タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

夕刻の死闘2~サイキック発動~

公開日時: 2020年10月18日(日) 17:42
文字数:3,253

 魔物化した人狼の攻撃は、一撃一撃が必殺の威力を秘めていた。


 《灼髪の天使長》に鍛えられ別人のように強くなったダーンであったが、それらの攻撃を剣で受け流すのが精一杯であり、ほぼ防戦一方になっている。


「クッ……なんて力なんだ」


 繰り出される戦斧を何度も受け流してはいるが、長剣を握る手は微かにしびれ始めていた。


 ナスカと戦っていた頃の人狼であれば、《闘神剣》を身につけたダーンも互角以上に戦えたはずだ。


 だが、異様な魔力により変貌した人狼は、その体格だけでなく、パワー、スピードともかつての人狼をはるかに超越している。


 放つ禍々しい《魔》の波動と、凶悪さを醸し出す異形の肉体、そしてその戦闘能力はまさに狼の魔人と言えるだろう。


 そんな魔人を作りだした張本人、赤い髪の女はいつの間にかその場から姿を消していた。


 恐らくは、少し離れたところでこの戦闘を悪趣味な愉悦とともに高みの見物でもしているのだろう。


「ダーンッ! けて」


 敵対する魔人に圧倒されていたダーンの耳に、エルの声が飛び込んで来る。


 ダーンは声の聞こえてきた後方を見ることもなく、素早いステップで右に跳ぶと――


 十字にクロスした真空の刃が二つ、自分が元いた場所を通り過ぎ、虚空に風切り音を響かせながら狼の魔人に衝突した。


 衝突してきた真空の刃にはじき飛ばされるように、数メライ後方へ後ずさりする魔人だったが、その体表の剛毛と皮膚を浅く傷つけられただけのようだ。


「エルか……」


 ダーンが魔人との間合いが少し開いた瞬間に後方を覗えば、エルの背中から先ほどのように妖精の羽が展開しており、魔人の方へかざす彼女の両手に空気の揺らぎが発生していた。


「助太刀するよ……と言っても、さっきみたいに風の女王を使役出来はしないけど」


「もったいぶらないでくれよ……」


「別にもったいぶってないッ。さっき風の女王を使役したばっかりだし、自分の身体治すのに妖力かなり使ってしまったから精霊の王を使役するほど、私の妖力は残ってないのよッ」


「妖力……か。ちなみに、その妖力ってどうやれば回復するんだ?」


 カリアスの知識にもなかった『妖力』という力に、少なからず興味が湧いたことは確かだったが、ダーンは問いかけながらも戦いの合間の息抜き程度にしか考えていなかった。


 しかし、問われたエルは律儀に答えを返してくる。


「自然回復よ。王を使役するには一週間以上かかるけど……」


「そう、うまくはいかないってことか……」


 ダーンの呟きに「悪かったわねッ」とエルが吐き捨てているが、そんな彼女も、やはり先の魔物との一戦でかなり消耗していたようだ。


 さらに後方の離れた位置に、ナスカとホーチィニの姿が見える。


 ホーチィニは足首の骨折など既に完治させているようだが、彼女もトカゲの魔物との戦闘で強力なサイキックを発動したばかりだ。


 推察ではあるが、精神的にかなり消耗しているはず。


 現に、ホーチィニはナスカの治療を始めたようだが、《治癒》(ヒール)のサイキックではなく言霊を使って信仰術を発動させている。


 あの二人の間柄を考えれば、ホーチィニの《治癒ヒール》はナスカに限って有効と思えるのだが、それをしないのは、精神の疲労が激しいからだ。


 信仰術の光を胸に受けているナスカも、元々重傷のようだったし、まともに動けるようになるにはまだ時間がかかりそうだった。


「なんとかするしかない」


 まともに戦えるのは自分くらいのものだと感じながら、ダーンは長剣を持つ手に力を込める。


 その視線の先で、エルからの不意の攻撃とその後に追撃が来ることを警戒して動きを止めていた魔人が、聞く者の心臓を鷲掴みにするかのような咆哮を上げた。


「来るよッ……今の私は、風乙女シルフの刃くらいしか使役できないけど、できる限り援護するから、強くなったトコちゃんと見せてよね」


 掌に真空の刃をいくつか生み出しながら言ってくるエルに対し、ダーンはそちらを振り返らずに左拳を軽く挙げて応えた。



――アレを試してみるか……。



 天使長との修練を思い出しながら、ダーンは自らの剣先に特定のイメージを集中させていく。


 それは、カリアスの修練を受ける前の彼では考えもしなかったことだ。


 自分にそれが可能だと知った今では、試す前からそれが実現する具象であることは承知している。


 いや、実現出来ると本気で信じていなければ、そもそも具象化しない超常なのだ。


 エルが発生させた真空の刃を放ち、迫るその刃にはたいした威力は無いと本能で判断した魔人が、真っ正面から戦斧を振りかざし突っ込んでくる。



――たけだけしく燃えろ!



 真空の刃を強引にかき消すほどの猛烈な突進をしてくる魔人、その巨体に対して、ダーンは手にした長剣の刀身に発現した灼熱の塊で迎撃した。





     ☆





 狼の魔人がくぐもった雄叫びをあげていた。


 真空の刃程度では足止めにすらならなかったが、肌と体毛を焼き焦がすその灼熱にはたまらずひるんでいる。


「《火炎フレイム》のサイキックか……熱いねぇ」


 ダーン達の戦闘を遠間で見ていたナスカが驚嘆しつつ呟いた。


「冷たい私とは正反対……」


 信仰術でナスカの胸部、あばら骨や傷ついた肺などの補修をしていたホーチィニは皮肉っぽくめ上げてくる。


「そこまで言ってないだろ……」


 応じて少し怯むナスカの視界には、表情をあまり出さない『お澄まし司祭』状態のホーチィニが、その瞳に明らかな不機嫌を浮かべていた。


「そのぅ……どうして貴女はそんなにご機嫌斜めでいらっしゃる?」


 問いつつも、少し冷や汗を浮かべたナスカだったが、左手の動きを止めることはしなかった。


「別に怒ってない……ある意味、《駄目男ばか》が無事ってことに安心してもいるから」


 ホーチィニは諦めるような吐息して、徐々に遠慮無い動きを見せつつあるナスカの手の感触に、少しだけ身をよじる。


「ならば、お前がさらに安心できるよーにッ」


「それ以上先に進んだら……残る気力を振り絞って凍らせてあげる」


 冷ややかに呟いて、ナスカの股間に視線を落とすホーチィニ、彼女のでんの丘陵を這いずり回って、さらに山間の奥へと進軍を開始しようとしていた《駄目男ばか》愚連隊五指衆は、涙をのんで撤退をしていく。


 ようやく無遠慮なセクハラから解放されながら、ホーチィニは視線をナスカの胸部に戻した。


 信仰術による治療は時間がかかる。


 主神に信仰を捧げ、そのたまものとして自然界の活力を生命力に変換、被施術者の自然治癒力を活性化させて治療していく。


 《治癒ヒール》のサイキックならば、いきなり完治した姿をイメージし組織を再生させるので、早い上に欠損した部位までも修復してしまうのだが。


 先ほどの魔物と化したトカゲとの戦闘で、奥の手だった《凍結波ブリザード・ウェーブ》を発動してしまった。


 あれは水系統のサイキックとして、かなり上位に位置する。


 当然、発動者の精神に大きく負担を及ぼし、気力を一気に持っていかれるのだ。


 今後の戦闘状況に応じて気力は温存しておきたいし、正直な気持ちとして、ナスカの身体を一気に修復したくはなかった。


――そんなことをすれば、またこの男は……。


 だが、このまま二人でここに休んだままというわけにもいかなそうである。


 ダーンとエルがかなり善戦しているようだが、狼の魔人は尋常ではない化け物だった。


 さきほどダーンから受けた炎も、胸の剛毛と皮膚を焼き焦がし、胸骨の一部が露出するほどまで非道い火傷を負わせたが、一拍動きを止めたと思えばすぐに禍々しい魔力があふれ出し、損傷した肉体を急速に修復して襲いかかってくる。


「状況は極めて不利ね」


「いや、お前のケツは最高だ」


「……バカ?」


「命はって戦っているヤツの方がよっぽどバカだって。エロいコト考えてる方が人間的に、生命の本質として正しく賢い」


 言い切る《駄目男ばか》に呆れつつ、女性としては何か反論してやろうと思うホーチィニだったが、正論で言い返す言葉が思い浮かばなかった。


「それでもって……オレは申し訳ねえが、どうしようもないバカなんだよなあ」


 凍り付いたような表情をするホーチィニ。その唇に軽くキスをし、未だ胸の骨折などが完治していないはずの傭兵隊長が立ち上がった。

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