タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

凄惨! 閃光の王

公開日時: 2020年11月29日(日) 10:24
文字数:4,514

   

 緋色の訓練用軍服を纏うその姿が、一際大きくなったような感覚。圧倒的な存在感を放つリドルは、凄惨なる笑みを浮かべ、黒曜石の瞳に闘志を宿す。


「俺に槍を持てとぬかしたな、少年。それがどういうことを意味するのか教えてやろう」


 リドルは、右手を前方に差し出し、拳を握り締める。その動きに合わせて、虚空に紅いプラズマが走り、長さ三メライ(メートル)程度の緋色の槍が突如顕れた。


 顕現した緋色の槍を右手に、軽く回して弄ぶと、槍の穂先が空を裂いてひゅんひゅんと音を立てた。いや、時折、穂の切っ先が空間すら引き裂いてもいる。


 真紅というよりは、少し黒みのアクセントがある、禍々しいまでの紅。柄の部分には、昏き焔のレリーフが巻き付いて、穂の口金部分には蓮のモチーフが施されていた。


 そして、何もかもを切り裂きそうな穂は、小ぶりの両刃剣のようでもある。


 突きと薙ぎ、そのどちらにおいても絶大な破壊力を秘めていることを、対峙する者に感じさせる業物だ。



「あれが……陛下の槍、《神槍・紅蓮》ですか?」


 観覧席のケーニッヒが、興味深そうに隣に立つスレームに問いかける。


「はい。しかし……まさか、本当に神槍をお出しになるとは」


 いつもどおり微笑を浮かべようとして、つい引きつった笑みになってしまったスレーム。


「どうやら……準備してきた甲斐があったようですね。色々と複雑な気分ですが……」


 大地母神の化身、ミランダ・ガーランドが、何やら意味深な言葉を吐きつつ、両手を前に出し、指を組み替えながら連続で印を結び始める。


「お父様……はあ……。結局こうなるのですね。ケーニッヒ、後は任せましてよ?」


 カレリアも、ミランダの様に、その両手で印を結び始め、二人――いや、二柱の精霊王

の全身から、神々しい活力のオーラが立ち上り始めた。


「……溜め息をつきたくなるねぇ。ボクはちゃんと忠告したんだけどな……ダーン。むしろ、ここまでなら『適当なところで負け』よりもいくらかマシだと思うんだけど」


 ケーニッヒは、薄笑いを浮かべたまま呟く。その声は、フィールドで莫大な蒼い闘気を放出し、苛つきの感情を爆発させてしまった今の蒼髪の剣士には、当然届かない。


「ふふふ……」


「おや? スレーム会長、何か可笑しかったですか?」


「いえ、ね。言葉と表情が一致しておりませんよ、ケーニッヒ。この中で、貴方だけがこの展開を期待していたんじゃないですか? わざわざ、このような『大規模な結界』まで準備しておいて」


 スレームの言葉に、ケーニッヒは肩をすくめ、彼も精霊王達と同じくその手で印を結び始める。


「……彼には、なんとなく期待をしてしまうんですよねぇ。でも、それはきっと極めて無謀な話だと思うけど。――ですが、会長……」


「はい?」


「この中で、最も彼に期待をしているのは、きっとボクじゃないと思うな」


 特殊な大規模結界、古代神魔法の原理を応用し、精霊王の力を結集して形成する《防護結界》をドーム内に張り巡らせながら、ケーニッヒは神槍を振るう国王の後ろ姿に視線を送るのだった。





     ☆





 闘い前の準備運動とばかりに、神槍を振り回していたリドルは、一度槍の石突きを芝にたたき落として、動きを止める。右片手に、槍を直に立てて、悠然と蒼髪の剣士と対峙。


「これが我が槍、《神槍・紅蓮》だ。わかるか、少年? この槍の本質を」


 リドルの問いかけに、ダーンは剣を構えながら――


「天使長カリアスとやり合った時の槍だろ、上等じゃないか!」


『ダーン……猛るのはけっこうですが、思考は冷静に。あれは、タキオン・ソードのレプリカです。そこらの伝説の武器あたりと同じく考えてはいけませんよ』


 タキオン・ソード――それは、切っ先が物理上の上限速度、光速を突破しうる武具の総称である。現在の神々よりも高位で、太古に存在していた武神達。彼らが、その力を行使するために創造した究極の兵器だ。


「レプリカか……。剣の形以外のものも存在していたんだな」


 カリアスの知識にあったタキオン・ソードの情報には、いくらかの秘匿がかけられていた。それ故、ダーンは、タキオン・ソードについて、存在するという漠然とした知識しか持ちえない。無論、そのタキオン・ソードに、神々が創り出したレプリカがあることも、知らないことだった。


『タキオン・ソードは、元々剣の形をしていますが、その持ち主によって、姿形を変える超常の兵器です。そのレプリカも、ほぼ同じ性能を有していますから、槍使いのリドルが持てば、その形は槍となりましょう』


 ソルブライトの解説に、ダーンは僅かに違和感を抱いた。この神器の意志は、なぜ、ここまでの神秘を知り尽くしているのかと。


「なんにしても、この世で最も強力な槍だ。闘神剣とやらがどこまで食い下がるのか、愉しませてもらおうか」


 リドルが槍を構える。途端に、周囲の空気が硬化し、二人の間には闘気と闘気のぶつかり合いで、大気の分子が崩壊しプラズマが奔る。


「愉しむか……その余裕が気に入らねーんだよ!」


 煌々と蒼く輝く長剣を振りかざし、ダーンは前に踏み出した。フィールドの芝がその蹴り足で爆発し、土砂が巻き上がる。


 全身に猛烈な闘気を纏い、その初速から音速をはるかに超えて衝撃波を生んでいた。さらに固有時間加速クロック・アクセルは最大。


 観覧席のケーニッヒが、口笛を鳴らす。ダーンの初撃は、これまでの彼が至れなかった領域のものだ。


 それほどまでに、それは鋭く速かった。


 だが――!


「遅いわッ、少年」


 一瞬の紅い閃光が、ダーンの振り落とした長剣を簡単に弾き返すと、神槍の石突きがダーンの顎を下から打ち上げていた。


 前に突進していた勢いとともに、顎を打ち上げられた衝撃で、後方回転しながらリドルの背後へと吹き飛ぶ蒼髪の剣士。


 そのまま、頭からフィールドの芝へと落下して、動きを止める。


「やれやれ、呆気ないぞ……あまりにもあっけなさ過ぎるぞ少年」


 リドルは、背後を振り返りつつ言い捨てる。


『まだですよ、リドル。この程度では、流石にダーンも終わりません』


 ソルブライトの反論とともに、額と下顎から出血したダーンがゆっくりと立ち上がる。頭を振り、飛びかけた意識を強引に引き戻そうとしていた。


「ほほう……」

 

「終われるかよ! まだまだだ」


「フン! 面白い、かかってこい!」


 リドルは言い捨てて、再び槍を腰だめに構える。


「……喰らえ!」


 今度は打ち込みにはいかずに、左手を前に差し出し、長剣を右片手で引いて突きの構えをとると、膨大な闘気が長剣に集中する。


 秘剣・崩魔蒼閃衝――!


 絶大な破壊力を収束して、蒼白い閃光が音速の十数倍の速度でリドルに向かう。完成された秘剣は、さらに威力を増していた。それも、圧倒的なまでにだ。

 

 それに対して、リドルは――無造作に左手を前にかざしてみせた。


「バカな!」


 闘気を集中した左の掌底で、崩魔蒼閃衝を受け止め、そのままダーンに向かってくるリドル。愕然とするダーンに、前蹴りを放ち、その体を吹き飛ばした。


 くの字に曲がった体が、フィールドの芝を掻き散らして、十数メライ(メートル)無残に転がっていく。


「フン。そんな豆鉄砲、よけるまでも無い。こんなモンか? 神界の秘剣とやらは」


 これまで、強大な敵を打ち倒してきた秘剣だったが、まさか素手で受け止められるとは、ダーンはおろかソルブライトすら予測していなかった。


「う……ぐっ……畜生!」


 立ち上がりながら、口に入った土を血反吐とともに吐き出して、ダーンは悪態を吐く。


『……さて、秘剣すらこのザマとは流石に予想してませんね。勝てるとは思っていませんが、せめてリドルに《強者》と認めさせることが出来れば……』


「そんなんで、納得できるかよ……」


 ダーンは怒気とともに吐き出して、再び濃厚な闘気を全身から湧き上がらせる。


「ほほう……。闘気だけは、なかなかに侮れんな。無尽蔵に溢れ出てくるそれは、の通りというわけか」


 ダーンの闘気を前に、リドルは含みある言い方で戯けてみせる。


「だがな……少年、それだけのことだ」


 リドルは、一気にダーンに詰め寄る。それに反応して繰り出されたダーンの長剣、その切っ先を槍の穂で受け流しつつ、槍を回転させて、石突きでダーンの左肩を打ち落とすように叩きつける。


 ゴキリという、嫌な音がドーム内に響いた。


「う……ぐぅ……」


 折れた左肩を抑えたくなるのを我慢し、ダーンは右手だけで長剣を構える。


「……悲鳴を上げずに、そうやって構えられることは評価してやろう、少年。だが、足りないな、足りないぞ少年」

 

 ドスのきいた声で吐き出し、緋色の槍を構えたリドルは前に出る。それを迎撃すべく、ダーンが雄叫びを上げ、長剣を連続で突き出してみせた。


 突きと薙ぎの複合攻撃は、蒼白く輝く刃体からあらゆる形の衝撃波を放つ。


 ダーンの気迫がこもるその攻撃の数々は、まっすぐにリドルへと迫っていった。


『第三段階の秘剣、凄烈蒼千陣。……一気に上げてきましたね。でも……』


 ソルブライトの溜め息混じりの念話に、ダーンは悪態すら返せなかった。


 リドルが、ダーンの繰り出した全ての攻撃を槍の穂で掻き消し、あるいはその掌底で跳ね返すと、そのエネルギーが爆ぜてダーンを吹き飛ばしたからだ。


「だから、足りないんだよ、お前の剣には、決定的に足りない」


 観覧席のフェンスまで吹き飛ばされ、崩れたフェンスに背中をもたれ掛けて呻くダーンに対し、リドルは苛立ちとともに言い捨てる。


「な、何が……足りないって……?」


 ダーンは、気力を振り絞り立ち上がろうとするが、上体を引き起こすのが関の山だった。既に肩の骨以外にも、肋骨が数本砕けている。


「……剣に込める《闘志》だ。お前、本当は何がしたくて、その剣を振るっているんだ?」


「そ、それは……。俺は……アイツの騎士として……強く……」


「……ふう……。ブチ切れて、少しは真に迫るかとも思ったが、やはりダメだな。その剣には、お前の本心からくる志が無い。そんなものはナマクラだ」


 リドルは、未だに立ち上がれないダーンの元にゆっくりと近付く。


「ナマクラだと……クッ……いくら実力が及ばないとはいえ、そこまで言われる筋合いは……」


 圧倒的な実力差。どういても、何をどうしてもこの男には及ばない。そう、絶望的に実力に差がありすぎる。次元が違い過ぎる。それでも、彼は諦められない。



――何故だ?



 諦められない。それは何故だ?


 敵うわけが無いのは、始めから判りきっていた。相対するだけで気を失いそうなほどの、格の違い。天使長カリアスの戦闘記憶からフィードバックされた、リドルの槍を持った際の戦闘力は、言葉で表現するに困難なほど絶大だった。


 どう考えても、これは無謀なのだ。



――だか、何故、俺はこの男に対して剣を振るっているんだ?



 ダーンがその疑問に至った瞬間だった。


 リドルが、彼の足元まで歩み寄り、槍の穂先を頭上に振り上げていた。


「そんな男の覚悟が無いナマクラなんぞ、いくら振るっても無駄なこと。ならばその腕も目障りだ、切り落とすとしよう」


 振り下ろされる緋色の穂先が、蒼穹の瞳に不吉な煌めきを落とした。


 右肩に、焼けるような痛みが走り、鮮血が視界を緋色に染め上げる。


 長剣を握ったままのダーンの右腕が、肩から離れて、無残に虚空を舞うのだった。

 

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