明日告白する予定でしたが、何故か彼女(×3)が出来ました

上月司
上月司

1-2

公開日時: 2020年11月26日(木) 02:46
文字数:2,220

興太郎との話の後……


「はー……ちょっと長居しすぎたな……」

 すっかり暗くなった夜道を一人で歩きながら、俺はまだ少し火照ったままの体に自販機で買ったジンジャーエールを流し込む。炭酸が口と喉をスッキリさせてくれるし、喋りすぎて疲れた頭が癒される感じがした。

 結局、あの後場所を移動して近くのファミレスで『告白が成功したらどんなデートをすれば失敗しないか?』なんて取らぬ狸の皮算用っていうか、買ってない宝くじで一等当たったら何を買うかみたいな話を真剣にして盛り上がってしまった。

 もう住宅街に入りつつあるので、たまに車や自転車が通り過ぎるけど、近くに歩いている人はいない。興太郎とは駅ビルを出た所で別れたので、今は一人だけだ。

 駅から家までは普段自転車を使っているけど、今朝は雨が降っていたので帰りは歩きだ。行きはバスを使ったけど、出費した直後なので節約する。バイトは週三しか入ってないから、そんなに金銭的余裕ないし。

 それに……

「もし先輩が告白オッケーしてくれたら、受験までの間にデートしたいもんなぁ。夏祭りに誕生日にクリスマスに……おおう、いくらあっても足りない気がするな……!」

 けど、それは幸せな金欠だ。同じカラオケでも男共とモテなさ爆発させて喉を枯らすのと、先輩と二人で行って互いにラブソングなんて歌っちゃうのとだと、天地の差がある。

「歌詞を先輩の名前に変えて歌っちゃったりなー……っと、いつの間にか晴れたか」

 妄想に浮かれながら空を見上げたら、学校を出た頃は曇天だったのが星の光もチラチラと見えていた。

 そして雲が無ければ当然見えるのが月だ。

 ほぼまん丸の黄色いお月様があって――そのすぐ横に黒い月が見える

 黒いから本当は見えないはずなんだけど、そこにあるとハッキリ分かるから不思議だ。しかも肉眼ではあると分かるのに、機器を通したりデータ観測したりすると、全く見えなくなるらしい。今ではこの季節になると小学生に望遠鏡を覗かせるイベントがあるのだとか。興太郎の妹が通う小学校では、一昨日の夜に観測会が行われたらしい。

 あの見えるんだけど見えない月が、世界変蝕の起こる前兆だ。いきなり現れた昔は大騒ぎしたらしいけど、十年以上も経てば「お、そろそろあれが来るか」って風物詩みたいになっているんだから、人間たくましいというか図太いというか。

 黒い月が確認されるのは全世界で同時だけど、確認から世界変蝕が起こるまでは一週間から十日と幅がある。今回は四日前に出たから、週明けまでには起こるだろうって話だ。

「去年は大したことなかったからなー……隣の家の爺さんがゲートボールから射的に趣味変してたのと、クラスメイトが何人か部活が変わっていたくらいだし」

 今年もその程度で済めばいいと思う。最悪なのが告白してオッケー貰えたのに、世界が変わったらキャンセルされているという事態だけど……でも、それも最悪は言い過ぎか。先輩がいなくなるのよりはずっといい。振られてたとしても、次があるならまだ希望が残る。

 まあ、何はともあれ、まずは明日の告白だ。

「後で先輩に待ち合わせ場所の確認しとこっかなー……興太郎から仕入れた面白話もしちゃうか、告白前に空気を暖める時用にとっておくか……」

 明日のことを考えてわくわくと急速に渦巻いてきた不安に早くもテンパりつつ、俺は残りのジンジャーエールを一気に煽って、空のペットボトルを捨てられるゴミ箱は近くにあったかなと見渡して、

 

 ――最初は、地震かと思った。

 

 ぐらり、といきなり視界が大きく揺れた。

「う、ぉ……?!」

 突然のことに声を上げ、歩道だとブロック塀から近いので離れるべきか、でも車道に出ちゃうとそれはそれで危ないので歩道のギリギリ端っこまで行くべきなのか迷い……すぐに違和感に気付いた。

 相変わらず視界は揺れに揺れている。震度いくつか分からないけど大地震クラスだ。

 ――なのに足下からは、全く揺れが伝わってこない

「これっ、まさか……!?」

 思い当たるのはただ一つ、世界変蝕だ。起きている時にあれがきた経験は何度もあるけど、どれも似たような感じで、視界が揺れてから少ししたら意識が薄れて、起きた時には何時間もすっ飛んだ状態で新しい世界になっていた。

「はっ、早過ぎだろ?! まだ四日しか……しかもこれっ……」

 これまで経験してきた世界変蝕と大きく違うのはタイミングだけじゃなくて、

「こ、こんな揺れっ、マジか!? 今まではもっとソフトな感じで……」

 そう、過去の経験が震度二くらいだとしたら、これは間違いなく緊急地震速報が飛び交うレベルだ。こんなの初めてで、世界変蝕じゃなくて立ち眩みか何かじゃないかとも考えたけど、やっぱりこれは自分じゃなくて世界が揺らいでいる

「そうだっ、世界変蝕なら月が………………ぇ……?」

 世界変蝕が起こる時、実体のない黒い月がハッキリ浮かび上がって見える。前に見た経験があるけど、黒い月っていうより黒い太陽の方がしっくり来るような、穏やかじゃない光り方をする。

 そうなっているのを見ればこれが世界変蝕だって確証になると思って空を仰いだ俺は、そのまま固まってしまった。

 ぐらぐらぐるぐると揺れ惑う視界の中、黒い月だけはハッキリと輝いて見えた。

 ――黄色い月を囲むようにしてギラギラと輝く、四つの黒い月が。

「な…………んだ、それぇ……?!」

 疑問の声を上げたが、答えてくれる人なんていやしない。

 さらに激しさを増した揺れで生まれた渦に飲まれるように、俺の意識は遠ざかっていった。


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