タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

湯上がりの二人

公開日時: 2020年10月31日(土) 21:33
文字数:3,979

 露天風呂での認識校正キヤブリエーシヨンの後、ダーンとステフはしばらく湯殿にいたり、別れて洗い場にいたりもしたのだが、結局他の客は一人も来なかった。


 満員状態と聞いていたはずなのに、全く他の客に会わないことに違和感を抱きつつ。

 湯上がりの二人は、旅館備え付けの浴衣に着替えて最上階のスウィートに戻っている。


 スウィートの部屋には、ベッドルームの他に、トイレやバスユニットもあり、さらに天然無垢の木造テラスが完備してあった。


 二人はテラスに面した腰高の窓、その内側に向かい合う形で二脚の椅子に腰掛けている。


 窓から微かに吹き込む夜風が火照った身体に心地よい。


「ここからアークの首都《ジリオパレス》までは、地下のチューブライナーを利用すれば半日もかからないけどどうする?」


 僅かにはだけていた浴衣の襟元を直しつつステフは言う。


 先ほどまでやたらと火照っていた身体もかなりクールダウンしてきた。


 その火照りの内、半分は温泉による温浴効果だが、彼女の場合、その他にも原因があった。


 それは湯殿を出た後の脱衣所で、ソルブライトと秘話状態で語り合ったこと――――認識校正キヤブリエーシヨンの際に得たダーンの肉体的特徴について……。


 具体的には言及しないが、少々わいな話題で、ステフには随分と刺激的な会話だった。


 だから、こうやって面を向かって座っているのも、意識してしまって気がそぞろになってしまうのだが。


 一方、ダーンの方はというと――


 ステフから見て、彼は自然体だった。


 彼女にしてみれば少し腹立たしく感じるくらいに冷静に見える。


 先程、混浴したうえに身体を直に触っているのに……。


 しかし、自分だけ舞い上がっていると思われたくもないので、努めて冷静に会話を進めようとする。


「そうだな……もともと、君の目的は精霊王との契約だろ。この近くにその目的地 《水霊の神殿》があるんなら、このままここにいた方が二度手間にならずに済むんじゃないか」


 ダーンはステフが煎れてくれたお茶に手を伸ばしつつ応じる。


 陶磁器の湯飲みは東洋のものだったが、ダーンもこの手の湯飲みを見たことはある。


 養父の貿易品にこういったものがあったし、アルドナーグ家の庭園なども東洋の文化を取り入れたものだった。


 だが、その湯飲みからすすったお茶の味は初めて味わうものだった。


 色は黄緑の透明なものだったが、味も少し甘いような感覚、香りなどは、まるで生葉の様な……。

 

 一口すすった湯飲みの中身を、興味深そうにまじまじと見ているダーン。


 その彼の姿を見て、ステフはひとまずお茶の話題を持ちかけてみる。


「あ……もしかして緑茶は初めて? 結構風情のある感じでしょ……このあたりの特産品なの」


「緑茶……そうか、コレがなぁ……親父達が話していたのを聞いたくらいで、味わうのは初めてだよ」


 答えながら、もう一口飲んでみると、独特の香りが温泉上がりの気分にマッチしている見事なものと感じる。


「どうやら気にいってくれたみたいね……って、それよりも、ダーンいいの? アテネを発つときには、はじめにジリオ・パレスの国王陛下に謁見するつもりだったのに」


 アテネを発つ際、当初の目的地は、アークの首都《ジリオパレス》だった。


 それが、転移の門を用いて跳躍中に何者かの妨害を受けて、現在地のアーク大陸西部にたどり着いてしまった。


 精霊王との契約を進めたいステフとしては、こちらの方が目的地に近いのだが……。

 ダーンはアーク王との謁見が旅の目的の一つであり、彼にしてみれば早く首都へ向かいたいはずだ。


 ただしそうなると、ステフは色々と腹を決めなければならない事態になるのだが――


「ああ、確かにそうだが……。イレギュラーとはいえ、ここまで来たことだし順番を変えたほうが良いと思うぞ。それに、きっとすぐ敵もこのあたりに現れるはずだ。それを潰しておく方が、長旅も安心できるだろうからな」


「長旅って……さっきも言ったけど、ここから首都までは半日かからない距離よ。チューブライナーって、地下を走っている超特急に乗ればアーク王国内は一日で移動できるのよ」


 ステフそう言いながら、部屋に置いてあった観光地図をダーンに示した。


「ああ、それならさっき見たから知っているが……すごい交通機関だな。だけど、距離が長いことに変わりはないから、油断できないさ。現に、ここに来るときも特殊な移動方法だったのに敵の手が及んだんだ」


『確かにダーンの言っていることは正しいでしょう。《転移の門》の際にはかなり危ない状況でしたし、いかに亜音速で地下のチューブ内を走行するとは言え、襲撃する手段はいくらでもあります。さらに、精霊王との契約の祭壇が近いとなれば、選択肢は一つです』


 ステフの胸元にあるペンダントの宝玉、神器の意志ソルブライトがダーンの言葉を肯定するように意見を言う。


 そのソルブライトの言葉にふとダーンは疑問を投げかける。


「ソルブライト、その精霊王との契約ってのは、実際あといくつ必要なんだ? ステフの目的は《活力マナ》の流出を止めるために精霊王の力が必要だとは聞いているが……」


『ああ、そう言えばそのあたりをしっかりと説明していませんでしたね。……本当は契約した後すぐにでも、その説明をするべきだったのですが、私の話などそっちのけで、痴話げんかした人たちがいましたから、タイミングを逃してしまいました』


 途端にステフとダーンの顔が羞恥に赤く染まる。


「わ……悪かったな……」


「そ……そういうのは、あたしは何となく知っていたから、あんまり気にしなかっただけよッ。あと三柱でしょ、精霊王たる女神って」


『いいえ……あと四柱です。地・水・火・風の四大元素の他に、空の元素をお忘れですよ。最近になって、人類も空の元素の存在に気がついているはずですが……』


「空……月の《活力マナ》ね……。正直、この惑星上のものじゃないと思っていたから、外していたんだけど、やっぱり精霊王の存在もあるのね」


『はい。ただし、月の女神やその《活力マナ》は他とは別格です。元々、四大元素も互いに僅かに影響しあうものですが、月の力は全ての元素に多大な影響を与えていますから。そして、ここからが大事なポイントですが、私も大地母神以外に今の精霊王がどのような姿をしているのかわかりません。なにせ、魔竜戦争時代には、まだ子供だったミランダ・ガーランド以外、他の精霊王は受肉……つまり、人の身体を持っていませんでしたから。完全な神魂として、各祭壇に眠っていたのです』


「じゃあ、もしかすると今も神魂として祭壇に眠っているのかしら」


『どうでしょうね……前回大地母神が人に転生したと知った他の女神たちは、その手があったとばかりに、自分も人間に転生するとか言っていましたからね。案外、身近にいるかもしれませんよ、人になった精霊王の化身が……』


「身近ね……もしかして、ダーンも精霊王だったりしない?」


「おい……俺は男だぞ。女神なんだろ、精霊王は」


「そうだったわね…………って、べつに思い出したりしてないんだからッ」


 ステフは突然怒り出して上目遣いに言い放つ。


「何を思いだ――あッ……」


 聞き返す途中に、ステフが思い出したことに思い当たりダーンも口を紡いでしまうが……。


 実はダーンも、先程の湯殿で見てしまったステフの透き通るような裸体が、網膜に焼き付いていた。


 だから、こうしてステフが浴衣姿で目の前にいるのも気が気でない。


 特に、ここに座ってしばらく、胸元が少しはだけていたのを見るや、意識して外の方に視線を向け、なんとか冷静さを保っていたのだ。


 数秒、二人が黙り込んでしまった後に、ステフの胸元のソルブライトが『そう言えば……』と前置きをして語り出す。


『ちょうどそのことを話さなければと思っていました。ステフの認識校正キヤブリエーシヨンは完全に終わっていません。この手のサイキックの発動は深層意識レベルに対象の実像が浮かび上がることで足りるのですが、本来認識校正キヤブリエーシヨンは何度も繰り返した上で定着するものです』


「それじゃあ、どうするんだ?」


『そうですね……まあこれから毎日お風呂で背中を流しあうというのが理想ですが、出来れば今夜中に完了して、明日以降、敵に襲撃を受けても万全を期せるようにしたいですからね。今夜一晩、二人裸でベッドに入り、全身をり合わせるように、くまなく撫でまくりつつ過ごすのはいかでしょう』


 随分と楽しそうにソルブライトが言ってくる中、ステフは額に青筋を立てた。


「ちょっと! あんたは、そんなにあたしとの契約を破棄したいの?」


 いくら朴念仁とはいえ、ベッドの中で全裸のまま抱き合った上にそんなことをすれば、流石に少女の純潔は奪われかねないが――


『大丈夫です。ダーンにそんな甲斐性――いえ、危険性はありません』


「おーい、なんかそこはかとなくバカにしてないか?」


『そんなつもりはありません。――が、もしかして、今のような状況だとステフを襲いますか? 身体はまともに反応するようですし……その……参考までにお伝えしますと、あなたのサイズでは相手をかなりその気にさせて受け入れ状態万全にしないと、とても痛い状況に……』


「ソルブライトッ!」


 ステフが真っ赤になりながら、椅子を蹴倒すように立ち上がり、金切り声を上げた。

 そんな彼女の目の前、蒼髪の剣士は額に手を当ててかぶりを振る。


「わかった……俺、甲斐性なしでいいから、その手の話はもうやめてくれ」


『そうですか。まあはっきり言って冗談です。私が介入していますから、実際に体に触れる行為はもう必要ありません。ただし、意識レベルの定着のために、一晩協力していただきます』


「もうッ……一体なにすればいいのよ?」


『簡単です。一晩一緒のベッドで並んで寝ていただくだけです。何もやましいことはありませんよ』


 目眩を覚えたステフは、ふと窓とは反対の方に視線を向けると――


 豪華な装飾を施したキングサイズのダブルベッドが琥珀の瞳に映っていた。

 

 

 

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