接近しての細かな斬撃を応酬しあうダーンとカイは、このままではお互いに決定打となるものがない状態に見えた。
一方、彼らの背後で野次混じりの声援が飛ぶわけだが、二人の少女のやり取りは、実際に闘う二人よりも白熱していた。
そんな外の闘いを飛行艇内から見守る者達は、複雑な心境だ。
「これ、どうしよう?」
ルナフィスがナスカに困った視線を向けて問いかける。
「どうしようもねぇな。今オレたちが出てけば、まわりの兵隊も動きかねないぜ」
「だよねー……はぁ」
予想していたナスカの言葉に、ルナフィスは溜め息交じりの相槌を打つ。
「今のところは、最初の約束事のとおり、ダーンと相手の少年の一騎討ちで、ステフと向こうにいる桃髪の女の子は単なる声援の応酬だから。向こうの兵隊さんもなんとなく苦笑いしているけど」
ホーチィニが双眼鏡を覗きつつ補足のように言う。
「ふぅ……なんにしてもしばらくは臨戦態勢のまま待機ですわ」
姉の暴走に辟易しつつ、カレリアも外の状況次第では戦闘も辞さないつもりだった。そんな彼女はふと榛色の瞳にダーンと対戦する少年を捉えていた。
左右の刀を器用に操り、あのダーンとほぼ互角に斬り合っている。星沁というこの地の仕組みが彼に味方しているとはいえ、あの若さでこの刀さばきは想像を絶する鍛錬の賜物だろう。
――異国の殿方ながら、賞賛に値しますね。
カレリアはそんな感想を浮かべる自分自身に驚いていた。
☆
砂浜での剣戟戦は、しだいに白熱していた。星沁の影響がある中、ダーンは空戦機動のサイキックを活用し、足場の不安定さをカバーしている。砂が流動して蹴り脚の力を逃す際、力の分散する特性を読み取り、戦闘機動で最適な力場を形成して弱体化したサイキックでも、蹴り脚を合わせることで地面すれすれに高速移動をしていた。
「よそ者がここまで動けるなんて、ホント器用な奴だな」
徐々に激しさを増すダーンの剣戟に、カイは賞賛と罵倒をかき混ぜたような言葉を吐く。両手に感じ始めた鈍い痛みは、相手剣士の斬撃がこちらのそれを上回ることを謳っていた。
「星沁の影響にも慣れてきたからな」
ダーンは律儀に応えつつ、カイへ鋭い連続突きをおみまいする。左右の刀を器用に操り、カイはこれを捌くが、剣圧におされて間合いを開けるしかない。
「くっ……」
軽く呻いて、カイは自分の右上腕に走った熱い感覚に、視線をそちらに持っていく。鎖帷子の合間、僅かに血が滲んでいた。どうやらダーンの突きを捌ききれずかすっていたようだ。
「カイ!」
少しよろけたカイの姿を視界に捉えて、カスミが腰に両手を当てて仁王立ちしている。彼の名前を強く呼んで、叱咤しているようにも見えるが――
――この子……?
先程までカスミと口喧嘩していたステファニーだったが、なんとなくカスミの纏う雰囲気が変わったように感じていた。彼女までは距離が離れているのでハッキリとわかるわけではないが、桃色の髪が……いや、彼女の輪郭が揺らいで見える。
まるで、その身が高熱を放って、周囲の大気を揺らしているような――
「カスミッ、まだ要らねーよッ」
カイは怒鳴るように言って、両手の刀を構えなおす。
「なんの話だ?」
ダーンも剣を正中に構え直して尋ねる。
「コッチの話だ。いいから続けるぞ、ダーン」
「それはやぶさかではないけどな」
二人は視線に闘志を込めてぶつけ合う。そして、再び一気に間合いが詰まると、激しい剣戟戦が始まった。
二刀流のカイは短めの刀を器用に操り、あらゆる角度からの斬撃を繰り出しているが、ダーンは逆に長剣を正中に構えながら、カイの斬撃の太刀筋を読み僅かな動きだけで捌いていた。これはダーンの方が体格もあり力も勝っているのと、なによりも経験の差が圧倒しているから出来る芸当だ。
まるでダーンがカイに稽古をつけているかのような、そんな剣戟戦になってしまった。
「この剣士、凄い……。星沁の影響を受けて不利なはずなのに……どんどんここの状況に応じて闘いの主導権を摑んでいやがります」
カスミは敵対する剣士の力を認めざるを得なかったが、それでも不敵な笑みを絶やさなかった。ここで少しでも動揺すれば、敵の女につけ込まれる。こうしてカイの背後で見ているしかないカスミが、同じように見ている敵の女になめられてはいけない。
これは、闘う男達の背後にある女の闘いなんだ!
一方――
「なかなか崩れないわね……」
ステファニーは少し忌々しげに呟く。
『いや、わりと相手の少年、体勢が崩れてきてますよ』
ソルブライトがステファニーに応じる。実際、ダーンはカイの斬撃を捌きつつ、その勢いを利用して相手の体勢を何度も崩していた。
「そんなの見ればわかるわよ」
『はて? それでは何故……』
「むこうの生意気なお子ちゃまのコトよ! こんだけ追い込まれてるのにお清まし顔でさ、なんか腹立つんだけどッ」
『あー……』
少し呆れるソルブライト。二人の少女達の代理戦争とばかりに、剣戟を重ね合う二人の剣士に同情の念すらおぼえてくる。
「まあ、半分冗談よ。それよりもあの子のこと少し気にならない、ソルブライト?」
急にステファニーは冷静な声色で、胸元の神器に問いかける。
『……気がつきましたか? 実は私も感じています。あの桃色の髪をした女の子、ただの人間ではありませんね』
ソルブライトの返答に一定の満足がいったのか、ステファニーは微笑を浮かべる。だが、少しだけ予想していた返答とは違っていた。
「あたりじゃないのかな、その反応ってことはさ」
『さあ、何のことでしょう? いずれにしても、私からあなたの知りたがっている《答え》を言うわけにはいきませんよ。ただ、これだけは教えておきますが……。私も精霊王として覚醒する前の人間では、それが精霊王だとわからないのです』
「つまり、何よ?」
『貴女の母レイナーが契約した頃、ガイヤ以外は神霊体でしたが、戦争の後、皆人間に転生することを選んでいます。だけど、その転生のタイミングはバラバラです。精霊王として自覚する前の子供ということは充分に考えられますよ』
「つまり、ソルブライトでもわからない可能性があるんだ……」
その言葉に、ソルブライトは沈黙で応えた。言葉を返せば、ステファニーが精霊王との契約にかかる試練に手を貸すことになるからなのか、それとも単にわからないことが悔しいだけなのか。
ステファニーは軽く溜め息を吐いて、再び意識をダーン達へと向ける。
剣戟戦は、時間が経過するにつれ、明らかな形勢ができあがっていた。
星沁の影響を除けば、本来の戦闘技能は明らかにダーンに軍配があったのだ。星沁の影響に対する術を戦闘中に見いだし始めたダーンに、カイは次第に追い込まれつつあった。
「くっ……くっそ」
絞り出すような悪態がカイから発せられる。その両手は刀の柄が赤黒くなっていた。手のひらの豆が潰れているのだ。
カイの方がダーンよりも多く打ち込んでいるのだが、ダーンはカイの斬撃を長剣で捌く際に、あらゆる崩し方をしてくる。時に柳を相手にするかのように斬撃の軌道を逸らし、あるいは強烈に弾き返したり。たまに斬撃前の刀身に強烈に打ち込んだりと、カイの体の重心移動を阻害し、ともすれば常に刀を強く握っていなければはじき落とされそうなほどに、カイの斬撃にある隙を突いてくるのだ。
もはや、ダーンにはカイの斬撃の癖までが読み取られている。
「どうした、そんなものかお前の剣は?」
ダーンはカイをさらに挑発しようと意地悪な言葉をかけつつ、カイの足下を小さな回し蹴りで払った。斬撃のために踏み込もうとした瞬間の左足を刈られ、一瞬重心が浮き上がるカイ。そこへ、回し蹴りの勢いのまま素早く一回転したダーンの強烈な斬撃が、カイの持つ刀に打ち付けられた。
「うわっ」
なんとか刀をクロスに重ねて斬撃の威力に耐えようとするカイだったが、重心が浮いていたため、その躰は派手に後方へと吹き飛ばされる。
松林の付近まで飛ばされ、砂浜へ背中を強かに打ち付けるカイ。
そこへ駆け寄ったカスミは――
「何ですかねカイ。そのぶざまっぷりは、さっき不覚にもあんた様を一族の誇りとか持ち上げてしまったわっちへの当てつけですかそうですか? いい加減、アレ解放してさっさと片付けやがりませんかねぇ。燃やしますよ?」
澄まし顔のまま、見下ろす少年に鈴のように澄んだ声で毒を吐いた。
「……お前なぁ、少しは僕の心配くらい――」
「いいからさっさと立ちやがるのです! あのデカ乳女にご自慢の騎士様とやらが、ぼろ雑巾になるのを見せつけてやれなのです、今すぐ!」
「焔の巫女がこんなんでいいのかなぁ……」
「黙りやがるのです。あんまり無駄口叩きやがるなら、姉様にあることないこと言いつけるですよ?」
「あることだけにしろよって、シズメ師匠を出すの卑怯じゃ……」
「やかましいです! ホラ立つです、このおっぱい教忍者ッ」
カスミは無造作にカイの襟首を摑むと、力任せに彼の上半身を引きおこそうとする。だが力が足りず彼の首が軽く襟で締まる程度で、苦しそうにしたカイ自身がとっさに頭を引き上げて、結果カスミの顔のそばに彼の横顔が近づいた。
そこへ、カスミはカイの頬に――!
「ほう?」
ダーンが少し感嘆しステファニーが絶句する中、頬にキスされたカイがむくりと立ち上がった。
「強引にやりやがって……まったく、これじゃあズルいじゃないか僕は!」
ぼやくカイの額に炎が灯る。いや……炎ではなく灼光輝く炎の紋様が浮かび上がっていた。
「これが、わっちら一族の長たる証、《焔の刻印》でやがります。帝が認めし修羅の力、存分にみせつけてやれいですよ、カイ」
カスミの独特な言い回しの直後、少年カイは全身に灼熱の闘気を放ち唸るように雄叫びを上げると、二振りの刃に灼熱の業火を燃え上がらせながら、凄まじい突進でダーンに斬りかかるのだった。
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