あくまでも魂魄体なのです!
これは、イメージなのです!
※性的描写がありますので、15歳未満は、ご遠慮願います。
深く探るように絡む舌先と、抱きついて接する表面積を最大に広げようとすり寄せてくる肢体の甘い感覚。それは扇情的な振る舞いであったが、決して邪な想いではなかった。
熱く絡みつくその想いは、どこまでもまっすぐに、愛しみ深い純情なものだ。
唇を離し、名残を惜しむように、とろりと粘液が橋を渡す。セフィリアは、そのまま無言でダーンを抱き締めて、表情をみられないように彼の左肩へ顎先を置いていた。
「ごめんなさい……どうしても我慢ができませんでした。肉体の無い私は、今この瞬間しかないから……」
セフィリアは、泣きそうな声で囁いた。それを聞いて、ダーンはゆっくりと彼女を抱き返す。
「……今のでよくわかったよ。君はステフの――」
「それは、今はどうか言わないで。私は私。ステフはステフです。もう、仕方がないことなのです」
セフィリアの言葉に黙って肯いて、ダーンはそれ以上を口にしなかった。
さらに数十秒程抱き合って、セフィリアから身体を離すと、彼女は柔らかく笑っていた。
「さあ、ステフを目覚めさせましょうか」
凜とした声で話すその音色は、やはりいつも念話で感じていたイメージと重なることに、ダーンは不器用に笑うしかなかった。
「そうだな。それで、俺は何をすればいいんだい?」
「まずは、ステフの魂魄体を見つけなければです。一応、さっきの私とのキスで、導線が繋がっていますから、すぐに居場所に――」
「あそこだ!」
セフィリアの言葉の途中、ダーンが彼女の後方を指さして告げる。彼女が振り返ると、そこから少し離れた位置に、闇の虚空で仰向けに力なく浮遊する蒼い髪の少女がいた。
「もう見つけちゃいましたか……。もう少し二人きりでいたかったのですけど、なんか妬けちゃいますね」
「その……なかなか返答に困るんだが……」
「いいです。なにせ魂魄での初めてのキスは私がもらいましたから。いつかステフに全てを打ち明けるときに、これ見よがしに自慢してあげるから」
「勘弁してくれ……」
「だーめ。これから先、私は見せつけられるんですからね。さて輸魂の方法、教えますね」
セフィリアは悪戯っぽく笑って、その方法を打ち明けるのだった。
☆
熱く――
深く――
とても奥の方に感じる熱い鼓動と、包まれるような優しくも強引な感触。
自分自身の感覚すらあやふやだったのに、どんどん奥からの熱さと吹き込まれる息吹に、あらゆる存在感が蘇ってくる。
――熱い……熱いよ!
少女が最初に取り戻したその感覚は、連鎖的に広がっていき、やがてその自我が確立していった。自我が確立すると、自分とは異質な存在の感知が可能となる。
――あたし……抱かれているの?
包み込まれている感触は、自分以外の熱を持つ者が自分を抱いているからだ。優しくて、でも時折強引に力強く抱きしめてくる。そして奥に感じるこの熱さは――
少女は、そこでようやく虚ろだった瞳に琥珀の光を取り戻し、自分を抱きしめている相手を見ることができた。
「ダーン……? って、近い! わっ……あうっ……なんで……」
ステファニーが目覚めると、視界いっぱいにダーンの顔が鼻先に触れる距離にあって、背中には彼の腕が回されていた。
「ステフ……意識が戻ったか。よかった」
ダーンは上気した顔をステフの耳元に寄せて嬉しそうに囁くと、思いっきり抱きしめる。
「……っんあ」
抱きしめられた圧力で、ステファニーは思わず甘い吐息と嬌声が漏れ出した。その圧力は腕を受けている背中や押しつけられた胸の他、身体の奥の方でも初めて味わう熱さに押し上げられる感覚だ。
「うそ……でしょ。ダーン……あたしの中に入って……。どうして裸なの……?」
少女は一糸まとわない身体を、あぐらをかいて座したダーンの対面に座して抱き合う形になっていた。あられもなく開かれた少女の白い右膝が、ダーンの左腕に抱えられている。
「えーと……これは説明すると……」
ダーンがこの状況を説明しようとした瞬間に、ステファニーには、言葉を聞かずとも彼から直接情報が伝播していた。
今の二人は、魂魄体であること。
今、輸魂の秘法により、魂が一部融合している状態であること。
その融合の状態を意識的に行い、あるいは知覚するとき、まるで性行為をしているような状況になってしまうこと。
そして――これまでの経緯についても。
「ダーン……お父さまに勝ったの? うそ……信じられないわ。いつの間に強く――って、やっ……だめ……それ、強すぎ……」
ダーンがリドルと決闘して勝利したことも、ステファニーには記憶情報として伝わっていたが、言葉の後半は、今彼女の魂魄が感じているダーンの輸魂の伝わる強さへの感覚に対してだ。
「君だっていつの間にか、こんなにいい女になっていたからな。俺だって、男を見せなきゃだろ?」
容赦なく力強く抱きしめながら、ダーンは意地悪に囁いてくる。
「な……なによ。朴念仁のくせに、そんなキザな台詞……って、まって。ちょっと……熱いからぁ……それ、だめ、おかしくなる」
ダーンの熱い魂の一部が、彼女の中にどんどん注ぎ込まれていく。その熱に、ステファニーは蕩けそうになっていた。
「朴念仁か……それ、そろそろ返上したいところだな」
ダーンは、ステファニーの唇に深くキスをして、さらに彼女の魂魄体に自分の熱を注ぎ込んでいった。初めての感覚に逃れようとする彼女の舌先を吸い上げて、なまめかしく舌先を絡めていく。
「ぷはっ……こ、これ……あたし、ファーストキス……」
唇が離れた瞬間、粘った透明な粘液を滴らせながら、ステファニーは弱々しく抗議するが。
「あ、スマン。もう君が目覚める前に何度もしてる。それに、人工呼吸みたいなもんだし、この身体も魂魄をお互い認識しやすいように肉体として象っているだけだから、数に数えないだろ……って、ソルブライトが言っていたぞ」
ダーンから神器に宿る意思の名を聞き、ステファニーは初めて自分たちを見下ろしている存在の姿に気がついた。
豪奢に波打つ蒼い髪と、自分にそっくりな顔を持つその存在。ステファニーは、何故かその存在が神器に宿る意思、ソルブライトだと認識していた。
「ダーン……ダメダメ! ソルブライトが見てる……あたし達を見てるのっ。恥ずかしいからぁ、というか、コレだと契約破棄されちゃうからぁ」
「だから、これは本物の身体じゃないから、ノーカンだってさ」
問答無用とばかりに、ダーンは激しくステファニーを抱きしめる。
「そ、そんなに……激しく……だめ……だめぇ――!!」
失って足りなくなっていた部分に、ダーンの魂から注がれた熱が満たされていく。その甘い幸福感に酔いしれて、少女は恍惚の極みへと上り詰めていった。
☆
ダーンとステファニーが輸魂の秘法でつながっている頃。アーク国王リドルは、王家専用の理力通信にて、とある国の首魁と会話していた。
「久しいな……我が友よ」
リドルの着飾った言葉に、相手の男は嬉しそうに短く笑った。
「ご無沙汰しております、陛下」
この通信は、高度に暗号化されたもので、お互いに所有するこの通信機でなければ会話することも、傍受することすらかなわない。
「お前の方から通信してくるとは思わなかったぞ、ルーク」
この通信を始めたのは、リドルではない。ルークという男の方だった。その男――ルーク・アルガ・ヴォン・ゴートは、リドルのアーク王国と真っ向から敵対する帝国・アメリアゴートの初代皇帝である。
「不躾極まるとは思いましたが、事ここに至っては、まずは非礼を詫びるべきと思いまして。ご息女の件、なんとお詫び申し上げれば良いか……」
ルーク皇帝の言うことは、魔神リンザー・グレモリーが、リドルの娘ステファニーを拉致した件である。その拉致した先の島は、厳密にはアメリアゴート帝国領であり、この魔神と契約していたのは、帝国の幹部貴族の一人であったのだ。なお、皇帝の命によりこの貴族は既に処刑されている。
「おいおい……敵国の姫君を攫うなんざ、ありきたりだろう。謝罪することでもなかろうが」
「いえ、これは私の不徳です。そして、この後起こることもまた、私にとっては最悪の事態ですが――」
「それは、致し方あるまいよ。やれやれ……お互い、望まぬ展開となったが、これもまた必然なのかもなぁ。できれば、もう一度杯を交わしたかったが……」
リドルは手元の杯を手にし、寂しそうに一口、盃の麦酒を飲んで喉を潤していく。
「当方の主戦派貴族は、もはや止まりません。魔神と魔竜人の生き残りに結託して、アーク王国に宣戦布告をする気です。そうなれば、世界大戦となります。――魔神達に利用されているとも知らずに」
「……こちらは、その魔神の企みにも備えてはいるぞ、ルークよ。だが、やはり人の国と国の衝突は避けられまい。政治の理念そのものが折り合わぬのだからな」
言葉にしてリドルは肩をすくめて自嘲する。政治の理念――彼がもっとも苦手とする国の代表者としての理念。それは、国民一人一人が、国のあり方を考えて、自らの意思を政治に反映させていく機会を築くあり方だ。
対するアメリアゴート帝国は、国民は絶対的な力を持つ王の下にあって、初めて生の幸福を得るという、完全なる専制政治を政治の理念としている。そして、それを提唱する皇帝ルークが、まさに理想としている絶対的な力を持つ王こそ、リドルなのである。
ルークは、かつての魔竜戦争時、リドルの腹心として仕えた戦士の一人であった。
「まもなく私自らが、貴方に敵意を宣言しなければなりません。我が王よ、どうかこの逆賊めを討ち滅ぼしていただきたい」
ルークの言葉に、リドルはどう答えるべきか悩んだ。ルークが自分と袂を分かったのは、アーク国内で燻っていた反乱分子たる貴族を国外に排除するためだった。もちろん、ルーク自身も、リドルの提唱する『政治の民主化』に反対ではあった。だが、だからといって、もっとも敬愛すべき王に反旗を翻すことは、生爪を剥ぐような思いだったのだ。
「ルークよ――お前の想いはわかった。だが――お互い国の頂点にある者だからな。お互い、自国の民草のため力を尽くそうか。俺は、お前達に対して容赦はせん。お前も全力でかかってくるがいい」
リドルはそう言って、その通信を自ら切ってしまった。
この通信の二時間後――アーク王国に対して、アメリアゴート帝国が正式に宣戦布告をするのだった。
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