明日告白する予定でしたが、何故か彼女(×3)が出来ました

上月司
上月司

幕間・とある世界の阿賀野瑠菜

公開日時: 2020年12月1日(火) 00:45
更新日時: 2020年12月2日(水) 03:09
文字数:4,523

世界が変わる、その前日。和己と瑠菜は――

幕間・世界が変わる二十二時間前――とある世界の阿賀野瑠菜――

 

 いつものバイト終わりの帰り道……の、はずだった。

 違和感を覚えたのは、会話が妙に続かない辺りからだ。いつもなら七三か八二で向こうが多く喋るのに、今日は全然話しかけてこない。むしろ沈黙を嫌って私の方から話しかけて、それが上手く繋がらずにまた沈黙が流れる。

 そして店から駅までの最短距離で通り過ぎる公園に差し掛かったところで、不意に「あのさ」と向こうから話しかけてきたと思ったら――

「……意味分かんないんだけど。もう一回言ってくれる?」

 普段通りの声音で、いつもと同じ興味の薄い表情で言えた……はずだ。急に騒ぎ出した心臓の鼓動と、顔が熱くなって赤くなっていそうなのは、暗いし少し離れているからバレていないと信じる。

 平静を装っていても、内心では有り得ないくらいに狼狽えていた。

 だっていきなり告白されるだなんて、全然想像していなかった。

 夜の公園で不意打ちなんてしてくれた和己は、加害者側の癖に『うへぇ』って感じの表情になって、

「マジかよ……勇気全力放出で言ったのにもう一回とか、罰ゲームに近いんだけど……」

 勝手にヘコみ始めた。絶対に告白してきた人間の態度じゃない。

 むっとしたけれど、おかげで少し動悸が収まった気がして、私は鉄棒の横で肩を落とす和己から視線を逸らし話しかける。

「だって、和己から告白されるとか有り得ないし。全然そんな感じじゃなかった」

「いきなりだとは俺も思うよ。気付いて言おうって決めたの、昨日だしな」

「何それ。そろそろ世界変蝕だからその前に思い出作り? それとも意中の人が駄目になったから、誰でもいいから彼女作りたかったの?」

「酷い言われようだな?! いや違うよ、殆ど眠れないくらい考えて決めたんだって! つーか誰でもいいなら瑠菜みたいに競争率バリ高な相手に告るような無茶しないっての!」

「…………ふぅん」

 疑わしげに呟いた……けど、また心臓の鼓動が速まっている。必死に弁解しようとする中で遠回しに褒めてくるなんて止めて欲しい。和己はあまり喋りが達者なタイプじゃないから全然意図していないはずで、だからこそ余計に恥ずかしくなる。

 というか、和己が私のことを好きだなんてやっぱり信じられない。

 まだ一年にも満たない付き合いで、会うのは週に二回か三回、それも殆どがバイト先。仕事中は殆ど顔を合わせないから、休憩時間が被る時や帰り道で話すくらい。勉強を見てあげたり見たかった映画が被っていたから一緒に観に行ったりはしたけれど、私に対する好意なんてまるで感じなかった。

 それなのに、いきなりすぎる。

「……いつから?」

「あー……ハッキリは分かんないけど、さっき言った通り自覚したのは昨日だよ。ただ、こんな風に一緒に帰ったりたまに電話したりするのが楽しいなとは結構前から思ってた」

 ……それは、私も思っていた。同年代の異性と話すが楽しいだなんて、初めての経験かもしれない。尤も、和己以外に異性の友達はいないから当然かもしれないけれど。

 近寄ってくる他の異性と違って、和己には多少気を許していた自覚はある。それは和己に好きな相手がいると知っていたし、私を好きになることはないと思っていたからだ。

「……あなた、私のこと『タイプじゃない』って言ったの、覚えてる?」

「お、おう。やっぱそこは突かれるか」

「あれ、嘘だったってこと?」

「や、嘘じゃない嘘じゃない、マジで好きなタイプと全然違うんだって。俺の好みは綺麗系よか先輩みたいな可愛い系でさ、優しそうな雰囲気で明るいっつーか朗らかな感じで、それから胸も大きい方が――いぃってぇぇえええ?! おまっ、爪先で蹴るのは反則だろ!?」

 思い切り蹴り上げてやった脛を押さえて片足で飛び跳ねる和己を睨んでやると、それ以上の文句は出なくなった。視線が私の顔から一度下に落ちて、慌ててまた顔に戻るという一連の動きが本気でむかつく。

 次に何か腹立たしいことを言ったら鞄の角で殴りつけて帰ろうと決め、私は涙目の和己を睨み付ける。

「……で? 好みと全然合わない私なんかを、どの口が好きだなんて言うの?」

「やっ、だから好みのタイプと丸っきり違うけど! 話してて楽しいし、たまに笑うとすっげぇ可愛く感じるし、なんか瑠菜のこと考えてることが多くなってて……んで、世界変蝕が近いから色々考えてたら、ふっと気付いたんだよ。『あれ、俺もしかして瑠菜のこと好きなんじゃね?』って」

「………………それで?」

 本当は耳を塞ぐがこの場から走り去りたいくらい恥ずかしかったけど、同時に湧く嬉しさがこの場に留まらせている。

 どんな表情になっているか分からない顔を見られたくないから俯く私に、和己の恥ずかしさを堪えているのかやや上ずった声が聞こえてきた。

「気付いちゃったらもうダメだった。俺、やっぱ瑠菜のこと好きなんだわ。好みのタイプと全然違うのに、そんなことどうでもいいくらい好きだ」

「…………『先輩』と比べて私の方が好きだって言い切れるの?」

「うわエグいところを突いてくるなー……でも、うん、言えるよ。先輩に遠回しにフラれて諦めたけど、瑠菜にフラれてもそう簡単には諦めきれないわ。泣いてヘコんで、それから時間を置いて再チャレンジすると思う。ストーカーって言われないギリまで粘る」

「何それ。普通に引くんだけど」

 ……なのにその何倍も喜んでしまっている自分は、もう駄目なんだろう。

 何十回と過去にされてきた告白と違って、ずっと浮き足立っている。今まで一度も和己と付き合いたいだなんて思ったことないのに、さっきからずっと素直に了承するのが恥ずかしくて頷けないだけで、断る選択肢が出て来ない。

 たぶん、私も和己と一緒だったからだ。

 理想の男性として挙げるとしたら、大人っぽくて余裕のある年上の男性がいい。私と同じ映画を観るのが趣味で、紅茶よりコーヒーが好きで、あまり干渉してこないドライな人なら付き合えるかなと思っていた。

 なのに和己は理想と全然違って、子供っぽくてうるさくてゲームやマンガが好きで紅茶もコーヒーも味が分からなくてやたらとぐいぐい来て凄くうっとうしい……のに。

 好きだと思ったことはないけれど、いなくて寂しいと思ったことは何度もあった。

「一応、確認で訊くけど。友達のままじゃ駄目なの?」

「おう、無理無理。だって俺、瑠菜に彼氏が出来たらめっさヘコむし。友達が幸せになるのに喜べないってダメだろ。そうなったらもう友達として仲良くなんて出来ないっての」

「……そうなのかもね。じゃ、断ったら友達じゃなくなる?」

「言ったろ、諦めないって。友達以上の関係になるのを目指して、今までより積極的にいくわ。嫌われない程度にするけど……あー、でも俺、いい感じの匙加減ってヤツが苦手なんだよなー。ウザかったら早めに釘差してくれな?」

 最後の方は微かに空元気っぽい声音になっていた。たぶん私がしつこく友達を強調しているから、断られるんだろうなと察したのだと思う。

 けど、それは大間違いだ。和己は分かっていない。『友達のままではいられない』と言って貰って逃げ道を失くそうとしているということを。

 顔を上げてみれば、和己は笑顔を貼り付かせていたが、やはり少しだけ強張った表情になっていた。

 こちらを直視出来なくなっている弱気な和己に、小さなため息を挟んでから、私はようやく答えを返す。

「――分かった。いいよ」

「…………ん? 『いいよ』って…………え? どれに対する返事?」

「だから、付き合ってあげる。条件付きだけど」

「……………………マジで? ぇ、あれっ、冗談ではなく?! マジで俺と付き合ってくれるってことか!?」

「もう夜遅いんだから大声出さない。それに、条件付きだって言ってるでしょ」

「いやだって、ほぼほぼ無理だと思ってたからさぁ……! うわなにこれ、すっげぇ嬉しいんですけど……!」

 さっきまでの取り繕った笑顔と違って全開で喜んでいる和己に水を差すけど、その程度だと全然意気は静まらなかった。サンタさんからクリスマスプレゼントを貰った子供でもこんなにははしゃがないと思う。

 見ていて余計に恥ずかしくなるけれど、大事なところなのでちゃんと和己と顔を合わせて告げる。

「……付き合う条件は、別れる権利は私に預けることよ。つまり和己がどれだけ別れたくても、私から別れを切り出さない限り関係性はそのまま、別れてあげない」

「うん? ええと……離婚届にサインしてそっちに渡しておくようなもんか?」

「少し違うけれど、概ねそう考えていいわ。それで、どうするの?」

「んー…………まあ、それでオッケーしてくれるなら全然問題ないぞ。どうせ俺の方から別れたいなんて言わないだろうし」

「随分な自信ね。その根拠はどこにあるの?」

 これで『何となく』とか『好きだから』とか言うようなら一気に冷めるかもしれないな、と思いつつ問い質すと、和己は浮かれっぱなしの表情のまま、

「根拠なんてないけど、俺って今も瑠菜みたいなギャル系で取っ付きにくい女の子って苦手なタイプなんだよな。しかも趣味も合わないし共通点も全然無いし、ぶっちゃけどうして好きになったか分からないくらいだし」

 早口で捲し立てる馬鹿かずみの姿に、『もしかしてこの男、告白成功させる気ないんじゃないの?』と思い始め、自然と目つきが険しく、

「――だからたぶん、瑠菜だから好きなんだと思うんだよ。勉強だって瑠菜と一緒なら我慢してやれるし、興味無いはずの話も瑠菜がしていると聞きたくなるしさ。さっきどこが好きかって訊かれてあげられるところは色々あるけど、結局は全部引っくるめて『瑠菜だから』としか言い様がないんだわ」

「……痘痕も靨、ってこと?」

「難しいこと言われても困るけど、大体そんな感じだな。どうすれば嫌いになれるのか、そっちの方が分からんし。嫌われるとしたら俺の方だろうから、そういう意味では俺に提案する権利なくても構わないしな」

 あっけらかんと言い切る和己に、私は口の中で「馬鹿」と呟く。

 馬鹿なのは、私だ。和己の言葉が一々嬉しすぎて、油断すると頬が緩んでしまいそうだった。自分がこんなに単純な人間だって今まで知らなかった。恥ずかしい。

 昨日まで……どころか、この公園で告白されるまで、好きだとか付き合いとか思ったことなかったはずなのに。

 今は特別な関係になりたいと切望しているだなんて、我がことながら信じられない。

 それともう一つ、初めて知ったことがある。

「……これは条件じゃなくて、忠告だけれど」

「お、う? まだ何かハードル的なものが……?」

「私、結構嫉妬深いから。一緒にいる時、視線に気を付けなさいよ」

「それって、つまり……前に映画観に行った時みたいに強制奢りになるってことか?」

「馬鹿ね。友達じゃなくて彼氏なら、その程度のペナルティじゃ済まさないわ」

 うへぇ、とげんなりした様子の和己は、なのにどこか嬉しそうな表情にも見えた。

 私は内心で『後悔しても遅いけどね』と呟いて、くすりと微笑む。

 

 

 ――こうして、世界が変わるより一足先に、私と和己の関係は友達から恋人に変わり。

  その二十二時間後に世界変蝕が起こり、恋人から赤の他人になるだなんて、幸せに浮かれていた私は思いもしなかった。



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