眼下に全身を痙攣させて蠢く、少女の肢体を眺め、リンザーはとにかく不機嫌だった。
魔湯の効果はしっかりとこの少女の肉体を蝕んでいる。予定していたよりも魔力の濃度を上げる必要はあったが、そのぶん効果は絶大で、面白いように美しく無垢なその身体を玩べていた。
返ってくる反応は、まるで従順な雌奴隷のように、全身を脈打たせながら、いい声で鳴いて熱い吐息を漏らしている。
あの可愛らしい唇も、充血して朱を増しており、その半ば開き緩んだ端からは、透明な粘液と化した唾液を滴らせてもいた。
それなのに――
あの琥珀の瞳が、度重なる淫靡な刺激に多少濁りかけても、すぐに透明さを回復して強い自我の光を失わない。
ヒクついて自由のきかない身体を無視し、性衝動が小康状態になれば、すぐにこちらを敵視して睨み返してくるではないか。
「なんなの、この娘は? こんな絶望的な状況で、どうして折れない? 何故快楽の沼へと堕ちない?」
苛立ちを隠せず、リンザーはいつもの人を小馬鹿にした口調ではなく、素の彼女が露呈していた。
「はぁ……はぁ……んっ……アハッ……ハハッ……そんなの決まってるじゃないッ……。ここをもう少し耐えれば、ダーンとルナフィスが助けに来てくれるもの。……あたしは、それ……んんっ……それを、信じてるから……っあ……ひぅッ……」
肉体の中と外の両方から押し寄せる甘い衝動に、強靱な精神力で理性を保って耐え忍ぶステファニーは、緩み切りそうな表情をなんとか不敵な笑みに作り直していた。
ギリッという、奥歯を噛み合わせ軋ませる音を立て、リンザーはステファニーを、睨め下ろす。
「この小娘が。しかし、そうねぇ……ダーンくんかぁ、確かにここに来るかもねぇ。逃がしたルナフィス達からここの場所は聞いているだろうしねぇ」
話しながら、何かを思い至ったらしく、リンザーは再び愉悦に浸り始めた。
「ふふふっ……そーかぁ。ステフちゃん、ダーンくんと仲直りしたのねぇ。それでぇ、必ず助けにくると思っちゃてるんだぁ?」
せせら笑うように吐き出された言葉に、ステファニーは表情を曇らせてしまった。それを見逃さなかったリンザーは、さらに口の端を歪めて紫の瞳が悪辣な魔力を帯びて昏く光る。
「んー? あれぇ? ステフちゃん、どおーしちゃったのかなぁ? もしかしてぇ、まだダーンくんとケンカしてるのかなぁ?」
軽薄な物言いのリンザーは、赤い髪を手で押さえながら、横たわるステファニーの顔に自らの顔を寄せて問いかける。
「……うっ……くっ……」
唯一動く首をひねり、視線を逸らして屈辱に耐えるステファニー。その上を向いた耳たぶに、リンザーは魔力のこもった生暖かい吐息を吹き掛けた。
「んあっ!」
脳髄に響くような甘過ぎる刺激に、耐えきれず嬌声を上げてしまったステファニーは、さらに全身を痙攣させて蠢く。
「あははっ。こんなとこもステフちゃんの弱点だったのねぇ……。それはそうと、こーんなにエッチな身体なんだから、さっさと身体を使って籠絡しちゃえば良かったのにね。あーんな童貞剣士なんか、そのエロさなら秒殺でしょう? あ、そっかー……ステフちゃんお姫様だから、そういうコトよく知らないのかぁ」
腰をかがめたまま、真っ赤な唇をステファニーの耳に触れる寸前にまで近づけて、吐息をかけながら話す魔神リンザー。濃密な魔力を込めたその声は、鼓膜と耳骨を通じて、ステファニーの精神をゆっくりと嬲り始めた。
身体が勝手に性的な興奮状態に昂ぶって、細かな蠕動を繰り返す苦しさと、悪魔の嫌悪すべき甘い囁きに、ステファニーの精神はじわじわと追い込まれていく。
そんな少女の限界に近い状態を眺めながら、リンザーは、白く透き通るような少女のうなじを指先でなぞる。
鳥肌をがうなじから全身に広がり、それと同時に、またも甘すぎる感覚がステファニーの全てを痺れさせた。少女は、堅く瞳を閉じて、勝手に悦ぶ躰の叛乱に耐える。
「ホントにいい反応の体だわ! それで、そんな状態で強情のままだとぉ、いい加減、廃人になるわよぉ。そろそろ諦めちゃえばぁ?」
ふざけた物言いで告げたリンザーの言葉は、嘘ではない。実際、通常の人間だったら再起不能なほどの魔力を浴びせているのだ。
「いや……よ! あたしは絶対……にッ……諦めない……から!」
再び開かれた琥珀の瞳には、やはり光が戻っていた。
「わからない娘ね。アンタのような立場の女のために、わざわざ他国の傭兵が、勝ち目のない戦いをすると思うのかしらぁ? それなりに強いし、私もその成長の速度だけは驚いたけどお、ハッキリ言って私の敵じゃないわ。もちろん、昨日の段階で、あの坊やもわかりきっているのよ」
「ちがうもん!」
「へぇ……?」
「ちがう! 絶対にちがう! ダーンはアンタなんかに負けたりしないッ。あたしが助けて欲しいって願えば、きっと助けに来てくれるもんッ!」
「ハッ! アハハハッ! この小娘は、賢いと思っていたら、実はどうしようもないお馬鹿さんね。頭の中に蜂蜜でも入っているのかしらぁ?」
「うるさいッうるさいッうるさいッ」
「駄々こねても無駄よ! もういいわ。貴女、このまま夢見て盛大に逝きなさいよッ!」
リンザーは、極大な魔力を一気に魔湯へと溶かし込んだ。湯が一瞬紫に妖しく光り、一気に蒸気と化して、ステファニーに吹き付けた。
「ひうっ?」
熱い蒸気と化した魔湯の煙に抱かれて、ステファニーの肉体が虚空に浮き上がる。気化した魔湯は、彼女の呼吸共に、肺から大量にその体内へと入り込み、何もかもを浸食しようとした。
「やだっ! いやぁ! もういやッ! ダーン……助けてよぉッ、ダーン!」
壊れ始めた自我は、恥も外聞もなく、彼女が最も望むものを声にして露わにした。美しい顔を苦悶させ、遂に瞳から涙を溢れさせながら、その醜態を晒す。それを目にし、リンザーは勝ち誇って高らかに笑いだした。
「アハハハッ! 遂に泣き出しちゃったわねぇ……キャハハハハ……は?」
高笑いしていたリンザーの様子が一変する。何かに気が付き、次第にその表情を青ざめさせ、ワナワナと震えながら、虚空に指先を指し示して、魔力を放った。
リンザーの魔力によって、虚空にある映像が映し出される。
「な、何が起こっている?」
その映像を見て、魔神は戦慄した。それは、彼女の居城のすぐ外、万が一の敵襲に備えて配備した守備兵と、数秒前に突如現れた敵との戦闘状況の映像だ。
いや――
戦闘とはとても呼ぶことのできない、一方的な蹂躙である。
リンザーが配備していたのは、彼女がこれまで研究し極めてきた魔導の産物だ。小さな矢で刺した対象に、強力な魔核を植え付け、魔物とする技術と、連鎖魔核の励起技術を組み合わせて開発した、《連鎖魔核兵》と名付けた魔造兵、その数三万である。
一兵が、かつての魔物化した人狼を上回る戦力も持つ、リンザー・グレモリー最強の兵団であったはずなのだが。
「数秒で……全滅……なんなのよ?」
先程迸った蒼い閃光の乱舞が、三万の魔造兵を一瞬で蒸発させ、この城を守護していた強力な結界すら、一瞬で崩壊させてしまった。
敵性の存在があらわれてから、あまりにも一瞬で、あらゆる防備が消え去ったため、思考が追いつかない。
「聞こえたぞ……ステフ! 今、助けるからな!」
城の外から発せられたその声は、大声量であった以上に、精神波として空間を走り、ステファニーの元に届いていた。
「ダーン……ダぁぁン」
理性を失いかける少女か、甘えたようにその名を連呼する。魔湯の蒸気に包まれたその彼女を避けて、室内に蒼い閃光が飛び込んできた。
「ばか……な? 何者よ?」
魔湯の蒸気を一瞬で吹き散らせ、力なく床に落ちかけたステファニーの身体を、逞しい腕が抱き上げる。
「この娘の騎士だ」
ステファニーを抱き上げた蒼髪の少年が、蒼穹に輝く神眼で魔神グレモリーを射貫くように見つめていた。
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