明日告白する予定でしたが、何故か彼女(×3)が出来ました

上月司
上月司

1-10

公開日時: 2020年11月29日(日) 17:00
文字数:3,033

怒濤の世界変蝕翌日……

 

◇                        ◆

 

「……で、母親にぶん殴られて朝まで気絶していたと?」

「おう。ちなみに朝は蹴られて起こされたぞ。再婚しても凶暴なのには変わりないのな」

 普段はそこまで暴れまくりじゃないけど、身内限定ですぐに手が出る足が出る母親は、大規模な世界変蝕が起きても変わらないみたいだった。

 もう痛みはないけど瘤が出来ている頭をさすりつつ、俺は興味深げに聞いていた興太郎を見る。世界が変わっても相変わらずなのはこいつもだ。今は昼休みだけど、いつも通り自分で作ってきた弁当を食べている。ご飯にふりかけを二種類かけているのも同じだ。

「おれの周りではそんなに変わり映えしなかったけど、そっちは随分と劇的だったのな。いきなり彼女が三人も出来た気分はどんなもんよ?」

「戸惑いしかねーっす。何でまた彼女いない歴イコール年齢だったのにそんなことになるんだか……しかも、ほら、アレなのにさ」

「ああ、先輩に告るってやつな」

「ばっ、声がでかい! 誰かに聞かれて悪戯に騒ぎ立てられたらやりづらくなるだろ!」

「普通の声だし、誰もお前の恋愛事情に興味ないって。皆は世界変蝕でぐちゃぐちゃになった人間関係の確認で手一杯だよ」

 そう言われれば、確かに教室の雰囲気がいつもより暗い。以前は仲の良かった友達でも、世界が違えばただのクラスメイトということもある。

 だから雰囲気としては探り探り会話しているみたいだった。俺と興太郎の場合は昨日の話が通じたからすぐにいつもの感じに戻ったけど。

「それで、先輩にはもう会えたのか? スマホが壊れて連絡つかないんだろ?」

「ああ、だから昼休みに行こうと思ってたんだけど、昼に誰もいないところに連れ出して話をするのは難易度高いと考え直してさ。今日の約束が成立していないとしても、放課後に会って話せればそれでいい。告白はもうちょい後回しになったし」

「向こうがこっちの知っている先輩かどうか分かんないしな。お前にしては慎重でいいんじゃないか?」

「……や、ちょっと授業中に色々考えてて」

 トーンを落とした俺に、興太郎は紙パックのアイスティーに突き刺したストローを口に加えたまま、目で続きを促してくる。

 これは俺にしては真剣に考えたことで、それでいて突然彼女×三が出来たことも伝えないと成立しない話だから、まだ誰にも相談出来ていない。

 興太郎は告白の件を知っていたから話しやすかったし、本好きで俺に比べたら成績もいいし、相談相手には打ってつけだ。

「……さっき話したけど、親が再婚して妹がいるだろ? んで、俺が意識を取り戻したのも自分の部屋だった」

「それがどうかしたのか?」

「なのに俺は妹のいる世界の『俺』じゃなくて、先輩に告白しようとしていた世界の俺って、なんかおかしくね?」

 午前の授業中、ずっと考えていたけど答えは出なかった。家路について外を歩いていたはずなのに自室に瞬間移動したってことはないから、あそこにいたのは妹に手を出される寸前だった『俺』のはずだ。

 意識と記憶だけが他の世界の自分になるなんて、やっぱりおかしい。

 それに、妹のいた世界の『俺』は高校受験に失敗していたはずなのに、俺の籍は目指していたこの高校にあった。自室に見慣れた制服があったから登校する前に念の為学校に電話をかけて確認が取れた時は凄くホッとしたけど、違和感を覚えたのはそこからだ。

「あー、和己はありがちな勘違いしてるのなー」

「は? 勘違い?」

 俺が朝から長時間悩んでいたことを、興太郎は弁当の残りを摘みながら答える。

「世界変蝕が起こって他の世界と混じり合うっていうのはな、文字通り混ざるんだよ。だから複数の世界から代表した世界の自分が選ばれるんじゃなくて、全部が混ざった状態の個人になる訳だ」

「え、そうなのか!? でも俺、他の世界の記憶ないぞ? 今回だけじゃなくて今まで一回もないし」

「おれだってテレビとネットに上がってる論文で得た知識で話しているから正解かどうか分からないけど、何となくなら説明出来るよ。ほら、世界が変わったら担任がオネエになってた話をしたろ?」

「あの衝撃ニュースか。覚えてる覚えてる」

 つい昨日聞いたばかりだし、そもそも簡単に忘れられるような話じゃない。俺が体験していたら間違いなくすべらないネタとしてストックする話だったし。

「あまりの変身っぷりに最初の内は物凄い違和感があったけど、一ヶ月もしない間にしっくりきたんよ。変貌に慣れたんじゃなくて、元の先生のイメージと重なるようになったって感じでさ。世界が混ざる前のオネエだった先生の記憶はないんだけど、何となく『あー、こんな感じだったな』って思うようになったんだ」

「んー……? それ、慣れと何が違うんだ?」

「それが全然違うんだよなー。感覚的なもんだから伝えるのは難しいけど、オネエ化以前しか知らなかったはずなのにそう経たない内に『こういう時にこの人はこうするな』っていうのが分かるというか、初めて聞いたはずの言葉を『いつもの口癖が出たな』と思ったりさ。そんな記憶はないんだぜ?」

「……それは確かに、慣れとは違うな。あと、似たような経験は俺もあるわ」

 興太郎と違ってそこまでダイナミックなビフォアーアフターを決めた知り合いはいないけど、言われてみればこれまで世界変蝕が起きてちょこちょこある変化が、すぐに気にならなくなった。馴染んだだけだと思っていたが、そうじゃないって言うのなら…………結局どういうことなんだろう?

 肝心な部分が分からず首を捻っていると、

「今回の世界変蝕は五つの世界が混ざり合っているけど本質的に変わらないなら、お前は五つの世界の自分代表イス取りゲームで勝ち残った訳じゃなくて、五つの世界のお前が混ざり合ったお前なんだよ」

「……………………ダメだ、よく分からん」

「まあ和己は考えるより行動するタイプだしなー。とりあえずの疑問に答えるなら、妹のいる世界のお前がいた場所が選ばれたからって、意識のベースが必ずその世界のお前になるってことはないんじゃないか?」

「そうなのか? 何となく一致しそうな気がするけど」

「その件に関しては、去年に面白い仮説の論文を読んだわ。世界変蝕は原理も何も分かってないから妄想じみた論文がたくさんあって楽しいんだけど、その中でも…………お?」

 気分が乗ってきたのかお喋りモードに入りかけていた興太郎が、不意に視線を外して言葉を止める。しかも顔がにやけた。企みを感じるキモい笑い方だ。

 何だろうと視線を追って振り向いてみると、教室の入り口のところから半身を覗かせて中を見回している女生徒の姿が……って、

「うわ先輩っ?! どっ、なんでここに先輩が登場!?」

「あっ、いたいた。和己くん、やっほー。こっちおいでー」

 朗らかな声と共にこいこいと手招きしてくるのは、どこからどう見ても先輩だ。

 俺が告白するつもりの、中学の時からの先輩――釘村くぎむら桃水ももみ先輩が、何故か教室まで来てくれている……!

 突然のことに慌てふためきながら、俺はすぐさま席を立って先輩へと駆け寄る。何かの間違いじゃないかと思いもしたけど、近付いてみるとやっぱり先輩だ。

 ややショート気味の綺麗な黒髪に、花柄のヘアピンを二つ差していて。大きな目に太めの眉で、朗らかな愛嬌のある顔立ち。平均よりやや高めの身長で、太ってはないけど何となく丸っこい印象。

 間違いなく、どこからどう見ても先輩だ。俺の知っている桃水先輩と全然変わってない。一昨日に話した時と違うのはヘアピンくらいだ。

「はろっす。和己くん、元気そうで何よりだよ」

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