二つの奥義が生んだエネルギーは、虚無の闇に広がり、いくつかの星々となって浮遊した。エネルギーが質量となったため、灼熱で飽和した空間は一気に冷えて、静けさを取り戻す。
星々の煌めく空間のほぼ中央、緋色の穂先と長剣の切っ先が競り合いをする形で動きを止めていた。
『完全な互角ですか。珍しいこともあるものですね』
「ああ、こいつは、驚いたな」
ソルブライトの呟きに合わせ、リドルも、力の拮抗した穂先とダーンの突き出した長剣の切っ先を見つめ感心したように言う。
ダーンとリドル、二人が放った奥義は、全く互角の威力で拮抗し、相殺されていた。これは、両者の攻撃力や速度など全く互角で、さらにお互いが真っ正面からぶつかり合わなければ起こらない。
これほど高度な戦闘では、互いの力の差は僅かなものでも、結果としては大きな現象となるので、まずあり得ない状態だった。
「競り勝つつもりだったけど……。それでも、アンタの奥義は破らせてもらったぞ、閃光の王」
ダーンは不敵に笑い、長剣を引く。それに合わせて、リドルも矛先を引いて応じる。
「破ったか……まあ、そういうことにもなるか。だが、キサマとて奥義を俺に破られているだろう? 完成形と息巻いていたが」
槍を回して弄びつつリドルが言った言葉に、ダーンは、長剣を構え直して、
「俺の奥義が破られたわけじゃない」
「ほう……?」
「今のは、師の……いや、龍神王の技だ。そういうわけで、もう一撃付き合ってもらうぞ、閃光の王」
「ハッ! まさか、この俺を脅しにかかるとはな。クックックッ……フハハハハッ」
リドルは、槍を抱えて大笑いする。
「楽しそうだな?」
「ハハッ、楽しいさダーン。これほど楽しいのは生まれて初めてだ。もう、認めてやろう。お前は間違いなく、これまで俺が闘ってきたどんな奴よりも強いぞ! 閃光の王などと呼ばれていたかつての俺よりも確かに強い――だがな」
リドルは静かに槍を構え、再び、その身体から緋色の闘気が立ちのぼる。
『え? まさかリドル、貴方は……』
ソルブライトが何かに気が付き驚愕する中、リドルの闘気は不気味なほど静かに濃度を増していく。
「……この感覚は!」
「ぬぅんッ!」
リドルの気合いとともに、彼の闘気が激変した。
「そうきたか……」
苦笑いするダーンの眼前で、緋色の闘気が爆轟して荒れ狂う。
「ふぉぉぉおおおッ!」
猛るリドルの肉体は、異常燃焼する緋色の闘気に包まれていた。その凄まじい闘気の熱量に、彼の周囲の空間が歪んで、陽炎のように揺らめく。
『闘気の爆轟……信じられません。かつての神王達ですらそれは扱いきれず、闘神王にしか到達できなかった境地なのに』
「フハハハハッ! 七年前、お前の闘気が爆轟現象を見せてくれたからな。アレを見て、いつかは、お前が俺を超えると思っていた。だが、ただ抜かれるのは癪だからな。こちらも闘気の爆轟を身につけてやろうと、ずっとこれまで鍛えてきたのさ!」
紅い闘気の爆轟を眺めながら、結界の外の者達は、それぞれ違った感想を持っていた。
「娘一人を、男に取られたくないという、涙ぐましい努力ですがね……」
揶揄をしつつ、苦笑いするスレーム。実際、リドルがしてきた七年の鍛錬は、彼女が一番よく知っていた。彼女が、とある場所に特殊な訓練施設を整備したり、左耳の『封環』を強化したりしたのだ。
「あの日、私と同じこと考えていた人がいたんだね……。悔しいなぁ。あの時のおじさんなら、間違いなく私が勝てるのに」
七年前のアテネ王宮で直接顔を合わせたとき、リリスはリドルに対して、いずれは彼女の方が強くなるという旨の話をした。さらに、ナスカとダーンは、確実にリドルを超えるとも。
『お主の《紫電の爆轟》も、あの時のあの少年の姿を参考にしたのだったな。ふむ……あの蒼髪の男が勝つのではと思いかけたが、これで旗色は少々悪くなってきたかもしれぬな』
神狼ナイトハルトが懸念するのは、リドルの闘気が爆轟して、そのエネルギーをどんどん肥大化させているからだ。その闘気の膨れ方は、まるで、ダーンの無限の闘気のようだ。
それはすなわち、これまでダーンにあった『無限の闘気』という有利性を失ったことになる。
「ホント、とんでもないおじさんだね。闘神王の神魂でもなければ、あんな風に闘気は、湧き出てこないものだけど……。きっと、この日のために蓄えてきたんでしょ」
無限に溢れ出るようなリドルの闘気、それは、リリスの読みどおり、リドルが七年もの間その魂に蓄積してきたものだ。強化された封環の効果とともに、常に自身の魂魄に負荷を与え続けてもきたのだろう。
「最高のいい女に育つ愛娘に、最強の護り手をと考えてのことかな。陛下が納得できる男に育つかは、結局のところ、陛下を上回ることだろうけど、その自分自身をさらに高めておくことで、ハードルを上げて妥協を許さないと……。ハハ……まったく、アークの王女には手を出したくないよね」
ケーニッヒが軽口をたたくのを、氷の微笑を浮かべ無言で聞くカレリア。そんな二人を横目で見るルナフィスも、言いようのない心持ちで憮然とする。
「なんにしても……もう一度全力の衝突があることは確定だろう。ミューゼル卿、もう一踏ん張りだ」
ケーニッヒに声をかけつつ、サジヴァルドが神気をさらに放出する。それを結界に受けながら、ケーニッヒは口角を上げて「任せてもらいましょう」と呟いた。
「どこまでも、立ちはだかる気だな」
ダーンは肩をすくめて苦笑いする。目の前の最強の男は、つまるところ、この日のために――最強の剣士と成長したダーンを打ち倒すためだけに、あらゆる準備と鍛錬を重ねてきたのだ。
『親バカ、ここに極まりましたねぇ……。ふふふ……ここまで攻略難度の高いヒロインは、そうそういませんよ、ダーン。いっそのこと、諦めて他に乗り換えますか?』
ソルブライトが巫山戯てダーンをからかうように言うが……。
「今さら、乗り換えるとかできないさ。いい女になり過ぎだよ、アイツは。七年前も気になったけど、今のアイツはとんでもない。再会した瞬間から、ずっと俺はそわそわしっぱなしだ。こんなことは初めてだったよ」
『あー……なるほど、なるほど。つまるところ、やはり決め手はおっぱいですか? そんなにあの巨乳は揉み心地が良かったですか、そうですか』
ソルブライトの少し蔑みが込められた起伏のない念話に、その場の全員が己が時を止めた。
「ちょっ……おま……今、それ言うのか? ここでそれを言うのか」
ダーンが胸元のソルブライトを手にして、震える声で抗議する。せっかく高めた爆轟の闘気が、心なしか萎えていくようだ。
「あー……、そういえば『出会ってすぐ胸を鷲掴みにされた』とか、仰ってましたね、ステファニー姫。えーと、確か……ダーンも『大きな夢が詰まっていると思って揉みしだきました』とか大声で主張なさって」
大地母神のミランダが、思い出したようにさらりと言うが、本人に自覚がなく、完全な追い打ちである。
「さて……吸血鬼だった最後の夜に、血を吸うついでに姫の胸を狙って、高威力の理力爆弾で返り討ちにあったサジヴァルドは、この件をどう思いますか?」
スレームが意地悪くサジヴァルドをからかう。
「……知らん。それは私であって私ではない……一応、記憶はフィードバックしてはいるが……」
憮然として応えるサジヴァルドに、ルナフィスがジト眼で睨んでいる。
「兄様のえっち、変態」
「うぐっ……」
心なしか、月の女神の権能が僅かに減少している。
「やはりおっぱいか! アテネ一の朴念仁も巨乳の魅惑には勝てなかったんだな、そうだな、おい!」
得心した感じで、ナスカがいきり立つが、その隣でホーチィニが鞭を手にする。
「ナスカ、もう一回ボロぞうきんのようになる?」
「いえ、はい、ごめんなさい」
ナスカは意気消沈。
「まあ! エルモで混浴する前に、そんな過激なことをされていたなんて……」
カレリアの呟きが、さらに周囲を凍り付かせた。
「そ、そういえば……ダーンとステフ、認識校正してるのよね、確か」
ルナフィスのその言葉に、カレリアが指先を口元に当てながら――
「あ、それは確か、混浴中に済ませたと、お姉様がおっしゃっていましたわ」
「ほー。へー。そうなんだー。ねえ、ナイトぉ……ちょっとダーンお兄ちゃん斬ってきていいかなぁ?」
リリスの凄みある言葉とともに、防護結界に供給される紫電の力が、いきなり強烈になる。そのせいで、結界を制御するケーニッヒが軽く感電していた。
「リ……リリス君、し、痺れるんだけどぉ……。というか、ダーンには早々に滅びてもらおう、うん」
ケーニッヒが、ほぼ皆の総意を代弁するが――結界の中では、そんな冗談交じりの殺意とは明らかに異なる本物の殺意が生まれていた。
「俺はまだ認めてなかったというのに……俺の可愛い可愛い娘の乳を揉んだ……だとッ! 殺す! 千の肉片に刻み……いや、その肉と骨を塵と化してくれようか」
ステファニーの父、リドルが額に青筋を立てて、爆轟の闘気を一気に噴き上げた。
『あらぁ、さらに本気になってしまいましたね』
「お前が火を付けたんだろッ! って、ソルブライト……なんか怒ってないか?」
『さあ、どうでしょう。まあ、少々胸焼けがしていますけどね。散々ステフへの想いを語られて……あー、お熱いことで』
「うぐっ……そ、それ、アイツに言うなよ。絶対に言うなよ!」
『さあ、どうしましょうかね。とりあえず、目の前の男に勝ってから心配しましょうか。――それに、何やら外では……ステフの身に何かあったようです。いつまでも、こんなことをしている場合ではないようですよ?』
「チッ……本末転倒だな、俺のやっていることは。でも……悪い。あと一度、意地の張り合いに付き合ってくれ」
『いいでしょう。さあ、あの男を倒せば、あの子の巨乳は揉み放題ですよ』
「あのなぁ……」
『おや? 褒美としては不足ですか?』
「…………いや、まあ、その、ホントに?」
『……えー、まさか冗談が通じないとは。やはり、この前窒息しかけるほど顔を埋めたのが、よほど良かったと?』
「こ、このぉ……」
「フヌゥゥゥウッ!」
紅い爆轟の闘気が、真の殺意を持って存在を鼓舞する。その圧力に、流石のダーンも少し怯んだ。
『……はい、完璧に火が点きましたね。さあ、最大の難関ですよ。闘神王の奥義をもって打ち倒しなさい!』
「ったく……心得た!」
気を引き締め直し、ダーンも闘気に火を付ける。濃厚な闘気を無限に溢れさせ、灼熱の闘志が、闘気の全てを爆轟化させた。
彼らの闘気の凄まじさにあてられて、再び、虚無の空間全体を揺らす時空震が起こる。
二人の間で、互いの闘気がぶつかり合い、空間を消失させるほどの歪みが発生していた。
「ダーン・エリン、お前が独自の奥義を放つならば、俺も新たに編み出した独自の奥義をもって応えようぞ。この爆轟の闘気をもって、初めて完成する技だ」
リドルは、緋色の神槍を構え直し、爆轟の闘気をその槍へ圧縮して伝わせていく。
「へえ……そうなると、お互い初見の奥義というわけか」
ダーンも、剣を正中に構え直し、そして――こちらは少し奇妙な構え方だ。右片手で眼前に長剣を掲げ、その刃に左手を添えて剣に膨大な闘気を圧縮して込めると、そのままゆっくりと左腰の方に引きつける。
その姿は、鞘に剣を納めていないものの、まるで抜刀の構えだった。
「ほう……その構え方が、お前の奥義を放つための構えか?」
「そうだ。俺の魂がソルブライトと神魂連結状態だからこそ、見出すことができた闘神王としての奥義だ。闘神剣の極みとなるこの剣は――人の身でかつての神王たちを超える存在となった、アンタへの手向けだよ、閃光の王・リドル」
「上等だ! ではいくぞ、闘神王ダーン・エリン」
莫大な闘気を爆轟させた両者が、対峙したまま視線で火花を散らす。異常燃焼する闘気が、その身を焼いていくが、超弦加速した途端、お互いの身体は量子状態となり、それは小さいながらも、宇宙に蒼く輝く恒星と紅く輝く恒星が対峙するかのようだ。
互いの闘気と闘志が極限まで高まったその瞬間――! 先に技を放ったのはリドルの方だった。
《奥義・銀河爆轟衝!!!》
緋色の神槍が数百兆の刺突をもって、極小ながらも無数の星々を生み出し、放たれた闘気がそれらを爆発的に燃焼させた。それは空間も存在も何もかもを破壊する波動となって、ダーンに迫る。
技に付けられた名称の通り、それはまさに銀河の崩壊を彷彿させるような威力だった。
そして、それを迎え撃つべく、ダーンも奥義を発動させる!
《奥義・闘神王蒼閃裂鳳凰衝!!!》
居合いのごとく、逆袈裟斬りに放たれた太刀筋を、切っ先が超光速で走る。それにより発生した膨大なエネルギー衝撃波が、爆轟の闘気とともに放射状にリドルへと放たれた。
緋色の破壊の波と蒼穹の衝撃波が衝突し、互いにせめぎ合う。
具象結界全体が時空震で激しく揺れ、外の防護結界を制御するケーニッヒや、力を注ぐリリス達に至るまで、その二つの奥義の余波が伝わっていく。
「くぅぅぅッ」
紫電を奔らせながら、大剣を両手で持って結界内部の圧力に対抗するリリス。
『まさか……ここまでとはな』
神狼は感嘆し、リリスのそばで高らかに遠吠えを放つ。音波いや、空間を伝播する強烈な神気で、結界全体を強化しようとしていた。
「ぬおおおおおおッ!!!」
結界内部のリドルは、雄叫びを上げて全身で神槍と共に突進する。蒼穹の衝撃波の壁を突き破ろうと、全ての刺突を一点に集中した。目の前の衝撃波の壁を突き抜ければ、奥義発動後に長剣の切っ先を足元に突き立て制止しているダーンへは、簡単に致命傷を与えられるだろう。
しかし、蒼穹の衝撃で構成されたその光の壁は堅牢で、なかなか突き抜けない。力と力が拮抗し、蒼穹と緋色の輝きが、虚空に停滞しかけた。
――またもや互角なのか
リドルがそう感じたその瞬間だった。
蒼穹の衝撃波の向こう側、リドルの目の前に、静止状態から突如弾丸のように突進してきたダーンと、蒼き閃光を放つ長剣の切っ先が超光速で迫っていた!
「なんだと!」
ダーンのニ撃目をリドルが認識した直後、ダーンの放った一撃目の衝撃波に二撃目の打突が重なって、その場に滞留していた全てのエネルギーをダーンの長剣が巻き込んで一点に撃ち抜く。
その瞬間、《覇王の虚無》に巨大な蒼き鳳凰が舞い、緋色の全てをその翼が駆逐した。
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