タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

国王からの依頼

公開日時: 2020年11月23日(月) 15:29
文字数:3,665

 本日未明、アテネ王国北側国境付近に位置するアリオス湖にて、アーク王国船籍の旅客飛行船が消息を絶った。


 ホーチィニの説明した状況は、いきなりの重大案件だった。


「消息を絶った後、しばらくして大規模な爆発が十数回確認されています」


「それって……墜落しちゃったってこと?」


 重苦しい空気の中、エルが恐る恐る最悪の事態を口にし、ダーンも息をのんだ。


「あー……それがだなァ」


 説明された状況にそぐわない気の抜けた声を上げたのは、国王たるラバートだ。


「墜落はしてないのです」


 国王の隣に座るホーチィニが、補足説明する。


「どうも、ハイジャックにあったみたいなんだが……あっさりと撃退しちまったようだ。爆発はその時のもので、どうも旅客船からの攻撃によるものらしい」


 ラバートの言葉にげんな顔をしたエルは首を傾げた。


「は? 旅客船ですよね」


「ああ、そうとも。豪華客船だ」


 エルの疑問にラバートが応じる。


「攻撃したんですか? 旅客船が」


「そうだ。相手は魔竜だったらしいがな……機甲師団の国境警備隊が観測したところ、艦隊戦なみの火力だったらしい」


「旅客船ですよね?」


「さっきからそう説明してるんだが……」


 エルの繰り返しになる質問に、ラバートは半目になって応じる。


「し……失礼しました。しかし……」


 国王の機嫌を若干でも損なってしまったかと、少し肝を冷やすエル。


 それでも彼女はアテネ王国を守護する傭兵隊員としての立場から疑念を言葉にしようとするが、国王がそれをやんわりと片手で制する。


「ああ、言いたいことはわかっているぞ。まあ、ウチの国益に支障をきたす程でもないしな。大事な同盟国だ。この際、知らなかったことにする」


「あのー、いいんですか、そんなんで」


 はっきり言ってエルの言葉は国王に対する不敬とも捉えかねられないが、対するラバートは特に気にもしていないようだ。


「いいんだよ。あとでリドルのヤツから秘蔵の『たゆん、たゆんっコレクション』を譲ってもらうから」


 いきなり鼻の下を伸ばした国王の隣で、宮廷司祭がすかさず咳払いをし、机を鞭の柄でたたいた。


「おっと……冗談だって。本当に冗談が効かない女だなァ……」


 胡乱げな視線を鞭に向け、悪態を吐くアテネ国王。


「とにかく! 船自体はアリオス湖に不時着し航行不能ではあるものの、船体は無事のようですが、問題は乗客です」


 うんざりといった風でホーチィニが声のトーンを高める。


「そうそう……この船には一人アーク王国の要人が乗っていてな。そいつが魔竜との戦闘後に行方不明になった」


 ラバートの言葉にダーンは眉をひそめる。


「要人ですか」


「ああ。なんでも、今回ハイジャックしようとした魔竜の相手を一人で買って出て、あっさりと撃退しちまったらしい」


「そいつは、凄いな」


 ナスカが嘆息するが、その彼の鼻先にラバートは錫杖を突き向ける。


「おう、お前よりも圧倒的に戦力になるな」


「やかましいッ」


「ふんッ。それで、その要人だが……アーク王国軍特務隊に所属する人物で、階級は大佐だそうだ」


 ラバートの言う『大佐』という階級には、ダーンもなじみがない響きだが、ホーチィニがすぐに補足説明を差し込む。


「私達アテネでは騎士や兵の階級制度を導入していませんが、アーク王国では戦隊長の立場になります」


「戦隊長の立場か。……魔竜を一人で撃退できる男ですか。相当の実力者ですね」


 ホーチィニの言葉にダーンが両腕を組みながら発言。


 その言葉に、ホーチィニは少しバツの悪い顔をし、国王が軽く溜め息を吐いた。


「あー……うん、そうなんだがな…………その、若い女らしいぞ、そいつ。それでアーク王国からは内密に、彼女の捜索依頼があった」


「乗船名簿から、名前しか判明してませんが、ステフ・ティファ・マクベインというそうです」


「あん? マクベインって……」


 少し怪訝な面持ちをしつつ、ナスカがホーチィニに視線を移すと、彼女は軽く頷いて言葉をつなげる。


「ええ、私の祖母の家系になります。私とは従姉妹に当たるようですが、私も会ったことはないですし、実は初めて知るんです。祖母は事業のかたわらで、養子縁組みをしたり、孤児院を経営したりとしていましたから。私が直接知らない親類も多いみたいで」


 少し困った顔で説明する。


「名前以外、なんか他に特徴とかないんですか?」


 ダーンの質問に、ホーチィニは少し思案する素振りを見せた。彼女の脳裏には、真夜中に祖母のスレームから理力無線機にて内密に連絡が来た時のことがフラッシュバックする。


 昨日は、たまたまナスカ達の夕飯を作りに行きそのままアルドナーグ邸に宿泊したホーチィニ。ナスカの妹、リリス・エルロ・アルドナーグと一緒に過ごした寝室において、祖母とリリスが表現したステフ大佐の特徴は――



――擬音系で表現すると、『たゆん、たゆんっ』



 夜中のやりとりを思い返したホーチィニは、揺れるアレの情景を想像し、胸の奥にモヤッとしたモノが湧き上がる。


「それは……その……」


 言葉を濁しつつ、ナスカの方をチラ見した後一拍おいて、瞳を強く閉じると語調を強めて言い放つ。



「知りませんッ!」



 ホーチィニの強い否定に、ダーンは僅かに腰が引けてしまい「あ……いや、その……そうですか」などと小さく呟いている。


 そのやりとりを見てナスカはまたもや怪訝な顔をして、


「おい、最後の方……なんで怒ってんだ?」


「別に……怒ってない」


 ホーチィニはなんだか悔しそうな表情を滲ませナスカをにらむ。


「まあ、とにかく、アーク王国にとっては、色々と秘密にしておきたい人物のようでな、詳しい人着や人定事項はなるべく伏せていたいらしい」


 なんとなく見かねたラバートが苦笑しつつ説明を差し込むと、ホーチィニは若干顔を赤らめて、視線をナスカから外した。


 それを横目にしながら、ラバートはさらに言葉を続ける。


「ただ、アーク軍の身分証も持っているようだし、ウチの傭兵隊なら、彼女に会えばアテネの人間とは違う雰囲気みたいなものを感じて判別できるだろうってことで、傭兵隊の精鋭に捜索を依頼してきたのさ。しかも、リドル国王直々にな」


「それがオレたちの任務ってことか」


 ナスカの言葉に、ラバートは軽く頷くが、さらに胸のポケットから親指大の黒い物体を取り出す。


 それは金属製の円筒で、表面にアーク王家の象徴たる《桜花の紋章》が掘り込められており、首から吊せるように細い鎖が付いている。


「なんだ? それ……」


 国王の掌を覗き込むナスカ、その額を錫杖の先端で押しのけたラバートは、


「お前には持たせられんシロモノだ、精密機器だからな」


「どうゆー意味だ? コラッ」


「私もそう思う……ナスカ、ガサツだから」


「お前なあァ……」


 ナスカは、諦めたようなトーンで呟いたホーチィニにゲンナリとした視線を送る。


「コイツはアーク国王リドルから預かったものでな、《記録媒体データメモリー》という。この中に暗号化した文書の記録が入っている。

 中の情報を開示するにはオレかリドルが持っている特殊な装置を使い、しかもパスワードを入力しなきゃならん。

 つまり王家間の機密通信の手段というわけだが、発見保護したマクベイン大佐と共にコイツをアーク王宮まで届けてもらう」


「アークまで行くのか……けどよぉ、なんだってこんな面倒な手段なんだ? 理力通信があるじゃねえか」


「面倒な方法をとるしかない状況になっちまったからだ、ナスカ。理力通信は傍受されてしまうおそれがある。コイツに入っている情報は、アークと我が国の同盟にかかる機密文書だ。万が一にもアメリアゴートに知られたくない内容でな。

 ついでに、さっきアーク側がマクベイン大佐の人定事項を詳しく理力通信でこちらに伝達できない理由も同じだ」


 そこまで言ってラバートは席を立つと、ダーンの元まで歩いて行く。そして手にしていた《記録媒体データメモリー》を蒼髪の剣士の眼前に差し出した。


「陛下?」


「ダーン、お前にコイツを持たせることにする」


「自分がですか……しかし、こういう重要なものは隊長であるナスカの方が……」


「ナスカはホーチィニが言うとおりダメだな……一応完全防水の上耐圧耐火仕様だが、ヤツではなんか壊しそうだから……というのは半分冗談として。国防の関係でな、ヤツには任務の途中急遽こちらに戻ってもらう可能性もある」


「そういうことでしたら、自分が請け負います」


 ダーンはラバートから《記録媒体データメモリー》を受け取ると、首から鎖を掛け胸元にしまい込んだ。


「まあ、ヤツの場合、呼び戻すどころかやっぱ隊長クビにして、逆に国外追放って可能性もあるんだが……」


 ラバートの言葉にエルは思わず笑い出す。


 さらにナスカがぜんとした態度をとるのを一瞥したラバートは、口元に笑みを浮かべつつ、ダーンの方をもう一度向き直って、彼の耳元に顔を寄せる。



「それからな……『凄くいい女』を、必ず見つけてこい」



 笑っているエルには聞こえにくいように囁いた。


「あの、陛下。別にナンパしにアーク行くわけではないんでしょう。そういうのは自分の不得手分野ですし……」


 やや困った顔で生真面目に答える蒼髪の剣士に、ラバートは「そうだったな……」と寂しそうに呟くのだった。

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