タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

憤怒を抑えて嘲笑する

公開日時: 2020年12月2日(水) 12:44
文字数:4,413

 魔神リンザーには、勝算があった。


 絶対最強と謳われたリドル・アーサー・テロー・アーク、その娘を連れ去る計画を立てた時点で、リドルを敵に回すことは決定していたわけだが、勝ち筋が見えていたのだ。


 ステファニー姫を根城に連れ込み、魔力の浸食で超弦加速器の理論さえ盗めれば、リドルをも圧倒する戦闘能力が手に入る。魔導の秘術を集めて作り上げた、超弦加速器の試作品に、科学の至宝を組み込めば、あらゆる超常は意のままだ。


 そして、遂に手に入れた。


 光と時空を超える技術を。


 最強の魔神と謳われるべき力をだ。


 それなのに――


 超弦加速の状態で、蒼髪の剣士に、魔力衝撃波の刃を発振した魔導杖で攻撃を仕掛けたが、蒼い燐光を放つ長剣であっさりと受け流された。そのまま、弄ばれているかのように、右脚で蹴り飛ばされる。


 大理石の床に転げながら、リンザーは愕然とした。

 今、確かに光速を突破したはずなのだ。その超光速の攻撃を受けて、反撃してきたということは、相手も同じく光速を突破した動きだと言うことである。


 苦労してやっと手に入れた力だというのに、目の前の男は、元々それを手にしていたということなのか? それとも、ステファニーが開発した超弦加速器を、この男も持っているのだろうか?


「どういうことよ? たかが神眼持ちの人間風情が、何故光を超える?」


 身体を起こしながら、リンザーは吼えるようにダーンへと問いかけた。


「人間風情か……。その人間の中に、リドル・アーサー・テロー・アークという、究極の槍使いがいるんだが、知らないわけでもないだろう?」


 ダーンは、肩をすくめて問い返してやる。


「リドルのような突然変異が、そうそう何人もいてたまるか! それに、私の研究では、超弦加速器と魔導を組み込めば、ヤツの戦闘能力を超えるはず。それなのに……ええいっ、お前は一体なんなのよッ」


 魔力を迸らせながら、リンザーは激昂する。あらゆる策を講じ、状況を操って自分を優位にコトを運ぶのが、魔神リンザーの戦い方だった。それが、今回は目の前の男が全て計算外の事を引き起こし、彼女の計画を引っかき回しているのだ。


「いずれにしても、お前の目論見は随分と甘かったな。言っておくが、リドル陛下もこんなものじゃないぞ。人は常に進化するんだ。お前が超えたつもりの相手は、二十三年も前の閃光の王だろう?」


 リンザーに言葉をぶつけながら、ダーンは少しだけリンザーが気の毒だと思っていた。それは、人間の時間の感覚と彼女達魔神の時間感覚は、随分と尺度が違うからだ。


 人間の寿命は、せいぜい80年前後だ。対する魔神は、数万年の時を生きている。この寿命の大きな違いから、二十三年という月日の人生における割合を考えれば、あまりにも感覚的に差があった。


 もちろん、こうして対峙する今の瞬間は、感覚的に差があるわけでは無いのだが、積み重ねた月日という感覚においては、大きなズレが生じるのである。


 故に、魔神達は人間達の成長速度を見誤る。


「……いや、それならば、人間には老いがあるはずよね? 何故衰えるどころか進化するのよ?」


「鍛えあげた真の戦士は、よほどの高齢者にならない限り衰えることはないんだよ。肉体の能力任せにしていないからな。まあ、俺もそこまでの境地には、なかなか至れないかもしれないけどな」


 肩をすくめて戯けるダーン。その姿に、歯軋りしてリンザーが杖を構え直す。杖の頭から、魔力で生み出された物質化寸前のエネルギーが吹き出し、不吉な光の刃を形成した。


「その口ぶり、まるでリドルを超えたつもりのセリフね」


「……そうかもな」


 軽く笑って、ダーンも再び剣を構える。


「チッ! スカしてんじゃないわよッ」


 紫紺の魔力を濃密に帯びて、魔神が再度蒼髪の剣士へと襲いかかった。





     ☆





 アーク王宮の地下、王家の訓練場では、ダーン達の転移を見送った後、国王リドルとリリスやケーニッヒ達が情報の整理を始めていた。


「それにしても、陛下達が散々まき散らしていたエネルギーは、一体どうなってしまったんでしょう?」


 観客席からフィールドに降りてきたミランダ・ガーランドは、おっとりと笑みを浮かべつつ疑問する。それは、ダーンとリドルが決闘をしていたときの、防護結界の中に生まれていたエネルギーのことだ。


 二人が奥義を放って決着をみた直後に、その膨大なエネルギーはすぐに消え去ってしまった。

 それこそ、この惑星全てを宇宙の塵に変えるほどのものだったのに。

 

「それは……まあ、あの場にはソルブライトがいたからねぇ」


 ケーニッヒが戯けて言い肩をすくめた。


「ふーん……何か知ってるんだね、ケーニッヒ」


 リリスがいつの間にかフィールドに降りてきて、ケーニッヒに問いかける。その彼女は既にリンケージを解いていて、足元には銀の毛皮を持つ神狼が、今まさに寝そべろうとしていた。


「まあ、知っているというよりも気が付いただけなんだけどね。リドル陛下にダーンの奥義が炸裂した瞬間、ソルブライトはダーンの長剣のタキオン・ソード化を解いた。すると、いきなりその場の状況が変わったよね」


 ケーニッヒの指摘に、結界の維持をしていた全員が頷く。


「あの瞬間、ボクは感じたんだよ。底なし沼のような世界の歪み、あらゆるエネルギーを吸い尽くす禁断の武器の存在を」


「随分と思わせぶりな台詞ね、ケーニッヒ」


 リリスが少し焦れて、ケーニッヒを揶揄するが、当のケーニッヒは何食わぬ顔で、さらに続ける。


「思わせぶりにもなるさ、リリス君。君は今回不思議に思わなかったのかい? ダーンがあれだけ力を発揮して、リドル陛下を上回ったのにさ、彼、最後は丸腰だったんだよ? リリス君なら、これに違和感を感じるんじゃないかな」


 ケーニッヒの言葉を聞いて、リリスはハッとする。その足元に寝そべっていた神狼も、のそりと身体を起こした。


「確かに妙ね……。あそこまで強くなったダーンお兄ちゃんなら、きっと――」


「そうだよ。きっと、タキオン・ソードの一振りが彼を選んで飛来するはずなのさ」


 彼らの会話を、ナスカやホーチィニは意味不明であったが、リドルとサジヴァルドは思案顔で頷く。


「闘っている俺も、それは違和感があったな。俺の神槍はレプリカだが、本元のモノと同じく、俺が超弦加速を扱えるようになったその瞬間に、どこからともなく飛んできた」


「伝承にあるタキオン・ソードは、神王達の専用武器と聞く。彼が闘神王というならば、その一振りがこの場にあって然るべきだな」


 かく言うサジヴァルドも、元々神王達の伝承について知っていたわけではない。その知識は、月神の代行者となって、得たものだ。それ故に、その伝承は正しい知識とも言えるが。


「あったんだよ、最初から」


「なに?」


 ケーニッヒの言葉に、リドルが眉をひそめる。


「だから、あったんですよ。ダーンのためのタキオン・ソードは、最初からあったんですよ。あの神器――ソルブライトが管理し秘匿していたんですよ」

 

 



     ☆





 蒼穹の絶界――


 ダーンが張り巡らせた具象結界は、中で戦闘する者にとっては、凄まじい負荷をかける代物だった。


 あらゆるエネルギーを無尽蔵に吸収する空間特性。それは、当然のことながら魔力もその対象となる。


「ちっ……厄介な結界ね」


 どんどん魔力を奪われていくリンザーは舌打ちして、ダーンとの間合いを詰める。魔導杖の刃を連続でダーンへと斬りつけながら、彼の背後の空間に無数の魔力溜まりを形成して、背後から魔力弾を撃つ。


 周囲からの飽和攻撃に、ダーンは、魔導杖の切っ先を長剣で次々と捌きつつ、迫る魔力弾を、光弾のサイキックで迎撃した。


 攻撃を続けながら、リンザーは歯がみする。相手は剣士なのだから、接近しての斬り合いは相手に分があるのはわかる。しかし、魔力弾とサイキックのぶつかり合いでも、互角というのは気分が悪かった。


「どうした? 動きが悪いぞ魔神」


 ダーンは挑発しつつ、リンザーの攻撃を捌き続ける。


「この小僧……いい気になるんじゃないわよッ」


 リンザーは怒りのままに、その身から濃厚な魔力を放出して、さらにダーンへと苛烈に斬りつけていく。その斬撃は、切っ先は当然光速を突破し、空間を裂く威力であったが――


 ダーンの長剣にあっさりと切り払われて、斬撃により生まれたエネルギーも、即座に結界の中に存在する何かに吸収されてしまった。


 だが、一見してリンザーに不利な具象結界かというと、実はそうではない。その結界は、を無制限に吸収する特性である。それはつまり、結界の使用者たるダーンの闘気なども例外なく奪われていく状態だ。


 それがリンザーにもわかるからこそ、なおのこと腹立たしい。同じ条件下で、リンザーはこの少年剣士に押されているということなのだから。


「せっかくの超弦加速だ。もっと加速してくれてもいいんだぜ?」


 ダーンはさらに相手を煽り、長剣を巧みに操っては、不意打ちとばかりにリンザーへ蹴りをお見舞いする。


 まともにその蹴りを腹部にくらい、リンザーは身体をくの字にして、後方へと吹き飛んだ。


『ダーン……少々遊びが過ぎますよ。これでも、異界の一国を治める魔神の一柱です。いくら格下とはいえ、せめて雑魚扱いせずにひと思いに成敗してあげてください。これでは見るに堪えません……あまりにも無様で』


 ダーンへの忠告という形で、ソルブライトが大地に倒れたリンザーにも届く念話を発した。もちろん、完全な皮肉である。


「貴様らッ!」


 リンザーは激昂して立ち上がり、再び魔力を湧き上がらせる。その姿を目にし、ダーンがはやすように口笛を吹いた。


「たいしたものだよ、魔神グレモリー。それだけの魔力をまだ放出できるなんてな」


 対するダーンも、爆轟する闘気を立ちのぼらせて悠然と構えた。


「……いい気になっているのも今のうちよ」


 リンザーは、負け惜しみにも似た台詞を吐き、ダーンの足元に視線を走らせる。その場は、先程リンザーが転げたところであり、咄嗟に施した見えない魔術刻印があった。


「ほう……何か策でもあるのかな? ならば是非とも見せてくれないか」


 ダーンが刻印の上を通過するその瞬間――


 魔術刻印が発動し、封じ込められていた膨大な圧縮魔力が爆ぜる。


 閃光の炎柱が立ちのぼり、蒼髪の剣士は声を上げる間もなく、六千万度の灼熱に包まれてしまった。


「ククッ……クハハハッ! やったわ!」


 空間を多重に重ねて歪め、内部に熱が反射する特殊な檻と、刻印内に封じ込め、エネルギーが結界に喰われないようにしていた魔法は、極小の超新星を生み出し消滅させるものだった。その温度は、現実には存在しないレベルの温度だ。


 ほんの一瞬の発動だったが、幾重にも防護を重ねたようなダーンの闘気を突き抜け、彼の肉体を瞬時に炭化させた。


 この温度で、炭化したものが残ること自体が、ダーンの強さを物語るが、リンザーとしては、それ故にダーンを倒したという実感が湧き上がる。


 血の色をした唇を震わせ、魔神リンザー・グレモリーは勝利に歓喜の声を響かせるのだった。

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