タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

爆轟の刻2

公開日時: 2020年11月29日(日) 14:12
文字数:4,113

 ダーンから立ち上る闘気は、異様な煌めきを放っていた。それは、闘気などを察知できないはずのステファニーにも、エネルギーの迸りとして実際に見ることができる程だ。


「だ……ダーン、どうしちゃったの?」


 ダーンの雰囲気が明らかに変わってしまったことに、ステファニーは不安を隠せなかった。


「……」


 ステファニーの問いかけにも応じず、蒼髪の少年は、ただ真っ直ぐに漆黒の騎士へと長剣の切っ先を、向ける。


「少年……貴様のその眼は、魔眼……いや、《神眼》か」


 漆黒の騎士が、大剣を正中に構えた。その視線の先には、夜の帳に煌々と輝く蒼穹の瞳。時折、金とも朱とも判断がつかない、まるで虹色の煌めきが混じる。


「……この娘は、俺が護る」


 いつもと雰囲気の違うダーンの言葉。その一言に、ドキリと胸を躍らせたステファニーだったが、次の瞬間、脳裏に聞き覚えのある女性の声が響いてきた。


『ステフ、離れなさい! そのままでは、二人の戦闘に巻き込まれます』


「え? この声、セフィリア?」


 胸にかけた、緋色のペンダントを作成した、夢の中の不思議な女性、彼女の声が、念話として現実の今に聞こえてきていた。


『はい。とにかく、直ぐに下がって。私もできる限り防護壁を展開しますが、明確なパスが通じていません。完全な防護は出来ませんから』


 イマイチ理解できない言葉だったが、目の前の剣士二人が、臨戦態勢であり、その体に纏うエネルギーからして、近くにいては危険というくらいは、ステファニーにも理解できた。


「ダーン……無茶しないで、お願い」


 せめてもの想いで、言葉を絞り出し、ステファニーが後ろへと下がる。


 それを気配で感じていたのか、次の瞬間にはダーンが前へと踏みだしていた。





     ☆





 長剣と大剣が、轟音を立ててぶつかり合う。体格差をものともせず、ダーンが逆袈裟に切り上げた剣戟を、漆黒の騎士が、大剣で受け止めていた。


 さらに、動きを止めず、体のひねりと腕の振りを重ねて、幾度となく打ち合う。


「こ、この少年……闘気を……」


 決して劣勢ではなかったが、見た目の幼さに似合わず、強烈な剣戟を打ちこんでくるダーンに、漆黒の騎士が動揺を隠せないようだった。


 振るってくるその剣も、衛兵が支給されていた、極々ありふれた鋼鉄のモノだ。漆黒の騎士が、手にした大剣と比較すれば、明らかに格下の武具である。まともに打ち合えば、簡単に少年の剣は折れてしまうはずなのだが……。


 その剣は、少年の闘気が伝わっていて、僅かに蒼い燐光を放ち、強化されている。


「子供相手に、この私がムキになるのもどうかとは思うが……致し方がない」


 漆黒の騎士は、苦虫をかみつぶしたような表情を一瞬浮かべ、直ぐに視線を冷徹に切り換える。そして、自らの周囲の時間、すなわち固有時間を加速し始めた。


 外から眺めていたステファニーには、その瞬間、漆黒の騎士の動きが見えなくなっていたことだろう。


 固有時間加速で、圧倒的な優位を得て、少年剣士を行動不能に追い込もうというのだ。


 だが――!


「こ、コヤツ! 時間を操れるのか」


 加速した漆黒の騎士の動きに、蒼髪の少年も加速状態になって合わせてきたのだ。ただし、その状況は通常のサイキックによる固有時間加速とは、毛色が違っていた。


「があああああッ」


 ケモノのように吠えて、長剣を叩きつけてくる少年に、漆黒の騎士は激しい違和感を覚える。

 蒼穹の瞳は、《神眼》の状況にあったが、その輝きは不安定に移ろい、まるで人の意志を感じさせない。


「もしや……此奴、意識が混濁しているのか……」


 強烈な斬撃を受けながら、その威力が増していくにつれて、太刀筋が滅茶苦茶に乱れていく。

 固有時間の加速についても、身に溢れさせる濃密な闘気が、周囲の摂理を強引に歪ませている結果に過ぎないようで、サイキックによって強い意志によりコントーロールされたものではないのだ。


 そのような強引な行為は、あらゆる弊害を生み、その全てが行為者の肉体と精神にはね返る。


 その肉体の部分的なレベルで、加速の差異が生じていた。


 それは、わかりやすく言えば、右腕が急加速し、右肩は殆ど加速しない状況である。そうなれば、当然、右肩と右腕の相対速度が生じ、それらは引き裂かれることになるのだ。


 ダーンの肉体は、強引な加速のせいで、骨格や筋肉組織に深刻な破損が生じ始めていたが、戦闘に対する狂気にも似た闘争心が、その痛みを打ち消し、傷ついた肉体を無理矢理稼働させていた。


 戦闘を継続するために、あらゆる要素を利用、あるいは犠牲にして、蒼髪の少年剣士は、ほぼ無意識に戦い続ける。


 その姿は、精霊王国に伝承される、『狂戦士バーサーカー』そのものだった。


「厄介なヤツだな……さて、どうするか」


 重い連撃を受け止めながら、漆黒の騎士は相手の様子を冷静に観察し始めた。


 漆黒の騎士は、ダーンの肉体に走る気の流れを読み取りながら、剣戟の重さと、その瞬間に伝わる、彼の肉体の歪む音、動きの変化から総合的に敵戦力を判断していく。

 あらゆる闘いをしてきた経験と、古代文明から連なる膨大な知識により、異様な少年の真実を穿って見ていた。


 その甲斐あってか、少年の肉体について、新たな発見に至る。


 それは、猛然と吹き上がる闘気が、その肉体の損傷を『復元』し続けるという事実だ。


 闘気の大元は、その生命力だ。それが活性化していけば、肉体をある程度回復させることがありえるが、この少年の身に起こっていることは、そんなレベルの話ではなかった。


 闘気による肉体の『修復』ではなく、『復元』であり、これは、闘気そのものが作用しているというよりも、何らかの呪詛が働いて、肉体復元の糧に闘気が使われているようだ。


「……戦い続けるための、呪い……いや、これはそういった神性か」


 意識が混濁しているものの、強い神気を湛える蒼穹の瞳は、神眼と化している。この蒼髪の少年の『神としての特性』というものが、あらゆる事象を闘いへの優先因子にしてしまうということなのだろう。そう、漆黒の騎士は結論づけた。


 一方――


   加速状態であるので、離れた位置から見守るステファニーには、はっきりとした状況はわからない。だが、彼女にも、今のダーンの戦い方が異様なものであることは、その場に漂う不吉な雰囲気で察知していた。


「ダーン……」


 両手で胸にかかる緋色の宝玉を握りしめ、わき上がる不安と葛藤するステファニー。その彼女に、念話で語りかけてくる、謎の女性セフィリア。


『このまま闘い続けていたら、彼の肉体は崩壊してしまう……その前に、リドルがこちらの状況に気がつけば――』


「……崩壊って、どういうこと? それに、セフィリアはお父様も知って?」


『ダーンの闘気は、彼の生まれ持った神魂が生み出している、かなり異質なものです。肉体が強靱に鍛えられながら成熟し、さらにその闘気を精密に制御しうる精神……つまりはサイキックに目覚めていなければ、その力は自らを滅ぼす両刃の剣。今の幼い彼では、あのような暴走をし、その肉体はすぐに焼き切れてしまいます』


「そんな! どうすればいいの?」


『……この場に貴女の父君がいれば、なんとかなるかも知れませんが……』


 セフィリアに言われて、ステファニーもハッとする。ここでこのような緊急事態になっているのに、父・リドルがこの場に姿を現さないのだ。


 自分の父親の『強さ』をある程度聞き及んでいるステファニーとしては、とっくにリドルがこの場に駆けつけていてもいいはずだと思う。


 実際は、漆黒の騎士が襲撃と同時に、二〇体の自動戦闘機兵オートマタを晩餐会場に放ち、アテネ国王達へと襲わせているため、その対処に僅かだが時間をとられているのだった。


 漆黒の騎士にしてみれば、ダーンの抵抗は予想していなかったため、自動戦闘機兵による時間稼ぎは、二分もあれば目的を達成できるとも思っていたが――



「これ以上は、埒があかない。悪いが痛い目を見てもらうぞ、少年」


 業を煮やした漆黒の騎士が、手にした剣に莫大な闘気を込める。奇声を上げて打ち込んできたダーンの長剣を、白く輝く大剣で強烈に打ち返した。

 あまりの衝撃に、ダーンはバランスを崩し、そこへ漆黒の膝当てが彼の腹部へとめり込んだ。


 鈍く響く音と共に、ダーンの身体は、バルコニーの縁、大理石の壁まで一直線に吹き飛んで、壁の一部を破壊していた。


「ダーンッ!」


 丁度、ステファニーの数歩先に、ダーンは大理石の破片と共に、バルコニーの床に転がり、ステファニーが駆け寄る。


 だがしかし――


 一瞬にして、ダーンとの間に漆黒の影が割って入り、そのままステファニーの腕を捕り、後ろ手に極めてしまう。


「あうっ……」


 関節を極められ、痛みに軽いうめきをあげるステファニー。その背後に、漆黒の騎士がステファニーの右腕を背中側に極めて、さらに彼女の左頸部には、あの大剣の刃が添えられた。


「動かないでいただこう、殿下。これ以上は手荒な真似はしたくないのでな」


「くっ……何が目的ですか? 貴方は……」


「時間がない……この場でまずは聞かせてもらう。姫よ、《超弦加速装置タキオニック・アクセラレーター》について、お前はその理論完成に辿り着いたな?」


 漆黒の騎士の言葉に、ステファニーの呼吸が一瞬止まる。大きく見開かれた琥珀の瞳は、驚きに揺れ、全身が硬直した。


「……な、何を言っているの?」


「フッ……わかりやすい娘だな。ウソ発見器にかけるまでもなく、シラを切っているのが丸わかりだぞ……。ふう……そうか、やはりそこへ至ってしまったか。凄まじい才能だ、こんな時でなければ、敬意を表したいところだが――」


 漆黒の騎士は、一度大剣ステファニーの首から離し、それを床に放り出す。大理石の床にざくりと突き刺さる大剣をそのままに、空いた左手で、腰元の小物入れから、何かを取り出した。


「何を……?」


 ステファニーは視界の端に、ガラス製の筒状の物体が、漆黒の騎士の左手に握られているのが見えた。


「少し、眠ってもらうが、薬液の量は危険のないように調整してある、心配するな」


 随分と身勝手な気遣いをされていると思うステファニー、その左頸部に、多針式の注射器があてがわれて――



――いやッ! ダーン、助けて!!



 首筋を襲うヒヤリとした金属の感触に、少女が恐怖に全身を強ばらせた――その瞬間!

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