そして、現在の死闘へ!
ここから先は、常識を超える戦闘となるので、その分、描写表現や状況の説明やらと文章が重くなります。
予めご了承願います。
過去の記憶を取り戻したダーンは、毅然としてリドルと対峙する。その胸には、かつて感じた熱いもの――小さな太陽のような『闘志』が、凄まじい熱量を上げていた。
既に、切り離されていた右腕は完全に繋がり、左肩や肋骨の粉砕骨折も癒えていた。吹き荒れる無限の生命力、蒼き爆轟の闘気が、闘いに備えて肉体を完全に修復していく。
「約束をしているんだ! アンタを倒して、俺は誰よりも強くなって、アイツをこんなふざけた王国から連れ出す!」
覚醒した蒼穹の神眼で、最強の槍使いを見据えるダーン。
「フハハハハッ! 言ってくれるな、ダーン・エリン。いいだろう! 俺を倒せたら、娘でも国でもなんでも好きにしろ――だが、それがかなわぬなら、貴様はこの場で死ぬがいいッ!!」
リドルも、緋色の闘気を猛々しく上げて、黒曜石のような瞳で蒼髪の剣士を睨めつける。最強の槍使いが容赦ない本気の殺意を放っていた。
「それは、アーク国王としての公式な発言でよろしいのでしょうか」
肩をすくめて、観覧席のスレームが問いかけるように言葉を漏らした。
「実質的な死刑判決だよな、これ」
傷付いた身体をホーチィニの治癒で癒やしているナスカがぼやく。
「究極の二択だねぇ」
ケーニッヒも苦笑いして、嘯く。
だが彼らは、ここからの戦闘については、結果が全く予想出来なかった。
つい先程までは、力の差が歴然としていたのだが、現在、信じられないことに、闘気の強さでは拮抗していたのだ。
『さて……始めますよ、ダーン。まずは何をすべきかわかっていますね』
ソルブライトの言おうとしていることは、ダーンも理解していた。この時、ようやく彼は師・カリアスがもたらした戦闘知識の全てを理解する。これから先の戦闘は、闘神達の領域だ。そこに踏み込むためには、まず越えなければならない壁がある。
それは、物理常識という一般的でありながら絶対的な壁だ。それを超えた先に、超常の戦士達が戦う次元が存在する。これまでのダーンでは、絶対に到達できなかった領域だが、神魂に施されていた強力な封印が解けたからこそ――いや、むしろ、その封印があったからこそ、彼は今その領域に知らぬうちに辿り着いていた。
「ああ。いくぞ――」
《超弦加速》
ダーン、そして相手のリドルも、同時に究極の加速状態へと突入した。それは、物質構成という概念すら超越した、事象を構成する最小単位『超弦』を変化させて、物理法則を自在に操るサイキックだ。
これにより、『光速度不変の法則』という、物理上の絶対的な壁をぶち破る。光の速度に達すると、質量は無限大となる――その物理法則を僅かに変化させていた。
この攻防は、実際のところお互い小手調べの段階だった。初めて超光速の戦闘へと足を踏み入れるダーンと、実戦としては十年以上戦闘をしていないリドル。お互いにまずは準備運動といった手合いだ。
そのはずなのだが――
僅か数秒の斬り結びは、天文学的な数に及ぶ。瞬間、限定空間に二人の斬撃や刺突の威力とそれに伴う空間を引き裂く衝撃波、たわんだ次元の波とその揺り返し、解放された余剰次元などが、防護結界の中を満たし、内側からあふれ出ようと圧迫していた。
ケーニッヒ達が展開した防護結界は、今にも崩れ去りそうな程の明滅を繰り返し、吸収しきれなかった余波が、アーク王国の大地を揺るがした。
「むっ……無理ッ! これ以上のは無理ィ」
金髪優男が、大慌てで訴えた。
「おや……しっかりして下さい、ケーニッヒ。まだ小手調べの攻防ですよ」
涼しい顔して、スレームは手元の端末を操作する。
「いやいや……これほどとは聞いてない! いや、まあ半分は予想してたけど、もっと理力エネルギーが用意できるものと……」
「首都と近隣の都市から、理力炉のエネルギーをここにかき集めています。これでも、首都の最大消費量の3倍を貴方の結界に回してるんですよ」
「ざっと感知した限り、今の瞬間的に、結界内の圧力が三百億気圧程度まで上がったんだよ? 大陸丸々吹っ飛ばす程のエネルギーとか、どうやって止めるのかな?」
「あら。さっきは止めたじゃないですか。次もお願いしますね」
スレームの笑顔に、ケーニッヒはげんなりとしてそれ以上の愚痴をやめた。内心では、この防護結界の依頼を受けておいて、本当に良かったと安堵もしている。そうでなければ、先ほどの攻防でこの国の大半は焦土と化していたことだろう。
「それにしても――ここまでダーンが強くなっていたなんてね……いや、もしかして元々彼はこのくらいの実力だったのかな」
ケーニッヒも、ダーンと訓練をしていた頃から、彼の実力は底が知れないと思っていた。《神王》と称された太古の神々の王達、その中でも最強と謳われた《闘神王》。その神魂が現代に蘇り、蒼髪の少年に宿っている可能性があると、聞かされていたが、それを彷彿させる気配が、ダーンにはあったのだ。
しかしながら、昨日までのダーンは、リドルと戦うどころか、その足元にも到底及ばない状況だった。それは、リドル達がダーンの神魂に封印を施していたからなのだろうが、それが故に、ダーンの神魂はこの七年で凄まじい進化を遂げたのではないかとケーニッヒは考察する。
神魂を封じるほどの強力な封印という足枷を受けながら、ダーンは、アテネ王国に伝う剣術、颯刹流剣法を厳しい修行の末会得した。また、闘気の根源となる魂に封を施されていながらも、闘気を操る剣術を会得し、それを得意としてきたのだ。
つまり、常にとてつもなく強力な負荷をかけられながら、この七年を剣士になるべく過ごしてきたのである。
――強くならないわけがないか……そうなるとリドル陛下は……
そもそも、この結界の展開を依頼してきたのは、リドル本人だ。彼は予測していたのだろう……ここまでダーンが強くなっていると。
ケーニッヒはそう結論付け、口角を吊り上げていた。
☆
一瞬の攻防は一度収束し、ダーンとリドルはフィールド中央で対峙しているが、どちらも無傷だ。
だが――
「チッ……やっぱりこれじゃあもたないか」
舌打ちしたダーンの長剣は、刀身が刃こぼれだらけで、今にも崩れ去りそうな状態だ。闘気による極限までの強化をされた長剣だったが、兆の単位に迫る斬り合いと、その場のエネルギーとで、負荷がかかりすぎていた。
さらに、切っ先は強引に光速度を突破している。超弦加速により物理法則がねじ曲げられているものの、さすがに金属原子そのものが崩壊しかけていた。
「フン……これでは興ざめだな。だが、優れた力は優れた武器を呼び寄せるものだ。ここで俺と対峙している時点で、それを持たぬ貴様が単に実力不足と言うことだろう」
緋色の神槍を持つリドルは、容赦なく構える。
一方、ダーンはボロボロになった自分の長剣を片手で弄びつつ思案して――
「優れた武器か……。よし、ソルブライト」
『はい、なんでしょう?』
ダーンが何か思いついたようで、胸元の緋色の宝玉も喜々として応じる。
「俺と契約して、すぐに《リンケージ》しよう」
『――――――――魔法少女になりたいのですか?』
緋色の宝玉がげんなりとして、聞き返す。
そう、《リンケージ》とは、ステファニーがソルブライトの力を最大利用する時に発するキーワードだ。リンケージしたステファニーは、一度衣類を分解された後、神衣でもある防護服にその身を包むのだが、その格好が、彼女が昔みた理力ビジョンアニメのキャラクターとよく似ているのだという。
正直、その衣装を男が着ては、凄まじい嫌悪を催すこととなるだろう。
「そっちじゃない! 神魂の連結だ。そうすれば、俺の闘気を大地母神の権能に利用できるだろう?」
『冗談ですよ。ふふふっ……契約の立会人とは言いましたが、最初から貴方とも契約状態です。それにしても、神魂の連結まで、知識としてあったのですね』
「単に、君の思考を読んだだけだ」
「何の話をしている?」
ダーンとソルブライトの会話を聞き、リドルが一度構えを解いて問い質してくる。
「興ざめだなどと言われては、立つ瀬無いのでね。ちょっと、試してみようと思ったんだ」
ダーンは、不敵に笑ってその言葉を紡ぐ。
《神魂連結》
ダーンの胸元で、ソルブライトが宿る緋色の宝玉が燃えるように輝く。桜の花びらが虚空に舞って、彼の両腕と長剣を包み込んだ。
「ほう……そうきたか」
桜の花びらに覆われたダーンの両腕に、膨大な闘気が集中する。
「これで、それなりには闘えるはず」
ダーンの腕を包んでいた桜の花びらが一気に舞い散り、中から、一振りの長剣があらわれた。さらに両腕には、桜の花が舞う装飾が施された銀色の籠手が装着されている。
長剣には、文字とも模様ともとれるものが剣の表面に蒼く輝いて浮き出ていた。ダーンが軽く空を斬ると、それだけで空間に亀裂が生じる。
『リンケージ成功。うふふっ……とても懐かしい熱さですね、貴方の闘気は』
「ん?」
ソルブライトが、珍しく浮かれた感じで話すのを、ダーンは少しだけ怪訝な表情で受け止める。一方、リドルは少しだけ俯いて、口元を緩めた。
『いいえ。これで、貴方の剣は擬似的なタキオン・ソードです。完全ではありませんが、しばらくは超弦加速にも耐えられるでしょう』
「よし、ありがとう。では、続きを……」
「フッ……ふはっ……フハハハッ」
ダーンが意気込んで剣を構えようとしたところに、リドルが笑い声を差し込んできた。
「何か可笑しかったか?」
「ああ、可笑しいぞダーン。確かにその一振り、しばらくは我らの戦闘にも耐えられよう。元々業物のようだが、ソルブライトの力で即座にタキオン・ソードのレプリカを創り出すとは、全くもって愉快だ」
「それをやられると、僕たち武器職人は立つ瀬無いけどねぇ」
ケーニッヒがぼやくが、その場の誰も聞き流していた。
「だがな……。それだけで、この俺と対等に闘えるとは、思わんことだな」
「なに?」
「ギャラリーも増えたことだし、そろそろ本気で相手をしてやろう」
リドルは視線を観覧席の、二階部分に視線を奔らせる。それに倣って、ダーンも視線を上に上げると、緋色の燃えるような髪が、彼の網膜を焼いた。
「カリアス!」
神界最強の男、灼髪の天使長は、ダーンに視線を合わせるのみで、無言で腕を組んでいる。その隣に一歩下がる形で、黒髪を肩に触れない長さで切りそろえた女性が立っていた。
☆
二人の天使がこの場に降り立ったことは、観覧席の面々にも察知できていた。
「……正直助かったよ。これで、結界維持のエネルギーは確保できる」
防護結界を展開するケーニッヒが安堵の息をもらす。
「スレームからの連絡で来てみたんだが、なるほど……ついにリドルと対峙するまでに至ったか、ダーン」
緋色の長剣を抜きつつ、カリアスは口角を緩めた。その隣で、彼の副官である女天使アーディアが神槍を顕現する。
「彼は、勝てるでしょうか?」
「さあな……。いずれにしても、この場で神王級同士の戦いが始まる。心しておこう」
天使二人は、各々の武器を通じて、ケーニッヒの展開する結界へ神霊力を注ぎ込んでいく。
「んー、流石は神界の双璧だね、凄いエネルギーだ。これなら充分耐えられるよ」
結界へ流れ込むエネルギーを喜々としてコントロールするケーニッヒ。その様子を横目で眺めていたカレリアは、驚嘆を押し殺していた。
これだけのエネルギーを涼しい顔でコントロールする金髪優男は、やはりただ者ではない。
「さあ、師の前でせいぜい足掻いて見せろ、ダーン・エリン」
再びリドルが槍を構える。瞬間、並の戦士ならば対峙するだけで死に至る途方もない殺気が放たれた。
「かつてアンタに敗れた師の雪辱、ここで果たさせてもらう」
ダーンも負けじと剣を構え、蒼穹の神眼が輝きを増すと、膨大な蒼き闘気が溢れ出して空間を歪ませる。
お互いに鋭い視線を交わし、気迫のこもった闘気同士が衝突し合っていた。蒼穹と緋色の力場はせめぎ合い、歪み重なる空間が縮退を起こしては、その余波すら二人の闘気に押しつぶされて、中心には昏い質量の塊が形成されるほどだ。
そして――誰の合図もなく二人は同時に動く!
再び結界の中は、剣と槍が無数に斬り合い、あらゆるエネルギーが瞬時に生じて内部の圧力を上げていくのだった。
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