タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

蒼穹の激情3

公開日時: 2020年11月30日(月) 21:19
文字数:4,038

 紅い神槍、その穂先が超光速で無数の刺突を生み出し、ダーンの目前に迫る。その威力は、触れただけで肉体も魂も、その存在を確定する全ての因子を破壊するものだ。それを、ダーンは後方に引いて、同じ威力の斬撃と突きをもって迎撃する。


 二人の間合いが開き、距離が数百カリメライ(キロメートル)離れれば、刺突は、槍の穂先から放たれる威力が、質量エネルギーへと変換され、小惑星から準惑星程度の質量体を数メライの大きさに圧縮し撃ちだしてくる。


 ケーニッヒ達が展開している防護結界の中は、リドルの具象結界 《覇王の虚無》が展開されていて、現実の訓練場の広さではなく、一つの小宇宙的規模である。


 その宇宙空間を、自在に駆ける二人の戦士は、量子化し超光速の動きをもって、時間と空間を超越した格闘を続けていた。


『現時点で、リドルよりも一万と六百手程足りません。損耗率は百分の九程度ですが、このままではジリ貧です』


 胸元のソルブライトが念話で戦況を伝えてくる。損耗とは、量子化したダーンの存在がリドルの攻撃によって失われたことである。


 彼らは、まるで無数に分身をしたかのように、同一時空間に量子化した自分自身を多数存在させている。それらがぶつかり合い、打ち消し合うが、たいていは、相打ちで押し切られないものである。だが、天文学的な数字の衝突の中には、ダーンが完全に打ち負かされたものもあった。


「くっ……こっちもどんどん強くしているのに、ヤツの方が常に上を行く! 畜生ッ」


『焦ってはいけないですよ。あのリドルとここまで斬り合えるとは、流石に予想していませんでした。よくやっています』


「駄目だ! 『よくやった』じゃ駄目なんだ。打ち負かして、完全に勝たなければ意味がない」


『……。ふ……ふふっ。言うようになりましたね、ダーン。それでは、必ず勝ちなさい!』


「了解だ!」


『では最後の封を解きます。外の彼らには申し訳ないのですけど……。全開状態での爆轟の闘気、見事御してみなさい』


 ソルブライトの言葉とともに、ダーンの胸の奥で、何かが外れる感覚。同時に、胸の中でずっと感じていた熱が、一気に灼熱へと変わる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 ダーンの猛々しい雄叫びとともに、その蒼き闘気が、煌々と異常燃焼を始めた。



「だからぁ! 無理なんだってば! ダーンの馬鹿ぁ! ソルブライト君もこっちの状況わかっててやってるよね? 鬼か? 鬼なのか?」


 結界内の状況に、ケーニッヒが慌てふためいて愚痴りだすが、結界の性質上、こちらの声は向こうに届かない。

 

 そんなケーニッヒの隣で、スレームがタブレット型端末を弄り、視線を誰もいない観覧席に向ける。


 その視線の先で――


「間に合ったな」


 空間が撓んで、虚空に銀の波紋を生むと、その中心から、ルナフィスを抱き上げたままのサジヴァルド・デルマイーユが現れる。


「お久しぶりですね、サジヴァルド」


 スレームが和やかにあいさつをするのを、サジヴァルドは自嘲気味に笑って応じ、抱き上げたままのルナフィスを下ろしてやる。


「あ、挨拶よりも……スレーム会長、それとケーニッヒも……ステフが大変なの! ……って、何これ?」


 ケーニッヒ達が展開する防護結界と、その中の状況に、ルナフィスが言葉を途切れさせる。


「ダーンとリドル陛下の果たし合いだよ。今、二人の力が拮抗したよ」


 ケーニッヒが脂汗を浮かべて、それでも和やかにルナフィスに告げる。先程の慌てようは演技なのかと、何故か苛つく水神の姫君カレリア


「え? これ、ダーンなの? うそ、蒼い光がいっぱい走ってるとしか見えないんだけど」


 咄嗟に固有時間を加速させてみたものの、ルナフィスにはダーン達の戦闘を見ることがかなわなかった。実は、ナスカやホーチィニも自力では認識できない。


「あー、うん。ほら、これでどうかな」


 ケーニッヒが特殊な古代魔法を展開する。すると、ルナフィスにも中の状況が認識できるようになった。


「……何これ?」


 いきなり、宇宙空間のような場所で闘うダーン達を捉え、ルナフィスは驚いて先程と同じ言葉を洩らしていた。さらに、光速の動きを捉えるため、時間と空間を超越した感覚になるため、これまでの戦闘や二人のやりとりも、『記録』として認識する。


「ウソ……ダーンってば、こんなこと言ったの? ――っていうか、そういうのは、ステフの前で言いなさいよッ! このヘタレ朴念仁ッ!」


「妙なとこでお怒りだねぇ……」


 ルナフィスの怒りに対して、ケーニッヒは苦笑交じりに呟く。だが――その場にいた女性陣は、コクコクと首肯し、ルナフィスの意見を全肯定した。


「それよりも! ステフを助けに行かなきゃよ! グレモリーに攫われちゃったの! 私じゃ護りきれなくて、それで……。とにかく、ダーンも陛下もこんなことしてる場合じゃないのよー!」


 ルナフィスの訴えに対して、妙な静寂が訪れる。その反応は、ルナフィスにはあまりにも意外だった。


「ちょ……ちょっと! なんでみんな冷静なの?」


「冷静ではないよ、ルナフィス君」


 ケーニッヒが、苦々しく応じた。その彼の言葉を引き継ぐように、両手で複雑な印を結びながら、サジヴァルドが一歩前に出て口を開く。


「ルナフィス、皆、既に姫君の拉致については知っていたのだ。だが、彼らのこの闘いは止められない」


 サジヴァルドが結界の縁に立ち、印を結んだ両手を前に出すと、今にも崩れそうだった結界境界面が安定する。


「流石は月神の代行者だね……」


 サジヴァルドが結界に注ぐ神気は、他の誰よりも強大で安定したものだったため、ケーニッヒが安堵と共に、小声で彼を賞賛する。


「止められないって……こっちから、二人には話が出来ないの?」


「陛下の具象結界は、外からの干渉を遮断するだろうからね。こちらの声は届かないだろう。でも、ソルブライトならあるいはこちらの声を聞いているかも知れないね。でも、やはり止められないよ、ルナフィス君」


「なんでよ?」


 説明するケーニッヒに食い掛かるルナフィス。


「男が自分の想いをかけて、真剣にぶつかっているんだ。止められるはずもない」


「なにそれ……バカじゃないの? ステフの身が危ないのよ? そんな意地を張るよりも――」


「そうさ……バカなんだよ、男というのは本当にバカなのさ、ルナフィス君。だけどだからこそ、彼らは決着を付けるまでは止まらないよ」


 ケーニッヒの言葉に、唖然とするルナフィスだったが――再度、決闘中のダーンの姿を見て、納得は出来なかったが、ケーニッヒの言うことは理解できてしまった。


 いつも苛立ちを覚えるほどに、冷めた態度でステフに対しても、はっきりした態度をとらない彼が、ここまで直情的になっている。そして、昨日の彼とは次元の違う強さで、超常的な剣戟を扱うまでになった。

 その劇的な変化をもたらしたのが、彼の男としての『意地』だとしたら、やはり、他の者が水をさせるわけがない。


 俯いて押し黙るルナフィスに、ケーニッヒは柔らかい声色でさらに言う。


「いずれにしても、そろそろ勝敗がきまるだろうね。デルマイーユ候が来てくれたおかげで、結界の方もなんとか――」


『ならないですよ』


 ケーニッヒの言葉に、結界内のソルブライトが念話で否定をかぶせてきた。


「どういうことだい、ソルブライト君」


 わざわざこのタイミングで、ソルブライトが外の人間に言葉を向けるのだから、ケーニッヒとしては心中穏やかではなかった。無論、他の女神達もだ。


『二人とも、そろそろ奥義を使おうかという場面でしてね。この後、奥義の撃ち合いで飛躍的に結界内部のエネルギーが上がりますから、このままではもちません。もう少し後になりますが、それまでになんとかして、結界を補強してください』


「それ、無理……。絶対無理。というか、ここには地上の精霊王たる女神が二柱あって、アークの理力器による膨大な理力エネルギーが集約されていて、そこに神王級の力を持つ天使と月神の代行者が力をくべているんだよ? いくらダーンとリドル陛下が神王級の力だと言っても――」


『神王級などと言う時点で、貴方は尺度を間違えていますよ、ケーニッヒ。今や、彼らはその枠に収まらない《超神王級》の存在です』


「……これはまいったな。そんな新しい階級を作られちゃっては、なんとも対処のしようがないよ、うん」


 ケーニッヒは肩をすくめて、その場の全員を眺める。その中で、リーガルとの戦闘で傷ついたものの、そろそろホーティニの治癒が終わり、完治しそうなナスカの姿に目が留まった。



――あるいは、彼なら……神龍の血脈、しかも白龍・カルドと金竜・ファースの間に生まれたなら、彼もその潜在する力は、中の二人に匹敵するだろうか? 



 目の前で、弟分のダーンが、超光速の闘いをしていることには、複雑な気持ちだろう。それにもまして、彼の中の神龍の血脈が、この闘いから何かを学んではいないだろうか? 彼も、ダーンほどではないが、その魂に眠る力を抑制されながらも、自己をここまで鍛え上げてきたのだから、何かの拍子に化ける可能性はあるだろう。


 そんな風に想い考えるケーニッヒだが、イマイチこれは良案ではないとも気がついていた。


 先ほど、リーガルにコテンパンにやられた時でさえ、彼は覚醒には至らなかったではないか。


「八方塞がりだね……。せめて、最期はルナフィス君かカレリア様のおっぱいに埋もれて死にたいなぁ」


 ケーニッヒの身勝手な欲望垂れ流しに、銀髪の少女と黒髪の少女が殺気立つが――その瞬間だった。


 空間を震わすような、雄々しい神狼の遠吠えが、気高く響き渡る。

 結界の上部、二階席よりも高い位置の虚空に、空間が歪んで紫電が迸った。


「私のことワザと忘れてない? アンタ。――というか、私がここで現れること気付いてて、『おっぱいに埋もれる』とかムカつく、ホントに許せないんだけど」





 紫電の奔る大剣を手にし、《獣化融合リンケージ》状態のリリス・エルロ・アルドナーグが、金髪ツインテールを揺らして、姿を現すと、緋色の神眼で眼下の金髪優男を鋭く見下ろすのだった。

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