タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

琥珀の追憶23

公開日時: 2020年11月20日(金) 23:15
文字数:3,228

 

 大地に叩きつけられたジーンは、傷ついた右脇を押さえてつつも、何事もなかったように、ゆらりと立ち上がる。


 金鱗の刃は、音速の数倍の速度でジーンが纏う漆黒の鎧を穿ったが、鎧の防御力によりその威力は軽減されており、致命傷には至っていなかった。


「……そこで立ち上がってくるかなぁ、もうッ」


 ミリュウは少し苛立って悪態を吐き捨てる。


 金鱗の攻手の刃を分割し弾丸にする先ほどの攻撃は、彼女の決め手の一つだった。それが、見事に敵を捉えたはずだったが……。


 ジーンは、致命傷となる部分のみを大剣で防御し、他は纏っている鎧の防御にまかせ最小限のダメージに抑えたため、倒すことはできなかったのだ。


 それでも、手傷は負わせているのだが、ミリュウの期待していたよりもその傷は浅い。


「うまいこと考えたものだな、稲妻の姫君。だが、私の鎧は特別製でな。完全には防ぎきれなかったが、それでも威力はだいぶ削ることができる」


 鎧に穿った穴をさすりながら、ジーンは、不敵に笑う。


「特別製ね……。今の一撃だって、アーク軍が使ってる戦艦用の特殊鋼板を簡単に貫通するものなのに、その鎧一体何でできてるのかしら?」


 訝るミリュウに、ジーンは少し笑みをこぼして応える。


「物質そのものの強度とは違うのさ。貴様の鎧などと同じくな。さて、少々話しすぎたな。どうやら金鱗の刃を分割して自由に飛翔させ攻撃するのが、貴様の奥の手か?」


 ジーンは、ミリュウの周囲を守護するように飛翔する黄金の輝きを一瞥した。


 先程、蛇腹状から一つ一つの節であった鱗の刃がバラバラになり、今では一つ一つが生き物のように有機的に宙を舞っている。当然、その刃は黄金の雷を纏っており、本来、人間がその一撃を食らえば一瞬で灰となることだろう。


「この状態で戦闘するの、魔竜戦争の時以来ね……」


 ミリュウは右手に握っていた蛇腹剣の柄を振る。それは、柄の部分の先、本来剣ならば刃が伸びている部分に、短剣のように小さく細いブレードがあった。


 そのブレードの先端をジーンに向けて、ミリュウは飛翔する金鱗の刃に攻撃を念じると、9つの刃が、再びジーンに殺到する。


 ジーンは、大剣を細やかに振り回しながら、迫ってくる金鱗の刃を打ち払うが……。ここで、戦闘の流れが大きく変わった。


 これまでは、ジーンが接近戦を仕掛けて突進してくるのをミリュウが迎撃する戦闘であったが。今度はジーンがミリュウの攻撃を迎撃するために、あらゆる方向に動き回る形になった――これは、戦闘の主導権がミリュウに移ったことでもある。


 金鱗の刃は、あらゆる方向から速度や角度を変えてジーンを狙ってくる。しかもその数は九つ。当然、異方向からの同時攻撃だ。


 これを剣一本で迎撃するには、ジーンの方からいずれかに動いて時間差を生じさせなければならない。無闇矢鱈にミリュウに向かっていくわけにはいかなくなったのだ。


「オールレンジ攻撃とは、なかなかに厄介だな。なるほど、昔はただ一途なだけの小娘だと思っていたが……。人生蝕まれて、執拗さとしたたかさを身につけたか?」


 右手で大剣を振り、左手でも何か衝撃波のようなモノを発生させ、金鱗の刃を弾きながら、ジーンは軽口でミリュウを挑発する。


「ちょっ……ちょっとぉー! まるで今の私が一途じゃないみたいに言わないでくれるーッ! 私、ずっとレビン一筋なんだからぁ!」


 ジーンの軽口に、ミリュウが肩を怒らせてまくし立てるが、これにはジーンの方が目をしばたたかせる。


「……この程度で激昂するとは……あ、いや。なんかスマンな……」


 思いもよらなかった反応に当惑しつつ、何故か詫びたくなってしまったジーンが声を落として謝罪を吐く。


 それを見て、さすがに気恥ずかしくなったのか、ミリュウは顔を赤らめつつ、わざとらしい咳払いを一つ。


「と、とにかく。これで貴方もそう簡単には私に勝てないでしょ? そろそろ引いてくれないかしら」


 ジーンとの距離が離れたことから、一度攻撃をやめて、金鱗の刃を自分の周囲に滞留させるミリュウ。一方、ジーンも一呼吸置くように、剣先を一度下げる。


「ふん……。まあ、今のままでは是非もないか。ん? いや……状況はどうやら変わるようだな」


 一度は剣を納めるかの動きをしたジーンだったが――。

 地下から微かに伝わってきた魔神とその対戦相手の気配を読み、不適に笑みをこぼすのだった。





       ☆





 紫電が極限の波動を放ち、魔神の身体を打ち据えた。


 リリスの具象結界、その境界面が目まぐるしく明滅し、やがて内包するエネルギーの量に耐えきれず消滅する。


 その具象結界は、内包する空間内に発生したエネルギーを吸い上げ、結界の維持や修復をする特性であったが、一瞬にして膨大なエネルギーを放つリリスの奥義に、結界のシステムが処理できずに崩壊したのだ。


 元々、実在する物理空間以外にも、精神体などが存在するという異次元空間内にまで、その破壊が至る超常の一撃。それを処理すること自体が困難でもあるが、そんな事情を度外視して、発生したエネルギーはあまりにも膨大で、結界がなかったのなら、惑星地殻の一部が消し飛び、地軸がいくらか傾いていた程である。


 そんな尋常ならざる一撃を受けたはずだが――力を失ったアガレスの肉体は、元の鍾乳洞、その濡れた岩床に転がっていた。


「何故……じゃ?」


 嗄れた声が、弱々しくも怪訝な音で疑問の言葉を紡ぐ。そう、老人は魔力を失いつつもかろうじて生きていた。


「なんでだろうね……そう、剣が鈍ったわ」


 リリスは自嘲気味に笑う。


『やれやれ、今代の雷神王は随分と甘いことだな。……魔神アガレスよ、我の声が聞こえるか?』


 リリスのそばから歩き出して、銀の狼が念話を老人にむける。


「ほっほっ……。なかなかにいい声じゃな、狼の。で、なんの用かの? この通り、魔力の全てを吹き飛ばされて、単なる嗄れたじじいじゃぞ。ほっとけば、この地の土になるだけで特に害もないと思うがの」


 大地に仰向けのまま、アガレスは目玉だけを神狼ナイトハルトに向ける。本人が言うように、リリスの奥義を受けた彼は、その肉体はおろか、異次元に内包していた魔力に至るまでズタズタに破壊され、本来ならばその肉体も消失していておかしくない。


 だが、先ほどのリリスの一撃は、アガレスの魔神魂を僅かに残すような手心が加えられていたのだ。


 それは圧倒的な力量差があるからこそ出来る芸当でもあり、真剣勝負を挑んだ者としては、屈辱的なことこの上ない。


「死んでもらっちゃ困るわ」


 リリスが剣を大地に突き立てつつ言う。


「それさな。なにゆえこのような真似をした? 後味が悪いぞえ」


 声に独特の歪みを含めてアガレスが言う。リリスが手加減したことへのいぶかりと興味が、この魔神の中で複雑に入り交じっているのだろう。


 だが、その彼に帰ってきた言葉はあまりにも軽快な声だった。


「おじいちゃん、こっちの世界じゃ敬老精神が重宝されるのよ。で、おじいちゃんに肩もみとかしてあげるとね、お小遣いとかおやつとか貰える風習もあるのー」


 リリスの軽口に、一瞬、アガレスはあっけにとられ、思わず力が抜けてしまったのか、かぱっと顎を開いた。


 しばし、神狼ナイトハルトの溜め息以外音がなく――やがて東方の大魔神は愉快に笑いだし始める。


「クカカッ……なんとも愉快な思考の娘じゃて」


「おじいちゃんだって、私の命までは狙ってなかったでしょ。呪詛の全てが、神魂への呪いばかりだったわ。喰らっても、私自身はせいぜい数日寝込むだけで、神魂だけ失って普通の人間になるだけ。闘いの最中に、相手を思いやるなんて、何か事情があるんじゃないかなってね?」


 リリスは片眼を瞑って、愛嬌たっぷりに言ってやる。


「……やれやれじゃ。あの攻防でそこまで読んでおったか。まあ、そうさな……」


 アガレスは痛む身体にしかめっ面を浮かべつつも、その場に上半身を起こす。


「負けたのじゃから、正直に話してもやろうかの」


 幼き闘いの女神に、老いた魔神は柔らかく笑いかけて……異界の事情を語り始めるのだった。



 

 

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