明日告白する予定でしたが、何故か彼女(×3)が出来ました

上月司
上月司

一 ・激変した世界と知らない彼女(×3)

1-1

公開日時: 2020年11月26日(木) 02:46
文字数:3,651

決意当日

「へー。じゃあ和己かずみ、ついに告白するんか。よもやだなー」

 学校からの帰り道。同じ高校に通う友達の中で間違い無く一番仲がいい守谷もりや興太郎こうたろうの反応は、どこか感慨深そうなものだった。

 中学も一緒だったので、使っている電車の駅も同じだ。いつもなら駅前で適当に別れるところだけど、わざわざ『ちょっと話したいことがある』と駅ビル屋上のイートインスペースまで引っ張ってきた。

 すぐには告げられず、じれた興太郎が『付き合ってやってるんだからなんか奢れ』と催促されたのでアメリカンドッグを買い与え、それを食べ終えてメロンソーダも氷までなくなった頃にようやくで口に出せたのが「明日、先輩に伝えようと思うんだ」の一言だった。

 それだけで全容を把握してくれた興太郎は流石だけど、片肘ついて今にも欠伸しそうな顔をされると、なんか微妙な気分になる。

「もっと驚いても良くない? 告白だぞ、告白」

「いやする気になったのは驚きだけどもさ。何でこのタイミングだよとも思う訳よ」

「悔いを残したくないんだよ。数日以内に世界が変わっちゃうだろ?」

 真剣な表情で言うと、興太郎は「だとしてもよ」と返し、

「もし奇跡的に告白が成功するとしてだ」

「奇跡的って止めろよ! 成功か失敗かで五分の勝負だろ!」

「二択と確率を同じに語られてもなー……まあ成功したとして、どうすんだよ? 世界が混ざって告白成功がなかったことになったらさ

 興太郎は胡乱げに言うが、尤もな意見だ。

 ――二十年以上も前から世界は年に一度変わってしまうようになった、らしい。少なくとも俺が物心ついた時にはそれが常識になっていた。

 偉い学者さんが束になって研究した結果、どうも世界は増えすぎたらしい。日夜生まれる平行世界に、それまでは存在した世界間のスペースがなくなってきて、世界同士がぶつかり混ざり合うようになった……そんなとんでもな仮説が一般的になりつつある。

 異論や諸説はあっても誰もその学者さん達を馬鹿にしなかったのは、現実に世界が混ざったことを実感出来てしまったからだ。

 例えば、柴犬だったはずの隣の家のペットがシベリアンハスキーになっていたとか。

 例えば、模様替えどころかリノベーションしたのってくらいに自分の部屋が変わっていたとか。

 例えば、同じ高校に進学したはずの幼馴染みが違う高校に行っていたとか――

 昨日までそうだったはずのことが、世界が混ざると別物になってしまうケースが多々あった。しかもそれは半数の人間にとっては元からのことで、つまり『もう一つの世界ではそれが当然で、世界が混ざり合った』という仮説に至る要因になった……らしい。

 研究者達に『世界変蝕ワールドミクス』と名付けられたこの現象は、普通の高校生の俺には難しすぎる。というか、頭の良いはずの人達が何千人も調べているのに詳細が分かってないんだから、無理難題だ。

 ただ、それでも理解していることがいくつかある。

 この世界変蝕は年一ペースで起こり、一度起これば次は約一年後になるということ。

 そして世界が混ざり合うといっても、物理法則が変わることはないし、未知の物質が現れる訳でもないし、ましてや妖怪や宇宙人が姿を見せることもない。変化があるのは主に人間やその周辺で、世界が激変しないのは近しい分岐で発生した並列世界と混ざっているから、なのだとか。

 重要なのは、国や町がなくなるような大規模な変化はしないとしても、知り合いがいなくなったり関係性が変わったりするケースは、可能性はそこまで高くないけどあり得るということだ。

 つまり……世界変蝕が起こったら先輩はいなくなってしまう可能性も、なくはない。ゼロコンマ何パーセントかは分からないが、ゼロじゃない。

「……昨日さ、先輩と偶然会ったんだよ。俺はバイト帰りで、先輩は友達と皆でカラオケしてたって」

「向こうも思い残すことがないように、ってヤツだったん?」

「ある意味そうみたいだ。先輩、言ってたよ。『もし次の世界変蝕の後で皆一緒のままだとしても、来年の今頃は一緒にいられないかもしれないな』って」

「……あー……そっか、受験生だもんなぁ。友達全員と同じ大学なんて無理だろうし」

「そうだ。それで俺も気が付いた。世界が変わっても先輩は変わらないままだったとしても、来年の春にはいなくなるんだって。中学の時に経験済みだったのに、忘れてた」

 そう。今の状況に慣れてしまって、完全に忘れていた。

 元々、俺と先輩は同じ中学の同じ部活に入っていて、当時はそこそこ仲の良い先輩後輩ってだけだった。ただ、その時は好きだってことに気付かなかった。部活を引退しても学校にはいたし、卒業式の時もそこまで特別寂しいとは思わなかった。

 ……まさか何週間も何十日も顔を見なくなってから、自分が先輩を好きだったことに気付くとは。そりゃ会話した日は気分良く眠れた訳だよ。先輩が同級生と付き合ってるって噂聞いて、からかいつつも念入りに真偽確認もしたよ。他の写真と違って先輩が映っているのはスマホから消去出来なかったのも納得だよ。というか、どうして気付かないかな、俺……?

 遅すぎる自覚の後で先輩に連絡を取ろうと思ったものの、中学時代の先輩は珍しいことに携帯電話を持たされていなかったし、自宅の電話番号なんて当然知らない。家の場所は何となく知っていたけど、そこに行ったら世間様ではストーカーと呼ぶことも知っていたので、どうにも出来ず。ちなみに連絡が取れる他の先輩への相談は、好意を悟られるのが嫌でやらなかった。全力でからかわれるし。

 だから俺は部活の引退直後から嫌いな勉強を頑張って、これまでの成績ではかなり厳しいと言われていた先輩と同じ高校に入学した。

 すぐに再会は出来ず、色々あって三ヶ月近くも顔を合わせられなかったけど、今では以前のように……いや、以前よりいい感じの仲になれている。あくまでも俺の主観だけど。

 でも、それはあくまでも先輩後輩としてだ。そしてもっと重要なのは、

「人が増えることはそれなりにあっても、消えることは滅多にない……けど、変化することは結構あるんだろ?」

「みたいだねぇ。そういや小学生の時の担任、世界変蝕の前はお堅くてむさいおっちゃんだったけど、変化後は何故かラテン系のオネエ教師になってたな」

「何その話、凄ぇ聞きたい……!」

 どこをどう魔改造されればそんな変化が起こるのか、意味不明すぎる。

 でも、今はそれより告白の件だ。

「話を戻すけど、世界が変わったら今みたいな関係のままとは限らないだろ? それに先輩自身は変わらなくても家庭環境は変わってて、別の高校に通っているとか……もしかしたら全然違う土地に引っ越してるかもしれないし」

「んー……そういう変化が起こるのは稀だけど、なくはないはずだな。担任は結婚していたはずだけどオネエ化したらバツイチで男三人とルームシェアしてたし」

「どうしてそんな興味深いちょいネタ出してくんの!? 俺の話よりそっちの話掘った方が面白そうじゃん!」

 とんでもない隠し球を繰り出してくる興太郎にめげず、俺は勢いづける為にその場で立ち上がり、

「世界が変わって告白すら出来なくなる可能性がほんのちょっとでもあるんなら、俺はこの気持ちを伝えたいんだよ! たぶん後輩としか見られてないだろうけど!」

「おお……なんか知らんがやる気に満ち満ちてるな。でも、だったら明日と言わず今日告白すれば良かったんじゃなかろうか?」

「……や、それが先輩に予定訊いたら今日は友達と遊ぶっていうから。それで明日は空いてるって……」

「そこで『一分でもいいから時間くれ!』って強行告白しない辺りの微妙なヘタレっぷり、流石は和己だな」

「うるさいよ! 自分でもヘタレてるって自覚あるんだからやいやい言わない!」

「おれにわざわざ宣言したのも、後に引けないようにする為だろ。背水の陣ってやつだなー」

「見透かしてくれるなよ!? くっそ、全部合ってるから余計にむかつく……!」

 お前は分かり易すぎんだよ、とへらへら言う興太郎に怒り倍増だが――同時に、ありがたくも思った。

 先輩と俺じゃ釣り合わないから止めろとか無理だから考え直せとか、そういう風には言って来ない。もし言われていたら……駄目だ、本格的にヘタレていたかも。

 後押しはないけど、引き留めもしない。その距離感が、今日はとても嬉しかった。

「……っし、やるぞ! 絶対告白する!」

「おー、やったれやったれ。骨は捨ててばら撒いてやる」

「フラれたら皆に拡散するってこと!? ばら撒くなよ、ひっそり心の棚に閉まっておいておくれよ!」

「ちっ、つまらんなー……んで、直で言うわけ?」

「勿論よ! まずは先輩に出会いの頃の話を振って、いい感じに思い出話に花が咲いたら今度は会えなかった時期の切なさ寂しさで芽吹いた想いに気付いたことをだな――」

「悪いことは言わんからシンプルにいけ。自分から確率下げてどうすんだよ」

 真顔で助言してくる興太郎に、俺はその後も明日の告白プランについてあーでもないこーでもないと話し……空気の読める友人のおかげで、決意はしっかり固まってくれた。



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