身体が軽い!
レイピアを振るう銀髪の少女は、自身の肉体が最高潮の状態であると認識していた。
今回の決闘に至る前段階で既に自覚があったが――
特訓の成果よるものか……明らかに自分の剣士としての実力は急成長を遂げていた。
身体から溢れる闘気の量、その制御も思いのままで、《固有時間加速》や《予知》といったサイキックも随分冴えている。
開始早々、ダーンが《予知》を発動したことには僅かに驚きはしたが、それもある程度は予測していたので、対処も万全だった。
余談だが――決闘開始直後、不自然にお互いが一瞬躊躇うような動きをしたのは、《予知》のサイキックでお互いに先の読み合いをしたためである。
結局、《予知》による読み合いは意味を成さない状況となり、純粋な剣の腕の勝負となったわけだが――。
想定以上に自分自身の調子が良い。
現に、対戦相手であるダーンの手数を上回り、少しずつ彼の肉体に刺突をヒットさせている。
今のところ、致命傷には至らない些細なダメージしか与えられないが、通常なら、相手を少しずつ追い込んでいる展開のはずなのだ。
――それなのに……ッ!
こちらの繰り出す攻撃の内、致命的なダメージになる攻撃のみを長剣で捌くダーンに焦りの表情はない。
腕や肩に細かい傷を受けて僅かに鮮血を舞わせつつも、自信に満ちた落ち着きをその顔に滲ませている。
さらに――
ルナフィスは、膨らみ続ける相手の巨大な闘気に萎縮しないよう努めなければならなかった。
対峙するダーンからは、重厚で圧倒的な量の闘気が溢れていた。
まるで尽きることの無いような、無限とも思える闘気の放出は、彼の肉体にも超常的な効果をもたらしている。
先刻ヒットした刺突により血飛沫を舞わせたダーンの右腕の傷が、既に塞がりつつあるのを、少女の視線が捕らえていた。
その傷だけではない。
致命傷には至らない掠り傷程度ではあるものの、いくつもの生傷が少しずつ癒え始めている。
ただし、彼が治癒のサイキックや法術などを用いている気配はない。
常識では考えられない量の膨大かつ濃厚な闘気が、闘うための肉体を強化し続け、切り刻まれた傷を、周囲の筋肉が隆起して止血、細胞が活発に増殖し破損個所を保全しているのだ。
まるで、最大の戦闘能力を保持し戦い続けるために、闘気が肉体を保全しているかのよう……。
――本当に人間なの?
背中に冷たいものが流れ出す感触。
剣戟を交わす度に、レイピアを握る右手に僅かに増えていく違和感。きっと攻撃をしている方が、捌かれた衝撃によりダメージを徐々に蓄積しているのだろう。
速さでは圧倒しているのに、致命傷は与えられず、僅かなダメージは効果がすぐに消えていく。
今のダーンに有効なダメージを与えるには、思い切って彼の懐に飛び込み、深い間合いから強力な一撃をお見舞いするしかない。
ただし、それは危険な選択だ。
いかに圧倒的な速度を誇るルナフィスでも、全身の体重と闘気を乗せた強力な一撃を放つには、放つ前に僅かな溜めと、技を放った後の一息ほどの肉体硬直が発生する。
それは、彼女たちのように技量が高レベルで拮抗する剣戟にとって、致命的な瞬間だ。
だから、技の前の溜めの為の一瞬を生み出すために、無数の突きをお見舞いして相手の隙を作り、確実にその一撃を当てて、完全に相手を無力化しなければならない。
そんな剣戟の最中、ルナフィスは何か懐かしい感覚に陥っていた。
このように、相手になかなか有効な一撃を与えられず、四苦八苦した経験が一昔前にあったのだ。
記憶にあるのは、鋼のような剛毛を持つ筋骨隆々の肉体。
ルナフィスにとっては唯一の訓練相手だった人狼――ディンとの稽古である。
一週間程前に、目の前の剣士は、人狼ディンと戦ったと聞く。
思えば――
ディンがダーンと戦った後、自分のことを話して聞かせたようだが、それが無ければ今回の心躍る対戦は実現しなかったことだろう。
ダーンとの最初の対戦。
あの時は、明らかに自分の方が一枚も二枚も上手だったが、一瞬の隙――まさか《固有時間加速》を発動するとは思っていなかったため、彼の長剣の刃が自分の首元寸前まで届いていた。
ダーンは、人狼ディンから自分のことを聞いていたために、あそこで剣を止めたのだろう。
今考えても、剣士としては随分とあまいことだが、もしディンが自分の話を彼にしていなかったら……。
彼は、躊躇すること無くこの首を刎ねていたことだろう。
何度か話をし、彼が単に女にあまい男ではないことは承知している。
必要があれば……合理的に最良と思えば……彼は女どころか老若男女問わず、その剣で命を奪うことだろう。
剣を持ち、その剣で生きていくということはそういうことだ。
だから、今この瞬間の対戦は、自分がここまで剣士としての高みに至れたのは、人狼ディンのおかげなのだろう。
対峙する蒼髪の剣士――
その圧倒的かつ揺らぐことの無い膨大な闘気。
その雄々しき姿に、ルナフィスは自らの敗北を誘う戦慄と、今更ながら胸の奥に優しい温かさを覚える懐かしい思いを抱くのだった。
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