技名を叫びながら攻撃を繰り返すリドルに対し、ダーンは無言のまま長剣でそれを受け止めていた。相変わらず重い一撃だったが――
――よし。ようやくわかってきたぞ
感覚の違いについて、目処がついていたダーンは、コンバットスーツとやらの『力』の作用を読み取ることに成功していた。
闘気や気配ではなく、要は理力エネルギーの流れそのものを察知すればいいのだ。ダーンは、魔力の流れや活力の息吹を察知することには慣れている。それを応用し、コンバットスーツに流れる大量の理力エネルギーを読み取るのだ。
以前、ステファニーが、ユニゾン状態で《予知》を発動したとき、対艦狙撃砲の射撃で銃の内部に理力エネルギーが流れて撃発する一連のイメージが、彼女の背中を通じて伝わってきたことがある。
その時の感覚を踏襲すればいい。
ダーンの目の前、長剣を振り上げたリドルの姿、そこには理力エネルギーの奔流が人型に流れてあった。
そのエネルギーは膨大で、そして明らかにある種の方向性のようなものがある。
右手に持つダーンの長剣に、蒼い闘気が伝わりその刀身が淡く光り始めた。闘神剣の極意の一つ、洗練された闘気による武器強化だ。
碧い燐光を舞わせながら、リドルの振り下ろす一撃に合わせて、ダーンは刃を重ねた。
一際大きな轟音と、エネルギーのぶつかり合いによる大気のプラズマ化で、閃光が走る。
「ほう……」
表情の見えないマスクの向こうから、リドルの感嘆の声。
「いつまでも、いいようにはやらせませんよ」
ダーンの受けが強力だったおかげで、リドルも返ってくる斬撃の反作用により、僅かに隙を生じ、その瞬間を逃すことなく、ダーンが左の拳をリドルのボディに放った。
結果的には、後方に逃れたリドルに躱されてしまったが。これが初めての反撃らしい反撃だ。
「ふむ。それが闘神剣の極意か」
蒼い燐光を放つダーンの長剣を見て、リドルはさらに構える。
「ええ、剣に闘気を伝わらせ刀身の強度と威力を飛躍的に上げる」
「なるほどな。確かに、その刀身が持つ威力は侮れんな」
「……いつまでも、その剣のままで……なめられたくはない」
ダーンの含みのある言葉に、仮面の奥でリドルが喉を鳴らす。
「クックッ……この剣、もう少し良くなるぞ?」
リドルは、右手に持つ長剣を眼前へ水平に掲げてみせる。さらに、その刀身の腹の部分、その鍔元へ左手を添えると――
「フォース・ブレード!」
鋭く声を上げて、剣にかざした左手を切っ先の方に滑らせる。その動きに合わせて、碧い光が刃に灯って、ヴィヴィ……と強力な理力エネルギーが大気を震わせた。
「くっ……理力エネルギーを剣に伝わらせたのか」
自分の手にする蒼い燐光を放つ剣より、さらに強烈に碧く煌めく剣、その刀身の威力を想像し、ダーンが呻いた。
そのダーンの眼前では、ゴーグルの中、視界センサーをエメラルドグリーンに光らせて、碧く煌めく刃をこれ見よがしに振り回すリドル。その光るセンサーは、鋭い眼光を放つまさに戦士の眼だ。
「これで、剣の威力は互角以上。さあ、存分にやり合おうか、少年」
気がつくと、訓練場のドーム内には、戦闘シーンを盛り上げるかのような音楽が流れ始めていた。それは、ストリングスの律動とトランペットの旋律が独特の高揚感を生んでいる。
音響機器のリモコンを手にしたスレーム・リー・マクベインが、観覧席の中で愉しそうに笑みを浮かべていた。
☆
世界最大の権力を誇る国王が、喜々としてダーンと刃を重ねる姿を尻目に、ナスカも想像以上の苦戦を強いられていた。
対戦相手のリーガルは、二十三年前の魔竜戦争で、《鋼の獅子》の異名を誇った歴戦の勇士だ。その異名に恥じず、異形の改造人間は、圧倒的なポテンシャルで、ナスカを攻め立てる。
さらに、武器についても特殊で、ナスカが苦戦する一因となっていた。
リーガルが手にする特殊なトンファーは、堅牢な構造で、ナスカの長剣を軽々と弾き返す。片方のトンファーで防御し、間隙を生まずに、もう片方のトンファーが攻撃を仕掛けてくる。
トンファーは、グリップと棍の接続部が可動式になっており、グリップの操作で、可動部のロックと解除を切り換えられようだが……。回転する棍と、リーガル自身が躰の動きに円運動の概念を取り込んでおり、縦軸と横軸、あるいは傾いた軸の回転を組み合わせて、まさに変幻自在の攻防だ。
長剣1本のナスカには、その対処だけで精一杯だった。
そこへ、改造人間の圧倒的なフィジカルを活用し、強烈蹴りが炸裂、ナスカはその攻撃をもろに受けて、派手に吹き飛ばされていた。
それでもナスカは、フィールドの端の方に転がり落ちた後、すぐに起き上がる。
「くっそ!」
血の混じったツバを吐きながら、悪態を吐くナスカ。
ダーンと同じく、身につけた高性能防護服が、ダメージを、かなり抑えてくれているようだ。
「まだまだだな、ナスカ。確かに龍闘気のパワーは凄みを感じるが、それではこのオレには通じないぞ」
トンファーを軽く回して構え直しつつ、リーガルは挑発する。その声にはなんの疲労もない。
「チッ! まだこれからだろうがよぉ!」
ナスカは吼えると、再び長剣を構えて間合いを詰めていく。迸る龍闘気が、プラチナの陽炎を生んで、軌跡を描く。
その凄まじい突撃を前に、やはりリーガルは悠然と構えていた。
☆
ナスカ達の戦闘を見守る観覧席の面々、その内には、ナスカの恋人、ホーチィニ・アン・フィーチの姿もあった。
「……改造人間って、少しズルくないかなぁ」
ホーチィニには珍しく、感情がストレートに表に出る一言。当然彼女は面白くない。最愛の男が、いいようにボコられているのだから。
「フフフッ……ホーチ、それは少し違いますよ」
黒髪を軽く揺らして、スレームが答える。ホーチィニからすれば、実の祖母となるスレームだが、その見た目は20代半ばといったところだ。妖艶な雰囲気を常に纏っている。
「どういうことですか? 生身で闘うよりは有利だと思うんですけど」
「戦闘において、有利不利は様々なシチュエーションで変わってきますよ。確かに、生身よりも改造した方が、かなりの戦闘力を引き上げられますが……。良いことばかりであるなら、開発当時、誰も反対はしませんでしたよ」
話すスレームの表情が明らかに曇る。それを見て、孫娘のホーチィニは言葉を返せなかった。傍若無人なこの祖母が、こんな風に負の感情を表に出すのは見たことがない。
「……魔竜戦争当時、戦力差に苦しむ人類側は、様々な兵器開発を行ったようだね。それは、ある時は開発者の狂気にも似た情熱で行われたとも聞くよ」
スレームの代わりにとばかりに、金髪優男のケーニッヒが口を挟んできた。一度だけ、スレームの様子を覗うが、彼女が肩をすくめつつも制止するそぶりがなかったため、彼は話を続ける。
「リドル陛下にも伝えられる前に、改造人間プロジェクトはアーク兵士の中から志願者を募り、その試作実験を行った。それも、十人の兵士に……ね」
「え……十人って? 私もプロジェクトの存在自体は聞いたことがありましたけど、そんなに多くの人が実験に付き合ったの?」
ホーチィニが手を口に当てて、声をかすらせるが、説明するケーニッヒは殆ど顔色を変えずに、さらに言葉を続けていく。
「最初から、成功する確率が一割に満たないモノだったんだ。それでも成功例を作りたいがため、その実験は強行されたんだ。兵士達の愛国心と家族を思う心を利用してね」
「そんな……」
「その結果、奇跡的にも二名の兵士がその実験に成功した。強靱な精神力を持つその二人の他は、理力エネルギーによって脳や神経を汚染され廃人となり、すぐに死んでしまったらしい。その時点で、リドル陛下が実験の存在を知って、即座に研究機関を閉鎖解体したようだけどね」
ケーニッヒの話に、司祭職のホーチィニは顔面蒼白の状態となったが、その隣でスレームは静かに当時の悔恨をかみしめていた。件の実験施設や研究者は、マクベイン財団に所属していたのだから。
「似ていると思わないかい、アテネの聖女さん?」
ケーニッヒの問いかけに、ホーチィニは彼が何を言いたいのかすぐに理解できなかった。ただ言い知れぬ不安に耐えきれず、ナスカの方に視線を泳がせた。
そこには、理力エネルギーを迸らせた鈍色の戦士の攻撃に、四苦八苦に応じ、龍闘気を全身に溢れさせている彼の姿があった。あれほどに龍闘気を解放しても、今のナスカなら肉体が崩壊したり、闘気が暴走したりすることはないが。
「……あ」
ナスカの姿を見て、ホーチィニは思い当たってしまう。それを、見透かしたかのように、ケーニッヒは言葉を紡ぐ。
「そうさ。己の肉体や精神を冒す身に余る力、それを使いこなそうと必死でもがいて、身を削るように強くなっていく――あの二人は、宿す力の種類は全く違うけど、凄く似ているのさ」
だから、彼らはこの闘いに、自身が思っていた以上の熱が入っていく。
「そして、《鋼の獅子》はね……先の戦争の時よりもはるかに強くなっている。この平和と思われていた時代に、退役していたはずなのに、彼はその身を鍛え続けてきたんだね。一歩間違えば、暴走した理力エネルギーで命をおとしかねないのにさ。そんなわけで、彼が狡いなんてコトは、絶対にないことなんだよ」
その言葉に、ホーチィニは複雑の思いのまま何も言い返せずに、視線を再びナスカ達の方に戻した。
若い二人の剣士と、熟練の理力戦士達の闘いは、さらに苛烈となっていく。
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