タキオン・ソード

~Tachyon Sword~
駿河防人
駿河防人

彼女の思考が本気であぶない

公開日時: 2020年10月17日(土) 14:54
文字数:2,089

 飛行船レイナー号が着水した湖、その南岸の砂浜からは、南にまっすぐと広葉樹の林を縦断するように未舗装の狭い道が続いていた。


 ステフがレイナー号を降りる前に確認した地図では、この南方に小さな街があるはずだが、この道はその街並みに続いているのだろうか。


 この際どうせなら、このまま船に戻らずに近くの街まで行き、そこを拠点にして、アテネでの仕事を果たしてしまうのもアリかもしれない。


 このアテネでの仕事――この近くにあるという古代神殿の遺跡、そこにある洞窟の調査が今回最大の目的だ。


 ステフは、茶色い革製のショートブーツ、その靴底が短く生えた草を踏む感触を楽しみながら、自分の今後を思案する。


 現在地点は、目的地の洞窟に近いことは解っているが……。


 本来の計画では、一度首都アテネの王宮に立ち寄って国王と謁見し、目的物捜索の協力を要請しようという算段だったはずだ。


 父と仲のよい現国王・ジオ・ザ・ラバート・アテネならば、きっと快諾してくれるとスレームも言っていた。

 さらに、アテネにはスレームの孫娘が宮廷司祭として王宮教会に勤めているとも聞いている。



――ん? ……あれ? よく考えてみたらその孫娘って、戸籍上今のあたしと従姉妹いとこになるんじゃ……



 実際に直接会ったことは無いが――いや、一度だけアーク王国王宮に来たのを見かけたことはある。


 もう七年以上前のことだが、濡れたような黒髪が綺麗な少女だった。


 アテネではその美しさと清楚な振る舞いから、《アテネの聖女》とまで謳われているそうだが……。


 スレームに言わせれば、ある意味猫をかぶっているところが貴女にそっくりよ――って、あたしは別に猫なんかかぶってないってーのッ! 多分…………。


 ステフは左右に並ぶ広葉樹の暗い緑を見回し、その後頭上の満月を見上げてからわざとらしく咳払いを一つ。

 暇つぶしにと、《アテネの聖女》についての噂を思い出す。


 《アテネの聖女》の噂は、アテネから遠く離れたアーク王国の王宮でも、たまに耳にすることがある。


 そんな彼女にまつわる噂の中で、かつて一つだけステフにとってどうしても確認を要するものがあった。


 それは、《アテネの聖女》には、男がいる……と、いうものだ。


 それも、目鼻の整った結構格好いいヤツで、アテネでは凄腕の剣士らしい……とのこと。



 その話を自分の妹経由で聞いたステフは、割と……いや、かなり真剣に噂の真相を調べた。


 アーク王宮内の女中達に自ら聞き回り、アテネ王宮にも出入りすることがある某・仕立ての達人たるメイドに依頼して、積極的な情報収集まで行った。


 妹には「スレーム様に聞けば、簡単に解るのでは?」と言われたが、それをすると、あの色気ババアに徹底的にからかわれそうなので、あえてやめておいたのだ。


 その結果――


 入ってくる情報を統合していくと、その男の人物像が徐々に浮かび上がってきた。


 その男をキーワードで構成すると、《凄腕剣士》《端正な面立ち》《名家の者》《傭兵》《誠実》と、なかなかレベルの高いヤツの様だったが――

 

   さらに調べる内に、《駄目男》《馬鹿》《スケベ》《巨乳好き》《現在調教中》と、なんか色々ダメダメな単語が出てきた。



――っていうか、最後のキーワードはなんなの?

 この男、もしもアイツだったら、開発中の艦上自走式対要塞狙撃砲の試射で、オリン海沿岸からズドンッ!! よ、ズドンッ!!

 ええ、もう本気で国際問題とか関係なく《ズドンッ祭》よぉ、カーニバルにしてやるのよッ。



 ともあれ、結局のところ、アテネ王国オリン海沿岸が火の海になることはなかった。


 何故なら、その男の実像として、《茶髪の剣士》《彼女より三歳年上》というキーワードがステフの耳に入ったからだ。


 その情報が入ったのは、『姉の思考がそろそろ世界平和的に本気で危ない』と見かねた妹が、王国科学研究所長スレーム・リー・マクベインに直接聞きにいったからだ。


 その後スレームから、「相手の男がどなただったら、アテネと全面戦争になったのかしら?」と、一週間程からかわれた。


――そして妹は、あたしがからかわれて顔から火が出そうになっているのを、遠くから眺めて、なにやら恍惚な眼差しになっていたけれど、あの育て方間違われてるのかしら……。




 ともあれ、そんな少し前の平和な日常を思い出し、口元を緩めていたステフだったが。


 月明かりが頼りの林道を進んでいく過程で、妙にピリピリとした感覚を覚えるようになっていた。


 実は、努めて楽しそうなことを考えていたのだったが、やはり、一人で人気ひとけの無い外国の夜道を歩くのは怖いものだと感じている。


 それでも、この感覚……やけにまとわり付くような嫌気は何なのだろうか?


 街があると思われる方へ歩いて行くたびに、この感覚は強くなっていく。


 今なら、急いで引き返して潜水艇に乗り込み、レイナー号に戻ることも出来るが……。もしも――。



 草色の外套の中、シャツの生地越しに胸のペンダントを左手で握りしめて、右手をスカートの中に忍ばせ、銃把を握る。


 意を決し、ステフは透き通るような冷たい声で、正面を見据えながら言い放った。



「誰? こんな綺麗な月夜に不粋ね。女に声を掛けたいのなら、いつまでもコソコソしてないで姿を見せたら?」

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