陽光の差し返す白銀の光に、少女は手をかざして目を細める。
そこは、少女の今まで生活してきた場所とは明らかに違う景観だった。
アーク王宮の正面玄関に向かう、宮廷遊歩道。
足下は石とも土ともレンガとも違う、白っぽいタイル状のもので舗装され、遊歩道の両側は、様々な色の薔薇が植え込まれていて、時折そよぐ風が華やかで芳醇な香りを運んでくる。
陽光に照らされた正面の建造物は、この国の首都の中心に位置し、人々には『王宮』と呼ばれているようだが、彼女の知る『王宮』のそれとは似ても似つかない。
それは、少女の隣を歩く長身の男も例外ではないらしい。
先ほど、正面の建物を見上げては息を呑む仕草が見えた。
いや――
そんなことよりもこの男がどこか精彩を欠くのは、昨日の一件のせいか……。
「これがアーク王宮かぁ……同盟国なんだから、アテネ国民のアンタは知っていた? コレ」
少女は、緋色の瞳を隣の男に向けて、一応聞いてみた。
聞かなくとも、おそらくは知らないだろうとわかる。
他愛もない話題を提供することで、彼が変に思い詰めないように気を利かせたのだ。
「ん? ……あ、ああ。ここは初めて来るからな、知らないことだらけさ……」
男はそう答えて、自嘲気味に笑った。
その表情からは、いまいち覇気を感じないもので、本来この男が内包する凄まじい『力』を知っている者としては、なんとも筆舌しがたい気分である。
つい、少女もため息を漏らしてしまった。
「ルナフィス?」
怪訝な声色で名前を呼ばれ、少女――ルナフィス・デルマイーユは少し苛立たしく、その華奢な肩にかかった銀髪を手で払う。
赤みのかかった少し癖のある銀髪がキラキラと陽光を反射し、一瞬そよ風に舞った長く柔らかな艶やかさは、彼女の背中にふわりと落ちる。
「あのね、ダーン」
歩みを止めて、ルナフィスは『ダーン』と呼ばれて同じく足並みを止めたその男――ダーン・エリン・フォン・アルドナーグに向き合った。
同年代の少女と比べても背の低いルナフィスからは、190セグ・メライ(センチ・メートル)を超える長身のダーンの顔は、これだけ近いと随分見上げることとなる。
そのせいもあって、睨み上げる視線になってしまったのが悪かったのか。
ルナフィスに見上げられたダーンは息を呑み、ついつい視線をそらしてしまった。
「ちょっとぉ……なんで目ぇ、反らすのよ?」
ルナフィスが軽く頭を傾げて半目で睨めあげてくる。
今度のは本当に睨んでいた。
「いや……なんとなく。すまない、なんか怒らせたか?」
「ええ、そうよッ! さっきから上の空だし、目は反らすし。ずいぶん失礼じゃない」
ルナフィスの少々やけっぱちな追及に、苦笑いしか浮かべられないダーン。
彼女の機嫌は明らかに悪い。
いや、それだけではない。
昨日のあの瞬間から、ルナフィスだけでなく、あの場にいたカレリア姫とスレーム会長の態度もなんだか変わってしまった。
まあ、理由はダーン自身もわかっているのだが。
「それは、君らに合わす顔ないからだよ。昨日のあの時から、みんな随分手厳しいからな」
ダーンの言う『あの時』とは、昨日、彼らが魔神リンザー・グレモリーと相まみえた時のことだ。
彼らは、この世界の活力を管理する精霊王の一人、《水神の姫君》という女神との契約のため、この国の西部にあるセイレン湖の神殿に足を踏み入れていた。
そこでは、当時まだ敵対していたルナフィスと決闘したり、凄まじく凶悪な魔人と戦う羽目になったりしたが、精霊王との契約は無事果たすことができた。
その契約をしたのがこの国の第一王女、ステファニー・ティファ・メレイ・アークである。
彼女は、一週間前に単身でこのアークから同盟国のアテネに渡り、彼女の母親がのこしたという《神器》を手に入れていた。
しかし彼女は、アークからアテネに渡航する道中で乗っていた飛行船が襲われ、一時消息を絶ったりもして、ちょっとした騒ぎになったのだ。
結果、アテネ国王の勅命により、彼女を探しだしアークに無事送り届けることを、ダーンが傭兵隊の任務として受けることとなる。
紆余曲折を経て、なんとか彼女を発見するダーンだったが――
彼女を発見したその日に彼女自身からも、精霊王の神殿を探索中やアークまでの旅路でボディーガードとして同行するよう依頼を受けてもいた。
ただし――
王女ステファニーは、その身分を隠蔽し、名前もステフ・ティファ・マクベインとして偽りダーンと接していたのだ。
魔人との戦闘中、絶妙なコンビネーションを見せたダーンとステファニーの二人。
それをすぐそばで見ていたルナフィスにとって、間に入ることが憚れるくらいに二人の『信頼』は強固なものと感じたのだが…………。
敵の魔神・リンザーがステファニーの秘密を暴露したために、その関係がもろくも崩れてしまった。
だが、ルナフィスは腑に落ちない。
一週間程度とはいえ、これまで一緒に旅をし、随分と打ち解けていた関係の二人がこうも簡単に仲違いした経緯がだ。
「はあ……。あのね、ダーン、そこまでわかっているんなら、その変なこだわり捨てたら?」
「こだわりって……そういうんじゃないぞ」
「じゃあ何よ? そりゃあ、本当のことを黙ってたあの子が悪いけど、いつまでも怒っていたってしょうがないでしょうが」
ルナフィスは自分がズケズケとお節介に口出ししている自覚もあったが、そうでもしないと、この朴念仁への溜飲が下げられなかった。
あのとき、ステファニーが今までの関係を保つために謝罪しようとしたのに。
この朴念仁は、それをさせなかった。
いきなり彼女の前で跪き、他国の傭兵としてアーク王女への非礼を詫びてみせたのだ。
それは、ここまでの関係を清算するかのような言動だった。
つい昨日まで彼らの敵側だったルナフィスも、何度か彼らと交流するうちにステファニーの淡い恋心くらいは察している。
それなのに、ステファニーの想いに気がつかないこの朴念仁に、残念な想いを超えもはや怒りすら覚えるのは、自分だけではないはずだ。
現にあの後、ステファニーの妹であるカレリア姫は、ダーンには一切目もくれずにいたし、スレーム会長も、その後の日程について事務的な説明をしたのみだった。
男性であるケーニッヒは、なんとなくこの事態を予期していたらしく、ルナフィスがこの問題について耳打ちすると苦笑いをしながら、「二人の問題だからボクは口出ししないさ」と言っていた。
「いや、怒っているわけじゃない」
「へー……じゃあ、いじけてるの? 付き合いは短いけど、アンタそういうトコ、わかりやすいんだから」
辛辣に言って、ルナフィスは向き直り再び歩き出す。
その彼女の向かう先に、案内役の女性――スレーム・リー・マクベインが、立ち止まってこちら側を見ていた。
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