タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

護衛の依頼

公開日時: 2020年10月15日(木) 21:16
文字数:4,302

 周辺に《魔》の気配がないことを確認すると、ダーンは納刀し後ろを振り返った。


 右手に持つ《衝撃銃》をホルスターに納めるステフが、ゆっくりとダーンのもとに歩き始めている。


「凄い銃の腕だな。それにさっきのサイキックも凄い威力……って」


 話しかけていたダーンの声が上擦りつつ途切れる。

 その彼の胸に、ごく自然な動きで、月の銀色を反射する蒼髪が入り込んできたからだ。


「ちょっと、おとなしくしてて……」


 ダーンの胸元に抱きついてきたステフは、右の耳辺りを彼の胸板に押し当てながら呟いた。


「あの……一体、なっ……何を……?」


 ダーンは、彼女から伝わってくる甘酸っぱい香りや、胸元に伝わるしなやかな感触にどぎまぎしつつ尋ねる。


「心音を聞いてるの……って、あんまり早くしないでよ、上手くリズムが確認できないじゃない。基本的なバイオリズムを知りたいのよ」


 少しうわってしまう声で、なんだかけんどんに言い放つステフだったが、ダーンには言っている言葉の意味が理解できない。


 ダーンはえず深呼吸をして、気分を落ち着かせようと努力する。


「んー、よし。何となくわかったわ……」


 ステフが随分と元気に――何となく棒読みな感じで言って、ダーンの胸から頭を離すと、今度はダーンの方を見上げてくる。


「うッ……な、なんでしょう?」


 なんだか怒っているような印象も受ける上目遣いの視線。

 

 じっ……と睨み付けてくる彼女の顔は、長身のダーンからは胸元の高さにあった。

 心なしか、その顔は若干朱に染まっている気もしたが……。

 

 今のダーンにそれをよく確認する余裕もない。

 

 直接触れてはいないものの、未だ甘酸っぱい香りが微かに伝わるほどの位置にステフがいるのだ。



――こんな感覚は初めてだ。


 

 同居していた義妹、金髪ツインテールがよく抱きついてきたことはあったが、アレとは何かが違う。


 め上げてくる琥珀の瞳に月の光が差し込み、まるで本物の琥珀のようだ。


 その琥珀に惹きつけられている。


 胸の奥やら身体の芯やらに、訳のわからない熱を感じやはり落ち着かない。


「やっぱ、この状態じゃダメみたいね……じゃあ、これは?」


 そう言ってステフは、ダーンの左手を右手で握った。


 小さくしなやかでいて、まるで絹のような肌の感触――

 

 訳のわからない熱は、一気に上昇……臨界点を突破。

 

 心臓が跳ね踊りメルトダウン寸前のダーン、その彼の意識に『声』が聞こえてくる。


『さっきから随分と挙動不審ね……この程度でテンパるとか、どれだけお子様なの?』


 からかうようなステフの声が聞こえて、息を詰まらせるダーン。


 挙動不審と言われても仕方がないと自覚しているだけに、その言葉を聞いて冷や水をかけられた気分だったが……。


 未だ上目遣いに睨め上げてくる琥珀の瞳が微かに笑っているが、彼女は一切口を開いていない。


「な……なんだ?」


『念話よ。割と強めに言葉を念じてやれば、伝わるわ』


 頭の中に直接響いてくる彼女の声に従い、ダーンもサイキックのイメージングの要領で言葉を彼女に向け念じてみる。


『こんな感じか……』


 頭の中に返ってくるダーンの声に、ステフは口元に微笑を浮かべた。


『うん、そうよ。……やーっとまともな言葉が聞こえたわ。さっきまで非道い妄想ばかり伝わってきてたから、どうしてやろうかと思ってたけど』


 薄笑いながら、肩を竦めるような仕草をとるステフ。


『ウソを言うなーッ。それから、子供扱いも止めてくれ』


 念話で言い返しながら、ダーンは少し悔しそうな表情でそっぽを向く。

 

 情緒不安定だったのは認めよう。

 ただし、断じてらちな妄想までには至っていない。


『あたしからしたらウブすぎて子供みたいなものよ、ダーン。整った顔してるから、もっと人生むしばんでると思ったのに……ホントに女の子と接するの慣れてないのね』


 なんだか妙に嬉しそうなトーンの思念だった印象だが、ダーンは少しムッとする。


『悪かったな……ああ、そういう方面は初陣にすら立てない新兵ですよ、歴戦の大佐殿』


 そのダーンの思念を受けて、ステフはすっと彼の手を離した。


「やっぱり、手を繋いだりとか直接肌が触れていれば、お互いのイメージが伝わったり念話が可能だったりするようね」


 今度はちゃんと声に出して会話しつつ、岩壁の方へ歩き出すステフ。


「なるほどな……それでさっきのサイキックの時」


 彼女の後ろに続く形で、ダーンも歩き出していた。


「ええ。私の風と貴方の炎が融合したのよ。それにしても、サイキッカー同士でこんなことが出来たという話は聞いたことないわ……。まあ、数が少ないっていうのもあるけど。……考えられる要因は、あたしと貴方の波長が同じなのではないかということね」


「波長?」


「そうよ。精神波にも個人個人で固有の波長があるの。より高度な能力を使えるようになれば、この波長も偏波させたりして他人と同調することも可能らしいけど。あたしはそれほど高位のサイキッカーじゃないし、多分貴方もでしょ」


 一歩前を歩くステフは首だけ動かして、言葉と共にダーンの方を振り返ってくる。


「まあな。俺なんかまだ覚えたてだし」


 応じて肩を竦めるダーン。


「となると……あたしと貴方、お互いの波長が元々同じなのよ。無線の波長も同じだと通話が出来るように、この波長が同じだと意思の疎通が可能になる。ただし、あたし達のレベルじゃ直接肌が触れていないとダメみたい」


「そりゃまた、凄い偶然だな……。それを確かめるために俺の心音を聞いていたのか」


 さっき抱きつかれたことについての確認だったのだが、ダーンの言葉を受けて、ステフが急にその歩みを止めて、身体ごと振り返った。


「そ、そうよっ。当たり前じゃないッ! な……なに言ってるの? 他に何か期待した? 妙な推測したら射撃訓練用の動体標的にしてあげるんだからッ」


 耳まで朱に染めて、なんだか半分薄笑うような表情のステフは、やたら早口で言い放ち、上目遣いに睨め上げてくる。


「あ……ああ。その……なんだかごめん」


 ステフの剣幕に、ダーンも立ち止まり半ば及び腰になって謝罪の言葉を呟いた。


 実際はダーンは妙な感覚になってしまい、彼女の思惑など全く推察できなかったのだが。


 いや、そんな妙な感覚を覚えてしまったからつい謝ってしまったのだろうか。


「コホン……。話を元に戻すわ。同じ波長を持っているから、たとえ手を繋いだりとかしなくても、割と行動が先読みできたりテンポを合わせやすかったりはするでしょうね。だからさっき……」


 軽い咳払いと共に、再び岩壁の麓に歩き出すステフ。


 その先には、ダーンに抱き上げられて飛び上がった際に落としてしまっていた、狩猟用のライフルが地面に転がっていた。


「ああ、戦いやすかったな」


 ステフと共に、ライフルの落ちている地点までたどり着いたダーンは、先ほどの戦闘中に感じていた妙な高揚感を思い出していた。


 ステフは落ちていたライフルを拾い上げつつ、


「あたしも、こんなに戦いやすかったのは初めてよ。そこで、提案なんだけど……」


と言って、ダーンの方を向き直る。


「あたしは、この近くの遺跡でちょっとした調べ物というか、探しているものがあるの。一緒に来てそれを手伝ってくれないかな。ボディーガードとしてね。もちろん、傭兵としての貴方にアーク王国軍特務隊として依頼するから、依頼料も支払うつもりよ」


 ステフの申し出に、ダーンは若干思案すると、


「俺は今、アテネ国王直々の命令による任務の遂行中だからなあ……。まあ、その任務っていうのが、貴女あなたの捜索保護とその後アークの首都まで連れてって、アーク国王陛下に会わなきゃならないんだが……」


 ダーンの話を聞いて、俯いたステフは「そっか……会うんだ……」などと、口の中で小さく呟いている。


 ただし、声が小さすぎて、ダーンには何を言っているか聞き取れなかった。


 ダーンがステフのひとり言にげんな表情をしていると、彼女は顔を上げて言い出す。


「その任務を完遂するには、このあたしの協力も必要でしょ。あたしがアークに帰ろうとしなくちゃその任務は遂行できないし、逆に、あたしなら首都に一緒に行ければ、国王陛下に謁見のアポイントを優先してあげられるわ」


 片目をつぶってみせるステフ。


 それを受けて、ダーンはまたもや胸の鼓動が高鳴り、色々と熱を帯び始める。


 

――このままでは、なんかヤバイ。


 

 ダーンは、彼女からの提案内容を一人吟味し検討している風を装って、彼女から視線を外した。


 軽く深呼吸し、平静さをなんとか取り戻そうと必死になる。


 都合のいいことに、初夏の夜の風は肌寒い。

 

 火照った胸の奥は何とか冷めて、再び彼女に向き合う。


 まあ、未だに思案している仕草をして、視線は琥珀のそれと合わせないように配意はしたが。


「うーん……まあ、傭兵隊の部内規定では、任務中にその任務に支障をきたさない限り、他の依頼を受けることは認められているしな。いいぜ……受けましょう、その依頼」


「決まりッ。よろしくね、ダーン」


 ぱっと輝く笑顔で右手を差し出してくるステフ。


 契約成立の為の握手のつもりなのだろう。


「こちらこそよろしく、マクベイン大佐」


 また胸に妙な熱が生じないよう、努めてクールな言い回しを心がけ、握手に応じようとダーンも右手を差し出す。


 ……が、突然ステフの右手は何故か引っ込められた。


 怪訝に思い彼女の顔を覗えば、ダーンの視界にもの凄く不機嫌なステフの表情が映り込む。


「ここに来て、そのような呼び方をお使いになりまして、アルドナーグ卿」


 不機嫌のまま、突然声色を重く響くものにして言い捨てるステフに、ダーンは嫌な焦りを感じてしまう。


「そ……そのぉ……ステフさん?」


 ダーンは嫌な汗を額に浮かべて、なんだか凄く頼りなさげに声を出す。


 胸の奥に熱を帯びるどころか、背中に冷たいものが流れていた。


「なんでございましょうか? ダーン様」


 ていねいな言葉とは裏腹に、心に刺さりまくる棘のあるものの言い様。


「えーと……」


 右手を差し出したまま硬直するダーン。


「事故であるか故意であるかは存じませんが、わたくしの乳房を思い切り鷲掴みになさってしまうほど遠慮がない方でしたのに……今更そのようなご遠慮をなされるとは悲しいです」


 泣き真似までしてみせるステフ。


 

――ああ、そういうことか……。


 

 先程の戦闘の時、確かにもっとフランクに話をしていた。


 今のは妙に彼女を意識しすぎて、接し方が堅くなりすぎていたようだ。


「あー……もうそのことは勘弁してくれ、ステフ」


「嫌よ……ダーン。あたしはね、これはと思ったいい男にしかこの胸を触らせない主義なの。許して欲しかったら、あたしをときめかせるほどの男をみせることね」


 ようやく笑顔に戻ってステフは、苦笑いを浮かべたダーンと握手を交わすのだった。

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