タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

深海の脅威

公開日時: 2021年4月18日(日) 14:58
更新日時: 2021年4月28日(水) 07:30
文字数:4,738

横方向の強烈な衝撃と共に、発令所では悲鳴と警報が鳴り響いていた。


「状況報告!」


 冷静な艦長の鋭い声が、粟立つ発令所要員を落ち着かせる。


「は、はい。右舷みぎげん第三デッキ付近に、外部からの衝撃を受けました。詳細は確認中。艦の損傷は極めて軽微」


「機関の損傷なし」


「射撃管制異常なし」


「艦内機構損害認められず」


 オペレーターのケイトリンを皮切りに、各セクションの報告が次々に寄せられる。艦を襲った衝撃の大きさの割に損害がほとんどないのは、この艦の装甲が極めて堅牢だからだろう。


「測量班より報告。先の衝撃は圧縮された海水が当艦の右舷に衝突したもの」


「水のブレスか!」


 測量班の報告に、サジヴァルドが思い当たることを声にした。それにリーガルとステフも頷いて肯定する。


「海棲魔竜で間違いないようね。でも、どうして仕掛けてきたのかしら?」


 先程から捉えている巨大な影は、潜水艦ではなく海棲魔竜であるとして、ステフは思案する。


「確かに妙ですな。こんな場所で今さら海棲魔竜が人類側の潜水艦を攻撃する利点はありません」


 リーガル艦長も、前大戦の経験から艦を攻撃してたのは、海棲魔竜であると予測した。


 魔竜とは、この世界とは異質の別世界、《竜界》から転移してきた竜達の総称だ。


 竜の巨体と強大な魔力を持ち、圧倒的な戦闘力を誇る彼らは、今から二十三年前に、この人の世界へと組織的に侵攻してきた。


 後に、魔竜戦争と呼ばれたその戦いは、アーク王国を主軸とする人類軍が勝利したが、戦後処理にはあらゆる国が苦心し、今も多くの魔竜がこの世界に生息している。


 ただし、お互いに戦争で痛手を負っていて、今ではお互いなるべく衝突しないように心がけている。また、竜の巨体を魔神達に売り渡し、人の姿を得た《魔竜人》たちも、人としての生活様式を模索し、人類側との平和交渉を度々行ってもいた。


 だから、本来魔竜の残党が積極的にこの艦を攻撃するとは考えられないのだ。


 さらに言えば、この艦についても、海中戦闘の演習の際にサジヴァルド少佐のツテから、海棲魔竜達に協力してもらっていたりもする。


「いずれにしても、敵対行為です。大佐殿、反撃なさいますか?」


 リーガル艦長のもっともな提案に、司令官たるステフは少しだけ躊躇した。


 今対峙している海棲魔竜は、先日の演習で知り合った魔竜とは、当然別の個体だろう。それでも、海棲魔竜という種族にある程度の親和が生まれていただけに、同じ種族を敵として討つのは気分のいいものではない。


 また、本艦のことを知らないからこそ、この海棲魔竜は、本艦が驚異と感じて先制攻撃をしかけたのかもしれない。


 作戦行動中とはいえ、彼らの生活領域を侵しているのは、むしろ本艦の方なのだ。


「まずは、こちらに敵対の意思がないことを呼びかけてみましょう。水のブレスは確かに驚異ですが、本艦の理力流体装甲層なら、まだ耐えられます」


 ステフの指示に、リーガル艦長は首肯して、サジヴァルド少佐に対象への呼びかけを依頼する。ともすれば、ステフのこの指示は、作戦行動中の司令官としては疑義を生じさせるものだったが、リーガル艦長をはじめ、サジヴァルド少佐や他のクルー達も、異議どころか顔をしかめる者すらいなかった。


 ステフがその指示を出した意図や想いを、皆も察していたからだ。 


 海中での戦闘演習に、何度も付き合ってくれた魔竜達に、クルー達もある種の仲間意識が芽生えていたから、ステフと同じく、接近しているこの海棲魔竜も、ちゃんと話せば戦闘は回避できるのではないかと期待している。


 そんな、クルー達の想いも感じつつ、かつて魔竜人であったサジヴァルドが、特殊な術式を展開して海棲魔竜との交信を試みた。


 その結果――


「これは……この海棲魔竜は、いや、違う! これは魔竜ではない。意思疎通が全く出来ない……」


 サジヴァルドが、めずらしく狼狽していた。


「どういうことなの?」


 ステフの問いかけに、サジヴァルドはハッとして軽く深呼吸、すぐに冷静さを取り戻す。


「接近中の魔竜と思しき影に対して、念話を送り込んだのですが、その際の応答や手応えがまるでないのです。そこで試しに探りを入れてみたのですが、生体反応そのものが不自然なものでした」


「生体反応がないの?」


「いえ。生体反応はあるのですが、明らかに人工的な波長と、魔力に近い波動を感じたのです。これはもしかすると――」


「魚雷発射菅の注水音を感知!」


 サジヴァルドの話を遮るように、水中測的員が緊迫した声で報告する。水中測的員とは、海中の音を調査して索敵する要員だ。

 また、魚雷は潜水艦などから発射する際、その発射菅の中に魚雷を装填した後に、海水を注水する必要がある。魚雷の推進器は、水中用のものだからだが、この注水する際の音は、海中では異音として捉えやすい。


 そして、相手側からその発射菅注水音がしたということは――


「海棲魔竜じゃなくて、潜水艦なの? 艦長、迎撃準備! 対潜水艦戦闘用意!」


「了解。全艦第一種戦闘体制! 接近中の目標を敵性と認定。対雷撃戦用意、機関第二戦速」

 

 ステフの命令に即応して、リーガルが艦の指揮をとる。発令所の要員が速やかに的確な作業を始め、張り詰めた緊張が発令所を満たした。


「魚雷発射音、ふた! 速度……って、速いッ!」


「なっ? どういうこと? まだ探針音も打たれてないのに発射してきたの?」


 水中測的員の緊迫した報告に、ステフが驚きをあらわにする。声には出さなかったが、百戦錬磨の艦長も、驚愕が顔の表情に浮かんでしまっていた。


 本来、水中においての戦闘は、暗い水中で相手が直視出来ないことから、探針音という、『音波』による索敵を行うのが常だ。魚雷発射など、索敵を確実にする際には、当然攻撃用探針音を放ち、標的を定めてから攻撃してくる。

 しかし、今回の相手は、これまで一度も探針音を放っていない。


「対魚雷榴散弾、一番、二番発射!」


 サジヴァルトが防護策を指示し、即座に火器管制官がそれを実行する。接近する魚雷に対して、接近し破裂して無数の極小散弾を放つ特殊な弾丸だ。


 十数秒後、魚雷の迎撃に成功し、その衝撃が艦を軽く揺らした。


「ふぅ……随分と高性能な兵器のようですな。既存の魚雷のゆうに三倍の速度か」


 迎撃の指揮をとったサジヴァルトが、とりあえずの危機を回避したことで僅かに息を抜く。もちろん、未だに脅威は存在しているわけだが……。そのサジヴァルトに、艦長が話しかける。


「そもそも……どうやって、この艦を捉えたんだろうか? 海棲魔竜ならば、独自の嗅覚に近いものがあるやもしれないが……」


「否定はしませんが……。しかし、この艦の理力流体装甲機構は、海棲魔竜の嗅覚なども欺けると、先日の演習にて実証済みです。さらに、生物ならばあり得ない、魚雷菅の存在やその発射もありましたからな。新たな可能性を考慮すべきでしょう」


「うむ。少佐はどう考えている」


「おそらくですが――我ら魔竜人の同胞、その抜け殻たる竜体を生物兵器に改造したものではないかと」


 実はサジヴァルトも、元魔竜である。かつては、人類の敵として、幾多の戦闘をこなした歴然の戦士であり、彼は、竜の体を異界の魔神に売り渡して、魔力による肉体を得た魔竜人だった。


 現在は、その魔力による肉体をも失い、何故か月の女神の権能を得て、神霊の力によりかりそめの肉体を得ている。


 そんな彼が懸念していたのは、異界の魔神達による魔竜人達の抜け殻たる竜の体の使い道だった。


「まさか、生体兵器にしていたなんて。でも、それなら海棲魔竜と潜水艦、両方の特徴があるのも納得いくわ。だけど……」


「ええ。何故これほどまでにこちらの動きを捉えられるのか、ですな」


 ステフとリーガルの疑問に、サジヴァルトはふと、ひとつの言葉に思い当たる。彼は、かつてアスカ皇国を旅したことがあり、そこで聞き知ったこの地にまつわる伝承のようなものを聞いていた。


 その話題をしようと、彼が口を開きかけたとき、新たな警報が鳴り響いた。


「機関に異常発生! な、なんだ、これ? 原因不明の出力低下を起こしています」


「機関部、状況を知らせい!」


 発令所の機関士が異常発生を告げた後、リーガルは素早く手元のインターフォンを操作し、直接機関室を呼び出していた。


「こちら機関部。主機、補機ともに、損傷は認められず。しかし、理力機関に異常発生、出力低下しています。エネルギーモニターにも、解読不明のノイズ発生。現時点、対処法なし。このままでは、機関が停止します」


 機関部からの報告に、さしものリーガルも顔色を失う。未だに、海棲魔竜もどきの敵性潜水艦は顕在であり、すぐにでもまた攻撃を仕掛けてくるだろう。ここで機関が死ねば、この艦は航行不能に陥るばかりか、満足に防衛すら出来ず格好の『的』になるだろう。


 また、自慢の理力流体装甲も、機関が止まれば機能を停止してしまう。


 このままでは、光も届かない海底に、乗員127名の巨大な棺桶が沈むことになる。


「何か不自然だわ……」


 ステフが顎に手を当てて思案する。その姿は、とても十七歳の少女のものとは思えないくらい、窮地にあっても極めて冷静だった。その姿を尻目にして、リーガルも腹をくくる。


 一方、機関部から送信されてきたデータを目にしつつ、サジヴァルトはほぼ確信をもって、ひとつの仮説を立てていた。


「大佐殿、現在の状態については、私に思い当たることがあります。イマイチ不確定な要素であったので、言い出せなかったのですが……《星沁せいしん》という言葉をご存知ですかな?」

 

「星沁?」


 サジヴァルトの言葉に、ステフとリーガルが首をかしげる。

 

「はい。アスカ皇国に伝わるエネルギーや物質の根源。我々の言うところの活力マナですが、この地には、特殊な条件が重なって、通常の活力とは性質が異なるようです。これまで、単なる伝承と思っておりましたが、このような事態ともなると――」


「……真実味が増すわね。もしも、この地の活力が魔力のように変質したものであれば、海水から活力を集めて理力に変換するこの艦の機関が異常をきたすのは当然ね」


「ふむ。詳しくは後ほど聞こう。今は、直ちにこの場から撤退すべきかと」

 

 リーガル艦長の進言に、ステフも首肯する。だが、問題は、出力が低下しつつあるこの艦が、接近中の魔竜もどきから逃げ切れるかだ。


「防御対策に全力を上げて、この場から撤退します。機関部は、なんとか現状を維持して。それと、試作段階の予備機関を使用します。すぐに準備を」


 ステフの指示に、サジヴァルトとリーガルが眉根を上げる。


「例の、霊力炉ですか……」

 

 その名を口にしたサジヴァルトも、その設計に一枚噛んではいたが、霊力炉とは、主にステフが契約している精霊王の力を取り込んで機関のエネルギーに変換するシステムだ。自然界の大気や水を通じて活力を得るよりも、大出力の活力エネルギーを取り込むことが出来る……はずである。


 開発段階なので、確定的ではないが、自然界の活力エネルギーそのものを司る女神、精霊王からダイレクトに力を受けるのだから、期待は出来る。


 ただし、システムはできあがったばかりで、テストもしていなければ、そもそも今のステフの契約状況で、精霊王の力をどれだけ引き出せるかわかったものではない。


 精霊王と神器ソルブライトを通じて契約しているとはいえ、契約者たるステフの力量がそぐわなければ、その力はハンパなものしか借り受けられないのだ。


『これは……あるいはダーンの出番かもしれませんね』


 ダーンの脳裏に、ソルブライトの声が直接届く。どうやら、ステフにも聞こえない秘話状態の念話のようだ。


 あえてソルブライトには答えずに、ダーンは静かにため息をつく。


 その蒼穹の瞳に、ある種の覚悟を浮かべて、ダーンはステフに視線を向けるのだった。

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