タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

琥珀の追憶21

公開日時: 2020年11月20日(金) 20:03
文字数:3,385

 

 漆黒の鎧に、金の稲光が反射する。


 対峙する二人の間は距離にして十数歩というところだ。肌寒い夜の空気に、自然界では到底発生するはずのない超高圧のプラズマが無数のフィラメント状に奔っていた。


 そのプラズマ・フィラメントに触れれば、人の体なぞ一瞬にして灰となる。そんな絶対的危険にさらされながらも、漆黒の鎧を纏う男、ジーン・エマール・ド・アルゼティルスは涼しい顔で、むしろこの状況を愉しんでいるかのようだ。


「フッ……『最後の王』か……また随分と懐かしい呼ばれ方をしたものだ。直接会うのは十六年ぶりになるか、レアンの王女よ」


 言葉の端に皮肉の響きを含ませて、ジーンはミリュウに語りかける。当のミリュウは、一度だけ寂しい笑顔を滲ませて、エメラルドの瞳を細め相手を見据えた。


「……そうね、ジーン。あの時、私たちの世界を魔竜の侵攻から救うために協力を求めたのに、貴方から断られた以来かしら」


「辛辣に言われているようだが、それは違うだろう? 神龍の存在と祭壇の話をお前達に教えたのは……」


「ええ、貴方よジーン。でも、貴方は自分からは動かなかった。その力があるのに」


 ミリュウの責めるような声色に、ジーンは自嘲気味に力のない笑みを浮かべる。


「……さてな。まさかそんな過去を責めに来たわけでもあるまいに? それに、私は私のやり方でこの世界を見守ると、あの時に言ったはずだ」


「相変わらずね。それで、今回のこともその『世界を見守る』ことに繋がるのかしら? 年端のいかない女の子をつけ狙って、あまつさえ魔神と手を組むなんて」


「ふん……。それには答える義務を感じないな。お前達にはどうでもよいことだ」


「よくないわ。あの子はレイナーの……かけがえのない親友の愛娘よ。たとえどんな理由があろうとも、その子に手を出す輩を私が見過ごすわけないでしょ」


「ならば、実力で止めるんだな。あの時と違って、お前にもその力はあるのだろう?」


 ジーンは語気を強めつつ、腰の大剣を一気に抜き放つ。金属製の鞘が抜刀のつば鳴りを響かせ、それ以上に、抜き放たれた剣の放つ異様な存在感が、大気を震わせて、満ちていたプラズマ・フィラメントをいくつか掻き消した。


 ジーンが大剣を抜いた瞬間、あたりを満たしていたミリュウの稲妻が、まるでその剣から逃れるかのように萎縮していく。


「……やっぱり、とんでもない男ね。ちょっと手加減とかできないかも」


 三十路を越えたはずなのに、それを全く感じさせない瑞々しい肌、その白さに冷ややかな汗が滴る。漆黒の剣士が放つ異様な剣気に、四英雄の一人たるミリュウが気圧されていた。


「手加減とは心外だな。もとより、お前では私には勝てんぞ!」


 怒気を孕んだ声が先走る形で、黒い力の塊が黄金の稲妻を食い破るように突進する。その蹴り足に弾かれた大地が爆ぜ、瞬間的に周囲数キロにわたって、弱めの有感地震を起こさせていた。


 大剣を構えて突進するジーンがミリュウに迫る。


 僅か十数歩の距離でしかない間に、ジーンは大気を震わせるほどの速度を得ていた。右片手で構えた大剣を一気に突き放ち、異様な波動を放つ切っ先は音速を遙かに突破、鋭い衝撃波を孕みつつミリュウの華奢な胴体を貫かんとする。


 だが――。


 金属同士がぶつかり合う耳障りな轟音。


「ふん……『神装』か」


 軽く舌打ちして、弾かれた切っ先を引き戻すジーン。その瞳に、ミリュウの胸の前に展開された黄金の障壁が映る。

 

 四英雄たるミリュウが、神龍との契約で得た装備、『神装』と呼ばれる防具が、ミリュウの胸の前に空間を歪ませる程の障壁を生み出し、ジーンの突きを弾き返していたのだ。


「固有名は《金鱗の守手もりて》。さすがの貴方もこの護りは、そう簡単には突破できないでしょう。そして!」


 ミリュウは右手を虚空に差し出すと、その手に黄金のプラズマが奔り、それは形成されていく。


「それも神装か? しかも剣とはな」


 少々呆れた声でジーンが言う。ミリュウが手にしていたのは、確かに剣のように見えた。しかし、その形状は異様というしかない。


 通常の刃体となる部分が、幾つもの節くれをまっすぐつなぎ合わせたような形状だったのだ。


「剣とは違うかもしれないですよ? これは《金鱗の攻手せめて》、見ての通り、金龍ファースの鱗を磨いでつなぎ合わせたものなの」


 ミリュウは金色に淡く輝く刀身を掲げながら説明する。彼女の体を覆う甲冑も、金色の鱗を張り合わせたような構造であり、これが彼女の言う《金鱗の守手》なのだろう。


「神龍の神装は話にきいていたが、なるほど、本来神威的な高次元量子で構成されている神龍の鱗を、物理的な形に超弦コンパクト化して装備にしているのだな」


 しげしげとミリュウの装備を眺めつつ、ジーンは若干感心したような面持ちで話す。一方、自分の装備について、対峙相手から何やら聞き及ばない単語を乱発して言及されては、ミリュウの胸中も穏やかではなかった。


 と、いうよりもハッキリ言えば……。


「何言っているか、さっぱりわからないのですけど」


 ミリュウの反応に、ジーンはというと、何故か半ば肩を落として咳払いなどしていた。


 ミリュウはジーンのその反応に少々あっけにとられる。ジーンのその姿は、なんとなく、彼女の王宮学校時代に見た、生徒に教えを理解してもらえなかった教師の気まずさに似ていた。


「と、とにかくだ。確かにその神装は侮れないということだが、それが剣であるならば片腹痛い。お前は剣士ではなかったはずだが、いくら装備が素晴らしくても、それを振るう者が素人ではな」


「それは確かに。貴方ほどの剣士はそういないはず。私が神剣を手にしてても、貴方ならばそのへんの木の棒あたりで充分なほど技量に差があるわ。――でもね」


 ミリュウは口元を少しつり上げると、手にした剣の柄を軽く上下に振る。すると――。


「な……チィッ!」


 今度は明らかに舌打ちをして、後ろに素早く飛び退るジーン。その彼を追うように、黄金の切っ先がまるで生き物のようにうねって、鋭く跳ね上がる。





 ミリュウの手にしていた剣は、瞬間的にその形を変え、結合されていた鱗がばらけて、鞭のようにしなりながら、その長さを伸ばしていた。


 そして、ジーンの腹部甲冑に、雷光を蓄えた金色の鱗が擦りつけていく。さらに!


「グぅッ」


 後ろに跳んだ空中でうめき声を上げるジーン。かすった鱗から高圧の電流が流れて、鎧の中を奔ったのだ。


 空中でバランスを崩したジーンは、そのまま背中から大地に落ちる。


「だから、剣じゃないかもよって言ったのに、信じないから。もちろん、鱗には超高圧電流が流れているから、擦っただけでも……んー、普通ならそこでおわりなんだけど」


 当初、勝ち誇っているかに見えたミリュウの声のトーンが、下がり気味になる。彼女の目の前で、漆黒の剣士が体のバネを使って軽やかに起き上がったからだ。


「うむ。なかなか良い攻撃だったぞ。さすがは四英雄の一人だな」


 相手を褒め称えるように言いつつも、ジーンは首を傾けてゴキゴキと関節を鳴らし始めている。


 ミリュウは内心戦慄していた。


 今の攻撃で倒せる相手とは思っていなかったが、金麟の刃に流れているのは、神龍の一柱、金龍ファースの神雷だ。自然界で発生する落雷の数百倍から数千倍の電圧と電流量があり、触れるだけでも、通常の人間なら、黒焦げどころか灰すら残らない。


 実の娘、リリスの得意とする紫電ほどではないにしても、雷撃という点では、比肩するものはないほどである。


 目の前の男は、それをまともに金属製の鎧に受けていたのに、まるで効いてないかのように立ち上がった。


「ふん。何を驚くか、稲妻の姫君よ。確かに超常的な威力だが、それが雷撃ならばいくらでも対処法があるというものだ。私とて、何も下調べせずにここに来ているわけではない。お前という危険要素を予期していれば、当然、その雷撃に対処する術も用意してある」


 ジーンは、再び大剣を腰だめに構える。


「まあ……それでも思ったより効いたがな」


「そう。じゃあこのまま戦闘継続ね。いいわ、金龍ファースとの契約者が伊達じゃないってこと、前世紀の英雄たる貴方に教えてあげる」


 蛇腹のように鞭打つ《金鱗の攻手》を構え直して、ミリュウが挑発すると、ジーンも口の端を吊り上げて、濃密な闘気を全身から吹き上げる。


 対峙する二人の間にある大気が、さらに異様な高エネルギーに満たされて、空間そのものが揺らぎ始めていた。

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