タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

第三章 ざわめく水面

企画7課の策謀

公開日時: 2020年10月27日(火) 16:38
文字数:1,925

【アーク標準時:6月11日午後8時頃 アーク王国エルモ市某所】


 少女の目の前で、白い作業着姿の男達が互いに注意を喚起しあいながら、最終的な作業を行っている。


 その作業員の数は、総勢五〇名。


 その背中に、アーク王立科学研究所のエンブレムと、その中に『7』の数字。


 様々な科学技術を研究開発し、世界最高の科学技術を誇るアーク王立科学研究所――



 その中でも、選りすぐりのスペシャル集団『企画7課』の面々だ。



 彼らは、国家のが愛用する銃器の開発や、最新鋭の潜水艦まで設計し作り上げてきた。


 そういった兵器方面ならず、失われた古代文明の科学を解析し、それを実用化させるなどの現代理力科学の範疇を超える技術を磨いている。


 ともすれば、町中で老朽化した公園の遊具が壊れているのを直して、ちゃんと子供達が遊べるように整備したといった話もあった。


 その技術開発の方向性が、一方向に定まっておらず、各エンジニアの思いつきでその技術が発揮されていく――結果、様々な分野実用的かつ高度な技術を磨き上げて活躍している。


 そんなスーパーエンジニア達が、汗水垂らして必死に進めてきたのは、とある温泉旅館の露天風呂改装工事だった。


 その場所は、アーク王国西部に位置する観光都市『エルモ市』の中心。


 露天から覗くのは、真円から三日分欠けたまちづき


 夜天を見上げた少女のはしばみいろの瞳にその月光が揺れて映る。



「ご到着予定時刻まであと一時間を切った! 注湯始め――」


 現場監督のような感じの、見た目では五〇歳ほどの男が、樹脂製のメガホンで号令を飛ばす。


 少女が腰掛けた岩の下――石畳の上に裸足を投げ出しているが、その指先にわずかに温かい感触が触れる。


 そこへ、外の渓谷を抜けてきた夜風が、彼女の長い黒髪をふわりと舞わせた。


 その黒く濡れた艶やかさは、クセのないストレートで腰元まで伸びている。


 飾り気の少ない白いワンピースに包まれた身体はしなやかだったが、胸元はワンピースの上からでも魅力的なカーブを描いていた。


 少しずつかさを増す乳白色の湯を、すらりと伸びた両足で軽くかき回せば、岩で形成した大きな湯船、その奥の方まで波紋が広がっていく。


 脚に感じる暖かな柔らかさに、少女は満足げに笑みを漏らした。


「カレリア様、準備の方はおおむね整ってございます」


 先程メガホンで号令を飛ばしていた男が、少女に対して恭しく一礼する。


 見た目の歳からはちょっと意外なほど優しく柔らかい声に、いつも通り皮肉を言おうかとも思ったが、ここには大勢の部下達がいるので、それはできない。


「はい。ご苦労様でした……わがままを聞いてくださってありがとうございます……」


 少女は柔らかな笑顔を男に向けて言った。


 その言葉に、男は短く「恐縮です」と含みある笑顔で応じると、再び一礼してその場からゆっくりと立ち去る。


 気付けば、残った作業中の技術者達も、自分の持ち場を手早く仕上げて、段々数が減りつつあった。


 少女は湯船から脚を抜き出し、立ち上がる。


 その場は、露天風呂の女湯だが、作業員がいるくらいだから、当然未だ営業中ではない。


 天然の岩を切り出してつなぎ合わせた湯船はとても広く、少女がいる脱衣場側の方からは、立ち上った湯気で奥が見通せないほどだ。


 いや、確かに広いが、この湯気は明らかに自然ではない。


 人為的にその湯気が滞留するように設計してあるのだ。


 夜風が差し込むあたりの岩場に湯船に注ぐ源泉を少量振り分け、湯しぶきが舞うように小さな打たせ湯のような場所を設けて、湯気が多く発生するようにしてある。


 さらに発生した湯気が湯船の中央付近に集まるように、空気の流れを、周囲の竹飾りや岩の角度などで調整し作り上げている。


 もともとあった露天風呂を、そのように設計計算し、しかも、以前ここに来た『彼女』が気付かない様に改装した『企画7課』のエンジニア達。


 彼らがこの改装に要した時間は、僅か三時間だった。



 まあ、ある意味無駄にハイパフォーマンスな技術とも言えなくもないが。



「うん、コレなら気付かないですね……ふふふっ……お姉様のお喜びになるお顔が、目に浮かびます」


 一人呟いて、少女は少し頬を火照らせる。


 その少女の視界、その左側には、高さ三メライ(メートル)程度の、竹細工で覆った壁が見えていた。


 それは、男湯側との仕切りで、一つの湯船を男女二つに割っているが、竹細工の中は軍用の特殊鋼板だ。


 湯面から下は、お湯が行き来するように、細かい格子を何層も重ねて作られた仕切りになっている。        

 


 その仕切り版は、少女の見える範囲に確かにあったが――


「さて、直に見られないのが残念でなりませんけど…………」


 少女は立ち上がり、最後にもう一度濃密な湯気の立ち上がる方に視線を向けると、もう一度満足そうに目を細めるのだった。

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