タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

琥珀の追憶17

公開日時: 2020年11月20日(金) 05:50
文字数:2,549

 ステファニーの母親が女神。


 その情報は、ステファニー自身が口にする前に、ダーンには伝わっていた。繋いだ手を通して、どういうからくりかは知らないが、彼女の記憶や思考、そして想いも伝わってくる。


 先ほどは、ダーンの記憶や思考が彼女に伝わったように。


 強い思いを孕んだ瞬間に、こういった意思疎通や意識共有がされるようで、それも長くは続かず、強い思いや浮かんだ記憶などが伝播した直後に、この現象は途切れるのだが。


「女神と人のハーフ……って、そう聞いてもあんまり驚かないのね、ダーン」


 若干涙混じりの言葉を、ダーンは首を左右に振る。


「まあ、ウチの義父や義母が神龍とかいう、太古の龍神と契約したって聞いてるからなぁ。全く驚かなかったわけじゃないけど、『女神』って聞いても今更感はあるかな」


 ダーンの言葉に、ステファニーは軽く笑みを浮かべた。


「そっか。レビンさんとミリュウさん四英雄だもんね。あ……ということは、リリスは《神龍の血脈》なのか」


「ん? なんだ、それ」


「あー、えーと。ダーンって、神龍との契約がどういうモノだったか聞いてるの?」


「ああ。確か合一化といってたな。詳しいことはわからないが、魂の融合とかなんとか」


「まあ、概ねその通りよ。そして、その子供にも影響が出るらしいけど」


「らしいけどって、キミだって四英雄の子供なら、その《神龍の血脈》とかじゃないのか? ナスカに聞いたことがあるが、人の身体ではなかなか耐えられない闘気を纏ったりとか」


 先程、ステファニーから意思疎通した際に、彼女の父と母が四英雄であることは伝わってきていた。


 ダーンは、四英雄について、その一人のレビンから概略だけ聞かされている。


 魔竜達との死闘を勝ち抜くために、四英雄が人の域を超える戦力を得た手段、それが神龍と呼ばれる太古の神々との契約だ。神龍と契約し、自らの魂と神魂を合一させることにより超人となった。


 その影響として――


 神龍と契約したレビンとミリュウの間にできた子供達、ナスカとリリスには、《神龍の血脈》と呼ばれる特殊な状況が発生したのだ。


 特に、ナスカはその影響が大きく、十歳を過ぎた頃から、剣の稽古などで誤って闘気を暴走しかけたりし、その瞬間をダーンも目撃している。《神龍の血脈》という言葉は初めて聞くが、ダーンも一応は事情を把握していた。――そういえば、リリスに関してはそういう場面を見たこともない。


「あたしは違うの。お父様もお母様も、ミリュウさん達とは違って、神龍と契約したけど神魂との合一はしてないのよ」


 つないだ手からステファニーの思考がダーンに伝わる。


 彼女の母親は、神界の住人・女神であったため既に強い神魂を持ち合わせており、神龍の神魂とは合一できなかったこと。さらに、父親に関しては、人間でありながら神龍を超える絶大な力を誇っており、合一化すればかえって弱体化するという理由だったこと。


 彼女が両親から聞かされていた、四英雄の《蒼の聖女》と《閃光の王》の真実は、ダーンにとって少なからず衝撃的だった。


 彼女から伝わってきた情報から、少年剣士ダーンとしては見逃せない事実が判明したからだ。

 

 すなわち、最強と疑っていなかった育ての親、《龍殺修士》レビンよりも、彼女の父リドル・アーサー・テロー・アークは、さらに強い人間だったのである。


 その彼の衝撃は、やはりつないだ手からステファニーにも伝わっていた。


 ダーンが剣士になるべく、目標としてきた養父レビン。その目標をさらに超える存在リドルがいることへの驚きと、剣士として強者に対する畏敬と興奮。


 興奮という強い心情の揺らぎのせいで、二人の意思疎通は深く進み、さらに彼の剣士としての内面までもが掘り下げられていく。



 その根底にある、ダーンの『剣に抱く想い』について――



「……見えてるんだろ? その、変かな?」


 意識を共有しているからこそ、ステファニーが自分の過去の憤りやそこからくる剣への想いを知ってしまったと気づき、ダーンは小恥ずかしい思いのままステファニーに問いかけた。


「あ、あたしのだって見たんだから、おあいこよ。……でも、そうね。両親がいるだけ、あたしの方が何倍も気楽だったし、その、剣のことだって変なんかじゃないわ」


 言葉の後、自嘲気味に笑って、ステファニーは握った手をさらに力をこめる。


 ダーンは――


 剣の稽古を始めた頃、自分がレビン達の実の子供ではないことを知った。元々、髪の色が蒼く、ナスカ達とも違っていたから、そうではないかと、思っていたことだったが。


 それまでも、髪の色のせいでひどい仕打ちを受けたこともある。


 普通、人間にはない髪の色。前大戦の傷跡が残るこの世界において、それは迫害の対象ともなり得た。


 王族直系のアルドナーグ家にいたからこそ、命の危険までは晒されなかっただけで、街を歩けば、侮蔑や嘲り、奇異の目を向けられることは多く、路地裏に連れ込まれそうになったこともある。


 だが、アルドナーグ家は……レビン達は、大切な家族として接してくれた。


 さらに、レビンはナスカと同じくダーンにも剣の指導を始める。その際に、レビンがダーンに話したのは、剣への想いについてだ。


 『俺にとって、剣は凶器ではない』


 『人や動物を殺傷することができる兵器であることは間違いないが、剣は握り振るう者の意志によりその意義を変える』


 『その剣に、お前らしい意義を持たせろ。まあ、俺たちの場合はな……いい女を護るための強さだったがなぁ』


 レビンの言葉を聞いて、ダーンは剣を握る手に力がこもっていた。


 この剣を意義あるものにして、目の前の男が誇らしく語るように、剣士として誰にも誇れる男になりたい。自分の人生は、他者に貶められるものでもなければ、誰かに庇護されるものでもないのだと。



 ステファニーは、チラリと蒼穹の瞳をのぞき込む。



 自分と同じく、蒼い髪に対して嫌な想いをし、だがそれに屈しないで自分らしい生き方を強く抱いている彼の瞳、その一見冷たい蒼穹の奥には、熱い意志が焔の様に存在していた。



――どうしよう……なんか、胸がドキドキする。もうっ……なんなの? これは……。



 突如胸の奥に芽生えた熱と高鳴る鼓動に、ステファニーは半ば困惑するが――そう、この瞬間、彼の『剣に抱く想い』が、膨大な熱量を伴って伝わり、少女の胸を焦がしていたのだった。

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