タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

琥珀の追憶12

公開日時: 2020年11月18日(水) 18:11
文字数:3,583

 含有する鉱物の影響で、乳白色に黄土色が混じり、濡れた表面が輝いてさながら黄金色に見えるその岩壁に、水煙と落水のごうおんが弾き合う。


「わあー! すごいすごい」


 上下に延びた縦穴に、天井部分から地下水が落ちるその滝は、通常の滝と違って始まりとなる川がなく、また天井の岩肌にあいた亀裂から真下に落ちる状況である。それを目にした瞬間、ステファニーは歓声を上げて、通路となっている金属製の階段、その手すりから身を乗り出さんばかりだった。


 滝の瀑布部分自体は、幅にして数メライ(メートル)程度であり、水量も地上の滝に比較すれば、小川のそれと同程度だろうが、狭い空間内に落水の音が反響し、手を伸ばせば触れられる位置にあるため、独特の迫力がある。


 滝壺自体も、それほど大きくはないが、濁りが全くない澄んだ地下水のため、理力ライトで照らされた光は、底の鍾乳石を照らして、光の屈折から神秘的な青を見せていた。


「ステフ、そんなに身を乗り出すと危ないぞ。足元滑りやすいから」


 落ちる滝の水に手を伸ばすステフを、腕を掴んで万が一にも落下しないよう備えるダーン。彼らがいる階段は、縦穴の中腹部分から滝に沿って下る様にせんを描いている。縦穴の岩肌に設置されている構造なのだ。

  また、手すりが設置されている上、しぶきが掛からないように霧よけの屋根が付いていた。


「ん。大丈夫! ダーンが支えてくれるし」


 何気なく、頼りにしていることを口にするステファニーに、ダーンも照れくさくなってしまうが、かろうじて掴んだ腕は放さなかった。


「ほらぁ? そこで二人でじゃれあってると、通行の邪魔ですよー」


 さすがに面白くないリリスが、棒読みに言うと、ステファニーも我に返って咳払いし、肩をすぼめて階段を降り始める。


「まったく……。それから、目的の未公開部分への入り口はこの下よ、ステフ」


 溜め息交じりに、リリスが階段下の方を指し示す。


 高低差一五メライ(メートル)程度の階段を下りきると、観光用の通路が左手に、縦穴を抜ける形で延びていたが、その反対、右手側にはさび付いた道板のみが岩床に敷かれ、その先に古ぼけた鉄扉が岩肌に設けられていた。


「この先か……。ライトは用意した方がいいな」


 鉄扉の前で、ダーンの呟きとともに、各々用意した理力ライトを取り出して点灯させる。ダーンは、万が一にも洞窟内にて戦闘があるかもと、小ぶりの剣を腰に下げているいたが、理力ライトは手がフリーになるように、額にバンドで巻くヘッドランプタイプを用意していた。


「それにしても、頑丈そうな扉だけど、鍵とか掛かってないのかな」


 いざこれからというときになって、少し不安げな声色でステファニーが言うが、リリスは少し笑みをこぼして、扉に近づいて――


「実は私、以前にもここに入ったことあるの」


 そう言って、無造作に鉄扉のノブをひねると、そのまま肩口で体重をかけるように押し込んだ。いかにも油がさしてなさそうなちようつがいの音が気味悪く響き、扉は押し開く形で薄暗い岩肌だけの空洞が口を開ける。


「いやに詳しいと思ったら、リリスの探検コースか」


 齢九歳の少女なれど、散々近場の洞窟やら森林、神殿跡を探検するのが遊びの一つであるリリス。昨年くらいに、その奇行が両親に知れて、一度は注意を受けたものの、それはほとんど効果を示さず、最近ではレビン達も諦めたように、無茶だけはするなとの注意喚起程度になっている。


「ま、そういうこと。ダーンの兄ちゃん、ステフ、一応人の出入り自体はそこそこあるところではあるけど、観光用の道順とは違うから、足元とか注意ね」


 扉をくぐりつつ、リリスは強力な理力ライトを暗闇の先に向けて注意喚起した。さらに、この先は地底特有の生物がいるとも付け足す。


 具体的には、盲目の昆虫や水生動物、そしてコウモリ達だ。


「彼らをあまり刺激しないように行こ」


 最後の言葉は、注意と言うよりリリスなりのお願いでもあった。






     ☆






 観光用の道順を離れて数分、ステファニー達は地底湖の沿岸を歩いていた。


 確かにあたりは真っ暗ではあったが、一応地下水などが溜まったところなどには金属製の道板が敷かれていたり、崩落しそうな部分は、鉄柵が設けられたりと、最低限の安全措置が施されていた。

 

「この地底湖は、さっきの滝の水が流れ込んでできたものみたい。ここからさらに奥に行くと、岩場の亀裂があって、さらに下の方に流れていくみたい」


 リリスの説明によると、今歩いている部分は海岸よりも低いところなのだそうだ。ここの鍾乳洞自体、入り口は海岸から少し登った地点にあったが、隆起した部分とは言え、せいぜい五〇メートルもない丘陵の地下だ。先ほどの縦穴の底ならば、海水面よりも下にあるだろうことは推測するまでもない。


 このあたりは、地殻変動で隆起した海岸線に沿った丘陵だが、海岸線は沖の方にある火山島のマグマが流れて固まり、ちょうど壁となって地下への海水の浸入を防いでいるようだ。


 さらに、この下には広大な地下空間が地殻変動と火山活動の影響で形成されているようなのだが、それは未だに全容が知れないらしい。


「そういえば……このアテネって大地母神が宿る地って言われてなかったかな?」


 リリスの説明熱心に聞いていたステファニーが、思い出したように口にする。


「そうよ。よく知っていたね、ステフ。ここは大地母神が愛した大地。それ故に科学的には説明が付かない超自然的な地殻構造だとも、どっかの本に書いてあったよ」


 三人の先頭を行くリリスは、軽く舌先を出して言うが当然後ろの二人は気付かない。


「大地母神……かぁ」


 意味深な吐息とともに一人ごちるステファニーは、少し寂しい視線を地底湖の青に向けた。その後ろを歩くダーンの視界に、愁いを帯びた琥珀の瞳がちらつく。


「そろそろ……あ、ここね」


 ダーンがステファニーに何か声をかけるべきか逡巡する内に、先頭のリリスが理力ライトを前方に照らしながら目的地に着くことを伝えてきた。


 視線を前方にもっていくと――


 乳白色のせきじゆんが、幼児程度の大きさにまで成長し、そこに低くなった天井部分から、つらら状の鍾乳石が伸びてきていた。そして驚くことに、その場だけスポットライトのように僅かに光が差している。


「これが……?」


 ダーンはステファニーとともに石筍に近づいてみると、光は天井部分の一角に入った亀裂から差し込んだ月の光のようだ。石筍には、その上のつららから地下水が伝わって、数秒に一滴ずつの感覚で石筍に落ちていた。


 石筍の頭頂部は少しくぼんでおり、つららの先との間は五〇セグ・メライ(センチ・メートル)もない。


「そう、ここが古書にあった月影石の祭壇……《月光の雫》だと思う」


 リリスの言うことは、ステファニーも読んだ古書の内容で理解できていた。


 この自然の神秘が築いた祭壇は、この惑星のあらゆる活力が集積されているらしい。


 特殊な大地の地殻変動と、火山活動によりもたらされたマグマの熱のざん、長い年月に風化した岩場が亀裂を刻み、月の光をこの場に取りこむと、地下水脈がそれらをとかして雫となってこの石筍に落ちている。


 月も含めた五大元素。


 それらを彷彿させる要素がほんの僅かに集まって、数万年の時を経て祭壇として成り立ったのだ。


「ここに、ステフの原石を置いてみて。時間的にはそろそろ月が南中する頃だよ」


 促してくるリリスの示す場所、石筍の頭頂部にある窪みに、ステファニーは持っていた冷たく黒い石を持っていく。一瞬、ためらってからリリスとダーンの方をいちべつし、したたる水が少し溜まった窪みに石をはめ込んだ。


 そして次の瞬間――




 「何も起きないね……」

 

 溜め息交じりのステファニーの声が、地下空洞の岩場をむなしく反響する。石を置いて既に数分、つららから滴る雫に何度も打たれる月影石は、未だ真っ黒で何も変化はない。


「まあ、古書の伝承ってそんなもんだよなあ」


 ダーンも、肩の力が抜けきったようにぼやくが……一人だけ、じっと石筍を見つめるエメラルドの瞳が、なにやら未だに緊張しているようだ。

 

 それを見かねて、ダーンが金髪ツインテールに近づこうとしたところで……。



――あれ? 



 ダーンの視界が奇妙に揺れた。


 足元がおぼつかなくなり、そのまま膝をついてしまう。


「ダーン……あた……し……」


 背後で弱々しい少女の声。振り返ると、琥珀色の瞳がおぼろげになって、ステファニーも膝をつきこちらに手を伸ばしていた。


「くっ……ステ……フ」


 護衛役としての責任感からか、震える膝を酷使して、這いずるようにステファニーに近づくダーン。やっとの思いでステファニーの元にたどり着き、意識を失って前のめりになる少女の身体を抱きとめた。


 そのまま、二人は折り重なるように岩肌へと伏せていき――


「ごめんね、ダーンお兄ちゃん、ステフ。でも、これが正解なの」


 落ち着いた少女の声が、ダーンの耳に入ってきていたが、既に彼の意識は失われていたのだった。

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