業炎を後ろにひきながら、発生した衝撃波が、白い砂煙を巻き上げる。
音速を突破し猛然と突撃してくるカイの勢いに、ダーンの顔色が変わった。
「リンケージ!」
切羽詰まった声と共に、ダーンの腕に桜のレリーフが施された手甲が瞬時に形成され、彼の闘気が飛躍的に大きくなる。
灼熱の闘気がこもったカイの斬撃を、闘気が洗練され蒼白く燐光を纏う長剣に受け止めるダーン。右の一撃を剣で受けて、二擊目の片手平突きをなんとか身をよじって躱す。すぐに力任せに砂地を蹴って、後方に飛び退くが、躱した左の平突きがそのまま変化して横薙ぎに胴へと迫り、その切っ先が、飛び退いている最中だったダーンの革の上着と横腹の薄皮一枚を切り裂いた。
「よく躱したな、ダーン。どうやらアンタも力を温存してたみたいだけど」
カイは視線に鋭い殺気を込めつつ、口元を笑みで緩ませていた。その全身に、これまでとは別人のような闘気を吹き上がらせている。その熱量たるや、彼のまわりの大気が……いや、むしろ空間そのものが歪んで揺らいでいるほどだ。
「チッ……これほどとは。ステフ、一度飛行艇に戻ってくれ! 君が外にいるのに俺がリンケージするハメになった」
咄嗟にソルブライトとリンケージしたダーンだったが、これで星沁の影響が一気に減り、思いのままに闘気が操れるようになることは、先程の海上での戦闘で既にわかっていた。
しかし、ダーンがリンケージをしていると、ステファニーがリンケージを出来なくなる。今、この戦場にステファニーがいる状態で、彼女の最大の防御となるリンケージを取り上げてしまうことは、ダーンにとって最も危うい選択だったのだ。
かといって先程のカイの攻撃は、リンケージをしていなければ、星沁の影響下にあるダーンは捌ききれずにやられていただろう。
「あ、あっちも何だか女の子が力を付与したように見えるんだけど? ダーン、こっちも同じように……」
「さすがに三位一体はやり過ぎだよ。それに、頬にキス程度で盛り上がってしまうお子様達に、大人のキスを見せるのは、情操教育上よくないだろ」
ダーンの軽口に、ステファニーが顔を真っ赤にして押し黙る。
『飛行艇にギャラリーも多いですしねぇ……。確かに相手の少年は何か未知の力を持っていたようですが、さすがに三位一体を必要とするほどではありませんね。リンケージをしていれば、星沁の影響は極端に軽減出来ますので、大丈夫でしょう』
ソルブライトの助言にダーンも頷くが、ステファニーはなかなか飛行艇に戻ろうとしない。
「おい、いつまでごちゃごちゃと話してるんだよ?」
律儀にダーン達の会話を見守っていたカイが、しびれを切らしている。ダーンは一つ溜め息をもらして、カイに再び正対し闘気を解放した。
蒼白い闘気が煌々と吹き上がる。
「待たせて悪かったな、カイ」
こうなったら、今持てる最大の力で速やかに勝利するしかないと覚悟を決めるダーン。そんなダーンの思惑を知ってか、カイも唇の端を愉しそうにつり上げている。そこへ、飛行艇のハッチが開いて、中から人影が一人外へ出てきた。
「こちらはお任せください。お姉様は私の流体スクリーンで守護しますわ」
降りてきたのはステファニーの双子の妹、カレリアだった。
「な……同じ顔? 双子か」
飛行艇から降りてきたカレリアの姿を見るなり、カイは少し面をくらっていたが、ステファニーとカレリアが同じ顔なのは双子だからとすぐに理解していた。ただし――
――髪の色がまるで違う……そんなことあり得るんだ……
ステファニーとカレリアが顔は瓜二つなのに髪の色が全く違うことに、若干違和感を覚えるカイ……と、それよりも、ついつい視線がいっていたのは、カレリアが飛行艇から飛び出てきた際に大きく揺れた二つの動体だ。
「こらぁっ! そこの童貞忍者、巨乳が一人増えたからってなぁに見蕩れてやがりますか! もしかしてアレですか? 遂におっぱい邪教徒的には信仰の対象が双子の女神で御降臨とか言うやつですか、そうですか。もうそのキモさは色々と終わってやがりますね。そろそろ肥溜めに沈んで大地に帰りやがれです」
カイの視覚情報を共有しているのか、カスミが猛然と毒を吐き捨てる。実際、カレリアの開襟シャツの胸元に視線がいっていたカイは、慌ててその視線をダーンへと戻していた。
「わかりやすい青春だな」
「やかましいわ」
ダーンに揶揄されて悪態を返すも、バツの悪さは拭えないカイ。
「ところで教えて欲しいんだが、お前のその力はやはりこの地の《星沁》が関係してるのか?」
「半分正解だ。あとは教える義理はないだろ」
「そうだな。じゃあそろそろ終いにしよう」
ダーンは凄んでみせて、大量の闘気を長剣に伝わらせ始めた。ソルブライトとのリンケージで星沁の影響を軽減し、さらに自己の肉体と握った長剣に闘気を伝わらせることに集中する。こうすることで、今の自分自身の戦闘能力を最大限発揮できるはずだ。
「へ……へぇ……やるじゃんか」
切っ先を向けられたダーンの長剣、その蒼白く燐光を舞わせる刀身は凄まじい破壊力を秘めている。それを直感的に理解したカイは、背筋に冷たいものが伝わる感触に声を震わせていた。
これから始まる戦闘は、これまで経験したことのない高度な実戦だ。
「いくぞ!」
蒼髪を逆立てる勢いで、ダーンが恫喝する。直後、蒼い閃きが砂浜を走った。
「速い!」
ダーンの突進はカイの予想を遙かに上回る速度だった。吹き上がる闘気が周囲の大気を押しのけて、音を超える速度とそれに伴う衝撃波が白砂を巻き上げる。
浜辺の松の木林に、大気をプラズマ化させた轟音に金属同士がぶつかり合う甲高い音が混じって反響した。
電離した大気のチリチリと放電する中、ダーンとカイが鍔迫り合いをする。先ほどの轟音は、ダーンの突進からの打ち下ろした斬撃を、カイが二本の刀をクロスして受け止めたものだ。斬撃の威力で、カイは後方へ数メライ(メートル)押し込まれたが、踏ん張ってなんとか耐えた。
「オオオオオッ」
ダーンが猛々しい声を上げ、手にした長剣が蒼白く燐光を吹き上げる。そのままカイを刀ごと押し退けて、間合いを開くと、素早い切り返しで乱撃を打ち込んでいく。二本の刀で必死に捌くカイは、徐々に後方へと下がるしかなかった。
「くっ……コイツとんでもない……だけどなッ」
ダーンの猛攻に呻くカイは、焔の闘気を湧き上がらせた。この地の星沁がその焔に反応し、彼の元に集まり始める。
『ダーン、気をつけてください。相手の少年……カイの元に星沁が収束しつつあります。これは……』
ソルブライトの警告を受けるまでもなく、ダーンも危険を察知していた。カイの炎のような闘気に呼応するように、何らかの意思によって変質した活力が、彼の中に集積していくようだ。
――そうか、これが星沁の本質なら、いくらか魔力の特性に近いのかもしれない
星沁については、今日初めて接して知ったものだが、何らかの事象により変質した活力というのなら、それは確かに魔力と性質が近いと考えて対処できるのではないか。そんな推論をして、ダーンはカイの次の攻撃に備えるため、強力な斬撃を彼の刀に打ち付け、その反動を利用し一度間合いを切った。
カイとダーンの間に十歩程度の間合いが開き、二人はそれぞれに構える。
「次で終わりにしてやる」
大量の星沁を自らに集めたカイは、灼熱の闘気を一気に膨れ上がらせた。その様はまるで――
「闘気の爆轟現象か!」
『現象的には近いようですね。ただし貴方やリドルがやったものとは規模が違いますが……』
ダーンの言葉にソルブライトが冷静に分析して応じてきた。確かに、ダーンがその神魂に目覚めて無限の闘気を扱った時の爆轟現象とは、明らかにその規模が違った。カイのそれは、爆轟をしているものの、規模が小さいのだ。しかしそれでも、爆轟現象を起こしているということは、同じ闘気の量でもその戦闘能力は飛躍的に上昇する。
「今の俺では、闘気の爆轟は出来ない。だがッ」
ダーンは今できる最大の闘気を長剣に込めた。刀身が蒼白く輝き、莫大なエネルギーが収束していく。
「星沁が魔力と特性が似ているなら、俺の技は有効なはずだ」
カイが何か大技を放ってくるだろう。ならばこちらも秘剣で迎撃するしかない、そう判断してダーンは最も得意とする秘剣の構えをとった。
「いくぜダーン」
「勝負ッ」
二人は互いに啖呵をきって次の瞬間、技を放った。
煌刃十字閃!
先に技を発動したのはカイだ。灼熱の闘気を込めた左右の刀を眼前で十字に交差させ、その交差点から圧縮された闘気を一気に放つと同時に、交差した刀を一気に十字へ斬り落とす。
十字に象った灼熱の衝撃波が、猛然とダーンにせまった。
一方ダーンは、迫る衝撃波を前に少し口の端をゆるませた。推し量ったカイが放った技の威力は、予想通りのものだったからだ。
そして彼も洗練し圧縮した闘気を絶大な破壊力に変えてその技を放つ。
崩魔蒼閃衝!
一瞬遅れて放たれたダーンの秘剣・崩魔蒼閃衝、その蒼白い閃光は、カイの放った十字に燃える衝撃波を迎撃する。それは、魔を崩壊させる特性を持った一撃であり、カイの放った技は、魔力に近い特性を持った星沁を孕むものだから、迎撃には極めて有効な一撃であった。
二人の間に、灼熱の破壊エネルギーと蒼白い破壊エネルギーがせめぎ合うように押し合って、やがて周囲の空間を歪めるようにしながら打ち消し合う。
その結果、プラズマ化した大気が二次的な破壊エネルギーを生み、それが解放される瞬間に大爆発を起こしてしまった。
巨大な落雷でもあったかのような爆音と共に、大量に巻き上げられた砂があたりに飛び散り、ダーンとカイはまともに爆発の余波を受けて吹き飛ばされていた。
二人の肉体が、激しい爆風に吹き上げられて宙に舞う。
「チィッ」
手甲で眼前を守りながら、空中で空戦機動により姿勢を制御するダーン。その視線を走らせて、飛行艇前でカレリアの展開した防御スクリーンにより、ステファニー達が無事であることを確認する。
ところが――
吹き飛ばされた砂浜にあった巨大な流木が、今の爆発で空中に打ち上げられており、それが弧を描いて松林の方に落下していくところが、ダーンの視界に映っていた。その落下先には、松の根元に身を伏せて、飛び散った砂から身を守るようにしている、桃色髪の少女がいた。
――間に合うか?
ダーンは強引に空間を蹴りつけて反発を生み、空戦機動の推力と合わせ、強引に躰を松林の方に落下させた。
「ちょっ……うそ?」
自分の元に向かって落下してくる巨大な流木が影を落とし、少女の顔を引き攣らせる。悲鳴を上げる暇もなく、小さな躰が押しつぶされようとしていた。
落下していく流木に潰されることから少女を救うには、明らかに間に合わないとダーンが感じたその瞬間――
――なんだ? 体が軽く……いける!
これまでずっと感じていた小さな負荷が急になくなって、ダーンに妙な高揚感が湧き上がる。朧気だったこの地の活力が明確に感じられて、時の流れすらつかめるようだ。
――固有時間加速!
ダーンは固有時間を最大限に加速させ、飛翔速度を飛躍的に高める。彼の時間だけ周囲からは隔絶されて、彼をとりまくあらゆる物がその速度を落とし、まるで止まっているかのようだ。そのまま、動きを止めたような落下する流木に追いつき、体当たりをして落下の軌道を少女から逸らしてやる。
剣戟で破壊することも考えたが、砕け散った流木の破片が、少女へ散弾のように降りそそぐことになる上、最悪発生した衝撃波でその小さな肢体を吹き飛ばしかねないため、体当たりを選択したのだ。
ダーンが体当たりしたことで、流木は落下の軌道を急激に変え、少女の頭上をかすめて背後の松林に落ちた。身を竦めていた少女は、背後で流木が落下した振動と轟音を感じ、思わず目を瞑る。そのすぐ脇にふわりと着地するダーンは、とりあえず胸をなでおろした。
一方、技の衝突で砂まみれになりつつ吹き飛ばされていたカイには、巻き上がった砂埃のため、ここまでの状況を把握していなかった。そこへ、蒼い髪の剣士がカスミのすぐ傍に抜刀したまま立っている姿を目撃し、一気に血の気が沸点へと達する。
「貴様ぁ! カスミから離れろ!」
灼熱の闘気を噴き上がらせて、猛然とダーンへ駆け出すカイ。その鬼気迫る様相を視界に捉え、ダーンはカイの誤解に気付くが、弁解している余地はなしと再び迎撃のため体制を整えた。
その蒼穹の瞳に、奇妙な物体が映り込む。
それは、ダーンの背後から放たれたとても小さな木の棒――いや短めの串のような物だ。その串の表面には、複雑な文字式が描かれていて、その文字が微かに赤く発光していた。
それがまっすぐに、突進してくるカイの足元へと突き刺さると、砂埃を巻き上げてオレンジ色の炎を上げながら爆発した。
またもや後方へと吹き飛ぶカイ。彼を迎撃しようとしていたダーンは、すぐに半身を返すように後方へと注意を払う。その視界に、どうやら女性らしき姿が映り込む。
「まったく修行が足りぬの、カイ坊。戦闘中であっても、常に周囲の状況を冷静に見定めよと妾は教えてきたはずじゃ」
女性が凜とした声で話す。言葉遣いがどうにも古臭い気がするがその声は若く、松林の陰から現れたその姿も若く美しい女性だった。
スラリと伸びた背丈は、この国の女性としては高く、おそらくはステファニーと同じくらいだ。すみれ色の髪は長いようだが、後頭部にお団子状に結い上げられていて、正確な長さはわからない。
この国の女性が好む、目尻に朱色の化粧をしたその視線は、柔らかなようで鋭い光を宿していた。
着ている衣服は、カスミと同じくこの国の民族衣装のようだが、藤色の布地に白椿をあしらった見事な物だ。
黒光りする鉄扇を閉じた状態で、口元を覆い隠している。
「ぐ……シズメ師匠……でもアイツはカスミに手を出して……」
砂浜を転がっていたカイが、その身を起こしざまに反論する。
鉄扇を手にした女性は、丈が長くうごきにくそうな衣服であるのに、砂浜の上を滑るように駆け抜けて、一瞬でカイとの距離を詰めた。そして流れるような動きでカイの横に立つと、その耳元へ紅をさした唇を寄せて、艶めかしく吐息を吹きかける。
「ひゃあっ」
耳元に突如襲った吐息の感覚に、全身を震わすようにして素っ頓狂な声を上げるカイ。その彼がこれまで纏っていた灼熱の闘気が、蝋燭の火を吹き消すかのように消失した。
「このうつけ! あの剣士が先ほど、カスミの窮地を救ったのじゃ。だからこそ、焔の神々が彼を客人と認め、星沁の導きを授けたことに気がつかなかったのかや?」
『なるほど……それでダーンのサイキックがあの瞬間正常に戻ったのでしょう』
秘話状態で伝えてくるソルブライトの言葉に、ダーンも同意見だった。
「なっ……そんなバカな」
カイの信じられないという反応に、当事者の一人はいつものように――
「カイの目は節穴ですね、どうしようもねえです。わっちを技の余波に巻き込んで危険にさらしただけでなく、敵だった騎士様にわっちを救う千載一遇の手柄を奪われちまったんですから。あはは……よく見るとこちらの客人たる騎士様は、どこかのハナタレ忍者とは段違いにいい男です。いい男に悪い奴は居ねぇですから、初めから顔で判断すべきでしたわ……。もうカイはお姉さまの《異理素式つま楊枝爆雷》で、きたねぇ花火にでもなりやがりませ」
お清ましの可愛い顔をしたまま、強烈な毒を言葉に込めて、味方のはずの少年忍者にトドメをさすのだった。
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