タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

琥珀の追憶3

公開日時: 2020年11月16日(月) 08:56
文字数:2,349

 アテネ王国の英雄、レビン・カルド・アルドナーグは、ステファニーの父リドルとは同年齢の三十六歳。

 

 彼はアテネ王家直系の貴族であり、噂では王位継承権を放棄した元王子ということだったが……。

 

 現在は、世界中を巡る貿易商人で、個人所有の貨物洋上船や高速飛行船を使って、世界中の商業都市を巡っては、様々な商品の貿易をこなしている。


 また、貿易のかたわらで、アテネやアークの要人を乗せて両国を行き来する仕事もあるとか。


 そんな父の昔の戦友から世間話程度に自己紹介を聞くステファニーだったが、内心では気もそぞろでいまいち話の内容が頭に入ってこなかった。


 どうしても周囲の人の目が気になってしまうのだ。


 少女自身があまりせいに顔を出したことがないということもあるが、何より気になっているのは、父が自分以外のお供も連れずに、異国の地を堂々と歩いていることである。


 くどいようだが、父は世界最大の権力を誇るアーク王だ。


 いかに普段からは考えられない質素な出で立ちとはいえ、それでも市井の者がそうそう着ることのない絹服である。


 どこぞの貴族という風には見えるし、そこから興味を抱いて観察されれば、顔の知れ渡る父のことだ……きっとその身分がバレる。


 そんな風に考えあぐねているところへ、少女の視界に、レビンに中年の小太りした男が近づいてきたのが映った。


「よう、レビン。今日の荷物はどこかのおだいじんさんかい? 羽振りが良さそうでうらやましいよ……」


 右手を挙げながら、小太りした男はレビンに話しかけていた。

 レビンも同じように右手を軽く挙げて笑いかける。


「いやいや……これが少々厄介でわがままな御仁でしてね……。まあ、昔のなじみなので大目に見てますが、ご一緒している可愛い娘さんがいなければ、そこの岸壁から海に捨てているところですよ」


――今、捨てるって言った? アーク王国の国王を海に捨てるって……


 愕然とするステファニーとは対照的に、リドルは何やらご機嫌そうに笑って――


「アテネの港の男はいきだと聞いている。レビンのように気の利かない男は肩身が狭いだろうが、旦那はこんな男にも声をかけてくれているとは。どうやら粋な上に人情に厚いらしいな」


 明らかにアーク王国の国王が気さくに話しかける相手ではないと思うのだが、リドルは握手まで求めながらその小太りした男に話しかけていた。


「おおー。これはまた、レビンよ、上玉のお客じゃないか……。随分と人を見る目が確かでいらっしゃる」


 握手に応じながら小太りの男は機嫌良く話している。


「色々と言いたいこともあるが……ドレイクの旦那、あれが以前話した《レイナー号》さ。これで俺たちの仕事の内、人を運ぶ方は需要がなくなるな」


 レビンは言いながら、親指を立てて白亜の船体を指さす。


「ふむ、確かにな……。だが、貿易には追い風だ。人の交流が増えれば自然と国外の文化に興味がわく。貿易商としては逆に好機かもしれん」


「なるほど……そのような考え方もあるのか」


 レビンがドレイクと呼んだ小太りの男の言葉に、リドルは興味深げに頷きつつ呟いた。


「まあ、ウチの国の商人は逞しいからな」


 レビンもどこか誇らしげに言う。


 そのまま、ドレイクと呼ばれた商人は、軽い挨拶をして港町の喧噪に紛れていった。


 このやりとりを見て、ステファニーは悟る。


 普段から、このレビンは海外の貴族を相手に商売をしてきているのだ。


 だから父のように絹服を着たアーク王国人が隣を歩いているのを見られても、特に物珍しいものではないらしい。


 まもなく、レンガ造りの建物とその脇に、白い円形のテーブルを並べたカフェテラスが見えてきていた。





     ☆






 カフェテラスには、数組のカップルや商人達が白く塗った木製の円形テーブルを挟んで座り、思い思いの飲食と歓談を楽しんでいた。


 時刻は丁度昼前で、ステファニーもそろそろ何か口にしたい頃合いだったが。


 そんなカフェテラスの一角で、異彩を放つテーブルがあった。


 それは、別に特別な飾りが施されたテーブルでもなければ、目を引くような料理があるわけでもなかったが……。


 そこにいる二人の人影があまりに異彩を放っていたのである。


 それも、まるで咲き誇る花のように……。


 一人は、大人の女性だ。


 栗色の艶やかな髪が背中まで伸びて、その上に白い麦わら帽子ミルクメイドハツトをかぶせている。


 こちらからは顔がうかがえないが、その髪の柔らかな美しさと肩から腰までの滑らかな流線が、後ろ姿からでも女性らしい魅力とそこはかとない気品を感じさせる。


 もう一人は――



――小さい……



 その少女を見たステファニーの最初の感想は、それだった。


 金細工のような髪をツーサイドアップに結い上げていて、エメラルドのくりっとした瞳が興味深そうにこちらを向いていた。


 年の頃は、自分よりも少し幼いのではないかと、ステファニーは直感するが――その視線はこちらを射るようでもあり、なんとなく自分にはない迫力を持っている。


 そして、その小さな身体以上に、その愛らしい顔がとても印象的だった。   


 ステファニーに視線を向けている金髪ツインテールの視線から、背後の人影に気がついて栗色の髪を揺らし、麦わら帽子の女性が振り返る。


「あら……まあ!」


 真っ先にステファニーを見つけた女性は、唐突に感嘆の声を上げる……と、その瞬間に金髪ツインテールが不機嫌に眉根を寄せた。


「あ……あのッ……」


 急に自分の方に視線が集まってしまったことで、少々狼狽するステファニーに、耳に掛かった栗色の髪を片手で整えて、女性が柔らかな微笑で語りかけてきた。


「初めましてね……可愛いお姫様。……私はミリュウ。ミリュウ・ファース・アルドナーグ……これでもね、貴女のお父様とお母様の戦友だったの」


 このとき、ステファニーの知識に四英雄の一人、《稲妻の姫君》の名前が、女性の名乗った名前と同じ音で符合していたのだった。

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