少女の放っていた連続突きを全て躱し、懐に潜り込んだダーンは、さらに少女の突きを放った直後の右腕を自らの左腕で巻き取るように抱えて動きを封じていた。
「……成功だ」
軽い目眩を感じながら呻くように呟くダーン。
「《固有時間加速》……まさか、ここまでできるなんて」
少女の緋色の瞳に映る蒼髪の剣士が、少し脂汗を滲ませたままニヤリと笑む。
《固有時間加速》――
それは、発動させた者の時の流れを加速するサイキックだ。
『時間』は現実の摂理として全てのものがその制約を受けるが、その流れは絶対的に同一ではない。
受けるものの状況に応じて、その制約は変化し、流れる時間の速度は加速したり減速したりする。
銀髪の少女の高速刺突は、その攻撃を受ける側には音速を超越する速度に見える。
しかし実際には、銀髪の少女とその剣の時間が加速状態になっていたのだった。
ダーンがそれに気づくことが出来たのは、少女の放つレイピアの剣先から音速突破時の衝撃波が一切発生していなかったからである。
さらに、ダーンは《闘神剣》やサイキックを取得する修練で得た知識の中に、固有時間の変動をコントロールするサイキックがあると知っていた。
一瞬ではあるが、《固有時間加速》を発動させて、相手と同じ加速状態になり、その攻撃を躱したのである。
ただし、知識があるからといって、この手の能力が簡単に発動するわけがない。
このサイキックは『時』を操るかなり上位の能力だ。
それが発動できたのは、ダーンが《闘神剣》を習得できた要因にも繋がる。
彼のサイキックの根源――その魂に内包する存在。
それは、他のサイキッカー達が根源とするこの世界の『精』とは別格のもの。闘いに特化し、そのためのあらゆる具象を操ったという太古の存在。
このようにぼかした表現なのは、知識の提供者たる師カリアスも、その存在を具体的に説明できなかったからだ。
いずれにせよ、《闘神剣》を振るい、サイキックを使いこなしている以上、闘いに必要なこの種の能力は、いずれは発動するようになると思っていた。
ただ、ぶっつけ本番で、なんとか成功したのは幸いだった。
「正直言うと、一か八かの賭けだったけどな……成功してよかった。おかげで、お前の虚を突くことができた」
そう言うダーンは少し顔色が優れない。
上位のサイキック発動は、現時点の彼の力量として無理があったようだ。
おかげで、油断すれば意識を失いそうなほどの目眩を感じている。
「あー、そう……いきなり試しにやってみたってトコか。で、千載一遇のチャンスをものにしたってのに、これはどういうことかしら? まさか、女を殺せないとかいうアマちゃんなの?」
右腕の動きを封じられたまま、少女は視線を自分の首元で静止しているダーンの長剣に向ける。
「お礼を言おうと思ってね……」
「アンタにお礼を言われる覚えはないわよ、私」
怪訝な視線を蒼穹の瞳に向ける銀髪の少女。
「銀髪の女……この宿の子供、ノムを助けたのはお前だろ?」
「ああ、それね……。だけど、あのボーヤを助けたのは気まぐれだし、アンタが礼を言う筋合いじゃないでしょ。ましてや、人間に感謝されようなんて、こっちはそんな気さらさらないわよ」
「そっちになくても、こっちがあるんだよ。お前の気まぐれで、大切な一人息子を失わずに済んだ人がいる」
ダーンは長剣を少女の首元から離し、さらに左腕と脇で極めていた彼女の右手を解放した。
拍子抜けするほど無防備に納刀しつつこちらに背を向け、蒼髪の少女の方にゆっくり歩いて行くダーンに、少女はこれ以上剣を向ける気が起きなかった。
銀髪の少女は、溜め息を吐きつつ自分も納刀する。
その彼女の方を数歩離れたダーンが振り返って、さらに言葉を続けた。
「……その抱き合う親子を見て安堵した者もいる。お前のその気まぐれがなければ、俺は彼女たちの悲しむ姿を見るだけだったはずだ。本当に感謝しているよ、ありがとう……ルナフィス」
蒼髪の剣士が軽く頭を垂れる姿を視界に納め、ルナフィスは苦笑いしつつ、
「……アマちゃんどころか、馬鹿が付く程のお人好しね。――って、なんでアンタが私の名前知ってんのよ」
「やっぱりな……。戦士ディンから聞いていたんだ。俺が使う《闘神剣》と同じような剣閃を放つ剣士のことを」
ダーンは、少し苦い気分で、ステフと出会う前、昨夕の森での戦闘を思い出す。鋼のような毛並みを持つ、気高き戦士。人と狼の合成魔獣、《魔》に一生を翻弄された身でありながら、主君を護るためにどこまでも強くあろうとした戦斧使いとの死闘を。
「ディンから聞いたの? ……アイツは、アンタと戦ったの?」
「ああ。ただ、俺が戦ったのは、人狼の魔物であって戦士ディンじゃなかった」
「どういう意味よ、それ」
「そうだな……一時休戦ということでいいなら、話を続けるけど構わないか」
そう申し向けるダーンに対し、ルナフィスは即座に了承の意を頷く仕草で伝える。
「なーんか、襲われたあたしは既に除け者扱いっぽいけど……まあ、いいわ」
ステフはそう言いつつ、ダーンの背中に近付き、その左脛を軽く蹴り飛ばした。
軽い悲鳴を上げつつ、非難の目をステフに向けたダーンだったが……。その視界に映る彼女の顔がむくれているのに気づき、つい何も文句が言い出せない。
ズキズキ痛む左脛を気にしながらも、ダーンは夕方にあった戦闘の内容を話し始めた。
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