猫、時々姫君

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第24話 名前の由来

公開日時: 2021年2月28日(日) 15:02
文字数:1,546

「あの、陛下にお尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

「あ、ああ。何かな?」

「この子の名前ですが、後宮内でシェリルと認識されていますが、御披露目をする時にはちゃんと陛下が考えた他の名前を呼称とするのでしょうか? それなら今からその名前で呼んでおいた方が、煩わしくないと思うのですが」

 挨拶の後、場を弁えて黙り込んでいたエリーシアが唐突に発した問いに、問われたランセルは勿論、ミレーヌとレイナもちょっと驚いた表情で彼女に顔を向けた。しかしそれでランセルはいつもの調子を取り戻したらしく、重々しく断言する。


「エリーシア殿。シェリルがこれまで慣れ親しんだ名前以外の物を、新たに付けようとは思ってはいない。それにアーデンが王宮に仕えていた間、彼と親しく語らう機会が何度かあったが、彼は博識で聡明な人物だった。故に彼が姫にシェリルと名付けたなら、それ相応の理由があるに違いない。その由来を知っているかな?」

 そう親しげに問いかけられて、エリーシアは即座に頷いた。


「存じています。大陸西方で信仰されている多神教のグラディウス教では、生命を司る女神の名前がラルシェリールと言って、その言葉を伝える使徒が黒猫だそうです。それでシェリルを拾った時瀕死の状態だったので女神の加護が受けられるようにと、その名前から頂いたと聞きました」

 それを聞いたランセルは、何度も小さく頷きながら涙ぐんだ。


「そういう名前を付けてくれたか。本当に彼は私などより、遥かに物の道理を分かった人物だった。王宮を去る時も散々引き留めたのだが」

「ですが父が王宮を出ていなかったら、シェリルを拾う事もなかった訳ですから、ある意味正解でした。私も父の元に引き取られる事はありませんでしたし」

 エリーシアの話を聞いたランセルは、怪訝な顔になった。


「エリーシア殿は、アーデンの実子ではないのか?」

「はい。私は物心が付く頃に母が病で亡くなりまして。その前から父はいませんでした。葬式の最中、近所の人達が身寄りのない私の扱いをどうするかと囁いていたのは覚えていますが、気が付いたら父の養女になっていました」

 その説明を聞いた年長者達は、揃って目頭を押さえてしみじみと感想を述べた。


「身寄りのない子供を引き取るなど、なかなかできる事ではない。まして変な術がかかった者など余計に手間がかかるだろうに、エリーシア殿だけではなく姫までこんなに立派に育ててくれて。礼を幾ら言っても足りないのに、既にこの世の者ではないとは……」

「アーデン殿のお人柄には、頭が下がります」

「本当に、惜しい方を亡くしました」

 そこでランセルが、思い出したように口を開く。


「そうだ。エリーシア殿には、アーデンの墓所の場所を尋ねるつもりだったのだ。機会を見付けて、出来るだけ近いうちに墓参に行きたいと思っている」

 それを聞いたエリーシアは、心から感謝した。

「ありがとうございます。私達の住居の裏手に墓を作りましたが、森の入り口から家まで結界を三つ張ってありますので、他の魔術師同伴で出向いても解除に多少手こずるかと。お声をかけていただければ、私が同行致します」

「そうか。それではその時は宜しく頼む」

「畏まりました」

 するとここで、色々感極まったらしくランセルがむせび泣きし始めた。


「ふぅっ、……おぅぅっ、……えぐぅっ」

「陛下、みっともないですわよ?」

「姫君方も驚いておられます。落ち着いてくださいませ」

 ミレーヌとレイナが両側から苦笑交じりにランセルに声をかけ、ハンカチを差し出したり背中を擦ったりと甲斐甲斐しく世話し始めたのを見て、シェリルは安心してエリーシアに囁いた。


「ありがとう、エリー」

「さすがにちょっと、気の毒だったものね」

 そう苦笑交じりに返した義姉に、シェリルも穏やかに微笑んでみせた。


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