タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

直轄特務隊、発足!

公開日時: 2020年12月6日(日) 11:19
文字数:3,950

 その日、アーク王国において、規模は小さいが多国籍軍の一部隊が編成された。その部隊の名称は、アーク王家直轄特務隊である。


 この部隊は、アーク国王が提唱し、アーク王国はもとより、その同盟国の軍人・兵士の中から特殊任務遂行能力に長けた者達を厳選し結成された。一般には公開できない、人類世界全体に害をなす諸問題を解決することが主な任務となる。


 その真の任務は、『魔界』と呼ばれる異界からの干渉に対処することと、異界側に流れだしていると思われる活力流失問題の解決だ。


 よって、アーク王国とその同盟国が抱えている世界大戦については、直接関与しない部隊となる。


「――とはいえ、私たちの任務は世界の各地に赴いて、直接対処する必要があります。ですから戦時下の厳戒態勢の最中で、帝国側の警戒網を突破して目的地に至らねばなりません。もちろん、空路はほとんど使い物にならないでしょう。そこで、私たちはこちらを開発しました」


 直轄特務隊の初代隊長、ステフ・ティファ・マクベイン大佐は、部隊発足式において演説の最中だ。彼女は、手元のコンソールを操り、背後の映像スクリーンに、極秘に開発していた兵器の資料を映し出させる。


 息を呑む参列者達、彼らが目にしたのは、淡い水色の装甲が美しい流線型の巨体だった。


「最新鋭の強襲揚陸潜水艦、アルゼティルス号です。これは全長二〇〇メライ(メートル)を超える、世界最大の潜水艦となります。本日より、私たち直轄特務隊はこの艦にて執務し、世界各地を回ることになります」


 さらに、ステフ大佐は、新型潜水艦の特徴と機能を簡単に説明していく。一通り説明が終わったところで、ステフ大佐から隊の人事が発表された。


 まずは、副隊長兼アルゼティルス号艦長に、前大戦の英傑、ジョセフ・レオ・リーガル中佐が挙げられる。彼の副官にナスカ・レト・アルドナーグ大尉が指定された。


 次に実戦部隊指揮官兼副艦長に、サジヴァルド・デルマイーユ少佐、その副官としてルナフィス・デルマイーユ中尉が任命され、その他にも各セクションの責任者が告げられる。


 そして、ダーン・エリン・フォン・アルドナーグ大尉は、ステフ大佐の副官に任じられたのだった。





     ☆





 式典が終了し、部隊の各セクションに分かれて簡単なブリーフィングと顔合わせが行われる。戦隊長のステフ大佐以下、本隊執行部の面々も、一同に顔合わせとなった。もちろん、ほとんど顔見知りの者達だったが。


「それにしても、いきなり大尉待遇か。いいのかな?」


 肩にある王国大尉の階級章を見ながら、ダーンが少々不安そうな声をもらした。


「別にいいんじゃないか。この部隊自体がそもそも秘匿されてるし、秘匿されている実績だが、お前は王国第一王女を救出した英雄なんだぜ?」


 ナスカがダーンの肩をたたきつつ言う。その二人のすぐそばで、女性士官用の軍服を着た元・アテネ王国宮廷司祭、ホーチィニ・アン・フィーチが憮然と立っていた。


「むしろ、ナスカが何故、王国大尉の階級なのかしら」


「そりゃ、オレは一応アテネの傭兵隊長だったんだからよ、その位の階級は当然だろ」


 ホーチィニの疑問に、ナスカはむしろどこに疑う余地があるのかと言わんばかりに応じる。


「私は宮廷司祭だったのに、少尉なんだけど?」


 アテネ王国における社会的地位で言えば、傭兵隊長と宮廷司祭は、ほぼ同列で要職だ。


「司祭は軍人や兵士じゃねーからな。医療班の責任者は確か別にいるんだろ?」


「ぐ……まあ、おっしゃるとおりね。私が所属する医療班の責任者は、レナ・マードレイ少佐よ。医科学の研究者みたいなんだけど、まだ顔合わせしてなくて」


 そんな風にナスカとホーチィニが話しているところへ、不意に白衣を着た女性が近付いてくる。


「あのぉ、申し遅れました。レナ・マードレイです。よろしくお願いします」


 ブロンドの髪を肩の辺りで揃えている女性が、丁寧にお辞儀をする。白衣の下に着ていた士官用の軍服には、少佐の階級章が付いている。それを目にし、ナスカとホーチィニ、そしてダーンも慌てて慣れない敬礼をした。


「あ、そんなに畏まらないで下さい。私は医官ですから、階級はあってないようなものなんです。普段お話しするときは、もっと気軽にお願いします」


 レナ・マードレイは、やんわりと笑って、ぎこちない答礼だけ返した。なんとなくその雰囲気に覚えがあるように感じたダーンだったが、彼女の瞳を見て、それが錯覚によるものだと認識する。ここ最近、間近でよく眺める瞳と同じ、琥珀色だったからだ。


「企画7課からの推薦で入隊したって聞いてるけど、あたしと会うのは初めてよね?」


 ステファニーが、肩にかかった蒼い髪を片手で払いながら話の輪に加わる。


「え、ええ。カレリア様の推薦で」


「カレリアが?」


 レナの回答に、なんとなくひっかかるモノを感じながら、ステファニーは背後を振り返る。その視線の先、別の人の輪に、双子の妹と金髪優男の姿を見つけた。


「ああ、レナでしたら、私が最初に名を上げたのですよ、ステフ」


 さらにスレーム・リー・マクベイン中将が話に加わってきた。


「企画7課とスレームの推薦か。まあ、他にもあたしが知らない人で、執行部に入ってる人もいるからいいんだけど。例えば――」


 ステファニーは、式典会場をぐるりと見わたす。その視線の先に、金髪をポニーテールに結い上げた少女の後ろ姿を捉えた。その少女は、部隊の整備班として再編制されたアーク王立科学研究所企画7課のメンバーと会話をしている。


 ステファニーの視線を追っていたダーンとナスカも、その少女の姿を捉えた。


「あれ? もしかして」


 見覚えのある金髪ポニーテールに、ダーンが声をあげる。


「エルじゃないか!」


 ナスカの驚いた声が届いたのか、金髪ポニーテールの少女がこちらを振り返る。そして、ダーン達と視線が合うと、少しバツの悪そうな苦笑いを浮かべ、こちらに歩きはじめた。


「えーと、お久しぶり」


 特務隊整備班の軍服姿で、エル・ビナシスは片手を上げながらナスカ達に挨拶する。


「お、おう。久しぶりだな。しかし、なんでお前がここにいるんだ?」


 ナスカの問いかけに、エルは気まずそうにして鼻先を掻く。彼女はかつてアテネ王国傭兵隊に所属し、ナスカの部下だった弓兵だ。彼女は、アテネ国王からのステフ大佐捜索任務に、ナスカ達とあたっていたのだが、途中紆余曲折があり、傭兵隊を除隊して故郷のブリティア王国に帰還したはずだった。


「いやー、なんか女王様に呼び出されたのって、この部隊への派遣についてだったのよね。まあ、結局は無断で妖精の力を使ったこと、滅茶苦茶怒られたんだけどさ……」

 

 エルの本来の国籍は、理力科学の研究と飛行艇の開発がめざましい、ブリティア王国だ。その彼女にまで部隊参入が呼びかけられたということは、今回設立された直轄特務隊は、人数こそ限られているが、その下準備や根回しは相当のものだったようだ。


「なるほど。エルは……整備班?」


 エルの軍服を見て、ダーンは少し怪訝な表情を浮かべる。エルはアテネ王国傭兵隊に所属していた頃、その弓の技量は右に出る者などいなかった。実力的にも、実戦部隊に配されてもいいはずだが。


「えーと、一応整備班なんだけど、主な任務は艦載機の飛行艇を操縦することよ。つまり、実戦部隊の運搬役ね。だから、私も執行部に名前を連ねてるのよ」

 

 強襲揚陸潜水艦アルゼティルス号には、揚陸任務のため、艦内に飛行艇を搭載しており、浮上した際に速やかに飛行艇を発艦させることが出来る。この揚陸のための施設などのほか、長期間の隠密任務に耐えられるよう、乗務員の福利厚生のための施設を充実させた結果、艦自体が大型化していた。


「ということは、俺たちが一番世話になるわけだな。これからもよろしく頼むよ、エル」


 ダーンは右手を差し出して、エルもニヤリと笑って握手に応じる――が。エルはダーンの虚を突き、その右手を引っぱって彼を強引に引き寄せると、ヘッドロックの要領で彼の首を脇に抱え込み、その耳もとに囁きかける。


「よろしくと言えばさ、ダーン……アークのお姫様とさ、とってもよろしくやってるようだけど、この一週間ちょっとの間に、一体なーにがあったのかしらぁ?」


 アテネ王国傭兵隊では、共に任務に就いた仲間でもあるエル、彼女からしても、ダーンとステファニーの親密さに勘付いていた。


「そ、それは……色々と……」


 首を脇に抱えられ、頬に触れているエルの胸の柔らかさから逃れるように、ダーンはあらぬ方向を見ながら言葉に詰まる。


「おお、なんか新鮮な反応ね。そっかー、あのダーンがねぇ、こんな反応するなんてびっくりよ。それにしても……うわ……めちゃ美人っ」


 エルは改めてステファニーの方に視線を移して息を呑む。今は軍服を着ていて、公式にはステフ・ティファ・マクベイン大佐ということになっている彼女。ダーンと接近して仲良く話しているエルに少し戸惑って、あるいは少し嫉妬して、穏やかじゃない笑みを浮かべている。


「こほん……。エル・ビナシス准尉、これからの揚陸任務は貴女の手腕にかかっていますので、どうかよろしくお願いします」


 複雑な笑みを浮かべたまま、ステファニーはエルに挨拶を交わしてくる。


「は、はい。よろしくお願いします、大佐殿」


 階級差意外にも、何かとてつもない迫力を感じ、エルはダーンを投げ捨てるように解放しつつ、姿勢を正して応えた。


「あ、それからー」


 ステファニーはつかつかと軍靴を鳴らして、ダーンに迫ると、素早く彼の右脛を蹴りつけた。脛に走った強烈な痛みに、その場で苦悶するダーン。


「副官ダーン大尉。必要以上に女性職員の身体に接触しないように。……蜂の巣にするわよ」


 琥珀の瞳が嫉妬の炎で燃えて、あまりの迫力に、その場の全員が気をつけ姿勢で固まるのだった。



 

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