タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

漢達の饗宴

公開日時: 2020年11月28日(土) 18:19
文字数:3,381

 碧いプラズマが虚空を裂く。

 理力エネルギーの迸るトンファーを、変幻自在に繰り出すリーガルに、ナスカは完全に防戦一方だった。


 既に龍闘気の解放は、今の自身が耐えうる最高出力だと感じている。それは、先日の人狼戦の時よりも、数段強い闘気だった。


 あの時は、ホーチィニの信仰術で肉体を強化してまで臨んだが、今現在、その信仰術は受けていない。彼女のサポート無しでも、ここまで龍闘気を使いこなせるようになった。


 だからこそ、自身の強さにそれなりの自負があったのだが――。



――ダッセェ……全然刃が立たねぇじゃねーか!



 自分の見込み違いと、自惚れた甘さに、羞恥と怒りをおぼえてくる。


 それほどまでに、目の前の男は強かった。


 それは理力化学の粋を結集した力だから……というわけでは毛頭ない。真に、この男は戦士として無骨なまでに強いのだ。


 その一撃一撃に、理力エネルギー以上のエネルギーが鋭く研ぎ澄まされて乗せられている。戦士としての矜持がなせる、洗練された闘志だ。


 その闘志の強さこそが、この男をここまでの強さにのし上げている。


「どうしたナスカ? もっと足搔いて見せろ!」


 リーガルは、挑発するように言い放ち、素早くナスカの懐に入った。左前に構えたトンファーが、右片手の正中にあったナスカの長剣を擦り上げ、彼の護りをこじ開ける。


 そのまま流れるような動きで、右のトンファーをナスカの脇下から振りあげた。それは、ナスカの死角をついた一撃だ。


「うぐっ!」


 左の胸部に、まともなトンファーの一撃を受け、たまらずナスカが呻く。くの字に曲がって、一瞬彼の体が宙を舞った。


 最接近していた間合いが僅かに開く。そこへ打ちこんだ勢いを殺さず、体を反時計回りに回転させていたリーガルは、軸足を入れ換えながら、左の後ろ蹴りを見舞った。


 フィールドの端、観覧席の防護フェンスまで吹き飛ぶナスカ。


「う……あ……畜生ッ」


 胸部と背部を強く打った衝撃で、呼吸が止まりかけた。明滅する視界と、失いかけた意識を、ナスカは強引に引き戻す。そのために噛んだ唇から血が滲んだ。


「フン。防護服の性能もあるが、今のでオネンネしなかったのは褒めてやろう」


「抜かせッ」


 リーガルの挑発を短い悪態で返し、ナスカは再び長剣を構えて突進する。


「おいおい……いい加減、その力任せの考え無しな突進は、俺に通用しないとわからないのか?」


 濃密な龍闘気を纏った肉弾と化すナスカ。空間すら僅かに揺らぐその威力を前に、リーガルは涼しい顔で迎撃の構えをとる。


「考え無しってわけじゃないぜ」


 ニヤリと血に濡れた唇をつり上げ、ナスカは意識を別の事象へと切り換えていく。



――固有時間加速クロック・アクセル



 次の瞬間、ナスカの固有する時間が急加速した。


 元々、龍闘気を解放すると、固有時間が僅かに加速していたが、今回はサイキックとして意図的に加速したものだ。


 人狼戦士との戦いの後、ナスカはより明確にサイキックを扱えるようになっていた。肉体が崩壊する程の龍闘気を扱った反動か、あるいは強敵との戦いの経験が急成長を促したのか。それは判然としていないが……。

 

 炎を生み出したり、光を放ったりといった直接攻撃系のものは使えないが、肉体を補助する系統のサイキックは、相性が良い。特に固有時間加速は得意で、その加速はルナフィスやダーンと並ぶ程である。


 その超加速状態で、ナスカはリーガルを速度で圧倒しようとする。


 もはや制止しているかのような動きのリーガルに、龍闘気を奔らせた長剣を袈裟斬りに振り落とす。改造人間の強度は、これまでの戦闘で得た感触で理解している。それは途方もないものだ。この程度なら、真面に喰らわせても死にはしないだろう。


 長剣の刃が動きを止めた鈍色の肩口に切りつける、その瞬間にナスカは――


 強烈な衝撃を土手腹に喰らい、再びフェンスまで吹き飛ばされるのだった。





     ☆





 ナスカに右のトンファーを打ちつけたリーガルは、ゆっくりと歩き始める。その向かう先は、土煙が上がるフィールドの端。


 もうもうと立ちこめる土煙の中、茶髪の青年剣士が、壊れたフェンスの前にうつ伏せに倒れている。


「グ……がぁ……」


 受けた衝撃の痛みに呻くナスカは、それでもまだ意識があった。必死に立ち上がろうともがくが、腕や足に力が入らない。


「フッ……固有時間加速なぞ、俺たちの戦闘レベルでは誰でも使う。無論、魔竜共もな。サイキックだけがその加速手段とは限らないぞ」


 リーガルは、加速状態にあったナスカの斬撃が既に放たれて、その身に斬りつけるその瞬間に、彼の攻撃よりも速くカウンターを入れていた。


 それはつまり、リーガルも固有時間の加速が出来るということだ。しかも、ナスカよりもさらに速くだ。


「つ……強ぇ」


 呻くしかないナスカ。魔法でもサイキックでもなければ、理力化学の技術で固有時間を操ったのだろうか。そんな考えが微かに浮かんだが、考えがまとまらない。


「強いか……そうだな、それは比較の問題で言えば、お前が弱すぎるのだよ」


 冷徹に断言し、リーガルはナスカの襟首を摑む。そのまま片腕でナスカの上体を引き起こし――


「さっさと立て! 軟弱者が」


 そのままナスカの体を右脚で蹴り上げて、宙を舞わせた。


「……ッガァ!!」


 血反吐を空中で吐き出しつつ、ナスカは龍闘気を派手に放出する。闘気の力を闘志でコントロールし、思うように力の入らない体を強引に動かした。


 なんとか落下中に体をひねり、両足で着地。笑う膝を拳で打ちつけ、膝を折らずに立つと剣を構えた。


「そうだ、やれば出来るじゃないか。それでは続けよう。時空加速器アクセラレータ稼働・オン!」


 加速状態になったリーガルが、満身創痍のナスカに容赦なく攻撃を仕掛けた。





     ☆





 激化するナスカとリーガルの戦闘、その隣でもダーンとリドルの剣戟は激しくなっていた。 


「おーおー……レオのヤツ、ノッてるな」


 鍔迫り合いをしながら、リドルは隣のリーガル達について言及する。どうやら、センサーで彼らの戦闘を見ていたようだ。もちろんダーンの相手をしながらだ。


「くっ……」


 悔しさと苛立ちを感じるダーン。彼もナスカ達の戦闘は気になっていたが、彼にそちらに意識を持っていく余裕はない。


 一方、リドルはあいかわらず余裕のある気配だ。先程から、理力エネルギーを纏った長剣を鋭く繰り出してきて、ダーンに防戦を強いている。


 それでいて、隣の戦闘に意識がいっているのだから、対戦者としては歯軋りしたくなる。


「お? 少し闘気の感じが変わったか。フハハッ……」


 ダーンの苛立ちが、纏う闘気の質を変えていく。それを愉しむかのように、リドルは鍔迫り合いから刃を押し込んでいった。  


「ぐぅ……」


 蒼白く輝く自分の長剣、その刃が碧く煌めく刃に押され、じりじりと自分の眼前へと迫る。


「ホレホレ……もっとしっかりと押し返してこい」


「このッ!」


 挑発に煽りを受けて、ダーンは闘気を噴き上がらせる。膨大な蒼い闘気をコントロールし、筋力をサポート、超人的な力を発揮する。


「お? ようやくその気になったか」


 今度はダーンが押し返してくるそのつばぜり合い、蒼と碧、燐光を散らすその向こうに、蒼穹の瞳が闘志を灯し始めていた。 


 それを漆黒の瞳で睨め返し、リドルは思い切り鍔を押し込むようにして、その反動とともに後方へ跳び間合いを開ける。


「だが、まだまだヌルいな、少年」


 嘲り、今度は右片手に持つ長剣をゆっくりと立てて、腕を開くように構えた。



――奇妙な構えだな……何をする気だ?



 ダーンが警戒して、剣を両手に把持し正中に構える。何か特殊な攻撃がある気配から、防御に備える構え方だ。


「フン。受ける気だな? 果たして耐えられるか……必殺!」


 コンバットスーツの全身に、理力エネルギーがプラズマとなって駆け巡る。頭部のゴーグル内で、二眼のセンサーが煌々とエメラルドに輝き、手にした長剣は、眩い碧き光を噴き上がらせる。


 リドルは、腕を回すような、大きな動きで長剣を振り上げ、流れるように唐竹へと刃を振り落とした。


「アーク・ロイヤル・ダイナミック!!!」


 太刀筋から、理力エネルギーがスパークし、音速の数倍を誇る衝撃波が半月状にダーンへと放たれた。


『ダーン!』


 それまで黙っていたソルブライトが強い念話で警告してくる中、迫る破壊の碧にダーンは――



 訓練場のドーム内を、轟音とともに碧いプラズマが駆け巡る。

 もうもうと立ちこめる土煙。それが晴れた時、観覧席のケーニッヒ達が目にしたのは――!!


 

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