タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

閑話~小休止~

公開日時: 2020年11月16日(月) 23:46
文字数:2,692

追憶編の小休止、一度17歳の二人の視点に戻ります。


そして、やはりお風呂はいいなぁ!

 白い肩を揺らして、ルナフィスが笑いをこらえている。


 これまで過去の話をしてきたステファニーにとって、その反応は面白くはなかった。


「笑うトコじゃないわ……一緒に怒るところよ」


 ステファニーの不満の声に、ルナフィスは手で軽く謝罪のジェスチャーをするが、こみ上がってくる笑いを抑えきれない。


「ごめ……だって、アンタ……会っていきなりパンツとか……」


 なおもこみ上がってくる笑いの衝動のため、息も絶え絶えに言うルナフィス。


 彼女には、ステファニーがダーンと初めて出会ったときのハプニングが妙にツボに入ったようだ。


「そ……そんなに笑うことないでしょ。というか……女の子のパンツ見て『変なモノ』って言ったのよッ、あの朴念仁! 初対面の女の子に言う言葉かってーの」


 った肉体の熱とともに、過去に芽生えた怒りの熱をも放つ勢いのステファニーだったが、ルナフィスは「そうね、そうよねー」と適当に返してくるだけだ。


 そのルナフィスも、そのきやしやな身体にかなりの熱をため込んでいて、肌は上気し、大量の汗が玉になって、滑らかに流線を流れ落ちていく。


 彼女たちがいるのは、三畳程度の広さのサウナ室だ。


 温泉浴槽の隣に併設されたもので、理力赤外線ヒーターの熱でかなりの温度と湿度に設定されているため、十分間も入っていれば、身体がカンカンに熱せられて、苦しいほどだ。


「もう!」


 ルナフィスの態度に若干の腹立たしさを覚えつつ、ステファニーは腰を上げ、そのままサウナ室を出ようとした。


「あ……ごめんね、悪かったわー」


 あまり悪びれていない風で言い、ルナフィスもステファニーに続いてサウナから出る。


 先を行くステファニーは、少し火照った裸身を晒したまま、そのままサウナ横の水風呂に歩いて行き、浴槽のふちに置かれた手桶を手に取った。


「ん? ステフ、それって?」


 ルナフィスがひのきで作られた浴槽を見つめ問いかける。


「水風呂よ。サウナの後はこれでしょ」


 そう言い放つとステファニーは、手桶で水をすくい、一気に頭からかぶった。


「ん~~~」


 冷たい水の感触に、思わず声を漏らして、そのまま今度は浴槽の中に身体を入れていく。


 それを眺めつつ、ルナフィスが若干、頬を引きつらせた。


「よく、水風呂なんか入れるわね……」


「え? サウナの後って、コレがいいんじゃない。ルナフィスも入ってみれば? 最初に一気に水を被ると意外と平気なモノよ」


「……遠慮しておくわ。水辺だし、ここに座ってればクールダウンできるし」


「ふーん……気持ちいいのに…………ねえ、ルナフィス……向こうの壁の高いところにある時計なんだけどさ、もうすぐ10時になるでしょ。あれ、からくり時計だから面白いモノ見れるわよ」


「へえ……さっすが王家の浴場ね」


 そう言って、ルナフィスがステファニーから背を向け、向こう側の壁の方に注意を向けた瞬間だった。


 ステファニーが持ったままの手桶を使って、浴槽の水をルナフィスの肩口から思いっきりぶっかけた。


 甲高い悲鳴が、濡れた空気に反響し、そのままさらに盛大な水音を立てて、ルナフィスの身体は浴槽の中に引きずり込まれるのだった。





     ☆





 遠くで女性の悲鳴のような音が聞こえた気がしたダーンは、湯の中で怪訝な顔をしつつ耳をそばだてる。


 しかし、その後不穏な気配はなく、気のせいかと思い直す。


 ダーンも、王宮内に設置された男性用浴場にその身を置いていた。


 こちらも地下からくみ上げた天然温泉で、このところ随分と温泉に入ることが多いなと妙な感慨に浸っている。


 もっとも、このほかの温泉は、エルモのもので濃い乳白色のお湯だったが、今回のお湯は無色透明だった。


「どっちもいい湯だ……」


 一人、二つの湯について正直な感想を漏らすが、独り言とはいえ滅多に口にできない本音もある。


 当たり前のごとく、エルモの露天温泉の方がぜいも良く、その上、一緒に入浴していた存在があって――



――って、何考えてんだ。



 妙な思考になって、若干バツの悪い気分になるダーン。


 いい機会だから、一人落ち着いてこれまでのことや、これからのことを考えてみようかと思うが――



「おっ! どうだ? ウチの風呂は……なかなかのモンだろう?」


 独特の中低音が、湿気を帯びた空気にこだまする。


「な……」


 ダーンは我が目を疑った。


 彼の視線の先に、鋼のような肉体を惜しみなくさらして仁王立ちする、アーク王国国王の姿があったからだ。


「ん……どうした? 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしておるぞ……。ははん、さては……ここでステフあたりが入ってくるとでも思っていたか? 残念だったな。ここは混浴なんてパラダイスはないぞ」


「え……いや、そういうことではなくて……何故陛下が……」


 考えにくいコトだった。


 こくひんに準ずる扱いとはいえ、ダーンは他国の傭兵でしかないのだ。


 そんな彼のところへ、アーク国王がお供もつれず一人丸腰でやってきて、一緒の湯につかろうとしている。


 リドルは、かけ湯を豪快に被ると、そのままダーンの入浴している湯殿に向かい――


「いくぞ! リドルレヴォリューション! とおっ!」


 ワケのわからないかけ声高らかに、裸身のまま、ダーンの方にダイブした。



 豪快な水音とともに、湯柱が湯殿に上がる。



 至近距離で湯柱の湯しぶきを喰らったダーンは、したたか湯を飲み込みむせ返った。


「ゲヘン、ゲフッ……ちょ……ちょっと陛下」


「ふははははッ! やっぱ裸の付き合いは楽しいな、少年!」


 湯床にあぐらをかいて、リドルが盛大に笑った。


「一体、どうして……」


「どうしたもこうしたもあるか。ステフと二人で旅してきた男の素顔を見ようと思ってな。これでも、親馬鹿なのだ」


 リドルはさも当然といった感じで言い放ち、ダーンの顔をのぞき込む。


「素顔も何も……顔なんか最初から隠してなんか……」


「そういう意味じゃないぞ、少年。お前のこの奥に隠している想いモノのことだ」


 リドルは右の人差し指の先で、ダーンの胸の中央を指す。


 その途端、ダーンの顔色が変わった。


「陛下……」


「ふん……。俺を見くびらんことだ少年。これでも世界のあらゆる事象を見定め、国を動かしてきたんだ。貴様一人の想いの内など予想がつく……」


 リドルの言葉を聞きながら、ダーンは奇妙な感慨を覚えていた。


 この十日あまりの期間で、いくつもの想いと『とあるモノの部品ピース』が彼の頭の中で組み上がってきていたが、この瞬間に、欠け落ちていた最後の部品がはまりつつある。


「……そう……か……そういう……」


 ダーンの呟きに、リドルがニッカリと楽しげに笑う。


「どうやら、そろそろの様だな。とりあえず、挨拶のやり直しでもしておくか? 久しいな、少年」


 リドルの言葉に、ダーンは若干の苦い顔を浮かべつつも微かに笑うのだった。



 

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