが。
そんな彼女に、ダーンは丁度いい機会かもしれないと思い、質問する。
「ところで、君は魔竜を一人で撃退したって話を聞いたんだが……」
ダーンの質問を耳にして、ステフは一瞬きょとんとするが、すぐに肩を竦めて言う。
「ああ……あれね。あれははっきり言って運がよかっただけよ。たまたま魔竜用の装備がいくつか揃っていただけ。だから、今のあたしじゃまともに魔竜クラスと戦えるわけないわ」
さらにステフは、《レイナー号》襲撃の際にあった吸血鬼の《魔竜人》、サジヴァルド・デルマイーユとの戦闘についても話し始めた。
その内容はステフ自身がとった戦術――
敵の目的がステフを拉致することと推察し、理力爆弾や彼女に似せたマネキン爆弾、対艦狙撃砲をもって敵を翻弄したことや、最後の反理力器のことについても説明したものだった。
「えげつないなぁ……」
ステフの話を聞いたダーンの第一声であるが、ステフは振り返りつつ睨め付けて、
「しょうがないじゃない、こっちは襲われた身なのよ。それに結構ギリギリの賭けでもあったんだから」
その言葉を聞きつつ、ダーンはスレームが言っていた「彼女最大の武器」が何だったのか改めて理解していた。
彼女は強い。
それは、強力な理力兵器を自在に扱い、相手の心理を読んで策にはめる戦術、その『戦争』としての闘いの上でという意味もあるが、決してそれだけではない。
彼女の最大の武器は、その精神力だ。
昨夜は流石に緩んでしまったところがあったのか、自分の目の前で涙してしまったが――――
思い返せば、昨日の実戦の中でも、彼女はその脆さを一切出していなかった。
今なら解るが、襲撃に遭った際、彼女はきっと怖かったはずだ。
しかし彼女はその恐怖を精神力で押さえつけ、的確に状況を読み取り、最適な戦法を駆使して勝利した。
確かに、運がよかったかもしれないが、決してマグレではないのだ。
アーク王国という世界トップクラスの強国。
その軍人にして女性の身でありながら大佐の階級にある彼女は、やはりその見た目の可憐さからは想像できない修羅場を経験してきたかもしれない。
ダーン自身も、傭兵隊の任務で魔物との激しい戦闘を経験してはいるが。
噂に聞く隣国アメリア・ゴート帝国との関係を考えると、自分では想像できないような『戦争』をくぐり抜けてきたからこそ、彼女は今の地位にあるのだろう。
そこまで彼女に対する考察を経て、ふとダーンは一つの好奇心をにわかに芽生えさせる。
それは、昨夜も芽生えかけた興味でもあるが、彼女の実際の年齢だ。
昨夜は襲撃にあった直後の動揺した彼女を見て、子供のようだと感じたものだった。
でも、今朝からの印象は、そういった『脆さ』からくるものではなく、先ほどつい口に出てしまった『可憐』というイメージによる子供っぽさだ。
先ほども馬上ではしゃぐ姿は、何というか……大人の女性というイメージからは少々乖離している気もする。
その後、しっかりと色気のあるからかわれ方まで受けたわけだが、正直、自分自身の女性経験が極めて乏しいが為、判断に困るところだ。
女性経験といえば、昨夜彼女から、いずれそういう方面の手ほどきをしてくれるみたいなことの申し出があったが……。
そんなことを冗談交じりにも言い出してしまうということは、やはり、かつて彼女の魅力を独り占めした男性も少なからずいるということだろう。
妙な苛立ちを感じるのは何故だろうか?
いや、そもそも、自分は何故このようなことまで興味を持っているのだろうか?
確かに彼女は重要な護衛対象であり、戦闘の際には頼りになる相方と言っても過言ではないが、女性にこれ程興味を抱くこと自体、自分には珍しいことじゃないか。
まあ、ことここに至っては、あの琥珀の瞳を見て何も感じないわけではないが、そちらの方はまだ確信がないではないか……。
「それから、もう一つ確認しておくわ」
一人思案にふけっていたダーンの鼓膜を、ステフの凜とした声が打つ。
ダーンは思考の迷宮に入りかけた自身を引き戻し、何とか平静を保って応じようとした。
「なんだい?」
「サイキックのコトよ……どうやら、貴方も複数の属性をコントロール出来るみたいだけど、それほど強力でもないでしょ。あたしも光系ならなんとか中級クラスは扱えるけど、決め手にはならないと思うわ」
「確かに……俺も、せめて固有時間加速の扱いだけは何とかしたいんだが……」
「固有時間加速ねえ……そちらはあたしの専門外かな。まあ、単に相手よりも速くっていうのなら、あたしも別のアプローチを知らないこともないけどね。それよりもあたし達が協力すれば……」
「昨日の魔物を倒した時のやつか」
言ってダーンは昨夜の花弁の魔物を焼きながら切り裂いた、強力な炎の刃が舞い踊る情景を思い出す。
あれは、自分たちがおいそれと発動させられるようなシロモノではなかった。
間違いなく、上級クラスのサイキックである。
「ええ。あたしは便宜上あの現象を《ユニゾン》と呼ぶことにするけど……同じ波長で違うイメージを重ね合わせる変化だけじゃなく、しっかりと威力も中級以上のものだったわ。きっと、増幅する性質があったのよ。これは、あたし達だけの決め手になるわ。一応覚えておいてね」
ステフの話に、ダーンは頷いて、
「ピンチになったら、君の手を握ればいいんだな」
「…………。粘膜的な接触ならさらに強力だったりして……キスするとか」
少しだけ頬を朱に染め、ステフはダーンに対し流し目を送る。
「…………恥ずかしいとは感じないのかなぁ。それとも、俺がそういう方面で完全に新兵なのがいけないのか?」
「さぁーどうかしら……。もっとも、勝手にあたしの唇奪おうものなら、即刻風穴だらけにしてあげるけど……」
「君の場合、銃より平手打ちの方が怖くて速かったような……」
「何? 怒るからもっとわかるよーに言ってみて!」
ステフのその刺すような視線に、ダーンは首を竦めておどけ笑うと、ややあって彼女も口元を柔らかく緩めるのだった。
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