タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

荒れ狂う海と……

公開日時: 2021年4月24日(土) 06:38
更新日時: 2021年4月28日(水) 07:35
文字数:4,416

 ダーンが海を割る少し前のこと――


 ダーン・エリンを射出したカプセルの後にアルゼティルス号が射出した大型のカプセルは、強襲揚陸作戦のために用いられる飛行艇、ファルコンⅡが搭載されていた。これは、いくつかある強襲揚陸作戦のためのオプションであり、アルゼティルス号が強襲揚陸潜水艦であると示す一つの機構である。


 当然のことながら、飛行艇にはパイロットのエルはもちろん、他の上陸メンバーも搭乗していた。


「とんでもない発艦の仕方だな、ホントに大丈夫なのかよ?」


 振動する機体内で、シートに座りその肘掛けを強く握りしめたナスカがぼやく。


「一応、アークで何度かテストしているから大丈夫。というか、最初のテストの頃に比べたら、随分と乗り心地がよくなったわ」


 パイロットのエル・ビナシスが軽口で話し、いくつかの機器を操作している。その機体の最大乗員は十二人だ。


 コクピットの後方には、三人分の個別シートが三列に配置されており、その最後列にステファニーとルナフィスが並んで座っていた。


「ステフ、なんか顔赤いし熱っぽくない? 体調悪いの?」


 ルナフィスが隣に座るステファニーの様子を怪訝に感じて話しかけている。


「はぁ……だ、大丈夫、大丈夫よ」


 熱い吐息混じりに応じるステファニーは、確かにどこかおかしい。随分と落ち着かないし、頬も火照って、唇も少し腫れぼったい。薄手のシャツにしっとりと汗が含まれ、少し姿勢が崩れているせいか、四点がけのシートベルトが、胸の柔肌に少し食い込んでいた。


 ルナフィスは、前にあるシートのかげになっていて、そのステフの姿が一列目のナスカ達から見えないことに安堵する。シートベルトで持ち上げられたその柔肌は、女性の視点から見てもかなり扇情的だったからだ。


「本当に様子がおかしいね、ステフ。私が診ましょうか?」


 一列前の席に座るホーチィニが振り向いて声をかけてきたが、これにもステファニーは首を横に振る。


「ホントに大丈夫……だから。それにもうすぐ……んっ……海面に出るよ。機体も凄く揺れると思うから気をつけてね」


 少し身をよじるような仕草をしつつ、ステファニーはホーチィニに言葉を返した。


『ステフ、もうすぐ終わりますから、あと少しの辛抱ですよ』


 胸元の神器、ソルブライトが念話で慮るように伝えてくる。どうやら、ステファニーにだけ伝わる秘話状態のようだ。


『この前は、こんな風にはならなかったのに、なんで?』


 ステファニーも念話で応じながら、自らの胸を両腕で抱き締める。胸の奥から湧き上がる熱と、全身に広がっていく疼きをなんとか抑えようとしていた。少しでも気を許せば、だらしない嬌声が漏れ出しそうだ。


 こんなことになっている原因は、ダーンが三位一体トリニティー・モードを発動しているからだろう。胸の奥に感じるのは自分の鼓動以外に、彼の魂が生み出す熱い息吹だとわかる。それは、輸魂の秘法で二人の魂が混ざり合った影響だが、今の状態は、その輸魂の秘法にて魂魄体が重なり合った時の感覚に似ていた。


『サジヴァルドとの腕試しは、それほど長い時間ではなかったですが、今回は三位一体トリニティー・モードを発動してかなりの時間が経っていますからね。その分負担が貴女のところにきているのかと。それと言いにくいことですが――』


『なによ?』

 

『発動条件のこともあり、その……だいぶ慣れてというか、より相手を受け入れやすくなっているというか……まあ、ハッキリ言うと感じやすくなるよう開発されちゃいましたかね』


「開発されたとか、言うなしッ!」


 ソルブライトの悪ふざけにステファニーは、つい念話でなく声を上げてしまっていた。


「開発? また何か新技術を考えてるのステフ?」


 素っ頓狂な声に、隣にいたルナフィスが驚いていた。


「あ、違うの、その……とにかく大丈夫だから。それよりも海面に出るよ」


 なんとか誤魔化すように言うステファニーだったが、内心では気が気ではない。



――ヤバいわよこれぇ……これじゃあまるで、抱かれてるところを見られてるみたいじゃない! 



『新しい嗜好に目覚めないで下さいね、ステフ』


 ステファニーの心の訴えを聞いていたソルブライトの念話が、溜め息交じりになっていた。そこへステファニーがなんとか反論しようとしたところで、パイロット席のエルが緊張した声で、乗員に注意喚起を始める。


「みんな衝撃に備えて! 海面に到達まであと五秒、四、三、二、一……」


 少し派手な振動と共に、彼らの乗った飛行艇のカプセルが海面から空中へと飛び出す。先行していたダーンの乗ったカプセル程の勢いではなかったが、それでも大型のカプセルが海面を突き破るのだから、大きな音とともに波しぶきが派手に上がっていた。


 そのままカプセルは、小型のロケットモーターに火が入り上昇する。そして充分な高度を得たところで、縦に亀裂が入って六つに分割される形でカプセルが開いた。中から、エルが操縦する高速飛行艇、《ファルコンⅡ》がその白い機体を陽光に曝し、推進器によって飛行を始める。


「よし! 空中展開成功。さてと、ダーンは……えっ?

 ちょっと何あれ」


 操縦桿を握るエルが、眼下に広がる光景に戦慄していた。


 つられて、ナスカ達も窓から下の海面を観測すると、海面に巨大な割れ目が発生していたのだった。





     ☆





 ダーンの放った蒼閃烈波により、横一文字に海が割れ、その長さは三カリメライ(キロメートル)近くにまで及んでいた。技の威力をまともに受けた部分はその百分の一程度だったが、その範囲にある海水は一瞬にして蒸発、二千メライはある水深の海底を露出させて、衝撃波がさらに海水を叩き散らしたからだ。


 その結果、海中では海流が激しくうねり、直近を航行していた艦はひとたまりもない状態だった。


「落ち着け! とにかく艦の安定を……」

 

 竜爪衆の海竜型潜水艦では、指揮官の蒼竜レイカが座席に掴まりながら、混乱する部下達を落ち着かせようと躍起になっていた。


 彼女達は、潜望鏡にて海上の状況を観測していたので、現在何が起こったのかはわかっている。わかってはいるのだが、理解はとても出来ない状況だった。


「剣でこんなことができるなんてッ」


「化け物か?」


「あんなの相手にしたら、勝ち目なんかない」


 口々に漏れ出す悲鳴と怒号に、敵の男に対する畏怖が混じりだしている。そんな中、測的員の術士がなんとかおのれの役目を果てそうとしていた。


「蒼竜様、敵艦に異常発生! こ、これは……」


「今度は何事ですか?」


「敵艦、急加速しています。信じられません、この速度はまるで航空機の……あっ! て、敵艦消失!」


 慌てふためく測的員の報告のとおり、海水に満ちる星沁を利用した測的装置のモニターから、アルゼティルス号を示す反応が消失した。


「なんなの、この加速? いや、まさか特殊海への跳躍航行か……」


 蒼竜レイカは何年か前に見かけた、理力先進国の科学雑誌の記事を思い出す。その時は、小難しい言葉や数式を並べ立てて、さも新たな発見のようにかき立てたいるだけの眉唾物と思っていたのだが。


 そんな思考を巡らせているところへ、彼女達を更なる衝撃が襲いかかる。艦がいきなり後方へ引っ張られたような衝撃だった。


「か、海流が! 後方へと物凄い早さで流されています! 舵が利きません! うわぁぁぁ!」


 航海士が悲鳴を上げる。その間にも、艦はどんどん後方へと加速していた。


「くっ……先程の一撃はこれが目的か!」


 運良く指揮官席の背もたれに体を保定できた蒼竜は、呻くように言う。彼女の見立て通り、ダーンが海を割ったのは、海流を乱して彼女達がまともに行動できなくするためだ。


 一度は衝撃波などで押し出された海水だが、今度は大量に消失した体積の分、周囲からその隙へと押し返す。その規模は、いかに八百万神が加護たる星沁を操る竜爪衆とその海竜型潜水艦でも対処できないものであった。


 巨大な渦潮に飲み込まれるように、海竜型潜水艦は海流に翻弄され、高水圧の深度に沈んで行動不能に陥るのだった。





     ☆





 眼下の激しくうねり波あわ立つ海面を見下ろしながら、ダーンはゆっくりと剣を納める。


『敵艦はどうやら行動不能のようです。これで、飛行艇はこの海域から安全に上陸できるでしょう』


「アルゼティルス号は?」


『そちらも予定通り、海域が混乱する前に虚数海潜行で離れています。作戦成功ですよ』


「そうか、あぶないところだったが、なんとかなったな」


 ダーンは嘆息して、近づいてくる飛行艇の方へと飛翔する。


『そうなんですが、今回は新たな問題点も明らかになりました』


「何かあったのか?」


『ええまあ。三位一体トリニティー・モードは、ステフへの負荷が予想以上にあるようです』


 何気ない感じで伝えられた内容に、ダーンは血相を変える。


「そんな! そういうことは早く言ってくれ。すぐに解除を……」


『慌てないでください。即座に重大な問題となるわけではないですよ』


「そうなのか。脅かすなよ、ソルブライト」


『ただ、ですね。やはり魂魄の親和性が強すぎるせいか、ジワジワとステフに貴方の熱量のようなものが伝わっているのです』


「熱量? もしかして闘気の影響なのか」


『それもあるかもしれませんが、とにかく輸魂の時と同じく……つまり貴方のせいでステフの身体が火照ってます。とてもいやらしく焦らされているような感じで』


 念話の言葉以上に、イメージとしてステフの今の状態がダーンの脳に直接伝えられる。


「……えーと。それは、うん、よくないな」


『責任、とってあげてくださいね。ただし、私との契約が破棄されない方法で……』


「難易度高いな」


『なおステフは、思いっきり噛んでやるって言ってます』


「やれやれだな……」


『まあ、感覚的なものはともかくとして。ステフへの負荷があることは間違いありません。それも、貴方の力を解放する規模や時間によって変わるようですが、負荷は精神や魂魄にダメージを与えます。今後は奥の手として極力三位一体トリニティー・モードは使用を控えましょう』


「わかった。とにかく、飛行艇と合流しよう」


 ダーンは接近した飛行艇・ファルコンⅡの飛行に合わせてるように飛翔すると、そのまま並進しつつその後部ハッチへととりつく。ハッチ付近の手すりに掴まり、ようやく三位一体を解除した。

 

 途端に、飛行速度に応じた強風を感じるダーン。三位一体の状態では、ただの涼風くらいにしか感じなかったが、やはり普通の状態ではこの速度の飛行すら難しいのだ。


 飛行艇の手すりに力を込め、なんとか吹き飛ばされないように、おぼえたての空戦機動フライ・コンバットを使いながら、ハッチの方へと身体を寄せるダーン。


 そして、ハッチの開閉装置に手を伸ばしかけたところで――ハッチがゆっくりと開き始めた。


 理力制御で、機外の突風などは入り込まないため、開いたハッチの向こうはとても静かな状態だ。


「うわぁ……」


 開いたハッチの向こうに、そのハッチを中から開いた人物がおり、それを目にしてダーンはつい呻いてしまう。

 彼の視界で、蒼い髪の少女が琥珀の瞳に涙を若干溜めたまま、静かな怒りを込めて睨めつけてきていたのだった。

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