今回の世界変蝕は何かが違う……?
「最低でも、と付けるべきかもしれないです。勿論、兄さんが二股以上していないのが前提ですけどね」
「しねぇよ! いや俺であって俺じゃないから全否定もおかしいかもだけど、やるとしてもこんな同時期にはしないだろ普通!」
「そうでしょうね。だから複数の世界が混ざる世界変蝕だなんて可能性を考慮しているの。あと、私に告っておいて同じタイミングで他の女にもなんて冗談じゃないわ」
冷え冷えの視線を送ってくれる瑠菜に、何一つとして覚えがない身なのに萎縮しそうになる。マジでどうして別世界の俺はこの子に告白したんだろーか。そりゃあ見た目は満点級だけど、俺の好みはもっと優しそうなおっとり系なのに。世界が変わると趣味趣向まで変わってくるのか、もしくは潜在的に実はこういうタイプも好きだったのか。俺が俺のことを一番良く分からない。
バイト先が同じという接点の少なさから告白に至った経緯が物凄く気になって見続けていると、瑠菜は小さな顎に折り曲げた中指を当てて思案顔をする。
「……思えば今回の世界変蝕、凄く激しい揺れに感じた。バイト中だったから店にいたけど、悲鳴上げてるお客さんもいたし」
「あ、やっぱり他の人も激しく感じたんだぁ……あたし告白成功が嬉しすぎて全然眠れなかったから、徹夜と思い出し興奮で意識飛んだのかと思ったもん」
「みぃはお父さんとお母さんが月に二回の外出デーだったので兄さんと二人きりで告白からの初夜という流れの最中にぐるぐるきて、意識が戻った時も殆ど同じ状況でしたよ。どちらかというと、同じ状況なのに兄さんが凄く狼狽して続きどころじゃなくなった上にお二人がやって来たことの方が印象強すぎです」
口々に自分の体験を語る三人だけど、それを聞いていた俺は肝心なことを思い出す。
毎年恒例の世界変蝕だが、いつもと決定的に違うものを目撃していた。
「……そういや俺、帰る途中に黒い月を見たんだった……」
「それがどうしたの? 世界変蝕の時はいつも出るのだから、別に不思議じゃないでしょ」
「や、違くて。黒い月が、四つあったんだ」
俺の発言に、三人の視線が一斉に集まる。全員が驚きに目を丸くしていて、なんかちょっと可愛い。
けど注目すべきは皆の顔じゃなくて、俺が見たアレがどういうことなのかだ。
「ぐらぐらっと来て、それがいつもよりずっと凄い感覚だったから確認しようと月を見てみたんだよ。そしたら黒い月が四つ見えて、マジかって思ったら意識が飛んだんだ」
「……それが本当だとしたら、五つの世界が混ざり合った可能性があるのね」
「えっ? 四つの世界じゃないの?」
「たぶんですけど、普通の世界変蝕でも黒い月が一つ現れるから、四つなら平行世界が四に自分がいた世界を加えて、五つになるんじゃないですか?」
「……あ、あっ、そうね! うん、そうよね分かる分かる! 今のはケアレスミスってヤツだから、いつもなら分かるのよ?!」
慌てて早口になりながら「今日はちょっと調子悪いのかなー?」と誰向けか分からない言い訳をし出すアイリーンさん。たぶんだけど、この人俺と同レベルで頭が悪い。
一方、ギャルなのに進学校の制服を着ているだけあって頭の良さそうな瑠菜は、真剣な眼差しでスマホを取り出し、何やら操作をして眉を顰める。
「……今、SNSを使って黒い月で検索かけてみたのだけれど……確かに、複数の黒い月を見たって人がたくさんいるわね」
「やっぱそうだよな!? んじゃ、五つの世界が混ざり合ったってのも……」
「……テレビではその件に関して緊急番組をやっているらしいわ。容量使うから私のスマホだと見られないけれど」
「みぃのは自室に置いてあるのでここにないです。ジャージのお姉さんはどうですか?」
「あ……そういえば、着の身着のままで慌てて出て来たから、持って無い……うわわ、ログインボーナスまだなのに大丈夫かな……!?」
「どうでもいい。和己のスマホは?」
「俺のは……ベッドにいたってことは、たぶん枕元か充電機に…………あれ、ない……?」
この世界にいた俺もどうせ俺なんだからいつもの俺みたいに適当な手の届く場所に置いてあるんだろうと思ったけど、予想していた場所には見当たらない。
もしかしたら、あれだ。意識が戻ったらいきなり部屋の中で、しかも見知らぬ半裸少女とベッドインという無茶苦茶な状況に驚きまくってバタついたから、その拍子にどこかしらにぶつかって弾き飛ばしたのかも…………?
「………………ぁ」
床に目星を付けてキョロキョロと探していた俺が目にしたのは、蹲るアイリーンさんのすぐ横に落ちていた、見慣れた赤いスホートフォン。
……ただし画面には見たことのない罅がビッシリ入っていた。
「ぅあああああああっ?! 俺のスマホが!? まだ買い換えてから半年も経ってないのに悲惨な姿にぃぃぃ?!」
ちょっと目を離した隙に変わり果てた姿になった愛機に思わずヘッドスライディングで飛び付くと、アイリーンさんが座ったまま飛び跳ねた。
「ひょわぁっ!? あ、えっ、もしかしてさっき変な感触あったのって……や、やっちゃった、かな……?」
「…………電源点かない…………どころか、SIMカードも割れてるし……」
震える手で持ち上げてみたら、画面だけじゃなくて後ろもバッキリいってる。カバーが勝手に落ちて、明らかに割れちゃいけない部品がいくつも破損していた。そりゃ電源なんて点くはずがない。
「うーわー…………アドレスとかはクラウドで保存出来てるだろうけど、アプリのデータはどうなんだ……メッセージ履歴は残ってないだろうし……」
「うぅ…………ご、ごめんね、カズくん。あたしのせいで、命の次に大事なスマホが……」
「……いや流石にそこまでは大事じゃないけど……」
それに床に落ちていたのはアイリーンさんのせいじゃない。事故なんだから責める気にはならないし、怒りなんてほぼゼロで喪失感がでかかった。
というか、一番痛いのは先輩との連絡手段がなくなったってことだ。明日学校に行けば会えるだろうし、そこで会えなくても約束した場所に行けば会えるはず……と思ったけど、世界変蝕で先輩も別の先輩になっていたら、約束自体が立ち消えになっている可能性が高い。そもそも同じ高校に通っているのかも分からないし。
やっぱりスマホがぶっ壊れたのは滅茶苦茶痛い……このタイミングは最悪過ぎだ。
「…………せめて明日の先輩との約束が生きてるのかどうか、確認出来てからなら良かったのに……ついてねぇ……」
「先輩? まさか四人目の女がいるの?」
隣に来てスマホの残骸を覗き込んでいた瑠菜が、なんか怖い声で訊いてくる。しかもすっごい人聞きの悪い言い方だし。
「四人目って、そもそも俺は誰とも付き合ってないんだって! それに先輩は……あれだ、何て言うか……」
「狙ってる女、です?」
「それもなんか人聞き悪いな?! 違ぇよ! いやそこまで違わないけど、もっとこう、なんというか純粋なアレでしてね……!」
何でか分からないけど言い訳してしまうのは、この場にいる三人の女性からどぎつい視線を感じるからだ。
……でも、やっぱりここはちゃんと言っておかないと。俺からしてみれば初対面の知らない人達だけど、向こうにとっては付き合い始めたばかりの相手だ。同じ俺でも別人だってことをハッキリさせておくべきだろう。
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