タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

海を割る

公開日時: 2021年4月22日(木) 04:10
文字数:2,725

その艦の内部は、その外見ほどに特別なモノではなかった。

 ただ、とは異なる科学で調えられた各種計器と、その扱いに長けた《術士》が、艦の運航を成り立たせていた。


「敵艦、徐々に進路を変えています。このまま本国の領海から離れる模様」


 測的員の若い男からの報告を耳にし、指揮官たる彼女は少しだけ胸をなで下ろした。その胸には、銀細工で作られた竜のブローチがある。それは、彼女が『水』を司る部族、《竜爪衆》の頭領であることの証だ。


「警戒は解くな。再度領海に近づく気配があれば、星沁炸薬魚雷を全弾発射する。発射管への装填始め!」


 彼女の指揮に、火器管制官と測的員が自分に該当する命令部分を順次復唱していく。


「蒼竜様! 敵艦に注水音複数」


 測的員が緊迫した声をあげ、蒼竜と呼ばれた指揮官の女性は、驚きに目を見開く。


「撃ってこないと思っていたから、このまま見逃すつもりだったが……。発射管全て注水! 目標、敵性の大型潜水艦! 弾頭活性化、撃ち方用意……」


 指揮官・蒼竜レイカの命令に、《術士》達が即座に応じて魚雷攻撃の手順を正確に素早く進めていく。


「星沁炸薬弾頭活性化を確認! 雷撃用意よし!」


「発射管全門開け!」


 火器管制官たる術士が、最終安全装置を解除し魚雷発射の引き金に指をかけた。


「敵艦に射出音!」


 唐突に、測的員が緊迫した声をあげる。


「ちっ! 撃ち方保留、回避行動を!」


「敵の攻撃、直上方向の模様! なんだ、これ」


 測的員が困惑して、目の前のモニターを凝視している。そこに表示されているのは、周辺海域に満ちた《星沁》に働きかけて、その反応を計測し海域を観測した結果だ。彼らが『敵性』と判断した大型の潜水艦の形と、進行方向、そして、そこから高速で離れて海面へと向かう小さな影を映していた。


「海上に一度出てから再突入してくるタイプの魚雷か? そんなモノに当たるか! 機関全速! 適度に距離を詰めつつ、上方からの攻撃を躱すわ」


 蒼竜の指示に操舵手が即座に反応し、最大戦速をかける。魂魄の抜けた古代の海竜、その肉体を改造した艦が大きく鳴動し、通常の潜水艦ではあり得ない速度に達していた。


「な? 敵艦、さらに発射音! 今度は大きい!」


 測的員の金切り声に蒼竜も顔色を変え、手元のモニターを見る。そこには、敵艦の上部から円筒形の物体が撃ち出される状況が映されていた。




     ☆




 凄まじい加速の重圧と激しい振動に耐えながら、ダーンは目の前の簡易ディスプレイを見ていた。使い捨ての理力ビジョンは、自分が乗っている物体の現在の位置を正確に表示している。


『間もなく海面です。海面を出て上昇が止まった瞬間に、カプセルが分割されて外に放り出されます、準備はよろしいですか?』


 ソルブライトの念話が聞こえ、ダーンは不敵に笑ってみせた。神器の意思は、ステフの胸元にかかるペンダントに宿っている。そこから離れている今、こうして念話で会話できるのは、リンケージしたままのせいだろうか。  


「よし、上空に出たら奴らの後ろを突くぞ。撹乱させる程度でいい」


『なるほど。ならば第二の秘剣をお薦めします。第一は一点集中過ぎて、今の貴方では惑星規模の破壊を招きかねません。第三も同じく威力やエネルギーの総量が大きすぎます』


「わかった! 飛行艇は?」


『予定通り射出されています。……海面に出ます!』


 快晴の下、穏やかだった海面を突き破るように、白い円筒形の物体が飛び出て、そのまま上空に飛翔する。この円筒形のカプセルは、浮力と高速推進モーターによって海中を急上昇するためのモノで、本来ならカプセルの中に爆薬を積んだ飛翔体などが納められているのだが。

 今回は、ダーンが乗るための簡易なコクピットが内部に納められていた。


 白いカプセルは海上へ突き出て、そのままの勢いで上空へと打ち上げられると、ロケットモーターが稼働してさらに上空へと飛翔する。


『推進モーターあと5秒!』


 ソルブライトのカウントダウンを聞きつつ、ターンはシートベルトを外して、手にしていた長剣を鞘から抜く構えをする。


『2……1……カプセル展開!』


 ソルブライトの言葉通り、カプセルが縦に六分割され、中にいたダーンが空中へと放り出された。途端にダーンの体を激しい風が叩きつけられる。

 ダーンは、自由落下を始めた瞬間に《空戦機動フライ・コンバット》のサイキックを発動して、空に舞った。


「体が重い……やはり、何らかの制約を受けているな。これが星沁の影響か」


『そのようですね。しかし今の状態ならさしたる影響はないでしょう?』


「ああ、このままいける! 目標は?」


 抜剣しつつ、ダーンは闘気を解放する。

 




     ☆





 ダーンが海上の上空を舞った瞬間、蒼竜レイカは星沁潜望鏡でその様子を見ていた。その潜望鏡は、海亀に似た形状の探査機を有線で繋いで海面へと浮上させ、本艦が二百メートルの海底にあっても、海上の様子を確認できる。


「なんなの? 人が入っていた? 信じられない」


 潜望鏡画像をモニターで見ながら、蒼竜は声を振るわす。敵艦が射出したカプセルは、海中から一気に浮上して、そのまま上空へと打ち上げられた。その勢いは、とても人が中に乗っていて耐えられるものではない。


 そもそも――


「一体、なにをするつもりなのよ?」


 人一人が上空に投げ出されて、何をしようというのか? その答えは、次の瞬間にもたらされた。





     ☆




 上空に飛翔したダーンは、眼下に広がる碧い海原に鋭く視線を走らせる。太陽はほぼ南中にあり、夏の日差しが揺れる波間を照りつけていた。


『特定しました。敵艦の位置はそこです』


 ソルブライトからもたらされたのは抽象的な言葉だったが、ダーンの脳には具体的な敵の位置がイメージとして伝わっている。


「……こちらから領海侵犯しているし、わざわざアスカ皇国を敵に回すこともないが――」


 剣に闘気を込めながら、ダーンは身をよじる。強烈な破壊エネルギーが刀身に圧縮されて蓄えられ、蒼い煌めきを放ち始めた。


「ステフが乗っていた艦に警告もなく攻撃して、危険にさらされたのを、大人しく受け入れられる俺じゃないッ!」

 

 抑えていた怒り、それは理性では自分勝手なものだとわかっていて、それでもダーンはその怒りは当然のものだと主張する。


『飛行艇のカプセル、海上へ出ます! 今です!』


 ダーンの背後で、彼が乗せられたカプセルより遙かに大きいものが、海中から一気に海面を突き破って、上空に飛翔する。


「くらえッ!」


 次の瞬間、膨大な破壊エネルギーが、ダーンの横凪にした太刀筋から半月状に形成され放たれた。闘神剣第二の秘剣、蒼閃烈波という大技だ。


 蒼き閃光の破壊エネルギーは、音速の数百倍の速度でそのまま海面を打ち割ると――


 大量の海水を綺麗に切り裂きあるいは蒸発させ、二千メライ(メートル)はある深さの海底を露出させるのだった。

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