アーク王家直轄特務隊所属、強襲揚陸潜水艦アルゼティルス号は、現在専用ドックにて最終チェックに入っていた。
特務隊員の内、アーク王国内に待機する数人を除き、ステフ大佐以下127人が乗艦のため、それぞれの諸準備にあたっている。
アテネ王国から派遣されてきた面々も、アーク王国の環境に慣れる前に、さらに未経験の艦内生活を送ることになるため、諸々の準備に追われていた。
「それで。なーんでオレがこんなに荷物持たされて、アチコチ歩き回されたんだかなぁ」
王宮の客室にて、人が持ちきれる限界ギリギリの数の商品入り紙袋を床に下ろし、ナスカはぼやいた。
「だってさ、せっかくのアークなんだよ。素敵なお店いっぱいあるし。そして、ナスカは私の恋人兼専用荷物係だから」
ちょっとした手荷物以外持ってこなかったホーチィニは、したり顔でいる。特務隊発足式が終了してすぐ、彼女たちは王都のショッピングモールに出掛け、買い物に勤しんでいたのだ。
時間的には二時間程度だったが、荷物持ちのために連れ回されたナスカとしては、面白くない。
「ちっ……田舎者が都会に来ておのぼりさんになってやがる」
「む。せっかく下着とかセクシーなヤツ買ったのに、ナスカには見せてあげない」
「いやいや、いつもみせてもらってないからっ」
「それは嘘。いつもスカートめくってくるじゃない。その隙をわざと作ってあげている、私の慈悲を知らなかったの?」
「その後の無慈悲な肘打ちとかについては?」
「ご褒美だと思うの」
「チクショウ」
そんなやり取りをしているところへ、来客を知らせるインターフォンのベルが鳴った。
「はいはーい」
ひとしきりナスカをいじったホーチィニは、気分よくインターフォンへと駆け寄り、モニターを確認する。来訪者は、蒼い髪の男だ。
「誰だ?」
「ダーンよ、ナスカ」
ホーチィニの声が少しだけ沈む。別にダーンを苦手としているわけでも嫌っているわけでもないが、ホーチィニにとってみれば、ナスカの義理の弟である彼は、彼女よりも家族としてナスカに親密な存在である。恋人としての二人きりの時間を浸蝕できる数少ない人物の一人なのだ。
「やれやれ……」
ナスカはインターフォンの操作を代わり、通話のボタンを押す。
「ただいま居留守にしております。ご用件のある方は、発信音の後に遺言をどうぞ。はい、ピー」
「おいこら」
ナスカの悪ふざけに、ダーンがすかさずツッコむ。
「いや、確かそんな感じだったからな、留守番電話とかいう機能の案内音声がよ」
「しるか! それよりもナスカ、久しぶりに一戦やらないか?」
「ウホッ……いい男?」
インターフォンのスピーカーから聞こえてくるダーンの言葉に、ホーチィニが何やら意味深な言葉を嫌みかかった声音で言うが、ナスカには何のことかさっぱりわからない。
「模擬戦か? 昨日、中佐にボロボロにされて、へこんでんだけどなオレ」
「お前がそんなタマかよ。俺も輸魂の影響がどの程度なのか、実戦に出る前に知っておきたいんだ。付き合ってくれよ」
「ったく。少しだけだぜ」
ナスカは背後を振り返り、そのままその場でホーチィニに土下座するのだった。
☆
その夕方にダーン達は、ステファニーを通じて地下の王家専用訓練場を借りて、模擬戦を行った。
観客席にステファニーとルナフィス、そしてホーチィニが来ていたが、それ以外には人がいない状態である。そのため、ダーンとナスカは久しぶりに、気兼ねなく全力でぶつかり合っていた。
「こ、これでオレの勝ち越しだぜ……ハァ……」
息も絶え絶えに、ナスカはダーンに勝ち誇る。その剣先の向こう、首筋を無防備に晒す形で膝をついていたダーンが舌打ちした。
「ちっ……四対五か。ならば、もう一戦……」
「ちょっとまて! ここでまた続けると終わらねーだろ? 一戦どうだとか言いつつ、結局九連戦してんぞ」
ナスカの言葉に、ダーンは渋々とながら応じて剣を収める。
「もう少しやれば、完全に俺が優勢なのになぁ」
「言ってろ」
ダーンの負け惜しみにナスカが軽口に言い返す。だが実際、二人の実力差はほとんど無く、極めて高度なところで拮抗していた。そのため、観客席のルナフィスが、レイピアを帯刀していなかったことを悔やんでいる。
「確かにさ、昨日の陛下とやり合って勝った時やリンザーを倒した時に比べると、凄さは雲泥の差なんだけど……。あの二人、やっぱり強いわ」
ダーンの実力について呟くルナフィスは、言葉にはしなかったが、彼が昨日の陛下との模擬戦で闘う前、自分と戦ったあの日よりも、はるかに強くなっていると感じていた。
あの模擬戦で、ダーンは神憑って強くなり、その後は輸魂の影響で、その力の根源を失ったと聞いていたが――
――これで弱くなってるとか、どんだけなのよ?
正直な気持ちとして、今のダーンにルナフィスがまともに戦って勝ち目など全くない。ナスカの戦闘も初めて見たが、あの人狼戦士ディンが惚れ込むのも頷ける。
「ホントにお父様に勝ったんだ、ダーン。それにしても、ナスカも強いんだね」
ステファニーは、ホーチィニの方に視線を向ける。すると、ホーチィニは少しだけはにかんで笑った。
「……ナスカはきっと、もっともっと強くなっていくと思う。……でも、人がここまでの戦闘能力を持つって、本来ならあり得ないの。私はそれが少し怖いかな」
元宮廷司祭であるホーチィニの言葉に、ステファニーも息を呑む。確かに異常なのだ。ステファニーだって、科学を学ぶ過程で人体の構造やその限界について知識を得ている。その知識と照らし合わせても、目の前で行われてきた戦闘は、人の限界をはるかに超越していた。
ダーンは、結局のところ闘神の神魂を持つものということだったし、ナスカも神龍の血脈という人を超えうる力の根源を持っている。だが、それで人の限界をはるかに超えて、音速の数倍の動きや、まして光速を超えることなど可能なのだろうか?
「改めて考えると、あたし達のまわり……ううん、この世界そのものが、何か特殊なのかも知れないわ」
「ステフ?」
ステファニーの言い様は、まるでこの世界とは別に人の世界があって、それと比較しているかのようにも聞こえ、ルナフィスが怪訝に問いかける。
もちろん、ステファニーに、こことは違う人の世界があって、それと比較しているつもりはなかったが――彼女には、どこかの科学書で見かけた一つの単語が頭に浮かぶ。
「多重積層型世界論……」
ステファニーのその聞き慣れぬ単語に、ルナフィスとホーチィニは、理解が追いつかず顔を見合わせる。
「あ、ううん、なんでも無いの」
二人の反応から、突飛な事を言ってしまった自覚が湧き上がり、ステファニーは慌ててその場をはぐらかすのだった。
☆
アーク王家直轄特務隊の初の任務となる出航は三日後で、目的地は八百万神がひしめく弓状列島、アスカ皇国である。
今回の任務の主たる目的は、ステフ大佐が火の精霊王と契約することで、実戦部隊は、彼女のサポートと護衛が任務だ。
アスカ皇国は、アーク王国からみて、海を西に渡った弓状の列島に位置し、さらにその西には、小さな海を挟んで、惑星最大のレアン大陸がある。
そのレアン大陸には、勢力を伸ばしつつある国家チャイニル連邦が、アスカ皇国を何度も併合しようとしているようだが、この小さな島国は頑として併合を受け入れず、十年前には、お互いの領海ギリギリの海域で大規模な武力衝突が起こってもいた。
現在は、チャイニル連邦自体の政局が不安定なこともあり、両国の停戦協定もあって、隣国との衝突はない。
だが、この皇国には元々内部での火種がある。
神として崇められている『帝』を守護する護国大将軍の地位を巡って、四つの勢力が常に衝突し、戦国状態にあるのだ。
そんな難しい国への出征ともあれば、部隊を率いる戦隊長への精神的負担は大きく、国の至宝と呼ばれた天才とはいえ、十七歳の少女にその任を負わせるのは酷な話だが。
その戦隊長室では、当のステフ大佐が副官ダーン大尉を呼び出していた。
「あー、ステフ、そろそろ機嫌直してくれないか」
執務室のソファにて、不機嫌オーラ放ちながら座るステファニー、その目の前で、ダーンは為す術なく立たされている。
「べっつにぃ……。機嫌とか悪くないし」
目の前のローテーブルから、紅茶の入ったマグカップを手に取り、ステファニーは応じるが、ダーンと視線を合わそうとはしない。
「む、むう……」
脂汗を浮かべて唸るダーン。
『おやおや……』
ソルブライトが意味深に楽しそうな念話を送ってくる。その神器を首からかけたステファニーは、制服の上着を脱いでいて、シャツもボタンを二つほど外し開襟状態だ。執務時間が終わり、少し気を緩めているところである。
そんなときに、わざわざ呼び出しているのだから、ダーンとて流石に彼女の意図は察していた。
つまり、式典や出征への諸手続きなど、大仕事をこなした後なのだから、労え、もしくは甘えさせろということだ。
――まあ、こういうのは慣れていないから見当違いかもしれないが……
ダーンは意を決めて、ステファニーの隣に座る。すると、待っていたかのように、ステファニーはダーンの方に倒れ込み、彼の膝の上に、ステフの頭がコロンと転がってきた。
「ん!」
琥珀の視線が振り返るように睨め上げてきて、言葉になっていない指令が飛んでくる。なんとなく頭を差し出すようにしてきたあたり、髪を撫でろということらしい。
「やれやれだな」
ダーンは嘆息しつつ、ステファニーの頭を軽く撫ではじめる。剣士特有のゴツゴツした掌と指先に、銀をまぶした蒼い髪が柔らかく絡んだ。
「もっと撫でれ」
膝に顔を埋めるようにして、眼下のステファニーはさらに要求してくるのを、ダーンは少しだけそぞろな気分で応じた。太股に少女の柔らかな体温の感触と、鼻腔に高貴で魅力的な桜の香りが、彼の情操を弄ぶように揺らす。
「頭以外にも撫でたい気分だな」
ダーンがそう呟くと、すかさずステファニーは自分の胸を護るように両腕で抱いた。
「他は駄目。というか午前中、勝手に胸を揉んだ件については、あたし許してないからね」
サジヴァルドとの戦闘の前、確かにそういう気分になる抱き締めや大人なキスを受け入れると了承したが、けっして胸を揉んで良いとは言っていない。
「んーおかしいな? 確か陛下に勝ったら、その胸は揉み放題だって、ソルブライトが言っていたんだが」
「は? なにそれ」
矛先が胸の神器に向く。
『冗談を真に受けるとは』
ソルブライトは薄ら笑うような念話で応じる。
「命がけの戦闘中に、冗談で励ますのも何かと思うけどなぁ」
『その言い草では、アレが冗談でなければ、励ましになったと?』
「うーん……まあ、そういうことだな。もう今さら取り繕ってもしょうが無いし、ステフの胸は揉んでて気持ちいいぞ」
「なっ……何を言って……」
ダーンのまさかの切り返しにステファニーが羞恥で真っ赤になる。
『はぁ……。朴念仁から残念な変態剣士に劇的変化ですね。さすがはアークの至宝です。その乳、人を惑わす魔力でも籠もっているのでしょうか? 魔乳とでも名付けて……』
「魔力とか違うからっ!」
『そうそう……。揉んでて気持ちいいといえば、ステフも気にしてましたよね? 揉まれたいみたいですよ?』
ソルブライトの発言に、悪ふざけしていたつもりのダーンが動きを固まらせる。一方、ステファニーは遂に起き上がって、胸元の神器を掴み顔の前に持ち上げて、激しい抗議をし始めた。
「も……揉まれたい……のか……」
愕然としながら、とても残念なセリフを漏らすダーン。
「ふ、巫山戯るのも大概に……ッ……も、揉まれたいとか……気持ちいいとか……別に言っていない」
息継ぎすら怪しくなる興奮状態で、ステファニーもあたふたと抗議を繰り返すが、言葉になっていない喚きについては、もはや聞き取れない。
『ん? 何か勘違いがあるようですね? 私が申し上げたのは、先程の訓練後にダーンがナスカにやっていたアレですよ』
意地の悪い感じで、ソルブライトが言う。その瞬間、ステファニーは納得がいったのか、すぐに喚くのをやめて、「あー、アレか」と急に冷めた琥珀の瞳でダーンを見つめる。
「な、何のことだ?」
ダーンはというと、ステファニーほど落ち着くことも無く、むしろソルブライトにまたからかわれたくらいにしか感じていなかったが。
『義理の兄弟とは、随分と仲のよいことで……』
「そうねー」
ジトッとした視線が、ダーンに突き刺さる。
ソルブライトが説明するに、ステファニー達は、先の訓練後に彼らを労うために、訓練場の控え室を訪れたそうなのだ。
しかし、いざ部屋の扉を開こうと言うときになって、中から、ダーンとナスカのやり取りが聞こえてきたのだという。
その内容が、「もっと強めに突き刺すようにやってくれ」というナスカに、「ここでいいのか、知識はあるが初めてだから」とダーンが応じ、そのうちナスカの何やら気持ち良さげな呻き声が聞こえ始める事態に。
妙な雰囲気に、赤面したステファニー達女性陣は、そおっと扉を僅かに開いて中を覗いてみると――
ベンチシートの上にうつ伏せに寝たナスカに、覆い被さるようにダーンが跨がっていたのだった。
「それ、ナスカの脚をマッサージしてただけだからなッ! 妙な想像するなぁぁぁあッ」
ソルブライトが全てを説明する前に、顔を青ざめさせてダーンが絶叫した。
「そんなことは、すぐわかったわよ」
苦笑いしてステファニーは応じる。それでも、ダーンは釈明とばかりに、ナスカがホーチィニの買い物に付き合い、荷物持ちをさせられて歩き回った後、模擬戦でふくらはぎに違和感を覚えたことから、軽いマッサージを施したと、矢継ぎ早に説明した。
『そのマッサージが本当に効くなら、ステフもして欲しいようですよ。ねぇ、ステフ』
ソルブライトの問いかけに、ステファニーは少しだけ逡巡したが、すぐに無言で肯いた。
☆
隊長室のソファーは黒い革張りで、いかにも高級感あるものだった。その座り心地やらを理解する前に、ダーンは今や凄い感触を味わっている。
白い肌を薄く覆う黒い絹の感触は、彼女の体温を微かに伝え、独特の滑らかさを掌に味わわせていた。
「このへんか?」
「ん。そう、あんまり強くしないでよ。男の人とは違うんだから」
ソファーにうつ伏せに寝そべったステファニーは、軍靴を脱いでおり、軍服のタイトスカートからのびる脚は、薄く肌が透ける黒の絹製ストッキングに覆われていた。その見事な脚線美の上に、膝立ちで跨がるダーンは、彼女のふくらはぎあたりを、優しく撫でるようにマッサージしている。
『フフフッ』
ソルブライトが、何やら楽しそうに笑っていた。
「むぅ……。あまりやったことないんだから、あまり期待しないでくれ」
少しドギマギして言葉を返すダーンは、当然気もそぞろだった。
特務隊発足式では、壇上にあって、演説や各種説明をこなしたステファニー。その後も、潜水艦の各セクションを歩いて回り、ふくらはぎがパンパンになるような気分だったのだが。先程のやり取りのとおり、ダーンがある程度脚のマッサージをこなせると知り、早速甘えているのだった。
まあ、流石にこの場でパンティタイプのストッキングを脱ぐわけにもいかず、また素肌に直接よりは、いくらか恥ずかしさもないだろうとふんで、その姿にてマッサージを受けているのだが――
ダーンからすれば、とんでもなく新鮮な感触で、さらにタイトスカート姿や、見慣れないストッキング姿の美脚など、あらゆる要素が、彼の情操を揺さぶっているのだが。
「ん……んん。それいい感じ。やっぱりダーン、マッサージ巧いかも」
少し艶めかしく反応しているが、ステファニーは上機嫌だ。
「やれやれ……」
わざとらしくぼやきながら、ダーンは平静を装う。この部屋にはステファニーと二人きりで、その彼女もうつ伏せでこちらを見ていない。唯一、神器のソルブライトは察知しているかもしれないが、とにかく誰かの目があるわけではない。それなのに、彼は平静を装わなければならない。誰に対して? 決まっている、自分自身に対してだ。
掌と指先で優しく円を描くように、ステファニーのふくらはぎを摩る。時折、側面のツボを軽く刺激して、筋肉の緊張をほぐし、皮膚の表面を擦り上げることで、毛細血管の血行促進を図っていた。
「んー、気持ちいい……それにだんだんホコホコしてきた。ダーンの手、あったかい」
少し蕩けた表情を浮かべ、ステファニーはご満悦のようだ。
「お気に召したようでなによりだよ」
不器用な苦笑いを浮かべて、少しぶっきらぼうに応じるダーン。彼の掌には、そのまま欲望のままに貪りたくなるような艶めかしい感触があり、火照りかけたステファニーからは、桜の芳香が彼女のぬくもりと共に、微かに甘酸っぱく立ちのぼり、ダーンの鼻腔を擽ってくる。
流石のダーンも、男の本能的な高揚を感じ始めていたが、なんとか理性が抑え付けていた。
「なんか、素っ気ないわね。頭以外にも撫でたかったんじゃなかったの?」
ダーンの男の葛藤を知らないステファニーは、無自覚に挑発的な台詞を吐いていた。その挑発に、今のダーンがやられっぱなしになるわけがない。
「ステフ、ふくらはぎだけじゃなくて、脚全体をマッサージしないと効果がないぞ」
もっともらしい言葉を吐いて、ダーンは指先をゆっくりと移動させていく。そう、ふくらはぎから膝裏、そして太股へとだ。
「ひゃっ……ちょっ……あ……うー……」
ダーンの手がタイトスカートの中にまで入ってくる勢いだったので、その瞬間ステファニーは慌てた。だが、マッサージとしては随分と気持ち良いものだったため、彼女はすぐに大人しくされるがままになる。
『おやおや……軍の執務室でセクハラ案件ですかね?』
「際どいところ触ってるけど、マッサージだよ。気持ち良ければいいということさ」
「ぼ、暴論っ」
「じゃあ、やめるか?」
「うー……そのまま続けて」
ステファニーはあっさりと言いくるめられて、脚を委ねてしまう。
「よし、徹底的にほぐしてやるよ」
ダーンは少し意地悪な笑みを浮かべ、ステファニーの脚全体をマッサージしていく。時折ツボを強めに圧したり、血流を促すように擦りあげたりと、緩急をつけながら丁寧に優しく施していった。
その結果――
数分後には、妙に上気したステファニーが、ソファーの上で微かに身体を震わせる状態になっていた。
「ふぁ……っ……ぅ……」
膝の裏にダーンの指先が微かに触れて小さな円を描いている。本来なら擽ったさしか感じないはずの触れ方だが、今の彼女にとっては、切なくなるほどに、身体の芯へと甘い刺激が駆け上がっていた。
マッサージをするダーンも、ステファニーの反応が面白くなって、悪ふざけが過ぎてしまったようだ。
特に、ステファニーの弱い部分がわかってしまうと、どうしてもそこを集中的に責め……いや、マッサージしてしまう。
――やり過ぎたかなぁ……
目の前で艶めかしくくねるステファニーの両脚を見下ろしながら、ダーンは僅かに後悔し始めた。しかし、不思議と自分の指先は動きを止めない。
――これが本能ってヤツかなぁ
『いや、単にスケベなだけでしょう?』
ダーンの心の言葉に、ソルブライトがすかさず念話を差し込んだ。
思わず苦しい咳払いをしてしまうダーンだが、ステファニーは無反応なところを見ると、どうやらダーンとだけの秘話状態のようだ。
『随分とお楽しみのようですねぇ、ダーン』
秘話状態のまま、ソルブライトの嫌みが続く。
『ま、真面目にマッサージしていただけだけどな』
ダーンの苦しい言い訳は、念話で行われて、ステファニーには聞こえていない。
『真面目ねぇ……』
呆れる様な念話を返すソルブライト。一方、ステファニーはというと――彼女は彼女で、妙な葛藤の中にいた。
これまで、ダーンが際どいところを触れてくる度に、それを制止しようか悩みつつ、ほぐされる気持ちよさに甘んじて、これはマッサージだからと自分を言い聞かせてきたのだ。結果、気を許していたところで、徐々にそういう気分になるような身体の反応が出てきてしまった。
そもそも――
――午前中にあんなコトしておいて、あたしのことはほったらかしで、サジヴァルドの相手して、結局そのままなんだもんッ!
サジヴァルドとの手合わせの前、三位一体状態を誘発するときに、ダーンから情熱的な抱擁と激しいキスを受けたステファニー。軽く性的に上りつめて、肉欲的には完全に火がついた状態だったが、ダーンはすぐにサジヴァルドとの戦闘に入ってしまい、その後も悶々としているステファニーは置き去りだった。
ソルブライトとの契約による制約もあるし、その後で大人な男女の行為でしっぽりというわけには当然いかないわけだが、それでも少し二人きりに時間を作って欲しかったステファニーである。
不機嫌の理由は、まさにそのことなのだが、燻った情欲の熱は、この時しっかりとぶり返してしまっていたのだ。
火のついた女の身体は、彼の指がどのように触れてきても、本人の意思とは無関係に悦楽として反応してしまう。嬌声が漏れるのを抑えた唇から、ソファーの革張りに透明な熱い粘液が滴っていた。
「も……もう……ゆるしてぇ……」
甘い葛藤に理性が負けそうになり、いよいよステファニーが弱音を吐き出す。そのときには、彼女の中で抑えきれない甘い衝動が、我慢の限界を超えようとしていた。そこへ、容赦なくダーンの手がスカートの中で鼠径部のツボをさすってしまう。
「んーッ……やっ――」
たまらずステファニーが大きく身をよじって、彼の手から逃れようとした――その時!
先の模擬戦の影響で、微かにささくれていたダーンの爪先が、ステファニーのストッキングの絹地に引っかかってしまった。
「んあああああああッ!」
極薄の絹地が引き裂かれる刺激に、少女はあられもない声を上げて全身を震わせてしまうのだった。
☆
目の前に、ストッキングを引き裂かれて、扇情的に柔肌を晒す少女が、荒い呼吸で横たわっている。
故意でないとはいえ、彼女のストッキングを引き裂いた自分の手を、気まずい蒼穹の瞳が見つめていた。
『これは、やり過ぎですよ、ダーン』
ソルブライトが叱責してくるなか、ダーンは少し顔を青ざめさせて、ステファニーの肩を抱く形で引き起こしてやる。
「ごめん、ステフ。その……大丈夫か?」
ソファーの上で肩を抱くように座り、ダーンはステファニーに声をかける。
「ふっ……はぁ……だ……大丈夫じゃ……ない」
琥珀の瞳を恨めしそうに睨めあげて、ステファニーは息も絶え絶えに訴える。その吐息が熱く、ダーンの首筋に吹きかかった。
「すまん……」
「もうっ……べつにいい……。ダーンがホントは凄くエッチだって、もう知ってるもんッ。それより、ちゃんと責任とって」
「せ……責任?」
「そうよ……ちゃんとあたしが納得するまで、ぎゅーってして」
「それは……こうか?」
ダーンは、両腕でステファニーを少し強めに抱き寄せてみる。すると、彼女は蕩けた微笑で、嬉しそうに彼の肩に顔を埋めた。
「もっと……あと、髪を撫でれ」
さらなる注文に、ダーンは苦笑いをかみ殺して応じてやる。
『完全に甘えん坊モードですね』
「ソルブライト、うるさい」
神器からの念話に、ステファニーは即座に煙たがって抗議。ソルブライトは『やれやれ』とぼやいた。
「ステフ……その、なんか面目ない」
ダーンの謝罪じみた言葉に、ステファニーは少しムッとして不機嫌を露わにする。
「そういうの、いらないの」
「え? どういう――」
「あやまるよりも――」
不意に、ステファニーは顔をダーンの肩口から離して、素早く彼の唇に自分の唇を重ねた。少女の方からする初めてのキスは、熱っぽくて一途に柔らかさを押し当ててくるものだ。
ダーンも軽く目を閉じて、彼女からの柔らかな熱を受け入れて応じる。唇が重なり合うだけのソフトなキスだったが、押し当てられた唇は熱く、少し長めのもので、彼女から上半身をすり寄せて密着してきていた。
「こういうのの方がいいわ」
唇が離れて、ステファニーがはにかんで伝えてくる。
「そうだ……な」
ダーンも羞恥心で顔を紅くしていたが、そのまま唇を綻ばせた。そしてもう一度、ステファニーを抱き寄せる。
「ん……」
抱き寄せられるままに、ステファニーは鼻から甘い吐息を漏らして、嬉しそうに笑みを浮かべた。その耳元に、ダーンの唇が寄せられる。
「そういえば……君に言い忘れていたことがあったんだ」
「ダーン?」
耳元で囁かれてこそばゆい気分のまま、ステファニーは疑問調で返す。その直後に――
「好きだ……」
優しく囁かれた言葉は、どこか意地の張り合いを諦めて潔くなった諦観さを滲ませてもいたが、なによりも熱い想いを短く込めたもので、少女の耳朶を通じて何もかもを火照らせていく。
蒼い髪の少女は、胸いっぱいの幸福感に抱かれながら、言葉を返す余裕はなく、ただ彼の逞しい身体を強く抱きしめることしか出来なかった。
その琥珀の瞳に、嬉し涙と未来への希望を滲ませて、少女は腕の中の逞しい感触に酔いしれるのだった。
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