タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

朝の紅茶は甘い香り

公開日時: 2020年12月4日(金) 11:06
文字数:7,894

今回は第五章最終話。

長いお話ですが、最後に――

 人肌の感触と、穏やかだが力強い鼓動――


 微かに鼻腔をくすぐるなたの匂いと、閉じたぶたごしに感じる日差し――



 目覚めた少女が、ゆっくりと目蓋を開いていくと、予想通りの景色が視界に入ってきた。


 うつ伏せのまま顔を動かさずに、眼だけで状況を確認すれば……。


 規則的に上下するたくましい胸板と、その胸元からやや下に掛かる薄手の毛布。


 その毛布は普段少女が愛用している、桜並木の絵柄が描かれたもので、少女の肩口にもそれが掛かっている。


 間違いなく、ここは自分の部屋――


 天蓋のある豪奢なクイーンベッドの上だ。


 ここで目覚めるのは、双子の妹と別々の部屋に寝るようになった頃から九年近く、毎日経験する当たり前のことだったが。


 今、この瞬間に枕にしているモノは、このベッドに常時あったモノではない。


 それは、『彼』の鍛えぬかれた胸板だ。


 しかし、少女は妙に落ち着いていた。


 ほんの一週間程度前ならば、意識が覚醒した瞬間に、けたたましく悲鳴を上げて飛び起きていたところだが、今朝は微かに落ち着かない気分になりつつあるものの、取り乱すことはなかった。


 そう、今さら恥ずかしがることもない。魂魄体とはいえ、輸魂の秘法により裸で抱き合って――というか、完璧に入っていたし!


 まあ、それはともかくとして――


 むしろ――



――これはチャンスよ!



 未だに寝息を立てている『彼』が、この状況で目覚めたときにどんな反応を示すのか。魂魄体でのあの強引さに、つい翻弄されてしまったことへの仕返しをしたかった。


 少女は含み笑いそうになるのをこらえて、未だ目覚めていない状態を装うため目を閉じる。


 ほどなくして…………一糸まとわない素肌に触れた彼の肉体、その感触から彼が覚醒していく兆候を感じて、少女は微かに緊張を覚えた。


 ふと、銀をまぶした蒼い髪が数本、自分の唇に張り付いているのが気になってしまったが、我慢して規則正しい寝息を演出する。


 さあ、彼が目覚める。



――それにしても……。



――あたしとコイツがこんなに近くにいるなんて、ちょっと前じゃ考えられなかったな。



 耳と頬を直に叩いてくるような熱い鼓動で、彼の覚醒を認識しながら、ここに至るまでのことを考える。随分と様々な偶然が重なって……いや、それでもどこかでこれは必然なのだと信じていたい。


 そんな風に考えていたところで――


「……う……ん?」


 軽く呻くように吐息をして、ダーンが目を覚ました。


 さあ、どんな反応をするのか? 


 派手に驚いて起き上がっても大丈夫なように、軽く身構えていたステファニーだったが、ここで、ダーンが予想外の行動をとる。


 全くもって無防備だった彼女の頭を、ダーンの右手が優しく撫でたのだ。指先が、髪をかき分けて頭皮と、耳の裏あたりを優しく刺激していく。


「ふぁっ……ん」


 たまらず、その刺激にステファニーは甘い嬌声をもらしてしまった。


「やっぱり、起きてたか……なかなか可愛い反応だったよ、ステフ」

 

「――ムカつくわ。というか、これってあたしが起きてなかったら、何する気だったの?」


 顔を火照らせて、上目遣いにダーンの方を睨め上げるステファニー。それでも、彼の胸板に顎先を付けたまま離れようとはしなかった。


「さあ、な。髪を撫で続けていたとは思うけど……凄くサラサラしてて手触りいいな」


 ダーンは遠慮なくステファニーの頭や髪を撫でては指先に絡む感触を愉しんでいた。


「むぅ……。随分と余裕じゃない、ダーンのくせにぃ」


「さすがになれたってところかな。ここに来るまで、色々とあったし」


「ふーん……とか言ってて、あたしのお腹に物凄く硬くなってるのが、当たってるんだけど?」


 軽く身をよじって、下腹部を押しつけるステファニー。ダーンの肩が少しだけ竦んで反応した。


「それは、まあ……寝起きだからかな……」


「そういう生理現象ってことね。ところで、髪はまだしも、時々背中とか撫でてるのはなんでよ?」


「うーん……スベスベしてて気持ちいいからかな」


「……ん……そこ、お尻なんだけど?」


「手が滑った。あまりにもスベスベだから」


「お腹に当たってるの、ちょっと熱いわ」


「それは、ごめん。正直制御きかないし」


「……ねぇ、ダーン。まだお尻触ってるけど?」


「いや……あんまり怒ってないみたいだから、せっかくなので――痛っ」


 ダーンが軽く悲鳴を上げる。ステファニーが、目の前のダーンの胸板、その皮膚を少し噛んだからだ。


「調子に乗んないの。撫でるなら頭がいいわ」


「へいへい……」


 臀部を撫でていたダーンの手が、再び蒼い髪を優しくなでつける。その感触に気持ちよさそうに目を細めるステファニーは、少し歯形がついたダーンの胸の皮膚を、癒やすように舌で優しく舐めた。


「う……そ、それくすぐったい」


 軽く身震いして、ダーンが訴えるが、ステファニーはお構いなしに、そのまま意地悪に彼の右の乳首にまで舌を這わせた。胸の筋肉がきゅっと引き締まり、髪を撫でるダーンの手にも力が入って、さらに彼女の頭を胸板に抱き寄せられる。


「んんっ――そんなに強く抱きしめちゃって……。ダーンってこんなところが弱いの?」


「――そういう台詞は、一体どこで覚えてきたんだ、お姫様のくせに」


「そんなの、今一生懸命考えてるのよ。こんな風に抱き合ってるなんて、とても考えられないことだったし。というか、ダーン。この状況……まさにお姫様を拐かしているワケだけど、いいの?」


「なにを今さら言っているんだよ」


 ダーンはそう言うと、ステファニーの両脇に腕を差し込み、上半身を半ば強引に引き上げて、自分の顔の前に彼女の顔がくるようにした。見上げる蒼穹の瞳を、少し潤んだ琥珀の瞳が見下ろすように見つめて――


「ねえ……このままキスとかしたら……さ。きっと、あたし止まらなくなるんだけど?」


 持ち上げられた状態から、両腕をダーンの枕元に下ろして、彼の襟に絡めるステファニー。


「……もう他のことはどうでもよくなっちゃったな」


 蒼穹の瞳にいつもとは違う熱っぽい光をともして、ダーンはステファニーの襟元に腕を回す。


「悪いヤツね……あたしの貞操に、世界の命運がかかっていること、忘れたの?」


 言葉とは裏腹に、ステファニーは少しずつ火照った唇を彼の元に寄せていく。


「そんな些細なこと、どうでもいいや――」


 その言葉を合図に、二人は見つめ合っていた瞳を同時に閉じた。そして――



 カシャン!



 天蓋から垂れ下がる極薄のカーテンの外から、陶磁器のたてる小さな音。その音に反応して、紙一重の距離まで唇を寄せていた二人は、一瞬でベッドの端と端に離れるのだった。





     ☆





 ベッドの上から天蓋の薄いカーテン越しに、朝日の明るさの中、陶磁器製のティーカップとティーポットを手にした人影が透けて見えた。


「あ……しまったですわ……もう少しだったのに」


 妙な丁寧語を上擦った声で発したのは、白い絹地のワンピースに、濡れたような美しい黒髪を腰まで伸ばした少女――カレリア・ルーク・オン・アークだ。


「カレリアっ――いつからそこに?」


 完璧に上擦った声で、妹のアーク王国第二王女へと詰問するステファニー。先ほどまでの大人びた色気はどこ吹く風で、動揺しまくりの赤面状態だ。クイーンサイズのベッドの上で、カレリアのいる窓辺側の端に、大きな毛布の端にくるまるように身を縮こまらせて横たわる。逆の端には、同じ毛布を引っ張り合う形で、ダーンが背中向きに同じような姿勢になっていた。


 ベッドの上で、高級毛布に描かれた桜並木の絵柄が、無惨にも横に引き延ばされていた。


「あの……ちょうど、今さっきここに来たところで。お茶を用意しておこうと――あの、決して二人が目覚めそうだとソルブライトから聞いて待ち構えていたとか、ずっと覗いていたとかないですから」


 カレリアは早口で弁解しながら、ベッド脇二人がけのソファーの前にあるローテーブルに、白い陶磁器のティーセットを二人分並べていく。


『はい、今日世界の崩壊を救ったのは、紛れもなく貴女です、水神の姫君サラス


 ベッドの枕元にある棚に、専用の置き台に吊されたペンダント、その紅い宝玉に宿ったソルブライトが、なんとなく投げやりな感じで念話を飛ばす。


「ソルブライトも? そうか、そこにあったんだ。ああうっ! 見てたならそれとなく止めてよ……」


 ダーンと二人だけと思って、自分でも信じられないくらいに大胆な言動をしていたステファニーは、その全てを妹と神器の意思に見られていたことに、むしろこのまま死んでしまいたい気分にすらなった。羞恥の極致といったところだ。


「それにしても……その、お姉様?」


「なによぉ?」


「すっごく大人なんですね。私ドキドキが止まりませんわ」


「……おねがい、もういっそ殺して」


『まあまあ……いいじゃないですか。ステフ、それにダーンも、どうやら無事のようですね。輸魂の秘法は完全な形で成功しました。二人とも朝から情事に及びそうなほど、元気に健康なようで――』


 ソルブライトが、半ば嫌がらせのようにからかってくる。


「あ――ソルブライト。その、そろそろそのくらいにしてくれないか。その、ステフがこのまま舌噛んで人生終わらせそうな勢いだから」


 ベッドの向こう側の端で、背中を向けていたダーンが、少し弱々しくも助け船を出そうとするが。


『状況を利用して襲おうとしていた張本人が、今さら何を言っているのです? 未だにそそり立っているクセに』


「そそりたっ……」


 カレリアが拙い性知識の中思い当たる男性の肉体的性徴に、両手を口元に当てながら赤面して絶句する。


「いや……それは、その……。ゴホンっ。とにかく、着替えるからカレリアさんは少し席を外してくれないか」


 ダーンは赤面状態でなんとか言葉を絞り出す。


「あはは……はいはい。お茶はお二人分用意してありますから、着替え終わったら二人で楽しんでくださいね。私は、とりあえずお二人が目を覚まして無事だと、皆様にご報告しますので。――あ、もちろんベッドの上でのことは秘密にしますから、お気になさらずに」


「忘れなさいッ。全部忘れなさいよ、カレリア」


 ちょっと怒声になりつつ、ステファニーが言ってくるのを、妹のカレリアは軽く手を振って、「大丈夫ですよ~」と言い捨てながら退室していった。





     ☆





 白いカップの中で揺れる紅茶は、優しい温かな香気を立ち上らせていた。寝起きの一杯として用意されたそれは、渋みの少ない茶葉を選んで、抽出も短い時間であっさりとした味わいに仕立てている。

 さらに口に含むと、僅かに溶かしていたベリージャムの微かな甘みが、ふわりと広がっていく。


 二人がけのソファーの右隣に座ったダーンも、ステファニーと同じようにティーカップに口を付けて、少し驚いていた。


「これは、凄く美味しいな」


 ダーンのその言葉に、姉たるステファニーは鼻が高い気分だ。


「カレリアは、お茶に関しては私の知る限り世界一の名人よ。きっと、リリスでもここまでのものは淹れられないわ」


「そうか、確かにリリスよりもうまいかも……。それにしても、リリスといえば、昨日のリドル陛下と決闘した後にその場にいたような?」


 リドルとの決闘の後、すぐにステファニーの救出に出発したため、ダーンはまともにリリスと話をしていないが、確かにその場にいたことは覚えていた。何やら身の丈に合わないくらい大型の大剣を手にしていたイメージがあるし、気のせいか、オオカミの耳のようなものが頭に生えていたような気もする。


「え? リリス来ているの?」


 ステファニーが一気に明るい笑顔になる。料理大会や歌唱大会など、常にライバルとして争っている間柄だが、基本的に彼女たちはお互いが幼なじみの友達として、実は仲が良い。


「たぶん……。いや、だけど昨日の夜に君を連れ帰ったときには、もういなかったと思うけど、どうなんだろう」


「むー。期待させといてそれはないわ。リリスに会わせてよ。せっかく、昔の思い出を三人で話せるようになったんだから」


 そう言って、ステファニーは肩を軽くぶつけてくる。


 そのステファニーは、少し厚手のバスローブを着ていた。しっかりと前の合わせは閉じているものの、襟の合わせからは胸の谷間がしっかりとのぞけてしまう。裾も長めではあるが、膝上の僅かな部分だが、白い柔らかそうな太腿も見えていた。


 ダーンは、輸魂の秘法に入る前に着ていた、黒いティーシャツとカーゴパンツ姿だが、ステファニーの着ているものがあまりに無防備すぎて、実は目のやり場にすら困っていた。


 ほんの少し前に、裸で抱き合いつつ、かなり過激に言葉を交わしたことも、今となっては本当に自分が発した言葉なのかと疑いたくなる。


「そうだな、あとでナスカとも話して、リリスが来ているか確認するよ。……その、ごめんな、ステフ。色々と、ふがいなくて」


「なによ、今さらじゃない。それにね、あの輸魂のせいで、あたし、貴方があの七年前のこと、記憶を失ってもしっかり約束を守ろうとしていたの、知っているよ」


 それは、輸魂の際に二人の記憶が少しだけ混ざり合った結果、彼女が知った真実。ダーンは、記憶を封じられていたものの、たまにあの日の出来事を夢で見ていた。その夢に出てきた少女に影響されて、今まで剣の修行に励んできたらしい。


 また、ダーンは、ステファニーが七年前の出来事のあと、あらゆる努力を重ねてきたことを知ることができた。彼女は料理や裁縫などを、その道のプロの技量にまで身につけてきたらしい。


 お互い負けず嫌いなところもあるが、結局の所、あの子供の頃の約束が今の二人を築き上げているのだ。


「なんか……思いっきり恥ずかしいな」


「それは……お互い様よ」


 その言葉以来、しばらく二人の間には沈黙が流れ、カップの中のお茶が底をつきかける。


『さて……そろそろ私が話してもいいでしょうか?』


 頃合いを覗っていたように、ソルブライトが念話を沈黙に差し込んできた。


「ソルブライト……」


 ステファニーが少し気まずい感じで、カップをテーブルに置き、ソファを立ち上がる。


 そのステファニーにつられて、ダーンもカップの中身を飲み干してから、カップをテーブルに置き立ち上がった。


 ステファニーは、ベッドの方に戻り、枕元の棚に安置されていたペンダントを手に取り、チェーンの留め具を外して、自分の首に付け始める。


『おや……別にわざわざ私を付けなくてもいいんですよ』


「ううん。やっぱりソルブライトは私の身近にいてもらわないとね。誰かさんに襲われそうなときに、助けて欲しいから」


 流し目でダーンの方を見つめるステファニーに、ダーンが気まずく視線を逸らす。


『へー、そーですかー。さっきは受け入れ態勢万全だったくせにぃ――』


 ソルブライトが意地悪に念話をぶつけてくる。


「そ、そんなことあるわけないでしょ!」


 赤面して、上擦った声の抗議をするステファニー。その姿を見つめながら、ダーンは思わず口の端を緩ませた。


『うーん、どうやらこのままでは、まともに話になりませんね。お互いに少し頭を冷やしてから、今後のことを中心に話をしましょう。ダーンも一度自室に戻られてはいかがでしょう』


 ソルブライトの提案に、ダーンは軽く頷いた。輸魂の秘法のあと、寝起きのまま何も身支度はしていないし、ステファニーも無防備なバスローブ一枚の姿だ。



――というか、あの下何も着ていないのか……って何考えてるかな、俺。



 妙な想像をし、バツが悪くなって肩をすくめるダーン。その姿を怪訝な顔で見ながら、ステファニーは胸の奥に若干の心残りを感じていた。


「あ。うん。とにかく、ダーンの部屋へのその扉、今から使えるようにするわね」


 ステファニーは、胸の奥のつっかえを紛らわすように、いそいそと、自分の寝室から直接ダーンの居室へとつながる理力式スライドドアの方に歩いて行く。その彼女の後方に、ダーンもついていった。


 金属製の無機質なドアを前に、その脇の壁に埋め込まれた制御パネルを開いたステファニーは、メインの起動スイッチを入れ、暗証番号を入力していく。


「これでよし、と。あとは、このテンキーが貴方の部屋の方にもあるから、暗証番号を入力すれば開くわ」


 そう言って、ステファニーは再度解錠のための暗証番号を入力して見せて、ダーンにもその番号を教える。ステファニーが入力した番号で、一度ドアが開き、数秒間開いた後自動でまた閉じていく。


 扉が閉じた後、実際にダーンにもやってもらおうと、扉から離れるステファニー。入れ替わりで、ダーンが扉の前に立ったが――


「ああ、番号はわかったけど、実際やってみるとどうだろうな。こういう装置はどうも苦手でさ」


 テンキーに指を近づけたが、一度ためらうような仕草をするダーン。その様子を見て、肩をすくめながら、もう一度実演しようと、ステファニーがダーンの隣に近づく。


 そうして、扉を前にして、肩が触れ合う程度に寄り添いあったその次の瞬間だった。



 ステファニーは、背中を少し仰け反らせる格好のままダーンの右腕に抱き寄せられていた。その琥珀の瞳が驚きで見開かれ、視界いっぱいにはダーンの顔が間近に迫っている。


 抱きしめられて至近距離に顔を近づけられたまま一瞬動きを止める二人。彼女は、蒼穹の瞳に見つめられてそのまま瞳を閉じた。


 その直後に、唇に思っていたよりも熱く柔らかな感触が押し当てられた。



 数秒間重なった唇を離されて、ステファニーはダーンの腕の中で姿勢を立て直し、琥珀の瞳を上目遣いに睨めあげてやる。


「い、今のッ……絶対にずるいッ。いきなりの……ずるいし、強引すぎッ」


 上擦った声で抗議し、どんどん火照ってくる全身の反応を誤魔化すステファニーだったが、ダーンは少し赤面しつつも悪びれた様子はない。


「いきなりだったけど、さっきキスし損ねたからな。それに、する前に一度止めてみたけど、ステフが目を閉じたし」


「あ、あんなの、びっくりして目を閉じるに決まってるし! というか、急にするから初めてなのに、何にもわからなくって――ああ、もう、何が何だか」


 あまりにも思考がまとまらずに、ステファニーは目の前の胸板をポンポンと両手で叩き始める。


「いや、その、うん。俺も初めての経験だったし……って輸魂のときにさんざんしたじゃ――」


「あれは魂魄ッ……ノーカンでしょ。というか感覚全然違うじゃない――って、その感覚よ! ホントによくわかんなかったんだからぁッ」


「それじゃあ、一体どうすれば?」


 意地悪くダーンがステファニーの肩を持って尋ねてくる。


「むう……いじわるぅ……。………………もう一回、わかるように、ちゃんとして」


 そう言い放ち瞳を閉じて唇をダーンに向けるステファニーに、ダーンはゆっくりと唇を寄せた。







 ゆっくりと確かめ合うように重なる唇は、さっきよりも熱く――今度は、お互いに腕を相手に絡めて抱きしめ合うと、自然と舌先まで絡み合って、温かい朝焼けの陽光の中、紅茶の甘い香りが息づかいに混じる。

 蕩けるような二回目のキスは、本当に少女のなにもかもを蕩かせた。


「それじゃあ……またあとでな」


 唇を離し、もう一度だけ軽く抱きしめた後、ダーンはテンキーにすんなりと暗証番号を入力し、扉を開いて自室に戻っていく。


 ダーンの背中を見送って、扉が閉じた後、ステファニーは力が抜けたようにその場にぺしゃんと座り込んでしまった。


「今の……さ?」


『もちろん、契約上は問題ない行為ですよ、ステフ。――ふふふ、また見せつけられちゃいましたね。それにしても、貴女随分と感じやすいんですね、可愛いですよステフ』


「……うるさい。いいでしょ、別にぃ」


 予想していたよりも遙かに胸が高鳴ってしまった自身を両腕で抱き、蒼い髪の少女は、その言い得ぬ幸福感に酔いしれるのだった。

二人とも、頑張ったね。


これにて第五章完です。


次は、第一部の終章に突入します。

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