リドルの放った大技で、訓練場のフィールドは、芝生が剥ぎ取られ、下土が爆ぜていた。大量の土砂が舞い上がり、ドーム内の大気を煙らせる。
そんな視界不良の状態でも、ナスカとリーガルは、超高速戦闘を継続していた。その衝突の凄まじさに、大気中の分子が電離崩壊し、落雷でもあったかのような轟音を立てる。
「やれやれ……陛下もお遊びが過ぎるな。これでは、こっちがやりにくい」
土煙から飛び出るように空中へ舞ったリーガル、眼下の景色に苦笑交じりに言う。
「オイコラッ! よそ見してんじゃねぇ、なめてんのか」
跳び上がったリーガルを追って、ナスカも飛翔し、ドームの天井付近で長剣とトンファーが打ち合う。
「フン。別になめてなどいないさ。だがな……」
飛翔しているリーガルは、ナスカの剣戟の勢いを利用して、そのまま後方へ飛ぶ。ナスカも再び間合いを詰めるべく、彼を追って前進するが。
「なにッ?」
覚えたての《空戦機動》を駆使してリーガルを追っていたナスカだったが、前を飛行していたリーガルの姿が忽然と消えて、驚愕する。
「こっちだ」
そして、背後からリーガルの声。反射的に長剣を後方へと振り抜こうとするが、その腕をとられ、関節を極められてしまう。
「クッ……今、アンタ……消え……」
右肘の関節を極められ、空中で身動きがとれないナスカ。彼も固有時間加速状態だ。いくらリーガルの加速が速いからといって、消えたように見えるほどの差はない。
「時空加速器を操った時の俺は、固有時間加速だけでなく、重力や空間も自在に操れるのさ」
リーガルの説明は、ナスカ自身が言った言葉を肯定していた。つまり、空間を操っての瞬間移動だ。
「何でもアリだな、アンタ」
「さあな。この二十数年、出鱈目な国王とお前の父親達を追いかけていたら、このようにそれなりな強さを得た。無理な改造と改良、調整で、ボロボロのこんな体が強いとは、自分では言いたくないがな」
リーガルは、極めていたナスカの腕を放し、そのまま彼の背中を強く押す。攻撃と言うよりは単なる解放だ。
「なんだ、どういうつもりだよ?」
関節を極め圧倒的に優位な状態から、特に攻撃を重ねずに、解放されたことで、ナスカは怪訝な視線で睨む。
「どうもこうも……稽古としてそれなりに成果があったのでな、そろそろ終わりだよ」
「ちっ! 勝ち逃げかよ」
「このまま続けて、再起不能になるまでその身を削る気か? 現時点の力量の差がわからないお前ではあるまいに」
「……まあ、そうかもしれねーな」
「それにな、俺もこのまま全開近くで闘えば、身が持たないのさ。実は時空加速器を使うのは5分以内と女房からの厳命でな。理力エネルギーで体が崩壊するよりも、アイツの方が怖えんだよなぁ……お前もだろう?」
ナスカは視線をリーガルの視線の先を追って観覧席を見下ろす。そこには黒髪の少女がこちらを見上げている。
「ちっ……あー、降参だ! とんでもねーオヤジだよアンタは。勝てる気がしねぇ」
うそぶいて、ナスカは土煙が晴れ始めた眼下のフィールドへと視線を移す。
「……焦るな、ナスカ。今は確かに至らないが、いつか必ずお前も彼処へ辿り着く」
そう語って、リーガルも視線をリドル達の方へ向けた。そこには、コンバットスーツをはだけさせて、黒髪の男が緋色の訓練着の姿で立っていた。
「いつになるやら……だな」
ふらふらと、ナスカは観覧席の方へ飛翔を始める。そこへ、鈍色のボディを差し込み、リーガルが肩を貸した。
「近い将来だ。お前は、その厄介な力をまだ扱いきれていないだけだからな。昔の俺と同じだ。理力と闘気の差はあるが、厄介な力を制御する術は、俺が鍛えあげてやる」
リーガルの強い言葉に、ナスカは苦笑しつつも、一言「いつか超えてやる」とだけ答えた。
☆
ナスカとリーガルが観覧席へと降りていくのを見上げながら、リドルは愉悦に喉を鳴らした。
「どいつもこいつも、知らぬ間に強くなりやがるなぁ」
リドルの視界で、ナスカの右手の長剣が、ボロボロと崩れていく。それは、剣の金属が強力すぎる闘気のせいで燃焼して脆くなった証しだ。
その剣はただの剣ではなかったはずだ。アスカ皇国の高名な鍛冶職人が打ち、さらに通常の金属とは違う電子ガスと内殻電子との結合状態から、雷神王がその力で鍛えあげた逸品と推測できる。
それが、あのような無残な姿になるほどの龍闘気をナスカは使っていた。それなのにその龍闘気による暴走や自壊は無い。
ナスカは、リーガルとの戦闘で、明らかにその実力を引き上げたのだ。
そして──
「よくも、俺のお気に入りを壊してくれたものだな、少年」
リドルは、蒼白く燐光を纏った長剣を構える蒼髪の少年を見据える。
『秘剣・蒼閃烈波……ようやく第二の秘剣を会得しましたか』
ソルブライトの安堵する声。
「ああ。危なかったけどな」
ダーンは苦笑いする。
リドルの放った大技を、ダーンは新たな秘剣で迎撃したのだ。その技は、剣に蓄えた闘気を、横薙ぎの太刀筋で解放し、衝撃波を半円状にして放つもの。
奇しくも、リドルが放った技と同じような技で切り返し、威力を相殺……いや、掻き消して突き抜け、そのまま技後硬直したリドルに攻撃が届いたのである。
その威力のせいで、リドルのコンバットスーツが破壊されていた。
「まあ、しかし。こんなものか」
リドルは手にした長剣をその場で投げ捨てる。芝の上に落ちたそれは、鈍い音を立てて、ボロボロに崩れ落ちた。理力エネルギーで強度が保たれていたものの、それが無くなった反動で金属原子が崩壊したのだ。
「こんなもの……とは?」
ダーンの問いに、リドルは肩をすくめ応じる。
「なに……神界の剣術といわれる《闘神剣》とそれなりに闘えるのならば、試作品とはいえ上々だろう? 我が国としては有意義な《稽古》だった、ということさ」
「……お言葉ですが、それは認識が誤っていませんか?」
「ほう……?」
「そのコンバットスーツとかいう代物、きっとそのままじゃ役に立ちませんよ」
ダーンの指摘に、リドルが表情を変える。
『その通りですね、リドル。貴方だからこそ、その性能が維持できたのでしょう』
ソルブライトも、ダーンの意見を肯定する。
「今回は、このコンバットスーツの力でやり合っていたんだがな?」
「確かにその通りですね。しかし、中身はどうなんです?」
「中の人などいない!」
『論点がズレるので、そういうお約束はいりません』
「と、とにかく。それを装備した人間が、ごく普通の肉体だったら、再起不能だと思いますが?」
ダーンの指摘に、リドルは唸る。
それを観覧席から聞いていたスレームが、自嘲する。
「元々、試作品というか、ハッキリ言うと、陛下のための玩具ですからねぇ。装着者の骨格に与える負荷を度外視して、ギンギンにチューニングしてますので」
開発者側と思われる、王立科学研究所の長が暴露する。
「あー、なるほどなぁ。俺以外だと、増強された動きに、骨格が耐えられんのか」
迂闊だったとばかりに、頭をかくリドル。
「それだけでは無いですよ」
「ふむ?」
『ダーンの秘剣、その威力は貴方の技の力で相当減衰していました。それが直撃したとはいえ、本来防御重視のその装備が崩壊したのは、かなり問題です』
「出力を上げすぎましたね。後半は完全に理力エネルギーがオーバーフローしていました。そのせいで、スーツの外殻が脆くなっていたのでしょう」
冷静に分析するスレームだったが、その隣から――
「いやしかし……。ダーンの秘剣の威力を減衰出来る時点で、その装備色々とやり過ぎな技術だよね」
ケーニッヒが苦笑いして、スレームに突っ込む。
「レオのように、『時空加速器』積んで装着者の脳に負担かけるとか、そのへんは避けたんだがなぁ」
鋼の獅子に関する気になる一言を含んで、リドルは苦笑い。そして、ダーンに向き直る。
「いずれにしても、ここまでだな少年。少し物足りぬが、コンバットスーツの開発については、かなりの前進だ。問題点も今日のデータを精査すれば、最適な出力を割り出せるだろうからな」
そう言って、リドルは踵を返すと、出口に向かって歩き出す。
「……」
リドルの背中を見つめ、ダーンが無言のまま剣を握る手に力が入った。その瞳の奥で何かが燻っている。
「……ああ、そうだ。帰国の件は了解だぞ少年。スレームにレイナー号の特等客席を用意させるから、あとで詳細な帰国予定を告げるがいい」
振りかえることもなく、リドルは言い捨ててゆっくりと、出口に――
「待てよ、閃光の王」
そのダーンの声に、その場にいた全員が目を見開いた。ただ彼の瞳には、やはり燻り続けている。
「ほう……? 何か用があるか、少年」
「……このまま帰国は止めだ! そうだ、止めだ!」
「何を言っているのだ、少年。お前に、この国に残る理由があるのか?」
「あるに決まっている。ああ、決まってるさ! 俺は……」
燻っている。
記憶を封じられてからの七年間、無意識に蓄積された不完全燃焼の何か。それが今、この場で漢達の熱にあてられたのが、飛び火したのか……そう、火が点いてしまっていた。
「俺は……!」
小さな種火は、始めはなかなか燃え広がらずに、ただ燻っていたのだが。
「ステフに……アンタの娘に、騎士としての誓いを立てた。その誓約を果たさなければならない」
闘いの熱に煽られて、燻り方が変わる。奥の方から、赤熱状態のまま抑えられていた焔が、その猛々しさをチラつかせる。
「……槍すら出さなかったアンタに、このまま見逃されるわけにもいかない! ――ってかさ、なめるのも大概にしやがれってんだよッ! ふざけんなッ! ふざけんじゃねぇぇぇぇッ! このクソ親父がぁぁぁぁあッ!」
全身から爆発的に闘気を放出し、怒声を吐き捨てた。これまでのダーンらしくない汚い罵りで、感情を剥き出しにして、世界最大の利権を持つ、大国の国王を罵倒する。
「……いいだろう。だがな、これ以上、俺の娘をどうこうしたいのなら、まずはこの俺を倒してからにしてもらおうか、少年」
凄惨なる笑みを浮かべ、最強の男が蒼髪の少年へと振り返った。
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