タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

ふれあう想い1

公開日時: 2020年12月4日(金) 11:06
文字数:4,328

 ダーンが入浴を終えてステファニーの部屋に戻ると、その場には、王立科学研究所の長スレームに、大地母神ミランダ・ガーランドとカレリア、そしてルナフィスが待っていた。何故か、リドルはその場から退室しているようだ。


「陛下はどこへ? それに、何故ミランダさんが?」


 問いかけるダーンの視線に、ミランダはおっとりと微笑んで、彼女のかわりにルナフィスが答える。


「輸魂の処置をするには、精霊王たる女神の力が必要らしいわ。私も、兄様が持つ月神の代行者としての力を引き出すために、月の女神の代役らしいけど」


 そのルナフィスのイヤリングに、この場にはいないサジヴァルドからの念話が届く。


『代役とは適切な表現ではないが……。輸魂とは《秘法》と称される部類の奇跡だ。少しでも成功確率を上げるためには、より多くの神々を集結させた方がいいからな』


「陛下は執務に戻られましたよ。御多忙の身でありますし、どうやら情勢に動きがあるようですからね」


 スレームの言う情勢の変化とやらも気になるところだったが、ダーンはとにかくステファニーの事が第一と考えて、そちらには触れないこととした。


『最終確認ですダーン。ステフに輸魂をするということで、かまいませんね?』


 ソルブライトか念話で確認をしてくる。そのソルブライトは、ステファニーの胸元ではなく、彼女が寝かされているベッドの枕元に設えた棚の上に、専用の飾り台にかけられていた。

 これは、ソルブライトが宿る前から、ステファニーのネックレス用に用意されて使われていたものだ。


「ああ……早くしよう。ステフを救うためなら、この際なんでもするぞ」


 ダーンの力強い言葉に、ソルブライトから軽く笑むようなイメージを伝えてくる。


『それは、心強いですね。少々頼みにくいことだったのですが――それではダーン、服を全部脱いでステフの隣に寝てください』


 黒いティーシャツにカーゴパンツ姿のダーンは、瞬間その動きを完全に止めた。


「な……?」


『なんでもすると言いましたね? はい、サッサと脱いでください』


「またそういう感じのアレなのか、これ。如何せん、全裸になって同じベッドに寝ろとか、無理があるだろう」


 ダーンが抗議するが、ソルブライトではなく、ステフの妹にして水神の姫君が口を差し込む。


「必要なんですの。お姉様とダーン様、二人の魂魄を一度融合させる必要があります。その際、少しでも余分なものが介在しないために、一糸纏わない姿で触れ合っていて欲しいのですわ」

 

 カレリアの説明を聞き、さらにダーンは及び腰になってしまった。自分のみならず、ベッドで眠るステフも全裸なのだという。そこへ入っていかねばならないのだ。


「あはは……そりゃまあ、難易度高いわよね……」


 ルナフィスが唯一同情の視線を送る。


「ですが、本当に成功率を上げるためには必要ですわ。抱き合えとは言いません、手を握る程度でかまいませんよ。ただ、全裸は必須条件です」


 ミランダも、カレリアと同じく全裸になるよう説得してくる。



――何なんだ、これは? 何かの罰ゲームか?



 妙な高揚感が満ち始めた異様な空気を感じつつも、ダーンは、「とりあえず脱いでベッド入るから、後ろ向いててくれ」と女性陣に頼み込む。


 女性達が後ろを向いている間に、ダーンは素早く黒いティーシャツとカーゴパンツを脱ぎ捨てて、さらに肌着にも手をかける。


「……」


『そこで躊躇わないでください、ダーン』


「チッ……わかっている」


 舌打ちして言い返し、ダーンは一気にパンツを下ろし全裸となった。そのまま、ステファニーの眠っているベッドに近づき、中に入るため毛布を軽くめくりあげる。


 ふわりとダーンの鼻腔を、いつもの甘酸っぱい香りがくすぐった。


 その香りと、手にしている毛布に描かれた桜の絵柄に、ダーンはふと七年前の《あの夢》を思い出していた。月影石の精製をする際にステファニーと意識共有して共に見た、満開の桜花が薫るあの夢を――



――この香り……そうか、桜の芳香だったのか。



 彼女がいつも好んで身に纏うその香りは、桜の香水だった。


 彼女がいつも好んで身につけている髪飾りも、桜だった。


 さらに、この毛布だけでなく、室内の調度品の中にも、桜をモチーフにしたものがいくつかある。


 初めて会って、すぐにダーンが記憶を封じられたために、出会ったことすら無かったことにされていた七年前の出来事。その中で、彼女がもっとも記憶に残しておきたかったことは、桜花薫る夢の世界で一人の男の子と意識を共有し、解り合えたあの瞬間だった。


 ステファニーの香りに満ちた毛布の中に身を埋めながら、ダーンは気恥ずかしさとは別の感情に、胸の鼓動の高鳴りを抑えることは出来なかった。





     ☆





 紆余曲折あって、ステファニーに対する輸魂の準備が整う。それまでに、ベッドの端の方に逃れていたダーンに、女性陣が難癖つけては擦った揉んだし、なんとか肩が触れ合いそうな距離につめさせ、手を握らせたが……。


『それでは、輸魂の秘法を発動させますが、その前に……もう一柱の女神に参加してもらいますよ』


 ソルブライトの念話に合わせて、隣のリビングに繋がるドアが開き、一人の人影が入ってくる。漂ってくる神聖な気配。この期に及んで新たな女神かと、ダーンが驚いて視線を向けると――


「……なるほどな」


 蒼穹の瞳に、見覚えのある銀をまぶした蒼い髪が写り込む。


「娘の一大事ですもの。無理を言って神界からこちらに降りてきました」


 そこにいたのは、若干小柄であるものの、ステファニーと瓜二つの姿をした女性だった。アーク王国王妃にして、ステファニーとカレリアの母親、そして神界の女神でもある、レイナー・ラムール・マクベインである。


「お母様……この後で、ちょっとくらいあまえてもいいですか?」


 カレリアが、泣きそうな声でレイナーに語りかける。それを、優しく微笑んで肯くレイナー。


「ええ、もちろんいいわよ。でも、あんまり長居出来ないし、リドルにもかまってあげないと、拗ねちゃうから、ほどほどにしてね」


 軽口をたたいて、レイナーはベッドの傍までやってくると、ステファニーとダーンを一瞥した。


「初めまして、ダーン・エリン。娘がお世話になってますね」

 

「こちらこそ。貴女のことは、ステフから聞かされています。お会いできて光栄で――」


「それで! あなたたち、どこまで進んでるの?」


 ダーンの言葉を遮るように、レイナーは琥珀の瞳を輝かせて食い入るように聞いてきた。ダーンが呆気にとられて絶句する。


『それが、未だに接吻すらしておりません』


 絶句するダーンの隙を突くように、ソルブライトが即座に答えた。それを聞いてレイナーは、少し唇を尖らせて、ベッドに横になったままのダーンを見下ろす。


「んもうっ! なぁにやってるんですか。ウチのステフはこんなに可愛いんだから、サッサと抱き締めて、多少強引にでも、ぶちゅっとやっちゃってくださいな」


「あ、いや。それはさすがに……」


「えー? そこで日和らないでくださいまし。ステフは、頑張り屋さんだから、たいていのことはこなせるけど、色恋沙汰はどうも奥手なのよ。こういう娘は、殿方の方が積極的かつ大胆不埒にですね……」


「お母様がのってますわ……」


「あはは……レイナー様、それ、ご自分の経験から話してませんかしら」


 カレリアとミランダも、レイナーの話しぶりに若干驚きつつも、生暖かい目で見つめていた。


『さて……そのへんのご教示はいずれまた。まずは、ステフを目覚めさせなければなりません。レイナー、秘法の起動をお願いします』


 グダグダになりかけた雰囲気を、ソルブライトの念話が一気に引き締める。もちろん、女神達も本来の目的を忘れてはいない。


「この秘法は生命力を操るものです。生命を育む大地母神ガイアと、人体の大半を占める水を司る水神の姫君サラス、そして女性の生態を左右する月の女神の権能、これら全てを結集して、《愛と生命の女神》レイナー・シーが執り行います」


 ベッドの枕元に安置されたソルブライトを手にしたレイナーは、寝かされて毛布を掛けられたダーンとステファニーを慈しむように見下ろす。その姿は、確かに愛と生命の女神と相応しき美しさと気品に満ちていた。


「ダーン様、お姉様をお願いします」


 ベッドの傍らまで近付いてきたカレリアが、胸の前に両手を組みながら、ダーンへと懇願する。さらに――


「私からもお願いします。どうか、私の娘を……ステフを救ってください」


 母親と双子の妹、二人の願いに確かに肯いて、ダーンはその瞳を閉じた。それを合図に、女神達の祈りと歌声が室内を満たし始め、やがてダーンの意識は別のどこかへと飛ばされていくのだった。





     ☆





 妙な浮遊感の中、ダーンは意識を取り戻していた。


「これは……」


 ダーンの視界には、漆黒の闇とそこに浮かぶ様々に瞬く星々の空間が無限に広がっている。まるで宇宙空間のようであり、それでいて、どこか優しくあたたかい風が吹いていた。


 状況の確認をするに、輸魂の秘法が発動して、意識を失ったことは覚えていた。ということは、今のこの状況は、秘法の影響ということだろうか。


「ここは、ステフの内包する世界です」


 ダーンの背後から、凜とした女性の声が響く。振り返ったダーンの視界に懐かしさを覚える女性の姿があった。美しく波打つ長い髪は、星々の煌めきを反射する銀を織り交ぜた蒼。金色の瞳が、優しくダーンを見つめ返している。


「やっぱり君か、セフィリア……って、なんで裸?」


 一糸纏わぬ白く艶めかしい肢体を目にし、慌てて視線をあらぬ方向へ逸らすダーンだったが、蒼い髪の女性は、クスクスと笑ってダーンに近付いていく。


「魂魄体ですからね、服なんか着ているわけないでしょう? 貴方も何にも着てませんよ。まあ、実際の肉体も今は全裸ですが」


 声を楽しそうに弾ませて話す蒼い髪の女性は、恥ずかしそうに回れ右をしたダーンの背中に豊満な胸を押し当てて、背後から絡みつくように抱き締めた。


「はぁうっ!」


 予期していない突然の柔らかさと、後ろから包み込まれる感触に、ダーンは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ふふふっ……初心で可愛いですね、ダーン」


 艶のある笑みを含んだその言葉を、ダーンの耳もとで囁く。暖かな吐息が、彼の耳たぶを通して、魂魄の奥にある何かを刺激していく。


「か、からかわないでくれ。セフィリア……いやそれとも、ソル――」


 彼女のもう一つの名を言おうとしたダーンの顔を手で振り向かせるようにしつつ、背後から乗り出すようにして、その唇を重ねることで言葉を封じる。波打つ蒼い髪が、その動きに遅れるように、ダーンの視界で煌びやかに舞った。


 艶めかしく伝わる息遣いと舌を絡められる甘い熱さに、ダーンは戸惑いながらも湧き上がってくる甘い熱に酔いしれていくのだった。




 

 

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