僅かに光を纏った刀身が虚空にいくつもの弧を描いている。
己が武器と認識している戦斧に激突し、眩い火花を散らしては、斬撃の重さを腕に感じ、時折、戦斧で受けきれなかった斬撃がこの身を切り裂いていた。
痛みは感じない。
斬られたという認識はあるが、背中辺りに感じる熱い力が損傷した部位に伝わり、肉が盛り上がって傷口を塞いでいた。
そして魔人は目の前の敵に再び襲いかかる。
その行為に理由はない。
ただ本能の趣くままに、眼前の敵を死に追いやろうとするだけだ。
相手は剣を巧みに扱い、こちらの攻撃を受け流しては、灼熱の炎を掌や剣先から発生させてこちらにぶつけてくる。
少し離れた位置にいる虹色に瞬く蝶の羽を生やした女が、隙を見て風の刃を放ってきてこちらの動きを阻害し、煩わしい思いをしていた。
その煩わしさから、女の方に突進しようとすれば、蒼髪の剣士の鋭い斬撃がこの身を深々と傷つけ、一瞬動けなくなってしまう。
肉体が再生をする間に、また剣士へ目標を変え、疲れることを知らない肉体が戦斧を無意識に振り上げていた。
狼の魔人は全く理性が無くなったわけでは無かった。
自分が何者なのか?
何故戦っているのか?
眼前の敵は何者か?
それらを理解していなかったが、戦いの知識は残っていたし、戦いながら今の状況を認識し、ぼんやりと何かを感じる程度には理性が残っている。
その残った理性とは別に、この身を動かす肥大した闘争本能があり、眼前の敵を殲滅しようとしながら、今でも人狼の理性を破壊しようとしていた。
時折、魔人は意味も無く天を仰いで咆哮する。
猛々しく敵を威嚇するようにも見えるその咆哮は、理性が崩壊していく悲痛の叫びでもあった。
殺せ!
壊せ!
なぎ払え!
残った理性に禍々しい闘争本能が命じてくる。
その命令に逆らうことは出来なかった。
そんな人狼の理性が、目の前で光る剣士の太刀筋に何かを感じていた。
どこかで見たことのある光のような気がしている。
ここではないどこか。
目の前の剣士とは違う何者かが放っていた光。
一度ではなく、何度も目にした……いや魅せられた光の乱舞。
戦斧にその光の乱舞を受けながら、穏やかな笑みを浮かべつつもどこか誇らしかった記憶。
狂気の本能に、その記憶さえもかき消されそうになっていた人狼の理性は、剣士の鋭い刺突を戦斧で捌きながら、一瞬、その姿に銀髪の少女の姿を重ねていた。
☆
魔人の攻撃を捌き、隙を突いて斬撃を返すダーンは、少しずつ蓄積していく疲労感に舌打ちしていた。
《闘神剣》は筋力に頼った剣法ではない。
高めた闘気を強靱な精神でコントロールし、動きのすべてを補強することで超人的な剣戟を生み出していく。
その超人的な剣法を扱う肉体も、闘気によって強化され、攻撃の際に発生する反動を押さえ込んでいた。
だが、生身の肉体が戦うのに全く疲労しないわけがない。
特にこの狼の魔人は尋常な相手ではなく、その攻撃をいなすだけでも神業が必要だった。
明らかに戦闘能力は相手の魔人の方が上である。
この場に《灼髪の天使長》がいれば、この魔人も一瞬のうちに切り刻んでいたことだろうが、ダーン自身は、《闘神剣》を身につけたとはいえ、まだまだ実力不足を否めなかった。
――猛よ、炎!
火炎のイメージを剣先に集中し、発生した灼熱の炎塊を魔人に放った。
その炎塊を頭部に喰らい、魔人は焼けただれる顔面を片手で押さえながら後ずさる。
その魔人に無理な追撃をかけず、ダーンは少しでも剣を止めスタミナを温存しようとするが、そう都合よく疲労がすぐに回復するわけもなかった。
「オレ様復活!」
そんな焦燥するダーンの耳に、なんとなく場違いな感じの声が飛び込んで来る。
確認するまでもなく、傭兵隊長ナスカの声だったが、ダーンはふと怪訝に思った。
――早すぎる……。
信仰術による治療はもっと時間がかかるはず。
先ほど見た限り、ナスカはあばらを数本複雑骨折し、肺を痛める重傷だと思っていたが、自分の見立てに誤りがあったのだろうか。
「ナスカ……大丈夫なのか?」
ダーンの問いかけに、ナスカは鼻から気障ったらしい笑いを漏らす。
「当たり前だ。オレがどれだけ長い時間ホーチのケツを撫でまくっていたと思っている。今までで最長記録だぞ! オレの魂は今、究極に猛々しくみなぎりまくりだぜ!」
ダーンの隣にまで歩いてきながら息巻くナスカに、ゲンナリとした半目を投げかけつつ、ダーンは溜め息混じりに、
「俺が命がけで戦っていた間にお前はそんなことしてたのか……」
と突っ込んで、口元を綻ばせた。
「バァカ! 漢にとっては戦うエナジーの補給だ。極めて重要なコトだろう。お前にもいずれ理解する日が来ると信じているぜ」
そう言って長剣を正中に構えるナスカに、肩を竦めるダーンも同じく剣を構えた。
「エロ隊長復活っと……」
二人のやりとりに、苦笑いしつつ残り少ない妖力を精霊達に与えて、真空の刃を作りだすエル。
その後方から、鞭を威嚇するように「ズバンッ!」と鳴らして、ホーチィニがエルの横に歩み出てきた。
「総力戦だ! ――と言いたいところだが、ダーンは今後も考えて力を温存しておけ」
ホーチィニの鞭の音に若干身を竦めたナスカが、炎症から回復し戦斧を構え直す魔人の動きを正面に捉えて言う。
「どういうことだ?」
「他にいるんだよ。オレ達が保護しようとしている『彼女』を狙っているヤツがな。ディンの主人と思うが……恐らく《魔竜人》だろう。名は『ルナフィス』、名前からして女だ」
「さっきの赤い髪の女じゃないのか?」
ダーンの推測に、ナスカは首を横に振る。
「多分、違うな。あの赤い髪のヤツじゃあない。……長話している余裕はないな、なんとかオレが勝機をつくるから、お前のとっておきをお見舞いしてやれ。それまでは任せてもらうぜ」
ナスカは言い放つと、その身に纏う闘気を変質させていく。
龍闘気……己が肉体さえも破壊していく諸刃の力。
その龍闘気を限界まで放出し練り上げていくナスカに、隣に並び立つダーンは言葉を失う。
ナスカがここまで龍闘気を強く練り上げるのは初めて見た。
感じる力の波動は、あのカリアスに匹敵するやもしれない。
「お前に見せてやるぜダーン、親父からたたき込まれた白龍式竜殺刀法の真髄をなあッ」
大地を割るかのような蹴り足で、白金色の闘気を纏ったナスカが魔人に向かって砲弾のように突進していった。
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